最初の異世界(6)
聖剣シルブルムフゲン。その伝説はこの世界の多くの書物に記されている。
曰く、それは聖者の振るう神器の一端。神聖なる輝きに満ちて穢れを払う光を放つ。
その一太刀は常闇の大悪魔マカベルさえも呆気なく真っ二つに切裂くと……
「はぁぁぁぁ!!!」
ススムが聖剣シルブルムフゲンを振り下ろす。これをレーザーブレードで受け止めるが。
「ぐ!?」
思わず仰け反ってしまう。
(まずい! 力負けする!)
一旦身を引いて受け流すと地面を蹴って後ろへと飛び距離を取る。
(鍔迫り合いになる? 冗談だろ? こっちはレーザーブレードだぞ? あれは金属の剣じゃないのか?)
金属の剣ならレーザーの刃に敵うはずないと踏んでいたが、どうもあの刀身を光らせているというか纏わり付いてる光が金属の耐久値をレーザーの刃と同等にしているようだ。
「厄介だな……接近戦は少し控えるか?」
グリップのボタンを押しレーザーの刃をしまうと懐から銃身を取り出しグリップの先に取り付け拳銃モードにして素早く発光弾を数発撃つ。
これをススムは素早く聖剣シルブルムフゲンをふるって切り落とした。
「ススム!! 私も加勢するよ!!」
今まで黙って見ていたラーゼが背中に背負っていたボウガンを手にとって構える。
しかし、それをススムが制止した。
「よせラーゼ!! 手を出すな!!」
「なんで!?」
「これは地球の……俺とカイトの故郷の問題だからだ!!」
「でも!!」
「いいからラーゼはそこで見届けてくれ!!」
ススムの言葉にラーゼは納得していないようであったが一様は構えたボウガンを下ろす。
本当なら余裕を見せて「2人同時にかかってきてもいいぜ?」と言うべき場面なんだろうが、あいにくそんな余裕は当然ない。ここは素直に感謝するぜ勇者さま。
(というか最初の異世界でいきなり魔王城殴り込み直前の勇者と戦ってるてどうなってんだよ!! もう少し経験値積ませろ!)
心の中で悪態をついてるとススムが聖剣シルブルムフゲンを自身の目の前に力強く突き立てる。すると地面に亀裂が走り、こちらへと勢いよく向かってくる。
「!?」
そして亀裂から眩しいばかりの光が漏れ出し、それは光の竜となってこちらに襲いかかってくる。
「……マジかよ?」
呆気にとらわれるのも数秒、慌てて発光弾を数発撃ちこむ。
(能力は視た。条件は満たしたが……クソ! あんなもん出すやつにどう近づいて能力奪えってんだ!?)
発光弾は光の竜にヒットするがまったく効いていないようだった。
あんなもんにどうやって対抗しろって言うんだ? 自称神も少しは顔を出してアドバイスでも出しやがれってんだ!
「ったく最初からハードすぎんだろ!!」
アビリティーユニットから銃の部分を取り外してストップウォッチのような外観のアビリティーチェッカーをアビリティーユニットに取り付ける。
そして液晶画面上に浮かび上がった複数のエンブレムを人差し指でスライドさせ銃のエンブレムを持ってくるとそれをタッチ。複数の銃のエンブレム、ライフルモードのスタイル選択画面を出す。その中からバトルライフルを選択、タッチする。
するとグリップの周囲の空間に紫電が迸り何もない空間に銃身や銃床、マガジンなどが半透明に浮かび上がる。
やがてそれは完全に物質化し一気にグリップの元へとくっついていきバトルライフルへと姿を変えた。
SCAR-H、通称MK17と呼ばれるバトルライフルをモデルにしているライフル銃を構えて光の竜へと照準を定める。
「バトルスペシャル・スカーヘヴィーモードだ! 食らいやがれ!!」
引き金を引いて7.62x51mm NATO弾をベースにした原子メーザーを軸に相反するダークマターとダークエネルギーを詰め込んだ弾丸を撃ち込んでいく。
ちなみに次元の狭間の空間でアサルトライフルの時と同じくバトルライフルもバトルスペシャルと命名したら神を自称するカラスのカグにアサルトスペシャルの時と同様、ネーミングセンスが壊滅的と呆れられた。
そう思うならそっちで命名しろという話だ。
