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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
12章:定例クエストをこなそう!
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ヴィーゼント・カーニバル(8)

 日が沈み、コーサス要塞群に夜が訪れた。


 ギガバイソン達は夜行性ではないため、基本的に夕陽が赤く染まり始めたら徐々に城壁へ突撃するのをやめ、暗くなり始めたら完全に森へと帰っていく。


 何せ小高い丘の上からコーサス要塞群を見ているギガバイソンのメスたちも森の中へと帰って行くのだ。

 メスが見ていないのに城壁に突撃しても意味がない、だから夜になればギガバイソンの姿は一切見られなくなる。

 とはいえ、コーサス要塞群に静寂が訪れる事はない。


 昼間の間にもギガバイソンたちが城壁に突撃してくる横で城壁の補修は行うが、人手の足りないギルドは日中追いつかなかった作業を安全な夜に行う。

 逆に人手が足りているギルドは日勤と夜勤のシフトを作り、安全に城壁を補修、補強できる夜に作業を行うのだ。


 なので夜の訪れと共にコーサス要塞群のどの砦からも作業音が響く。

 例外的にギガバイソンが押し寄せてこない、最果ての砦を除いて……


 そんな超がつくほどのド暇で被害など一切なかった南西最果ての小砦の中では今、夕食の準備が行われていたのだが……


 「うーん……困った」


 思わず唸ってしまった。

 自分が今いるのは小砦の中にある厨房だ。

 そして、目の前には頭を抱えたくなる光景が広がっている。


 「かい君? どうしたの?」


 すると厨房の中にフミコが入ってきて尋ねてきた。


 「ん? どうしたんだフミコ」

 「いやー、かい君の料理の腕が確かなのは毎日かい君の作ってくれるご飯を食べてるからわかってるんだけど、今回はリエルにエマちゃんにヨハン、それにフミカもいるし、いつもより作る量が多くなるじゃない? だから手伝おうと思って」


 そうフミコが純粋無垢な笑顔で言ってきた。

 うむ、そんな疲れも吹き飛ぶ可愛らしい笑顔を向けられたら、思わず手伝おうという申し出を受けそうになるが惑わされてはいけない!


 確かにフミコは愛らしいが、料理の手伝いをするとなれば話は別だ。

 かつてフミコと出会って間もない頃、疑似世界でフミコが作った料理を思い出す。

 そう、あの味である……

 あれ以来、自分にパーフェクトクッキングという能力があるのも相まってフミコには料理をさせていないのだ。


 誤解があってはいけないので申し上げておくが、決してフミコの料理の腕が下手くそと言っているわけではない。

 もしかしたら弥生時代の調理法が現代の調理法とミスマッチしているだけしれない。

 フミコが使用した食材がダメだっただけかもしれない。

 そもそも弥生時代と現代では味に対する価値観が違っただけかもしれない。


 そう、もしかしたら、ちゃんとした食材を使えばフミコの料理はおいしいのかもしれない。

 しかし、今この局面でその博打をする気にはなれなかった。

 なぜならば……


 「手伝いか……まぁ、申し出てくれるのはありがたいんだけど今はいいかな?」

 「そう? でもみんなの人数分作るの大変じゃない?」

 「あぁ、それなんだが……支給された食材を運び込んだ時に確認してなかったのも悪いんだけど、どうにも少なすぎるんだよな」

 「え? それってみんなの分の食事を用意できないって事?」


 フミコが驚いた表情となるが、まさにその通りだ。

 厨房にある食材はどれも少量で、普通にギルドメンバー+フミカの分の料理を作れば底をついてしまう。

 たとえ少量の食事にして、明日の朝ご飯を抜きにしても明日の昼飯で食材はなくなってしまうだろう。


 おい、どうなってんだ!なんで食材の支給がこんなに少ないんだよ!餓死させる気か!

 少なくとも定例クエストが終わるまで1週間ほどはこの小砦で過ごさないといけないってのに!


