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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
12章:定例クエストをこなそう!

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ヴィーゼント・カーニバル(14)

 はやる気持ちを抑え、若い雌牛は森の中を駆ける。

 はやく森を抜け出し()に会いたい! そう思いながらも、しかし入り組んだ森の中を慎重に進む。


 若い雌牛にとって人間の人里がある方面は未知の領域、まだ足を踏み入れた事がない世界だ。

 だからこそ、森の外に出る事に対してほんの少しの緊張が伴う。


 しかし、それ以上に()に会いたい! という気持ちが不安や緊張に勝る。

 だからこそ、駆ける速度も増していく。


 ズエの森を飛び出し草原へと出た。

 四方に遮る物が何もない空間で若い雌牛は必死で()を探す。


 そして、見つけた。

 この地から離れるように移動している()を。


 距離はあれど、追いかける事はできる。

 だから、休む事なく()に向かって駆ける。


 ようやく会う事ができる!

 そう思うと、自然と体の中が熱くなった。


 これは精神力(オド)が満ちてきた証だ。

 とはいえ人間の貴族(メイジ)以外に精神力(オド)を正確に操る事はできない。


 魔物や亜人が扱うのは精神力(オド)ではなく精霊力(マナ)だ。

 大地から溢れるこの力を使って魔物や亜人は事象に干渉し奇蹟を起こす。


 人間たちはこれを自然魔法と呼ぶらしいが、呼び名などどうでもいい……

 今大事なのは精神力(オド)が満ちた事によって精霊力(マナ)に干渉できるようになった事だ。


 つまりは人間たちの言うところの貴族(メイジ)精神力(オド)を消費して使用する系統魔法ではなく、精霊力(マナ)に干渉して事象をねじ曲げる自然魔法が扱えるようになったのだ。


 そして若い雌牛はすぐに自然魔法の扱い方を理解する。

 理解して悟る。


 これならきっと()に気に入ってもらえる! と……


 募る想いを胸に、若い雌牛は草原を駆ける。

 運命の邂逅はすぐそこまで迫っていた。




 「フミコ、落ち着いたか?」


 悶えていたフミコが冷静さを取り戻したのを見て声をかける。


 「うん、ごめんかい君……もう大丈夫」

 「水飲む?」

 「うん」


 フミコに水筒を渡すと、ものすごい勢いで水筒の中の水を飲み干した。


 「ありがとう」

 「どういたしまして……落ち着いたならよかったよ」


 そう言ってフミコから水筒を返して貰うと本題に入る。


 「それでフミコに頼みがあるんだ」

 「うん、何?」

 「今からやつに攻撃をくわえる。フミカの話じゃやつの全身から溢れている赤紫色の靄みたいなオーラをかき消さないと死なないって事だから、あれ諸共、やつを一気に仕留める」

 「どうするの?」

 「やつの体とあのオーラを同時に消し去るとなれば生半可な火力じゃダメだと思うんだ。だから高火力の技をぶちこまないといけない」


 そう言うとフミコが暗い表情になった。


 「ごめんかい君、銅鏡にはまだ呪力がそこまで蓄積されてない……あいつとオーラを消し去るだけの火力は期待できない」


 フミコ最大の火力は銅鏡に溜め込んだ呪力を反射によって解放する技だが、まだ十分な火力が発揮できるまで呪力が溜まっていないらしい。

 しかし、元よりフミコにそれをお願いするつもりはなかった。


 「そうか……でもそんなに気にするなよフミコ? 頼みたいことはそうじゃないんだ」

 「え? 違うの? てっきり銅鏡を使って欲しいってお願いされるのだと思ったけど」

 「ははは……まぁ、それも使えたならよかったけど。それはフミコの奥の手だろ? だからフミコがここぞと思う時まで銅鏡は温存しておくべきだ、呪力が溜まるのに時間がかかるって言うなら尚更な」


 そう、銅鏡はフミコにとっては秘奥義のようなものだ。

 そう易々とこちらの都合で使ってくれとお願いはできない。


 「かい君……じゃあ一体あたしは何をしたらいい?」

 「簡単だよ、フミコには俺がやつに攻撃した後に俺の体を受け止めてほしいんだ」


 そう言うとフミコが頭の上にクエッションマークを浮かべていそうな表情で首を傾げた。


 「どういう事?」

 「正直やつを一撃で仕留める高火力となれば秘奥義くらいしか思い浮かばない。だから俺は今からやつに秘奥義をぶっ放つ!」

 「ひ、秘奥義!?」


 自分の言葉を聞いてフミコが驚いた表情となる。


 「かい君正気なの!? だって秘奥義は強力だけど使ったらその後疲労しきって倒れちゃうんでしょ?」

 「まぁ、奪った能力すべての秘奥義を実戦で試したわけじゃないから、すべてがそれに当てはまるとは限らないだろうけど、でも少なくとも今使ったら確実にぶっ倒れるだろうな」

