ヴィーゼント・カーニバル(13)
魔獣ビッグフットの姿となった自分とレヴェントンの戦いは端から見れば怪獣映画の一幕と思えただろう。
どちらが足を動かし、攻撃を繰り出しても周囲に地鳴りが轟いた。
これだけ暴れて小砦は大丈夫だろうか?
そう思いながらも、体は気にせずレヴェントンへと殴りかかる。
殴り、殴られを繰り返すうちに段々と周囲への被害のことなど考えなくなっていく。
頭の片隅から消えようとしている。
これはまずい兆候だ……
恐らくはこのまま魔物の姿になり続けていたら理性が失われるかもしれない。
戻って来れなくなるかもしれない。
魔物の擬態化能力+1は体の一部を変化させるだけなら問題はないが、全身すべてを魔物に変化させる分にはリスクが大きすぎる。
長時間の使用は自我を失ってしまい、完全に魔物に成り果てる危険性がある。
そうなる前に決着を付けなければ!
咆吼をあげ、レヴェントンに掴みかかていく。
しかしレヴェントンもそう易々とやられる相手ではなかった。
レヴェントンは拳を握りしめてパンチを繰り出す。
これを難なくかわし、レヴェントンの顔にスピニング・エルボーを叩き込んだ。
レヴェントンは悲鳴をあげて倒れ込む。
そんなレヴェントンに咆吼をあげて右足をあげ、何度も踏みつけた。
しかしレヴェントンは身をよじり、すぐに起き上がる。
そしてお返しとばかりにこちらに強烈なアッパーカットを放ってきた。
この攻撃をかわすことができず顎にくらってしまい、激しく脳が揺さぶられた。
一瞬意識が飛びそうになるが、なんとか持ちこたえて後ろに倒れそうになるのを踏ん張って耐えきる。
レヴェントンが続けざまに殴りかかってくるが、これを右手で受け止め、左手でレヴェントンの顔を殴りつける。
殴られたレヴェントンは悲鳴をあげて数歩下がった。
その隙に体勢を持ち直し、咆吼をあげ気負いを入れ直す。
レヴェントンも顔をブルブルと振るった後、同じく咆吼をあげて姿勢を低くし、こちらにタックルを仕掛けてきた。
しかし攻撃が効いてきているのか、動きは明らかに遅くなっている。
なので難なくレヴェントンの角を掴んで受け止める事ができた。
角を掴まれたレヴェントンは雄叫びをあげるが、おかまいなく角を引き寄せてレヴェントンの顔に咆吼と共に頭突きをくらわした。
レヴェントンは悲鳴をあげてそのまま倒れ込む。
とはいえ、全力の頭突きはこちらにもそれなりの痛みを伴う。
レヴェントンのように倒れ込みはしないが、頭を押えてふらついてしまうが、なんとか歯を食いしばる。
そしてフミコのほうを見た。
フミコは自分と目が合うと頷いて枝剣を構える。
「うん、わかってるよかい君! 任せておいて!!」
そして枝剣から大蛇を倒れたレヴェントンに向かって放つ。
6匹の大蛇がレヴェントンへと襲いかかるが、レヴェントンは雄叫びを上げると素早く起き上がってこれをかわす。
そして咆吼をあげると6匹の大蛇を迎え撃つが、すぐに両手両足に大蛇が巻き付き動けなくなる。
咆吼をあげてなんとか大蛇を引き剥がそうとするレヴェントンの首に残った2匹の大蛇が巻き付き、首を締め上げる。
数秒間、大蛇はレヴェントンを締め付けたが、やがてレヴェントンは咆吼をあげると体中から赤紫色の靄のようなオーラを激しく噴射して体に巻き付いた大蛇を吹き飛ばす。
体の自由を取り戻したレヴェントンであったが、それだけ時間を稼げれば十分だ。
助走をつけてレヴェントンに向けて全力で駆け出し、レヴェントンの目の前で駆けてきた勢いそのままに地面を蹴って大きくジャンプする。
雄叫びをあげ、そのまま両足でレヴェントンの顔を蹴りつけた。
レヴェントンは悲鳴をあげて真後ろに勢いよく倒れ、そのまま数十メートル転がっていく。
一方のこちらは地面に着地してそのまま雄叫びを上げた。
それを見たフミコが転がっていくレヴェントンに再び大蛇を放つ。
大蛇6匹は転がっていくレヴェントンを更に押して、小砦からもズエの森からも遠ざけていく。
これで完全にレヴェントンは1頭だけぽつんと草原に放り出された形となった。
(よし! 脱線の状態を意図的に作り出せた! しかし……)
そう思うが、しかしすぐに頭を押えてその場に片膝をつく。
急に強烈な頭痛に襲われたのだ。
(ぐ……なんだこの痛みは? 次元の狭間の空間での異世界に近づいた時に感じる頭痛とは違う……これはもと別の……)