 「はぁ……どうしたもんかな? 食材は支給されるって聞いてたから自前の食材は持ってきてないし」

 「ど、どうするの? 誰かご飯抜きになるの?」

 「うーん……」


 頭を悩ませていると今度はフミカが厨房に入ってきた。


 「どうしたの2人とも? まさかケティーの目の届かないところで逢い引き?」


 フミカは入ってくるやいなや、自分とフミコを見てニヤニヤしながら言ってくる。


 「あ、逢い引き!? やーん、そうだったらよかったんだけど」


 フミコはそんなフミカの言葉を聞いてテンションが上がりだしたが、今はそんな時ではない。

 なのでヴィーゼント・カーニバル経験者のフミカに食材の支給される分量について聞いてみる事にした。

 するとフミカが。


 「いや、食事に関しては大砦内にある大食堂で食べれるよ? 各小砦に支給される食材はあくまで非常用。大食堂に忙しくて来れない時のためだったり、夜通し作業する人のために夜食を作るためのものだからね?」


 そんな事を言ってきた。


 「え? そうなの?」

 「いや、事前に説明受けてないの?」

 「食材は支給されるって事しか聞いてない」


 そう言うとフミカがやれやれと言わんばかりに頭を振ってため息をついた。

 うん?これもしかして俺が悪い?

 そりゃ確かに食材が支給される、小砦内には厨房があるって聞いて自分らで食事は作るものと思い込んで大砦に大食堂があるって情報を聞き逃したのは事実だけどさ。


 でも、そこはちゃんときっちり説明してほしかったよね?


 そう思っているとフミカがフミコの手を取って。


 「とにかく、ここにある食材は非常用だからはやく大食堂にご飯食べに行こう!」

 「え? ちょっとフミカ?」

 「はやくはやく! ここの名物は今日取れたての新鮮な肉料理なんだから!」


 あっという間に厨房からフミコと一緒に走り去ってしまった。

 呆気に取られて厨房に1人立ち尽くすこと数秒。


 「いや! 大砦に行くならみんなで行かないとトロッコ使えなくなるじゃん!!」


 我に返ってすぐに2人の後を追った。



 コーサス要塞群のメイン建築物である大砦。

 その中にある巨大なホール、そこでは各小砦からやってきたギルドの面々がそれぞれ席について酒を片手に盛り上がっていた。

 言うまでもなく大食堂である。


 その大食堂の片隅のテーブルで自分達は食事を取っていた。


 「これだよこれ! コーサス要塞名物バイソンステーキ!! あぁ、1年ぶりにありつける!」


 フミカがえらく高いテンションで涎を垂らし、目を輝かせながら言ってすぐにフォークとナイフを手に取り食べ始めた。

 おう、すごくがっつくな……そんなに旨いのか?


 「というかバイソンステーキって聞くまでもなくギガバイソンの肉じゃねーか!? え? あいつら捕獲して解体したの!? そうなの!? うそやん!! もしかして昼間森まで運んだあいつもこの末路辿ったの!? だとしたら食べずらいわ!!」


 くそ!繁殖期のギガバイソンたちを食うのが真のヴィーゼント・カーニバルだったってのか!?

 すまねぇ昼間のギガバイソン……こんな事になるならせめてあそこで殺してその場で埋めてやるべきだった。


 そう思っていると隣のテーブルで食事をしていた女性が声をかけてきた。


 「ははは、肉料理を見ちゃうとそう思うかもしれないけど、そんな事はないみたいですよ? この肉は大砦近くで発生した脱線でやむを得ず殺処分した1頭で作ったみたいです。今日の殺処分はそれだけだったみたいですから明日もあるとは限りませんよ?」


 声をかけてきた女性がそう言うと、その女性の隣にいたマッチョな男も笑いながら。


 「まぁギガバイソンは解体すりゃ1頭だけでも家畜の牛数頭分の肉が手に入るからな? 普通の家庭なら数日分の食料にはなるさ。しかしここではそうはいかない、きっとすぐになくなるだろう……だからバイソンステーキのおかわりは取り合いなのさ!」


 そう言ってサムズアップしてみせてきた。


 「はぁ、なるほど」


 だからフミカは必死にステーキを頬張っているのか……はやく食べないとおかわりがなくなるかもしれないから。

 でも、そんな早食いして肉の味を堪能できるのか?

