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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
12章:定例クエストをこなそう!
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ヴィーゼント・カーニバル(6)

 小砦を出てから数分、遠くに数頭のギガバイソンが草原を駆けるのが見えた。

 まだ距離はあるが、どうやら現場に到着したらしい。


 「見えた!! 思ってたほどの数じゃないな」


 そう言うと隣でフミコと2人乗りで馬に乗っているフミカがシングルシリンダーの望遠鏡で状況を確認しながら。


 「そりゃ脱線を起こすギガバイソンなんて変わり者、そんなにいるわけないでしょ? 集団の中のごく一部よ。それより反対側からも数名来たわね、たぶん応援要請だしてきた砦の面々だと思うけど」


 懐から信号拳銃を取り出す。

 そしてそれを頭上に掲げて信号弾を放った。


 上空に赤い煙が昇っていく。

 それに呼応するように、反対側からやってきた面々も信号弾を放ったのか青い煙と黄色い煙が上空に昇っていく。

 それを見てフミカがため息をついた。


 「どうやら反対側から来たのは2人だけみたい、しかも対処する数は半分ずつじゃなくてこっちが4頭っておかしくない?」

 「え? 何それ? そんなやり取りいつしたの?」


 そう言うとフミカが呆れた顔でこちらを見てくる。


 「カイトちゃんと信号弾見なよ、煙の色でわかるでしょ?」

 「すまん、煙の色を見てもさっぱりなのだが? というか煙の色がどういった意味か教えてもらってないよね?」


 そう言うとフミカが「そうだっけ?」と言ってフミコに「教えたよね?」と尋ねるが、フミコはキョトンとした顔で「さぁ?」と答えた。

 フミコの返答後、フミカはそのまま何食わぬ顔で。


 「私達は4頭の対処を任されたから、とりあえずこのまま速度をあげて真っ直ぐギガバイソンたちに近づこう!」


 そう言って馬の腹を足で蹴ってスピードを出し、先に駆けていった。


 「ちょっと!? 煙の色の件はどうなったの!? ねぇ!?」


 そう言って後を追うが結局フミカが答えることはなかった。




 ギガバイソンたちはかなりの速さで草原を疾走するが、近くで見るとその迫力に圧倒される。

 本当にこんな暴走列車状態の猛牛を止める事ができるのか?と思うが、別段砦まで再び誘導できればいいのだから、無理に停止させる事もないのだろう。

 そううまくいけばの話だが……


 現にギガバイソンたちはすでに警戒しており、止まるどころか速度を増している。

 確か牛の視界は330度あり、死角は目元鼻先と背後だけで、警戒されず近づくには最初からそこに飛び込まなくてはならないという。

 とはいえ、これは家畜の牛たちならいざ知らず、野生のものでは至難の技だろう。

 カウボーイやカウガールがいかに偉大だったかがよくわかる。


 さて、そんなカウボーイやカウガールが扱うテクニックは近現代以降はスポーツ競技として定着している。

 言わずと知れたロデオである。


 ロデオにはラフストックと呼ばれる、調教されていない野生の牛や馬を乗りこなす競技とタイムイベントと呼ばれるカウボーイのお仕事が完了するまでの時間を競う競技がある。

 どちらも洗練された技術と知恵と知識と経験が必要になるわけで、そんなもの素人が突然できるわけがない。


 そうできるわけがないのだが……


 「それじゃ、まずはカイト、あの集団を牽引してる先頭のやつの背中に飛び乗って!」

 「できるか!!」


 フミカはいきなりロデオの定番、誰もが容易に想像できる暴れた牡牛の背中に乗るブル・ライディングをしろと言ってきた。

 しかも普通の暴れ牛ではない、5メートルはあろうかというギガバイソンに対してだ。

 そんなの無理に決まってる。


 「はぁ……それができなきゃ頭を捻って倒せないじゃん」

 「いや、なんでそんな格闘でしめようとするの!? というかそれしたら俺もギガバイソンと一緒に盛大に地面に転んじゃうじゃねーか!」


 どうやらフミカはブル・ライディングではなくスティアー・レスリング のほうをご所望だったらしい。

 いや、どっちも素人の俺には無理だけど?


 「つーか、何のために道具持ってきたの? これ使わないの?」


 そう言って自分の背後にある荷物を見るが、フミカは。


 「その前に1度ロープでの捕獲を試みよう!」


 などとぬかしだした。


 うむ、今度はスティアー・ローピング だ。

 何なの?フミカって格闘技好きだと思ってたけどロデオ好きだったの?

