決意の朝に
定例クエスト、それは読んで字のごとく定期的に発生する依頼だ。
一般的な依頼は不特定多数の依頼人からの持ち込みや要望によって発生し、基本的にはこのパターンがほとんどだ。
一刻を争う、緊急を要する案件に対する対処としての突発的な依頼をユニオン自体が出す事もあるにはあるが、この緊急クエストが発生するのは本当に危機的状況や有事、大災害による被害が甚大な時以外は滅多に発生しない。
そんな一般クエストや緊急クエストと違い、定例クエストは毎週、毎月、毎年といった具合に必ず発生する事がわかっている依頼だ。
今回のジャイアントラットとギガローチの討伐依頼も本来であれば年末の一斉間引きの前後に行われる定例クエストの一種である。
そして、そんな定例クエストは決まった時期に発生するとわかっている以上は事前の準備がしやすい依頼だ。
毎年発生する定例クエストであるならば、今年の反省も踏まえて来年はこうしよう、準備はこれくらいから始めようといった具合に対処法も皆に浸透していくのである。
「で、その定例クエストに間に合ってもらわねば困るってどういう事だよ?」
そう尋ねるとヨランダはニヤリと笑った。
「何、もうじき訪れる定例クエストなんだが、これが中々危険なクエストでな? 複数のギルドに毎年参加してもらってるし、参加してもらわないといけないのだが、その難易度ゆえに参加制限を儲けているわけだ」
「参加制限……低ランクのギルドじゃ危険なモンスターの討伐依頼を受領できないのと同じか」
そう言うとヨランダは肯定するように頷いた。
「そういう事だ。参加条件は最低でもギルドランクがC以上、そうでなければ参加は認めていない」
「Cランク以上……それ未満は足手まといってわけか」
「ま、そういうこった。参加人数が多くてもそのほとんどがザコだらけじゃ一瞬で壊滅だからな?」
ヨランダのその言葉から察するに、その定例クエストは危険なモンスターの討伐か何かだろうか?
しかし、それなら毎年上級ランクのギルドが参加するだろうからわざわざ間に合ってもらわねば困るといった言い方はしないはずだが、毎年参加ギルドがカツカツという事なのだろうか?
「なるほどな……でもいいのか? そんな難易度が高い上級ランクのギルドしか受領させない危険なクエストに俺たちを参加させて。しかも、こんな短期間で帳尻合わせのように無理矢理ランクをあげてまでして」
そう聞くとヨランダは鼻で笑い。
「なーに、てめーらの実力なら問題ないと思ったからな。とはいえ、危険な定例クエストゆえに例外を作るわけにもいかない、だから最低限の参加条件であるCランクにはなってもらわないと困るわけだ」
そう言ってタバコをふかしはじめた。
「まぁ、確かに実力が認められたからといって例外的にDランク以下のギルドの参加を認めたら、俺たちもランクは低いが問題ないぜ! って言い出すギルドが続出するだろうな」
「そういうこった。そして、一度そんな声が上がり出すと収拾がつかなくなる。それはやがては組織の崩壊に繋がる由々しき事態だ」
ヨランダは煙を吐き出し、そう言うとニヤリと笑う。
「だから、違和感なくランクアップした事にするためにも、あと数件は何かしら依頼をこなせ!」
「まぁ、ランクを上げてくれるって言うなら構わないが、これって談合じゃねーのか? てか、そうまでしないといけないほど参加ギルドが少ないのか?」
そう聞くとヨランダはニヤリと笑う。
「談合とはまた……別段おかしな事でもないだろ? 上級ランクのギルド向けの仕事ができる連中をわざわざ低いランクの依頼に縛る事はあるまい? あるべき場所に実力あるギルドを導くのもユニオンギルドマスターの勤めだ……それにお前にとっても定例クエストに参加する事は悪い話でもないぞ?」
「どういう事だ?」
「定例クエストには多くの上級ランクのギルドが顔を揃える。この街にいるであろうお前の世界出身の転生者やらを探すのには絶好の機会じゃないか?」
ヨランダに言われてため息をつきそうになった。
なるほど、確かにそう言われたら悪い話ではない、むしろこちらとしても願ってもない話となる。
ゆえにこちらが食いつくとわかっていて、ヨランダはこの話をしているのだ。
どうにも気にくわなかった。
気にくわないが、このチャンスを逃せばこの異世界に一体あとどれくらいの期間拘束されるかわからない。
なんとも歯がゆかった。
なのでため息をついて答える。
「そうだな……確かにこっちからしたら願ったり叶ったりだ」
「決まりだな、ではCランクへと昇格するために手早く依頼をこなしてこい」
「その前にまだ質問には全部答えてねーぞ?」
そう聞くとヨランダはそうだったと言わんばかりの顔で笑い、隣に立つ眼鏡の男を促す。
促された眼鏡の男は手でくいっと眼鏡を押しあげ説明を始めた。
「実を言うと今現在、ドルクジルヴァニア周辺というか無干渉地帯全域は非常にきな臭い状況にありましてね。空の空賊連合に海上のキャプテン・パイレーツ・コミッショナーが以前にも増して活動が活発となり各地で散発的な衝突も報告されているんですよ。そこに加えて近年は表立った動きをあまり見せていなかったカルテルにも何やら動きがあったと報告がありましてね……実力もあり信頼できる有能なギルドを複数、それらへの牽制も兼ねて各地の砦や最前線の要塞に派遣して監視させているのですよ」
「なるほど、つまりは実力あるいくつかの上級ランクのギルドを最前線に派遣しているせいで定例クエストに参加できる上級ランクのギルドの数が足りないってわけか……そりゃ是が非でもC級ランク以上のギルドを増やしたいわな」
説明を聞いて納得はした。
でもそれって定例クエストに参加しても転生者なりがいるギルドとは接触できない可能性も大いにあるって事じゃないか?