そんな頭を抑えて苦悶の表情を浮かべた事にフミコが心配して近寄ってくる。
「か、かい君!? どうしたの!?」
そんなフミコを見て、慌てて魔獣化を解除する。
いくら自分だとはいえ、巨大な魔獣の近くに無警戒で近寄るのは危険な行為だ。
「はぁ……はぁ……何やってんだ……フミコ……危ないじゃないか」
人の体に戻ると全身汗だくだった。
魔獣化の時間が長く、相当に消耗したようだ。
「で、でもかい君が心配で……どうしたの?」
「なんでもない……ちょっと頭が痛くなっただけだ」
「え? 大丈夫なの!?」
「あぁ、大丈夫だ……と、言いたいところだが、正直なところ次元の狭間の空間に戻ってメディカルセンターで精密検査をしたほうがいいかもな。魔獣化の影響かもしれない」
それを聞いたフミコがどうしよう!と慌てだし、ケティーに連絡を取ろうとするが、どっちにしろ今は次元の狭間の空間に戻ることはできない。
この状況を放り出すなど論外だ。
(完全な魔獣化はやっぱりリスクがある……十分な検証をしないまま実戦で使うべきじゃなかったか……でも、今はそうも言ってられない)
見つめる先ではレヴェントンがよろめきながらも起き上がっていた。
数十メートルは離れたとはいえ、すぐに草原からこちらに戻ってくるだろう。
ではどうすべきか?
やつの狙いは自分だ。
ならば自分が何もない草原を駆けて囮となって引きつけるしかない。
(まだ少し頭がズキンとするが……戦闘しなければ魔獣化しても問題ないか?)
検証をしていない事を実戦のこの局面で行うのはリスクがあるが、今は他に手はない。
自分は高速で移動する術や高速戦闘を行う能力を有していない。
つまりはレヴェントン相手に生身で必死に逃げたところですぐに追いつかれてしまう。
そうなると、やはり手段は移動速度がそれなりに速い魔獣に変化して引きつける以外に手はない。
「はぁ……やるしかないか」
心配そうに見つめるフミコを安心させるべく、問題ないと笑ってみせると効くかどうかわからないが、万能薬が入った瓶を取り出して飲み干す。
頭の痛みは和らいだ気がするが、根本的な解決になったかはわからない。
だが、今は気にしてられない……
レヴェントンは起き上がって、完全に戦闘態勢に戻っている。
空になった瓶を放り捨てて深呼吸し、フミコの腰に手を伸ばして抱き寄せる。
「きゃ!? か、かい君!? 嬉しいけど、どうしたのいきなり!?」
「すまんフミコ、ちょっくら背中に乗ってもらうけど振り落とされるなよ?」
「へ? 背中? かい君何を?」
抱き寄せたフミコは顔を真っ赤にしながら聞いてくるが、今は説明している暇はない。
フミコを抱き寄せたまま魔獣へと変化する。
その姿はギガバイソンと同じくらいの大きさで口からは長大なサーベルの牙が飛び出す四足歩行の魔物であった。
外見はどこかティラコスミルスを連想させるその魔物の名はギガボルコス。
地球におけるティラコスミルスは新生代第三紀中新世後期に絶滅した肉食獣であるが、あまり俊敏でなかったと推測されている。
しかし、巨大な魔物であるギガボルコスは違う。
俊足を生かした狩りでサーベル状の牙を常に血で潤していた。
とはいえ、ギガボルコスがギガバイソンに勝てるかはわからない……さらに相手は進化したギガバイソンEだ。
だからこそ、その俊足を逃げるために使う。
背中にフミコを乗せて、小砦やズエの森とは正反対の草原へと一気に駆ける。
一瞬ちらっと振り返ってレヴェントンを見て鼻で笑った。
挑発のつもりだったが、レヴェントンは怒ったように地団駄を踏んで咆吼するとすぐにこちらを追いかけてきた。
どうやら成功したようだ、チョロいな。
「わわわ! お、落ちる落ちる!」
フミコが涙目で背中の毛を必死で掴んでしがみつく。
できればフミコにはアリサカ銃か丸木弓で追ってくるレヴェントンを攻撃して少しずつ体力を削ってほしかったが、どうにもそうはいかないようだ。
(となれば試してみるしかないか)
フミコを背中に伸して草原を駆ける。
追いかけてくるレヴェントンは最初は2本足で走っていたが、すぐに元の姿の方が速いと判断したのか4足に戻って追いかけてくる。
しばらく草原をかけて距離を稼いだ。
もうズエの森も小砦も地平線の向こうに消えて見えなくなっている。
さすがにこれ以上進めば今度は人里に突入する危険が増すだろう。
頃合いだ。
(さて、それじゃあやるか……分裂!!)