 「だったらまずいんじゃ……」

 「だからフミコに倒れた俺の体を受け止めてほしんだ!」


 そう言ってフミコの両肩をガシっと掴む。

 するとフミコがかわいらしく「ひゃん!」と声を漏らしたが、今は気にしていられない。


 「これはフミコを信頼してるからお願いしてるんだよ。たぶん秘奥義をぶっ放てばその後の疲労で分裂も魔獣化も解けるはずだ。だからフミコには俺の体を受け止めたまま地面に着地してもらう事になる。きっと魔術障壁のオートシールドモードも発動しない。ひょっとしたらそのまま地面に受け身も取れないまま激突して大けがをするかもしれない……そうなる危険があるのを承知の上でフミコに頼みたいんだ!」


 フミコの両肩を掴んで顔を近づけて頼み込むと、フミコは顔を真っ赤にさせながら何度も頷く。

 そして右手でバンと自身の胸を叩くと。


 「な、何言ってるのかい君! 他ならぬかい君の頼みだよ? 断るわけないでしょ! それに心配しなくてもあたしは無事にかい君の体を抱きしめて着地してみせるよ? だから心配しないで?」


 そう言ってフミコは笑顔を見せてきた。


 「あぁ、ありがとうフミコ! 任せたぜ!」


 なのでフミコの両肩を掴んでいた両手を離して右手を掲げる。

 フミコも右手を掲げ、そのままハイタッチをした。


 そして振り返って追いかけてくるレヴェントンの方を向く。


 「さて、それじゃあ一発かましてやるか!!」


 懐からアビリティーユニットとアビリティーチェッカーを取り出し深呼吸をする。


 「頑張ってかい君!! あたしが絶対に受け止めるからね!!」


 両手を広げて鼻息荒く言うフミコの声が後ろから聞こえるが、ついついさきほどフミコがおこなっていた光景を思いだしてしまう。


 (あれ……? これよくよく考えたらフミコに身を委ねて大丈夫なのか?)


 一瞬そんな思いがよぎるが、すぐに頭の中から振り払う。

 今は目の前のレヴェントンに集中だ。


 (さて、簡単に秘奥義をぶっ放つとは言ってもどの秘奥義を放つか……颶風裂光斬やグランドスラッシュはダメだ。こういった局面には向いてない……となれば)


 考えをまとめて頷く。

 アビリティーチェッカーをアビリティーユニットに装着しエンブレムをタッチする。

 タッチしたエンブレムは魔法+2。


 目を閉じて手にしたアビリティーユニットをゆっくり前に突き出す。

 そして小さく呟いた。


 「アビリティーユニット・コンパウンドボウモード」


 直後、アビリティーユニットの周囲の空間に紫電が迸り、何もない空間にいくつもの部品が半透明に浮かび上がる。

 やがてそれは完全に物質化し、一気にアビリティーユニットの元へとくっついていく。


 滑車のようなカムと呼ばれる部品が弦の両端につき、リムやリボルト、スタビライザー、レスト、スコープサイト、Vバーなどの部品が装着され、まるで最新鋭のアーチェリーコンパウンドボウのような弓の姿にアビリティーユニットが変化した。


 グリップを握り弦に手をかける。

 そして小さく息を吐いた。


 (そういえば、あいつの魔法を最初に見たのも、こんな何もない草原だったっけ)


 そして思い出す。

 今から放つ秘奥義の本来の持ち主、7つ目に訪れた異世界で神童と呼ばれた魔法使いであった転生者の事を……


 その異世界転生者の名はスレン・レヴィ、日本にいた頃の名は羽片洋介。

 交通事故で命を落とした洋介は生まれながらに膨大な魔力を秘めた子としてその異世界に転生した。


 生まれた直後から転生前の洋介の記憶を持っていたスレンは自身の異常な魔力に早くから気付き、魔術文献を漁って知識と技術を身につけていった。


 そして神童として国中に名を轟かせたスレンは成長して魔法アカデミーに通えるようになると、魔法アカデミー開校以来最上級の魔力と実力を秘めた生徒として有名人となり、色々な事件を経てついには英雄となった。