 そんなロデオオタクの提案に乗れるわけないでしょ!


 「いや、だから何でそっち方面にいくわけ!? ちゃんと真面目にしようぜ!!」


 そう叫ぶとフミカが舌打ちをしてあからさまに機嫌が悪くなった。


 「はぁ……まぁ、脱線対処の基本だから仕方ないけど、それ私あまり好きじゃないんだよね」


 フミカはそう言って自分の背後にある荷物を見る。

 それはグルグル巻きの赤い布と折りたたまれた棒であった。

 そう、赤い布だ。


 もうおわかりだろう、どこからどう見ても闘牛士が使うあのムレータだ。


 ムレータは赤いフランネル製の布ばかりが使われることから勘違いされがちだが、牛は赤い色に反応しているわけではない。

 ひらひら揺れる布で牛の気を引いて闘争心を煽っているのあって、実際の所、色は何色でも構わない。

 赤が多く用いられているのは布についた血を闘牛を見に来ている観客に悟らせないための仕掛けでしかないのだ。


 ならば観客などいない、脱線対処に使う道具が赤い布である必要はないと思うが、そこは深くツッコまないでおこう……

 とにかく騎乗しながら折りたたまれた棒を組み立て赤い布を通す。

 ものの数秒で対ギガバイソン用ムレータが完成した。


 その完成したものはかなり大きく、スペインの闘牛士などが使うムレータと違い、どちらかと言えば古代中国や日本の戦国時代などでみかける自軍の旗を馬に乗りながら掲げているあの感じに近かった。


 「こ、これは……少し騎乗しながら使うには重いな……」


 単純な見た目では重たそうには感じないが、ムレータはその隠された中身が重要である。

 闘牛士が使うムレータはその赤い布で牛の気を引き、牛を自由自在に操るが、最後の最後に牛を殺すための武器であるエストックを隠す役割も担っている。


 つまりムレータの重さとは中に隠し持った武器の重さだ。

 そして自分が組み立てたムレータの中には今、長槍が隠されていた。


 同じくフミコが手綱を握り、フミカが掲げているムレータは自分のより小さい短槍が隠されている。

 これは近世の貴族が行っていた騎馬闘牛の形式に近い。


 騎馬闘牛は基本的に馬に乗って長槍を使うバリラルゲーロと短槍を使うレホネアドール、そして馬に乗らずに自らの足で対処するマタドールが連携する形で行うが、この脱線の対処にはマタドールはいない。

 しかし、そこは問題ない。

 脱線の対処は闘牛とは違う。何せ、砦から離れた彼らを砦の城壁まで誘導すればいいだけなのだから。


 「カイト、馬上槍の扱いは問題ないね?」

 「あぁ大丈夫だ! 心配するな」

 「よし! じゃあ仕掛けるよ!!」


 フミカはそう言ってギガバイソンたちの側面へと迫っていく。

 それを見て自分は先頭のギガバイソンの前へと出るべく馬の腹を蹴ってスピードを出す。


 そして先頭を駆けるギガバイソンの前に出るとムレータを大きく振って挑発を開始する。


 「おらおら!! こんなところまで逃げ出してきててめーら根性ねーな!? ちっとは勇猛果敢なところ見せてみろや!!」


 ムレータを振って叫びながら思う、そういや自分馬上槍っつってもジョストに代表されるような真正面から互いに馬で駆けてきての槍の叩き合いしかできねーわ。と……

 うん、王良伯から奪った数多の武道が扱える能力の中の馬上槍にはそういったものしかなかったからね、真正面から向かってくるわけじゃない相手に対処する仕方知らねーわ……


 とはいえ、今は別に馬上槍で相手を打ち負かせばいいわけじゃない。

 誘導さえできればそれでいいのだ。

 だから特に気にはしなかった。

 まぁ、何とかなるだろうと……


 「おら!! こっちこいや!!」


 叫んでムレータを振る。

 先頭のギガバイソンはこれに食いつき、自分を標的に定めたようだ。


 「よし! 食いついた!!」


 フレータを振って挑発するのをやめず、進路を徐々に変更していく。

 後はスピードを調節しながらギガバイソンに近づかせて長槍で突いて攻撃し、再び突き放して距離を取って、ギガバイソンに「追いつこう!」と思わせ必死で走らせて体力を奪い、再び近づかせて長槍で突く。