 そう思うが、そもそも野生の牛、しかも魔獣の肉だ。正直旨いとは思えなかった。


 高級和牛が美味しいのは与える餌や育てる環境がいいからだ。

 美味しい肉になるように育てられているからこそ、最高の霜降りが堪能できるのだ。


 ではそんな味の調整など当然されていない野生の牛の肉はどうだろうか?

 果たして美味しいのか?もし家畜の牛と変わらぬ味を野生の牛が出せるのならば、そもそもコストをかけて家畜を育てる意味がなくなってしまう。


 そう思うと、このバイソンステーキの味はあまり期待できなかった。

 しかしフミカのがっつき具合を見るに美味しいのだろうか?

 ここに来るのを急いでたのも、きっとこれ目当てなのだろうし。


 「バイソンステーキって取り合うほど人気なんですね、そんなにおいしいんですか?」


 なので一様聞いてみた。

 すると2人は顔を見合わせるとクスっと笑い。


 「もちろんだ!! 食って損はないぜ!!」

 「むしろ食べないという選択肢がないです」


 そう言ってサムズアップしてきた。


 「な、なるほど……しかし、そこまで言われると明日からギガバイソンたちを見る目が変わりそうですね」

 「ははは! でも脱線もしてないのに食う目的で捕獲したらダメですよ? あくまで脱線した個体を誘導してもダメだった場合にのみ殺処分は許されるんですから、そしてせめてもの供養で食べるんですからね?」


 女性はそう言うが、大食堂内を見回しても供養してるなんて雰囲気を微塵も感じないんですが?

 あと絶対、本当なら誘導できるのに誘導できなかったって言って殺処分して肉食うやついると思う……


 「わかってますよ。この定例クエストはギガバイソンたちの繁殖の手助けみたいなもんですもんね、それが数を減らしてたら何してるかわかりませんよ」

 「その通り! 兄ちゃんわかってるじゃねーか!」


 マッチョな男はそう言って自分の背中をバシバシ叩いてきた。

 筋肉のせいで無駄に力が入ってて痛い。


 「ははは、えっと……お二人はこの定例クエストは何回目なんですか?」


 そう聞くとマッチョな男がジョッキに入った酒を一気に飲み干して答える。


 「今回で2回目さ。だからまぁ、通な感じで言ったけどさっきの話も実は受け売りなんだ」

 「そうなんですか」

 「でもバイソンステーキがおいしいのは去年食べて実感した事だからさ! だからこれを食うのがほんと楽しみだったんだよ!」


 マッチョな男がそう言うと隣の女性も笑顔で頷き。


 「きっとやみつきになるわよ? そして今回のヴィーゼント・カーニバルが終わったらはやく来年が来ないかなって思うはずだわ!」


 そう口添えしてきた。

 まぁ、ここまで言うのだからそれなりには美味しいのだろう。

 だったら冷める前にはやく食べた方がいいな。


 「そうですか、じゃあいただくとします」

 「うん、そうしたほうがいいわ、そしてすぐにおかわりに行かないと! 1切れしか食べれなくなるよ?」

 「ははは、ではそうならないようにいただくとします。ところでお二人はどこのギルドに所属を?」


 聞いてみるとマッチョな男が笑顔で力こぶを作りながら答えた。


 「格闘ギルド<ザ・ライジン>だ! そしてオレっちはそのギルドマスター、ボベルトだ! よろしくな!」

 「私はリベラ、よろしくね! ちなみに私達付き合ってるの!」


 そう言うとリベラはボベルトのマッチョな胸板に顔を埋めだした。

 そして顔を上げるとそのままボベルトとキスをしだしてしまう。


 oh!周りの目を気にせず何やっとんじゃいこのおふたりは!?酔っ払ってるのか?

