ヴィーゼント・カーニバル(1)
定例クエスト、それは毎週、毎月、毎年といった具合に必ずその時期に発生する事がわかっているクエストだ。
発生する事がわかっている以上は特定の定例クエストの受領を目指して早くから準備を行う事も可能であり、今回は失敗したとしても、その反省を踏まえ次からこうしようと対策が練れるクエストでもある。
そんな定例クエストの中でも、その難易度から参加制限がかけられる危険なものがいくつかある。
それらには上級クエストしか参加できず、中にはAランクのトップギルドにしか受領が認められていないものもあるほどだ。
自分たちギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>がユニオンギルドマスターのヨランダから参加を要請された定例クエストはそこまでの危険度ではない。
とはいえ、それでも受領するにはギルドランクがC以上が必要と参加制限がかかっている定例クエストではあるのだが……
その定例クエストは「ヴィーゼント・カーニバル」。
一言でいえばギガバイソンの群れへの対処だ。
「えー、おほん。本日は定例クエスト『ヴィーゼント・カーニバル』に例年ほどではないにしろ多くのギルドに参加していただき、大変うれしく思っております。まずはここに感謝を」
そう言って壇上から挨拶したのは見るからに学者な風貌の男であった。
彼はギルドユニオンの中でも変わり種の集団、学者たちが集まって作ったギルド<アカデミー>、そのトップである学長のホフマンだ。
ホフマンは壇上から広場に集まった多くの人々に向けて言葉をかける。
とは言え、その言葉を真面目に聞いている者達は少ない。
これは当然で、すでに各ギルドは定例クエストの概要を知っているのだ。
なので今更ホフマンの言葉を最初から最後まできっちり聞く必要はないというわけだ。
そもそも定例クエストは発生する時期も内容もわかっているクエストだ。
自分たちのような初参加のギルドでもない限り、今更ホフマンの言葉など誰も耳に入れないだろう。
参加するすべてのギルドが気にするところはホフマンが語る今回の「コンデション」だけだ。
なので、自分たちの周囲にいる他のギルドの面々はホフマンの言葉を真面目には聞かず、今回の作戦や 各々の役割の確認などを話し合っている。
そんな周囲の様子を見て、思わず学校での全校集会で校長の話を誰も聞いていない光景を思いだしてしまった。
(あぁ、うん……やっぱ日本の学校に限らず、どこの世界でも壇上にあがって話す先生方は話を聞いて貰えないんだね)
苦笑しながらそう思って、せめて自分くらいは話を聞いてやろうとホフマンの話に耳を傾けるが。
「ねぇねぇマスター! この前もらった装備なんだけど……」
リーナが手を引っ張ってホフマンの言葉を遮るように質問してきた。
「リーナちゃん、お偉いさんが壇上で話してる時はちゃんと聞いてあげようね? 退屈だとは思うけどマナーだからね?」
「え? でも他のギルドの人達もみんなそれぞれ話し込んでるよ?」
「リーナちゃん、余所は余所、うちはうちだからね? ちゃんと礼儀正しくしようね?」
「う、うん……わかった」
リーナが少し困惑した、納得のいっていない表情で頷いた直後、フミコとケティーが大声で騒ぎながら抱きついてきた。
「かい君かい君! 聞いてよケティーのやつが酷いんだよ!!」
「ちょっと!! 私のどこが酷いのよ!! 川畑くん、フミコの言う事真に受けちゃ駄目だよ?」
おーい、子供に礼儀正しくしようって注意した直後にこの2人は何騒いどんじゃーい!!
「あのさ君たち……それじゃリーナちゃんに示しがつかないだろ! 少しは落ち着け!!」
そんな自分達を見てギルド<明星の光>から1人だけで参加のフミカが小馬鹿にしたように鼻で笑った。
今自分達がいる場所はドルクジルヴァニアの西部にある草原。
その先に広がる広大なズエの森の手前に建てられたコーサス要塞郡、そのメイン城砦である「大砦」の中だ。
なぜそんな場所にいるかと言うと、この場所こそが定例クエストの会場だからだ。
正確にはこの場所を拠点としたコーサス要塞郡とズエの森すべてと言うべきだが……
定例クエスト「ヴィーゼント・カーニバル」、それはこの時期にコーサス要塞郡に押し寄せるギガバイソンの群れへの対処だ。
こう聞くと、普通の人は津波のように押し寄せてくる魔物の群れを壊滅させる事と思うかもしれないが、それは誤解である。
そもそもギガバイソンは気性こそ荒いものの草食動物であり、こちらから彼らに何かしない限りは手出しはしてこない食い殺される心配もない危険度の低い魔物だ。
確かに人里に近づけば農作物を荒らすこともごく希にはあるが、そのような被害は滅多に起こらない。
では何故、そんなギガバイソンたちがこの時季になるとコーサス要塞郡に押し寄せてくるのか?