何せ転生者なりがいるギルドは空賊連合、キャプテン・パイレーツ・コミッショナー、カルテルなどとの睨み合いの最前線たる砦や要塞に派遣されてるかもしれないのだから。
とはいえ、定例クエストに参加しているギルドのほうが当たりの可能性もあるし、外れにしろ人脈を築いておいて損はない。
そんなわけでその定例クエストに参加するため、まずはCランクにならなければならないだろう。
「わかった……事情は理解したよ」
そう言うとヨランダは椅子に深く腰掛け、手をひらひらと振ってきた。
「それは何より、なら今日はさっさと帰って明日に備えろ。ランクアップは数件の依頼をこなす程度だ、明日中にでも達成してCランクになって来い」
「簡単に言ってくれるな……最後に聞いていいか? その定例クエストって一体どんなのなんだ?」
部屋を去る前に尋ねるとヨランダは口元を歪ませて答えた。
「ヴィーゼント・カーニバルだよ」
ギルドユニオン総本部に戻るとエントランスフロアに儲けられた待合スペースにいるフミコが手を振ってきた。
フミコの横には私服姿のミルアがおり、その奥のソファではリーナが毛布を被せてもらって眠っていた。
「悪い、遅くなった」
そう言ってフミコたちの元へと駆け足で向かう。
「かい君どうだった?」
「あぁ、なんか受領してもいない依頼の達成証明いっぱいもらった」
そう言って受け取った数枚の羊皮紙を見せる。
フミコはそれを見てすごい!と言うがミルアは頭が痛いと言わんばかりにため息をついた。
「はぁ……今日はもう仕事あがってるから対応はしないよ? その達成証明は明日の朝持ってきて。報酬はその時でいいでしょ?」
心底嫌そうな顔で言われた。
うん、まぁわかるよ?もうプライベートな時間だから仕事はしないよって言いたいのはすごくわかるよ?
自分も日本にいた時、学校終わってその日シフトには入ってなかったけど用があったのでバイト先に行った時「来たんだからついでに働いていけば?」って言われた時すごく嫌だったからね、気持ちはほんとにわかるよ?
うん、そりゃ趣味でサービス残業なんてする人なんていないよね、ファンタジー異世界でもそれは同様だったようだ。
「あ、はい……さすがにそこはわかってますよ」
「そ、じゃあ私はもう帰るね、おつかれ。あ、リーナをちゃんとした寝床ではやく寝かせてあげてね? おやすみ」
そう言ってミルアはその場から立ち去っていった。
何だかんだ言って戻ってくるまでリーナの事見ていてくれたのはありがたい。
フミコも今は平気な顔をしているが回復薬だけの即席の治療ではスコペルセウスとの戦闘で負傷した体は完治していないはずだ。
はやく次元の狭間の空間に戻ってメディカルセンターで治療させたほうがいいに決まっている。
そんな状態のフミコとリーナを2人ここに残してヨランダの元に向かうのは心配であったが、ミルアが自分が戻ってくるまでフミコたちと一緒にいてくれて助かった。
明日は何か手土産を持参したほうがいいかもしれない。
「それじゃ俺らも帰るか」
「うん、そうだね」
フミコに言ってソファで寝ているリーナを抱きかかえる。
そしてヨハンの方を向いた。
「ヨハン、俺らはこのまま帰るけどあんたはどうする?」
「僕は……」
ヨハンは迷った表情で視線を逸らし、しばらく考え込んだのち。
「今日はどこか宿屋を探して泊まるよ……」
「おいヨハン」
苦笑いを浮かべながらそう言った。
しかし、こちらの顔を見ると慌てて両手を振り弁解してくる。
「あ、勘違いしないでくれよ? 僕はちゃんとミラとアヒムの家族に何があったかをすべて伝える。でも今実家に帰ったらきっとすぐに僕の家族が2人の家族に深夜だろうと伝えに行くと思うんだ。僕が帰ってきた事を」
それはそうだろう。
ヨランダの話ではギルドユニオンには冒険者サークル<月夜の刃>のメンバーの家族から捜索依頼がきていたのだ。
そんな中でヨハンが帰れば、すぐにサークルのメンバーのそれぞれ家族の元にヨハンの家族がその一報を伝えに行くはずだ。
そうなれば、ヨハンのタイミングで、決心がついた状態ですべてを話すといった状況ではなくなってしまう。
ヨハンはきっと自分の中で気持ちの整理がついた状態ですべてを伝えたいのだろう……