 これを繰り返して弱らせ、勢いがなくなったところを捕獲する。

 もしくは、こちらの攻撃を嫌がって森に帰るように仕向けるか、そのまま城壁まで誘導する。


 基本的にはこれで大丈夫なはずなのだが……


 「おいおい、こいつ……なんか全然勢い削がれないんだけど!?」


 フミカとフミコの乗る馬にはすでに3頭のギガバイソンたちがくいついていたが、フミカの攻撃で弱りきっており、このまま城壁までの誘導が可能な状態であった。

 しかしこいつは違う……弱ったりしておらず、城壁の方へと進路を徐々に変更しようにもすぐに追いついてきて中々誘導できない。

 むしろ、こちらが城壁から遠ざけられてるようにも感じる。


 「くそ! このままだとこいつを引き連れて草原突っ切ってしまうぞ!?」


 そうなったら人里にギガバイソンごと直行だ。

 脱線したギガバイソンを城壁ではなく街に誘導など笑えない……さて、どうしたものか?


 (確か、どうしても誘導が無理な場合は殺処分って話だったが……やるしかないか?)


 迷っているとフミコが叫んできた。


 「かい君!! 大丈夫!? 応援呼んだほうがいい!?」

 「いや、気にしなくていい!! そっちはそのまま3頭を城壁まで誘導してくれ!! こっちはこっちで対処する!!」


 そう叫び返すとフミコが「わかった、気をつけてね!」と叫び、フミコとフミカの乗る馬がギガバイソン3頭を城壁へと誘導していく。

 ギガバイソン3頭とフミコとフミカが乗った馬が離れていくが、先頭を走っていたギガバイソンは気にせず自分へと迫ってくる。


 「はぁ……覚悟を決めるか」


 深呼吸して気持ちを落ち着かせ、前を見据える。

 地平線の先まで草原、障害物は視界の範囲では見当たらない。

 ならば十分にスペースを使って戦える。


 「無理をさせるが許してくれよ相棒」


 言って右手で馬の首を軽く叩き、再び手綱を握りしめる。


 「いくぞ!!」


 勢いよく足で腹を蹴ってスピードを出す。

 ギガバイソンも負けじと追ってくるが、それよりも馬のほうが速かった。

 距離を開けると、勢いよく手綱を引いて方向転換しギガバイソンと真正面から対峙する。


 「まったく、5メートルもある巨大牛とジョストしようなんてバカげてるな」


 そう思いながらも自分はどこか心の中ではこの状況を楽しんでいるのだろうか?

 自然と口元が緩んだ。


 「さぁかかってこいやギガバイソン!! その角へし折ってやる!!」


 叫んでギガバイソンに向かって一気に駆ける。

 ギガバイソンもこちらに向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。

 まさに真っ向勝負、こちらは馬上から長槍を構え、ギガバイソンはその鋭利な角をこちらに向ける。


 「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 叫び長槍を突き出す。

 ギガバイソンも雄叫びをあげ頭を突き出して角による頭突きを放ってくる。

 互いの攻撃が交差し、ぶつかり合う。


 ギガバイソンのその全身全霊の角の頭突きを長槍の切っ先で受け止め、衝撃波が全身を襲った。


 「ぐ!?」


 激痛に耐えきれず、思わず長槍を手手放しそうになるが、歯を食いしばってなんとか耐える。

 耐えて、長槍を力強く押し出す。


 「おらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 押し出された長槍はそのままギガバイソンの角を砕き、ギガバイソンは悲痛な叫びをあげた。

 そして5メートルもある巨体はそのまま勢いよくこけて、地面を抉りながら転がっていく。


 「ざまぁみろ!!」


 それを見て思わず手綱を手放してガッツポーズを取るが、バランスを崩したのは自分の乗る馬も同じだった。

 馬は悲鳴をあげながらこけてしまい、当然ながら手綱を手放していた自分は宙に放り出され落馬してしまう。


 「うぐ!? がはぁ!?」


 受け身を取る間もなく勢いよく地面に叩きつけられ、転んでしまった馬から数メートル離れた場所まで転がっていく。

 あまりの激痛にのたうち回るが、何とか回復薬が入った瓶を取り出して飲み干す。


 「はぁ……はぁ……クソッタレ!! 王良伯のやつなんでマニアックな武道いっぱい奪ってたのに騎馬闘牛用の馬上槍は持ってないんだよ!! それがあったらもう少しスマートにできたぞ!」


