ヴィーゼント・カーニバル(2)
「大砦」と複数の「小砦」が点在するコーサス要塞郡。
その点在する「小砦」の中でも、最も南西に位置する最果ての「小砦」。
そこがギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>に割り振られた砦であった。
この小砦はコーサス要塞郡の南西の端に当たる場所であり、これより向こうに砦は存在しない。
つまりはギガバイソン群れはこれより向こうは行動範囲外で警戒する事はないという事だ。
逆に言えば、この小砦より北東方向にしかギガバイソンの群れは誘導できないとも言える。
小砦が存在しない方面にギガバイソンが向かった場合、殺処分すべきという事なのだろう。
もっとも、そのようなケースは近年発生していないようだが……
基本的にこの南西の端の小砦と北西の端の小砦にはギガバイソンの群れは押し寄せてこない。
それゆえに、ヴィーゼント・カーニバル初参加のギルドやCランクの経験の浅いギルドがこういった小砦を担当する事になるのだという。
これは暗に素人は引っ込んでろと言われているようなものだが、仕方がない事だろう。
聞けば、毎年参加しているギルドは非常時の対処の仕方も、それぞれの砦との連携も細かな調整をせずとも自然と行えるという。
そんな中に素人同然の自分たちが割って入っていったら混乱が起こるのは必須だ。
今までしなくてもよかった細かな調整に時間を取られて、例年通りに対処できなくなるかもしれない。
これが半年なり1年かけてじっくり準備して、細かな調整と話し合いをおこなってきたなら初参加のギルドでもメインの大砦やそこに近い小砦を割り振られたかもしれないが、自分達はそうではない。
端っこのほぼ出番がないかもしれない小砦でも文句はいえないのだ。
しかし、ここに配置されたのはかえって良かったかもしれない。
何せ自分達のギルドは確かにCランクではあるが人数が少なすぎるため、前線にひっきりなしに戦力を送り込めない。
つまりは、こういった人数が必要になる定例クエストにおいては弱小ギルドもいいところというわけだ。
ギルドメンバーの中で仮に砦の外に出て、地上で対処をおこなうとなれば自分かフミコだけだ。
いちようTD-66も対処は行えるが、この異世界にはドロイドが存在しないためTD-66の存在は口外していない。
そのため連れては来ていても形の上ではいない事になっている。
つまりはTD-66を含めても3人しか外での対処はできないという事だ。
そして残りのメンバーであるケティーとリーナ、なぜかリエルもしれっとギルドメンバーに混ざっているが、この3人では砦の修復作業のサポートか衛生兵の真似事しかできない。
では新たにギルドに加わったヨハンはどうか?
彼は確かに転生者として異能をかつて持っていたが、自分がそれを奪ったため今は一般人と変りはない。
そして、ヨハンには剣や槍も弓などを扱う才能がまるっきりなかった。
そんなわけで異能を失ったヨハンは戦闘という面ではまるで役に立たないため、今回の定例クエストにおいてはケティー、リーナ、リエルと共に砦の修復作業のサポートや衛生兵の役割を担って貰う事になる。
これでギルドメンバーはすべてと言いたかったところだが……
「マスター、大砦で配られてた支給品運んできましたよ!」
リーナがそう言って地下から木箱を運んできた。
コーサス要塞郡は点在する大小複数の砦が地下道で繋がっており、砦から別の砦へ地下で移動する場合は地下道に設置されたトロッコで移動する。
これは物資の輸送などを迅速に行うためのもので、ギガバイソンの群れが暴れ回る危険な地上よりも地下道は安全とはいえ、人の手で大量の荷物や重い荷物、重傷人を迅速に運ぶのは至難の技だ。
そこで鉱山採掘などで使用される運搬用のトロッコを地下道に設置し、大量の荷物も人手をそこまで使わず短時間で輸送できるようにしたのだ。
おかけでリーナのような幼い子でも輸送が楽にできるのである。
とはいえ、これが日本だと年齢制限や身長制限などで間違いなくリーナはこの作業ができないだろうが……
「ありがとうリーナちゃん、それにエマちゃんも。支給品はとりあえず1階の倉庫に直しといてくれるかな?」
「はい、わかりましたマスター!」
「はぁ……そこは大人が変わるべきなんじゃないの? 荷物を受け取りに行くまではわかるけど、なんで運び込むまであたしたちにやらせるの? そこは大人の役目じゃないの? リーナも言われるままじゃダメでしょ?」
そうプンスカ怒りながら言ってきたのはリーナと同い年であろう見た目のエマだ。
この子はかつてヨハンが所属していた冒険者サークル<月夜の刃>のメンバーであるヨハンの幼馴染みのミラの妹である。
エマは自分の姉の死の原因となったヨハンが許せず、ヨハンの後をつけてギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>本部までやってきて、姉を死なせておきながら自分だけ楽しくギルド活動しようなど許せないとヨハンを糾弾しようとするが、リーナがエマと話をして落ち着かせたのだ。
同い年かどうかはわからないが2人は同年代という事もあり、そこから意気投合して友達となった。
なのでエマもギルドのメンバーに加えることにしたのだ。
エマはきっとヨハンを監視すると言ってこれからもつけてくるに決まっている。
そうなると危険に晒される事もあるだろう。
ならば身近に置いておいたほうが安全だ、それにリーナにとっても同年代の友達と接する時間は長い方がいいだろう。
そんなわけでギルドの仲間入りをしたエマであるが、当然といえば当然であり、残念と言えば残念なのだが、彼女には魔物を討ち倒すような何か特別な能力や才能があるわけではない。
親戚に貴族や亜人がいるわけでもない、ごく一般的な家庭で育ったため当然ながら魔法などの才能もない、本当にただの幼い女の子なのだ。
本人が気付いていないだけで隠れた異能などがあればよかったのだが、鑑定眼でステータスを覗き見た限りではそんなものは持っておらず、リーナのように転生者でもなかった。
そんな普通の幼女には後方支援のお仕事しか頼めない。
よって物資の運搬作業をリーナと一緒にやってもらっているのだ。
(うーん、というかよくよく考えたらエマを連れてきてもよかったのか?)