何が起こったか、ありのままをただ伝えればいい。
言うのは簡単だが、これがどれだけ難しいか……
同じ事実をただ伝えるだけでも言葉遣いや印象などによって相手に伝わる内容や結果が変わってくるのだ。
だからこそ、ヨハンは一晩気持ちを落ち着かせたいのだろう。
あの地下から解放されたばかりの状態では思うように伝えきれないかもしれないのだから……
「そうか、言いたい事はわかったよヨハン。じゃあ明日の朝ここに来てくれ。朝、今回の依頼の件を受付で終わらせたら俺も一緒にヨハンやサークルメンバーの家族の元に向かうよ」
「え? そんな! さすがに同伴までしてもらわなくても」
「子供じゃないんだからってか? まぁ、そうだよな? でも、こっちも受付で捜索依頼の報酬を貰うとはいえ、依頼達成を依頼者に伝えないとだしな。まぁ、達成後に受領してた事にしてもらった後出しジャンケンみたいなズルだけどさ」
そう言って笑ってみせると、ヨハンは困った顔になり。
「わかったよ。じゃあ明日は付き添いをお願いするよ」
「おう! そうだヨハン、朝起きてやっぱりビビって逃げ出した、なんてするなよ?」
「さすがにそんな事しないよ!!」
そう言って笑ったヨハンとこの日は分かれた。
次元の狭間の空間に戻るとすでにリエルがTD-66を回収し、修理に取りかかっていた。
作業中なので話し込んでも悪いと詳しくは聞かなかったが、少なくとも1日はメンテに費やしたいとの事だった。
フミコの具合もメディカルセンターで診てみるが、完治には数日療養が必要そうだ。
これには戻ってきていたケティーもニッコリで。
「じゃあしばらくは川畑くんを独占できるね!」
とフミコの前で言い出したので、またいつもの喧嘩がはじまってしまった。
とにかく喧嘩をとめてケティーに眠っているリーナを預け、この日は床につく事にした。
翌朝、ギルドユニオン総本部。
受付でミルアから報酬をもらい、待合スペースで待っていたヨハンと合流する。
「ヨハン、決心はついたか?」
聞くまでもないとは思うが、一様は意思確認をする。
「あぁ、もちろん! 僕は僕の家族とミラとアヒム2人の家族に何があったかすべてを話す。そうしなければならない。これは生き残った僕の責務であり、冒険者サークル<月夜の刃>の最後の仕事なんだ」
ヨハンは力強く答えた。
その顔は意を決した物だった。
しかしその頬には涙の跡が残っており、昨夜は分かれてから宿屋で大泣きした事が窺えた。
無理もないだろう。
一旦気持ちの整理をつけるといういう事は落ち着く以前に気持ちがぶり返してしまうものだ。
戦闘中はそうでなくても、緊張の糸が切れてしまうと、安全な場所でいままでの事を思いだしてしまうと感情があふれ出してしまって当然なのだ。
だから、肩をぽんと叩いて小声で伝える。
「少し待っとくからまずは顔を洗ってこいよ?」
言われてヨハンははっとした顔になり、慌てて洗面台へと駆けていった。
その区画は城壁の外にあるとはいえ、ドルクジルヴァニア市内でも比較的治安のいい区画だった。
だからこそ、滅多に事件などは起こらない。
そんな場所だからこそヨハンたちはヨランダにアマチュアだとバカにされた冒険者サークルなんてものが気楽にできたのかもしれない。
そして、そんな区画だからこそ転生者として目覚めたヨハンは目立ちすぎて妬みを買ったのだろう。
そんな区画だからこそ、サークルなんてアマチュアギルド活動をしていて失踪したのに家族から自業自得だと見放されず捜索依頼が出たのだろう。
そんな区画にある一軒の民家の前に自分とヨハンは立っていた。
そこはヨハンの実家、まずは自分の家族に自分の無事を伝えるという。
それからミラ、アヒムの実家を尋ねて回る。
ヨハンの長い1日が始まった………
しかし、付き添いするとは言ったが、基本的に自分は捜索依頼の達成報告をするだけの立場。
なので民家の入り口で報告だけを済ませ、後はヨハンを家の外で待つ事にした。
自分がいては言いづらい事もあるだろう、そう思ったからだ。
そう、ここから先はヨハンの物語だ。
ヨハンが歩まなければならない贖罪の物語だ。
だから自分はここでその始まりを見届ける。
ここから先、ヨハンがどう進んでいくかは本人次第……