 そう思っていると。


 「おっと失礼! 兄ちゃんがオレっちの女に手を出さないように少し情熱的になっちまったな! ははは!」


 そう笑いながら2人は手を差し出してきた。

 なのでこちらも苦笑いしながらも手を出して2人と握手する。


 「ははは……俺はカイト、ギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>のギルドマスターやってます」


 自分が自己紹介すると2人は顔を見合わせ。


 「ギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>って()()()()()()()()()()?」


 そう聞いてきた。

 OH!ここでその名を聞くことになるとは……どうやら解体業者と勘違いされる異名は相当知れ渡っているようだ。

 なんという黒歴史……過去に戻ってやり直したい!


 「ブレイクギルドじゃないです!! その名は忘れてください!」

 「え? でも有名だぜ? あそこに依頼すりゃどんな物件でも1秒で更地にしてくれるって」

 「さすがにそれは無理です!! ていうかほんと解体業者扱いやめてください!! 俺らは普通のギルドです!」

 「普通のギルドって何だよ? じゃあ本当の専門は何なの?」

 「そ、それは……」


 そう聞かれて言葉に詰まる。

 何でも屋と答えるべきかどうなのか……

 しかしボベルトは大声で笑いながら。


 「決めてないならブレイクギルドでいいじゃねーか!」

 「いや、よくねーし!!」


 このままでは本当に解体業者にされそうだが、それ以上ボベルトはこちらの言い分を聞こうとはしなかった。



 大砦内の大食堂が宴会のごとく夜通し盛り上がる中、大砦の前に広がるズエの森奥深くでは誰にも気付かれる事なく夜空から小型の飛空挺が数挺、降りてきていた。


 闇夜に紛れて音もなく着陸し、飛空挺から降り立ったのは黒いコートを着た複数の男たち。

 空から現れた事からもわかる通り空賊だ。


 ギルドユニオンの敵対組織である「空賊連合」その一味である。


 「ふむ……今年はいつにも増してザルだったな? 警戒してないのか?」


 空賊の一人がそう言って被っていた帽子を取る。


 「恐らく今年はギルド<鷹の目>が参加してないのでは?」

 「あぁ、確かに先日、ヒトール砦のほうで連中を見かけたからな……という事は今年は対空警戒を行っていないのか?」


 帽子を取った空賊がそう言うと他の空賊は首を振る。


 「わかりません、まだ可能性の段階かと」

 「そうか……まぁ、数日は様子見だな」

 「はいべルシ様、まずは拠点の設営にあたります」


 そう言って空賊たちは散り散りに走って行く。

 そんな空賊たちには目もくれずベルシと呼ばれた男は森の奥に1頭の弱ったギガバイソンを見つける。


 「ん? こいつは……」


 ベルシはギガバイソンに近づいていき、観察する。

 そのギガバイソンは右角が斬り落とされており、右目も斬られて潰されていた。


 ひどく弱っているようにも見えるが、しかし見開いた左目には怨嗟の炎が渦巻いていた。

 自分をこんな目に合わせた相手への怒りがにじみ出ている。


 ベルシはそんなギガバイソンの怒りを感じ取って口元を歪める。


 「こいつは威力偵察にちょうどいい素材じゃないか」


 そう言ってベルシはギガバイソンに向かって右手を突き出し手のひらを開く。


 「男はあまり好きじゃないんだがな? あぁ、オスか……まぁ、どっちでもいいさ、僕の道具になってくれるならな」


 すると開いた手のひらから赤紫色の靄があふれだし、それはギガバイソンへと向かっていく。

 やがて赤紫色の靄はギガバイソンの体を飲み込んだ。


 そして数秒後、赤紫色の靄は消え、さきほどと雰囲気が変わったギガバイソンが立っていた。

 ギガバイソンは荒々しく夜空に向かって咆吼をあげる。


 「くくく……さぁ、存分に暴れて復讐するがいい牡牛! その力は与えてやったぜ」


 ベルシはそんなギガバイソンを見て不敵に笑った。


 空賊連合の中でも幹部の席に座る存在である「空の貴公子」ベルシがヴィーゼント・カーニバルへと介入を始めたが、コーサス要塞群にいる誰もまだこの事に気付いていなかった。

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