 思わず愚痴るが、そんな事を言っても仕方がない。

 まずは移動手段である相棒の馬の怪我を治してやらないといけない。

 そう思ってこけてしまった馬の元に行こうとした時、遠くで倒れていたギガバイソンが唸りながら身をよじって起き上がった。


 「ち! やっぱあの程度じゃダメか」


 舌打ちして、素早く馬の元へ行き回復薬を飲ませる。

 すぐに馬は元気を取り戻し起き上がったが、同じくギガバイソンもブルブルと顔を揺らして気合いを入れ直し、こちらを睨んでくる。


 「相棒、少し離れてろ!」


 馬の尻を叩いてこの場から馬を逃がすと深呼吸して懐からアビリティーユニットとアビリティーチェッカーを取り出す。

 長槍はかなり離れた場所に落ちており、拾いに向かえばギガバイソンは間違いなくこちらに突っ込んでくるだろう。

 だったら、自前の武器を使うまでだ。


 ギガバイソンが右前足でガシガシと地面を蹴っている。

 突撃の前に気合いを入れているのだろう。


 「上等だ、受け止めてやる!」


 アビリティーチェッカーをアビリティーユニットに装填して浮かび上がったエンブレムをタッチする。

 選んだのは聖斧の能力、アビリティーユニット・アックスモードを手にして構える。

 それを待っていたのかはわからないが、ギガバイソンは雄叫びを上げ一気に突っ込んできた。


 角を折られた怒りか、憎しみか、先程よりギガバイソンは速い気がした。

 しかし、だからと焦る必要はない。

 冷静に、それでいて急いでアビリティーユニット・アックスモードを地面に振るう。


 「これでもくらえ!!」


 ギガバイソンが目の前に迫り、自分に頭突きをくらわせようとしたその瞬間、地面から岩の壁が飛び出してギガバイソンの顔を叩いた。

 ギガバイソンは悲痛な叫びを上げるが、そこで終わりはしない。


 素早くアビリティーチェッカーをアビリティーユニット・アックスモードに取り付け新たなエンブレムをタッチする。

 新たに選んだのは魔物の擬態能力+1。

 そして叫ぶ。


 「こい! ゴリラアーム!!」


 叫んだと同時、自身の腕が大きく膨れ上がり変化した。

 それは魔獣のゴリラの腕、この異世界で初めて戦った相手であるジョセフに対して使ったものと同じものである。


 そんなのゴリラの腕に変化した手にはアビリティーユニット・アックスモードが握られている。

 それを大きく振りかぶり、勢いよくギガバイソンに向けて振り下ろした。


 「うぉぉぉぉぉ!!!」


 ゴリラの腕力を得た斧の斬撃がどれほどのものか?

 そんなもの述べるまでもない、折れていたギガバイソンの右の角は根元から斬り落とされ、顔の右半分はそのまま斬られ血が飛び出す。


 とはいえ、普通の動物ならここで切断され息絶えるところだが、ギガバイソンはこれに耐えた。

 おかげで顔に切り傷がついた程度ですんだ。

 なんともタフな魔物である。


 だからこそ、ここで攻勢を止めるわけにはいかない。

 アビリティーユニット・アックスモードを握っていない方の手に力を込めてそのまま拳を大きく振りかぶり、全身全霊のゴリラパンチを放つ。


 「おらぁぁぁぁ!!! これで終わりだぁぁぁぁ!!」


 ゴリラパンチはギガバイソンの顔に見事にヒットし、そのままギガバイソンを殴り飛ばした。

 ギガバイソンは悲鳴をあげながら数メートル吹っ飛び、そしてそのまま地面に倒れた。


 「はぁ……はぁ……どうだ、クソッタレ!」


 警戒するがギガバイソンが起き上がる様子はない。

 死んだのか、気絶しただけなのかはまだわからないが、とにかくギガバイソンを止める事はできたようだ。


 「はぁ……疲れた」


 緊張の糸が切れた。

 なのでそのままその場に倒れ込む。

 ほんの数分ならこうしてても大丈夫だろう、そう思いながら軽く目を閉じる。


 頬に当たる風がとても心地よかった。

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