 そんなスレンは平民出身ではあったが王から爵位と領地まで賜るまでになったのだ。


 そんなスレンは転生前の記憶を活用して魔法アカデミーの生徒であるにも関わらず、国中の突っ込みどころ満載な政策や制度や技術にメスを入れ、改革を断行していった男でもあった。

 そういった事情が絡んでかは知らないが、彼は周囲に対してやけに上から目線で物を言ってくるタイプの人間であり、正直個人的にはあまり好感は持てなかった。


 好感は持てなかったが、やつの実力は確かに本物であった。


 (ほんと、あの自信過剰で上から目線の態度は気にくわなかったが、なんであれで女子に大人気だったのかほんと謎だわ……まぁ、実際に一緒に行動してみたいとわからない何かがあるんだろうが……)


 そう思って目を開きレヴェントンを睨み付ける。

 そして小さく呟いた。


 「天界接続(エンゲージ)


 直後、今まで晴れていた空が一気に曇りだし、頭上の厚い雲から稲妻が落雷する。

 その稲妻をスタビライザーが吸い取り、眩しく光り輝く稲妻の矢が生まれる。

 その稲妻の矢を掴み、弓弦を引く。


 「スレン、使わせてもらうぜ? そして、できたら力を貸してくれ」


 呟いた直後、隣にスレンの気配を感じた。

 そして同じくスレンも自分とシンクロして弓矢を構え、秘奥義を放つ体勢に入る。


 弓弦を引いた自分とスレンの背後に強大な魔力の塊である天使が降臨した。

 天使は両手を広げ、天に向かって唱う。

 すると足下に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がって、それは広大に広がって展開していく。


 それに呼応するように稲妻の矢が更に眩しく光り輝き、出力を強めていく。

 自分自身ではわからないが、目の色が赤色に変わっていた。


 そうして照準をレヴェントンに定め叫ぶ。


 「行くぜ!! これで終わりだクソッタレ!!! アルティメットスプライトアロー!!!」


 叫んで稲妻の矢を射た。


 放たれた稲妻の矢は赤く光り輝き、一瞬でレヴェントンを貫き、断末魔の叫びを上げさせる間もなく消し去ると、そのまま周囲一帯を大爆発の渦に巻き込み、地形を変化させていく。


 恐ろしいまでの衝撃波が周囲に放たれた、正直ここが何もない草原でなければとんでもない被害になっていただろう。

 その圧倒的な威力によって稲妻の矢の着弾点からは赤いキノコ状の雲が発生していた。


 その圧倒的なまでの威力を見て、思わずアビリティーユニット・コンパウンドボウモードを手にしていない方の手でガッツポーズを取る。


 「よっしや!! 見たかクソッタレ!!」


 レヴェントンの気配はもうない、しかし強力な秘奥義を放った影響で自分もまた後ろに倒れてしまった。

 だが疲労のせいで魔獣化していた分裂体は消え去り、そのまま宙に投げ出される。


 しかし心配する事はない。

 すぐにその体を同じく宙に投げ出されたフミコがキャッチした。


 「お疲れ様、かい君すごくかっこよかったよ!」


 フミコが耳元で囁き、そのまま自分を抱きしめて地面に着地する。

 そしてそのまま地面に寝転がった。


 「はぁ……疲れた」

 「だな……とはいえ、やろうを倒したから小砦のほうのギガバイソンも赤紫色の靄のオーラが消えただろうと思うけど、念のためにはやく戻らないと」


 そう言って起き上がろうとするが、さすがに秘奥義をぶっ放った直後ではそうも簡単に体が動かなかった。


 「はぁ……これは少し休憩してから戻るか」


 そう言うとフミコが。


 「うん、そうしたほうがいいと思うよ?」


 と言って抱きついてきた。


 「お、おいフミコやめろって苦しい」

 「え~これくらいいいじゃん! ケティーもいない事だし?」

 「いや、ドローンで普通に見られてると思うぞ?」

 「構うもんか! かい君はあたしのものなんだから!」


 そう言ってフミコはぎゅーっと抱きついてくる、端から見れば草原で寝転がってイチャついているカップルのような光景だが、そんな事をしているせいで自分たちの元に迫る影があった事に気づけなかった。

 その影はすぐそこに迫っていたというのに……

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