ここからは時間との勝負だ。
まずはフミコを背中に乗せた状態ではあるが、ほんの一瞬だけギガボルコスの姿を解除する。
失敗した時の事を考えてフミコを受け止められるように、魔術障壁を発動させておく事も忘れない。
ギガボルコスの姿は解除したが、しかし元の人間の姿に戻るわけじゃない。
人間の姿ではなく別の魔物へと変化する。
その魔物は誰もが知るザコモンスターの定番であるスライム。
とはいえ、スライムがザコモンスターと認識され、その代名詞となったのは某有名RPGの影響が大きいのであるが、実際のところは異世界によって強さのバラメーターは変化する。
スライムは単純にザコモンスターと言い切れない部分があるのだが、今はその話は置いておこう。
ではこの局面でなぜスライムになったかと言えば、スライムが有する分裂能力を行使するためだ。
スライムの中には攻撃を放っても、その一撃で仕留められなければ分裂して増殖する種がいる。
そういった種は大抵、増殖したほうがオリジナルの並列意思を宿しているのだが、スライムがそこまで知的生命体でないため他の種族と意思疎通ができない。
だからこの事実を知る者は少ない。
まさに魔物に変化できる能力を得たからこそ知り得た情報だ。
つまりはスライムとして分裂すれば、並列意思をもった分身を作る事ができるわけだ。
そして並列意思は当然オリジナルと同じ能力を使える。
つまりはスライムに変化して分裂し、そしてすぐにギガボルコスの姿に戻った場合、2頭のギガボルコスが生まれるわけである。
そしてその2頭は当然ながらどちらも自分だ。
つまりは……
「ふぅ……な、なんとか落ち着いて乗れるようになった」
必死にギガボルコスの背中の毛を掴んでいたフミコであったが、ようやく馬に乗る感覚でギガボルコスの背中に安定してまたがる事ができた。
そうすると自然と余裕が生まれてくる。
一息ついて周囲を見回す。
レヴェントンは後ろから追いかけてくるが、まだ距離はある。
そして横を見ればギガボルコスがもう一頭並走していた。
「あ、あれ? なんでもう一頭? あ、そうかさっき一瞬だけかい君がスライムになった気がしたけど、それでかな?」
スライムは分裂できるから、うんたらかんたらとかつて説明を受けたような気がする。
フミコはそれを思いだして、つまりはかい君が今2人、いや2頭になってるのか!と納得する。
しかし、分身というワードはフミコにとってあまりいい印象はない。
それは自分が負けた相手であるザフラが使っていた技であり、それを見るとどうしても負けた時の事を思いだしてしまうからだ。
とはいえ、いつまでもそれを引きずっているわけにもいかない。
フミコは頭をブルブルと振って気持ちを切り替える。
そして、そこで気がつく……
「ん? ちょっと待って……かい君は魔物に変化していて、今あたしはその変化した魔物に乗っている……」
言ってフミコはギガボルコスの背中を軽くさすり、毛繕いするようにやさしく背中の毛を撫でる。
「そしてこの毛並み……でもこれはかい君が魔物に変化しているだけで、実際は魔物の毛じゃない……つまりはこれって、実質的にかい君の……ゴクリンコ」
そう呟いてフミコの表情が崩れていく。
今にも涎を垂らしそうな勢いで口を開いて鼻息が荒くなりだした。
フミコがそんな状態になってるとは知らず、1頭の分身が解除された。
スライムで分身してギガボルコスを2頭にし、さらにフミコを乗せているギガボルコスだけを残して分裂したほうのギガボルコスの魔獣化を解除する。