自分はその入り口までは付き添うが、これ以降はヨハンが自分で考え突き進むべきなのだ。
何せ、ここから始まる贖罪の物語の主人公はヨハンなのだから……
気がつけば空は夕陽で赤く染まっていた。
ヨランダにはすぐにでも数件依頼をこなしてギルドランクをCランクにしろと言われたが、この日は一件も依頼をこなす事はできなかった。
自分は家の外で待っていただけとはいえ、1日中ヨハンに付き合ったからだ。
ヨハンの実家、ミラの実家、アヒムの実家と回り、ヨハンは何があったかを話し、2人の最期を伝えた。
そして自分の犯した罪も……
アヒムの家族からは恨み節を言われはしたが、そこまでの批難は受けなかったようだ。
しかしミラの家族からは酷く糾弾されたらしい、ミラの父親からは馬乗りになって何発も殴られたようだ。
そうされても仕方がない、だからヨハンはただ殴られ続けたらしい。
ヨハンはそれ以上の事は言わなかった。
ミラの家族はヨハンを許さなかったという事だろう。
とはいえ、ヨハンはこれからも毎日頭を下げに行くと言っていた。
殴られて唇が切れ、血が滲む口元を拭ってヨハンは顔をあげる。
「カイト、今日はありがとう。おかげで償いの第一歩が踏み出せた」
「別に俺は感謝されることはしてないぞ? ただの報告をしただけだしな?」
「それでも、背中を押してくれた事に違いはないから」
そう言うとヨハンはこちらを向いて頭を下げてきた。
「だから、改めて礼を言わせて欲しい」
「やめろってマジで! 頭あげろよ!」
そう言うとヨハンは顔をあげて申し訳なさそうに頭をかいた。
「ははは、そうだよな。カイトはただ単に依頼達成の報告にきただけだもんな?」
「そうだよ。それも受領してた事にしとくなんて不正もいいところなやつのな!」
そう言って笑うと、ヨハンもつられて笑った。
そしてひとしきり笑ってからヨハンに尋ねてみる。
「なぁ、これからどうするんだ?」
「そうだね……どうしようか? 一生かけて償うと言ってもどうすれば」
そう言って悩む素振りを見せるヨハンにある提案をする。
「何も考えてないなら、うちのギルドにこないか?」
「……え?」
ヨハンはそんな自分の提案を聞いて呆気に取られた表情となった。
「カイトの……ギルドに?」
「そうだよ。これから人手もいりそうだなしな……昨夜一緒に聞いただろ? 定例クエストにも参加すんだぜ」
「でも、僕には何の力もないよ?」
「アマチュアギルドとはいえ、冒険者サークルやってたじゃねーか」
「でも、僕は失敗して仲間を死なせたんだよ?」
「知ってる。でも人間は失敗から学ぶもんだ。一度の失敗がすべてじゃない」
「でも、僕にはもう何の力もないんだよ? その力はカイト、君のものになったんだから」
「特殊な力がなければギルドのメンバーになっちゃいけないのか?」
「そんな事は……でも……」
「ヨハン、あんたは大事な2人とギルドをやりたかったんだろ? それが夢だったんだろ? だったら2人の分まであんたが夢を追いかけろ! それが2人への弔いになる。俺はそう思うぜ?」
そう言ってヨハンに手を差し出す。
「その夢は俺が用意してやる。だからヨハン、うちのギルドに来い!」
こちらが差し出した手を見てヨハンは震えだした。
そして殴られた痕が残る頬に一筋の涙を垂らす。
「僕は……僕は本当に君の手を取って……夢を追いかけていいのかな?」
「それを決めるのは他の誰でもないヨハン、あんただ。だから俺の手を取るも取らないもあんたの自由だ。でも、もしこの手を取るなら、俺はギルドマスターとして、あんたの夢を、2人への償いのための旅路を用意してやる。全力でサポートしてやる」
「決めるのは……僕」
ヨハンはぐっと奥歯を噛みしめる。
そして意を決して顔をあげた。
その顔はどこか今までとは雰囲気が違って見えた。
「カイト……僕は、僕は夢を追いかけたい! 2人の分まで!! だから、僕をカイトのギルドに入れてくれ!!」
そう言ってヨハンは差し出した手を取った。
「あぁ、よろしく頼むぜヨハン!!」
強く手を握り握手を交す。
こうしてギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>に新たな仲間が加わったのだった。