それは今がギガバイソンたちにとって繁殖期だからだ。
ギガバイソンは普段、メスと子供だけの群れを形成して移動しながら生活しており、その群れの中にオスはいない。
オスは基本的に群れに入る事なく単独行動で暮らしている。
ごく希に複数のオスが群れをなして行動している事もあるが、それは子供から大人へと成長してメスの群れから卒業した直後だという。
そんなわけで、ギガバイソンのオスとメスは通常ならば行動を共にしたり戯れたりする事はないのだが、1年に1度その例外は訪れる。
それが繁殖期だ。
ギガバイソンのメスは発情期の傾向が見られると一斉にある場所へと移動する。
そこは広大なズエの森の中でも小高い丘となっており、そこからはコーサス要塞郡が見渡せるという。
その丘に集まったギガバイソンのメスたちはあるものを見届けるのだ。
一体何を見届けるのか?
決まっている「ヴィーゼント・カーニバル」だ。
「ヴィーゼント・カーニバル」とは言ってしまえば発情期のメスたちによるオスの品評会だ。
この小高い丘でメスたちは交尾相手にふさわしい勇敢なオスを品定めするのだ。
そしてオスたちは丘で自分たちを見ているメスたちに自身の勇敢さをアピールする。
ではオスたちはどうやってメスに勇敢さをアピールするのか?
そんなもの決まっている。
要塞の強固な壁への圧倒的なまでの頭突きだ。
ギガバイソンのオスはその頭に他を威圧する強固で鋭利な角を有している。
そんな角をオスたちはただひたすらに要塞の壁へとぶつけていくのだ。
そのぶつかっていく様や、勇ましさをメスたちは小高い丘の上から眺めて品定めするのだ。
当然、コーサス要塞郡の城砦はそんなギガバイソンたちの勇猛果敢な突撃に耐えられるように建築されているため、城砦を破壊する事などできない。
何よりギガバイソンたちからすれば、城砦に何度も角で頭突きをくらわせばそのうち角も傷んで欠けたり折れたりする。
なにより頭部に蓄積する痛みも半端なものではないだろう。
それでもオスたちはメスたちにアピールするため城砦への突撃、頭突きをやめない。
満身創痍になりながらも、何度でも挑むのだ。
そうしないと丘の上にいるメスたちは見向きもしてくれないのだから……
1度の頭突きで頭を痛め、心が折れて引き返したオスに見惚れて交尾を申し込むメスなどいない。
どれだけ角が折れようと、頭を痛めようと、一所懸命に城砦に挑み続けた者だけがメスたちの注目を勝ち取れるのだ。
そして、城砦に亀裂の1つでも入れて、傷跡を残しようものなら、そのオスはきっと複数のメスと交わることができるだろう。
だからこそ、ギガバイソンのオスたちはひたすらに城砦に挑む。
死に物狂いで挑むのだ。
しかし、それは人間側からしたらたまったものではない。
コーサス要塞郡の城砦に亀裂が入ったとして、それを放置していたら、そこを中心にどんどん亀裂が広がっていくだろう。
「ヴィーゼント・カーニバル」中は夜を除けば、日中は常にギガバイソンのオスたちが城壁に永遠とぶつかってくるのだから……
そして、やがては城砦の崩壊、砦を突破される事になる。
ギガバイソンは確かに草食動物だが田畑に踏み入れば農作物を荒らす。
砦を突破し、その勢いで人里まで進行すれば民家や商業施設を破壊して回るかもしれない。
メスへの勇猛果敢さをアピールするために……
そうならないためにも、「ヴィーゼント・カーニバル」中は常に砦の城壁の補強を行わなければならない。
城壁を壊されないように気を配り、彼らが気が済むのを……繁殖期が過ぎるのを待つのだ。
とはいえ、ギガバイソンのオスたちにも変わり種はいる。
城壁にぶつかりに行かず、ただスピードだけをアピールして砦を通り過ぎていく個体も少なくない。
そんな個体に城砦をスルーされたら人里まで……ドルクジルヴァニアまであっという間に到達されてしまう。
そうなったら被害は甚大だ。
よって、そういった城砦をスルーしようとする個体が現れたら、その個体を城壁へと誘導しなければならない。
これは結構危険な仕事で、通常ならば砦の中からギガバイソンたちを観測し、損壊した壁が確認されれば防御策を講じながら補修、可能ならば砦内部から錬金術なりで修復という形になる。
しかし、城砦をスルーしようとする個体の誘導は砦の外に出て、彼らの前に立ち、場合によっては戦闘によって壁へと誘導しなければならない。
これがDランク未満では危険とされる理由の1つだ。
何より、ギガバイソンたちにも人と同じく個体差による個性がある。
ギガバイソンたちのオスの中にはメスへのアピールのためだけに城壁に永遠頭突きを続けるという行為を嫌がる個体もいるのだ。
そんな個体にはどれだけ危険を冒して地上に出て誘導を行っても意味がない。
興味がない事に誘導などできるわけがないのだから……
では、そんな個体にはどう対処するか?