そう思うが、連れてきてしまったものは仕方がない。
今日からヴィーゼント・カーニバルが終了するまではこの小砦が自分たちの寝床となる。
「ははは、エマちゃん大変だとは思うけどリーナちゃんと一緒に頑張ってね? 支給品の運び込みが終わったら各自が寝床として使用する部屋を決めて行こうと思うけど、2人は先にどこの部屋を使うか決めちゃっていいから」
そう笑顔で言うとリーナは喜んでテンションがあがりだした。
「いいんですか? やったー! エマ、はやく終わらせてどの部屋がいいか砦内を見て回ろうよ!」
「う、うん。それはいいけどリーナ、ちゃんと一緒に寝てくれるんだよね? あたし、こういうところで1人で寝るのは怖いっていうか……別々の部屋はちょっと」
エマが最後のほうは声が小さくなってゴニョゴニョとなったが、リーナは気にせず笑顔で答える。
「いいよ! 友達と一緒に寝るのって夢だったんだ!」
「そ、そう? まぁ、あたしも友達と泊まり込みっていうのは初めてかも……」
「そうなんだ、じゃあお互い初めてのお泊まりだね! 夜は何して遊ぶ?」
「そうだな……」
そう言ってリーナとエマは今夜何をするかという相談をしだした。
あ、これは止めないとまずいパターンかな?
気持ちはわからなくはないんだけど。
「コラコラ2人とも、盛り上がるのはいいけど、夜更かしはしちゃダメだぞ?」
そう軽く注意するとリーナとエマが笑顔で「はーい」と答えたが本当にわかっているのだろうか?
夜にちゃんと寝ているか様子を見に行ったほうがいいかもしれない……
うん、まるで修学旅行の引率の先生になった気分だ。
自分、まだ高校生なのにどうなってんだ?
そう思っていると、さっきまで壁に背を預けてマジックアイテムでどこかと連絡をとっていたフミカがマジックアイテムを懐にしまい、小さく笑いながらこちらへと歩いてくる。
「まるで小さいお子さんを連れたピクニックね。ヴィーゼント・カーニバルに参加しているって感じがまったくしないよ?」
そう言われて思わず苦笑してしまう。
でしょうね……
「ははは、そりゃこんな戦力外通告もいいところな場所に割り振られたらなぁ」
「まぁ、それは仕方ないでしょ。例年に比べて参加するギルドの数が少ないとはいえ、それでもクエスト遂行の中核となるギルドは参加しているんだし、メインはそこだからね……端に行けば行くほどギガバイソンの数も減るし、砦に突撃される事もなくなってくるけど、それでも100%ないわけじゃないからね」
「暇なのは確かだけど、無人にしてるともしもの時に困るってわけだな」
「そういう事だね。まぁ肩の力を抜いていい場所だとは思うから気楽にしてればいいと思うよ?」
そう言ってフミカはフミコの元へといってフミコと話し込みだした。
フミカは今回冒険者ギルド<明星の光>から唯一参加している。
何でも冒険者ギルド<明星の光>は今回、ハウザ諸王国郡に遠征するため不参加の予定であったが、フミカだけが遠征に参加せずに残って<明星の光>代表として定例クエストに参加する事になったのだとか。
どうしてそうなったのかは話してくれなかったが、とにかくフミカはたった1人での参加であるため自分たちと行動を共にする事になったのだ。
とはいえ、これも当初は少し話が違っていた。
<アカデミー>のホフマンや大砦に陣を構える闘牛士ギルド<セニョール・マタドール>のギルドマスターであるフランシス・ロメーロなどはギルド<明星の光>が不参加なのは残念だがフミカだけでも参加してくれるのは心強い、是非とも最前線で一緒に戦ってくれ!と懇願したがフミカはこれを拒んだ。
そしてフミカは大砦やその周囲の小砦で活動せず、自分たち<ジャパニーズ・トラベラーズ>と一緒に行動し寝床も<ジャパニーズ・トラベラーズ>と同じ場所にすると言い出したのだ。
これにはホフマンやヴィーゼント・カーニバル常連組も困惑したが、本人がそう言う以上は仕方がない。
本来なら不参加だったのだ、きっと新規ギルドの教導員の役目でも頼まれたのだろう。
誰もがそう思ってフミカに何か言う事はなかった。
そんなフミカをゲストに加えたギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>は準備を整えはじめての定例クエストに挑む。