そして人間の姿に戻ったほうは、まだ魔獣化を解除していないフミコを乗せたギガボルコスの背中に飛び乗る。
スライムの分裂による並列意思があるからこそできる芸当だ。
(とはいえ、これどっちが本当の俺なんだろうな? まぁ並列意思だからそんなのないんだろうけど……)
そう思ってフミコのほうを向く。
「すまないフミコ、説明せずにここまできてしまったけどって……ん?」
すると、なんだかとんでもない光景が広がっていた。
「かい君……ぐへへ、かいく~ん、うふふふ、フサフサで気持ちいいよ~~ん~~~いい臭い、うへへ癖になりそう、あぁ……んん……はぁ……やん」
フミコがギガボルコスの背中の毛に顔を埋めて、全身を動かし何かしていた。
うん、一体何をしていたかは本人の名誉のためにこれ以上は言及しないでおこう。
俺は紳士だからな……見てはいけないものにはそっと蓋を閉めるさ!
ジェントルメンはクールに去るぜ……
「って去ったらだめだろ! おーい、フミコさーん、大変申し訳にくいんですけど魔物の姿はしてても一様は人様の背中で何してはるんですかー?」
そうとぼけた感じで言ってみると、フミコが顔を真っ赤にしてガバっと起き上がった。
「か、かかかかかかきゃいきゅん!? い、いつからそこに!?」
「いや、今さっきだけど?」
「え、ええっと……もしかして見てました?」
「………」
「あはははは……何か言ってよ!! はずかしー!!」
そう言ってフミコは両手で顔を隠して塞ぎ込んでしまった。
「いや、恥ずかしいと思うなら戦闘中にそんな事しないでよ!!」
そう叫んだところで懐にしまっていたスマホが鳴った。
どうでもいいけど、分身してる魔物をどっちも解いて人間に戻った場合、やっぱ自分の体が2つになるのかな?
その場合、スマホも2台になるのだろうか?
などと考えながらスマホを取り出す。
画面にはケティーの名前が表示されていた。
「もしもし?」
『とりあえず淫乱フミコを突き落とせば?』
ワオ!ストレートな死刑宣告きたー!
「もしかしなくてもドローンで見てたか」
『監視しとけって言ったのは川畑くんでしょ? 隣でリエルは大爆笑してるよ?』
「でしょうね……笑い声が聞こえてくる。とにかくフミコの名誉のためにもドローンの映像は記録しといてやるなよ?」
『あらいいの? 川畑君、てっきりこの映像見て……』
「何もしねーよ!! いいから絶対記録してやるなよ!」
『ふーん、ほんとフミコにはやさしいというか甘いよね? 私にもそういうところ見せて欲しいんだけど』
ケティーがつまらなさそうな口調でそう言ったところで、今まで恥ずかしがってたフミコが自分の話し相手がケティーだと察したのか、鋭い視線を向けてくる。
あぁ、これはまずいと思って、とにかく記録はするなよと伝えて通話を切る。
「かい君? 今の通話相手誰?」
「それよりもフミコ、頼みがある」
「かい君? まずは質問に答えて?」
「これからやつに攻撃をくわえるから……」
「かい君!!」
面倒くさくなるのでフミコの質問をスルーしようとしたが無理だったようだ。
なのでため息をついて答える事にする。
「はぁ……今電話してきたのはケティーだよ。何の話してたかっていうとだな……フミコ、さっきしてた事ドローンで普通に見られ」
「い、いやーーーーーーーーー!!!!」
そこまで言ったところでフミコが恥ずかしさのあまり悶えだした。
あーうん、どうしようこれ……話進まない。