決まっている、殺処分だ。
人間本位で勝手かもしれないが、そんな野生の中のルールを守れない個体を放置していたらいずれ人間社会に被害をもたらす。
いや、人間社会のみならず現在の無干渉地帯全体の生態系にも悪影響を及ぼしかねない。
だからここで間引くのだ。
しかし、ギガバイソンは草食動物とはいえ、気性が荒く、さらに繁殖期は角も頭突きに耐えうるだけの変化が生じる。
通常の討伐クエストと考えても、かなりの危険度だ。
つまりは砦から飛び出し、地上でギガバイソンに対処するには相当の実力が要求されるのである。
そのためコーサス要塞郡はその郡という呼び名からもわかる通り、大小複数の城砦が存在する。
1つの城砦に誘導できなくても、別の城砦に誘導できるように……
または、地上での対処に苦戦していた場合、近場の城砦から応援に駆けつけられるように……
そんなコーサス要塞郡はメイン城砦であるもっとも大きく立派な「大砦」と点在する「小砦」が地下道で繋がっており、それぞれの砦で人員不足に陥ったり、砦を修復するための資材が不足すれば地下道を走るトロッコを使って人員の補充や資材の受け渡しが行われる。
まさに「ヴィーゼント・カーニバル」は参加するすべてのギルドがひとつのチームとなって取り組むクエストなのだ。
そんなわけで、「ヴィーゼント・カーニバル」に参加する複数のギルドの面々が気にするのはホフマンが語る今回の「コンデション」だ。
ギガバイソンの群れのやる気が例年に比べてどうなのか?
森の中の丘にメスはどれだけの数集まっているのか?
集まったメスの数によっては自信のない一部のオスたちが諦めて去って行き、城壁の補修や地上での対処が比較的楽になる。
逆にメスの数が多ければ、それだけオスにとってはチャンスが増えるわけだから気合いも入り、脱落組も減るわけだ。
そうなると修繕のための資材や医療用具などが逼迫する危険も出てくる。
ゆえに今回の「コンデション」がどうなのかは重要なのだ。
「しかし、コンデションによって今回の定例クエストのしんどさが変わってくるっていうなら、尚のことあの学者の言う事ちゃんと聞かないといけないんじゃないか?」
そう思うのだが、しかしフミコの横にいるフミカは。
「まぁ、この定例クエストに毎年参加してるギルドからすれば、あの学者がそれを言うタイミングもわかってるようだからね。それと現地に着いた時の空気なんかでも大体予想はつくみたい」
そう言って学者の話には耳を貸そうとはしなかった。
うん、まぁ、そうだろうね……むしろあのホフマンって学者も毎度話聞いてもらえてないのわかってて、なんで長話するんだろうか?
意地か何かかな?
まぁ、可哀想だからせめて俺くらいはほんと聞いてあげよう。
そう思うのだが、やはりフミコ、ケティー、リーナの3人は自分に何かしら話かけてくるのだった。
「えー、それではこれにて定例クエスト開始の挨拶はお終いとさせていただきます。皆さん、くれぐれも砦を突破されて人里に被害が出る事だけはないようにしてください」
そう言って学者ホフマンは長い話を終えて一礼し、壇上を降りていった。
それを見て、周囲にいる複数のギルドメンバーたちが一斉に話し込みながら散らばっていく。
定例クエスト「ヴィーゼント・カーニバル」、いよいよ幕開けである。