とりあえずアサルトスペシャルはアサルトスペシャル・ステアーAUGモードとモデルになった銃の名前をつけることにした。
同様に他のカービン、スナイパーライフル、対物ライフルもベースにした名前を付けたが別段名前をつける必要性が感じられなかった。
それはさて置き、銃弾をくらって光の竜は消滅したが、直後ススムが聖剣シルブルムフゲンを片手で持って真横につきだし水平に構える。
すると剣身に渦のように纏わり付いていた光がより一層輝きを増す。
「くらえ聖天閃光剣!!」
そのままススムは真横につきだした聖剣シルブルムフゲンを宙を斬るように振るう。
すると剣身に纏わり付いていた光がまるでカッターの刃のような形状となってこちらに飛んできた。
「そっちも飛び道具かよ!?」
慌ててアビリティーチェッカーをグリップから外しバトルライフルの外装がパージするとレーザーブレードを出してこれを斬り落とす。
するとすでにススムが聖剣シルブルムフゲンを両手で持って真上に突き上げていた。
「はぁぁぁぁ!!!」
聖剣シルブルムフゲンのみならずススムの周囲にも光が纏わり付き周囲に暴風が吹き荒れる。そしてそれはススムへと、正確には聖剣シルブルムフゲンの剣身へと集束していく。
これまで以上に眩しい光を剣身が放ち、立っていられないほどの暴風が広場全体を支配する。
この光景を広場と路地の入り口近くで見ていたラーゼが壁にしがみつきながら目を輝かせて興奮気味に叫ぶ。
「きたぁぁ!! ススムの秘奥義!! すべてを光の暴風に飲み込む必殺の一撃!! その名も!!」
興奮して絶叫するラーゼと声を合わせるようにススムもその名を叫んだ。
「颶風裂光斬!!!」
叫ぶと同時ススムは突き上げていた聖剣シルブルムフゲンを振り下ろす。すると恐ろしいまでの閃光と暴風が広場を飲み込んだ。
「な!? なんじゃ一体!? というかマジでこれ最初に戦う相手じゃないだろ!!!!」
思わず叫んだが、その声も暴風の中にかき消えて誰かに届くことはなかった。
「はぁ………はぁ………やったか?」
聖剣シルブルムフゲンを杖変りにして、なんとかその場に踏みとどまる。
颶風裂光斬は強力な秘奥義だが、その分反動も大きい。使った後は疲労が貯まって行動が制限される。とても連発できる技ではなかった。
ゆえにこれはいつも切り札として最後までとっておく技なのだが……
「正直何が飛び出すかわからない相手だったからな……決着を急いでしまったが」
広場の奥はまだ粉塵が立ちこめている。話を聞く限りではカイトは異世界を巡っていく使命を帯びている。
とはいえ、この世界が最初の異世界訪問のようだったから経験値の面では自分が上だろう。さすがに今ので勝負はついたはずだ。
「それにしても地球の危機……神をも超越した存在ジムクベルトか……って何を考えてるんだ俺は! もう終わったことじゃないか」
そう、その危機を救うために来たという地球からの刺客、川畑界斗は倒した。もう済んだことだ。
新たな刺客が来る可能性はあるが、なら尚のこと一層はやく魔王を倒してこの世界での使命を果たさなければ……
「ススムー!!」
ラーゼが笑顔で手を振りながらこちらに走ってくる。
疲れきって杖変りにしている聖剣シルブルムフゲンに寄りかかっている状態だが、安心させるためにもなんとか片手だけあげて答える。その直後だった。
銃声が響き渡った。
「は?」
次の瞬間には地面へと倒れていた。
そして杖変りにしていた聖剣シルブルムフゲンが地面に落ちて遠くへと滑っていくのが見えた。
(何が……一体何が起こった!?)
まさかと思って銃声のした方、粉塵がいまだ立ちこめる方に目を向けると微かに人影が揺らいだ。
「嘘だろ!?」
思わず目を見張った。そして慌てて駆け寄ってくるラーゼを制する。
「ラーゼ来るな!!!!!」
「ススム!! でも!!!」
「いいからこっちに来るな!!」
叫んでなんとか起き上がろうとするがうまくいかない。それだけ秘奥義の反動が大きいのだ。
(聖剣は手元にない、今狙撃されたら手の打ちようがない)
まったく、なんて失態だ……勝ったと慢心して隙を見せるなんて……粉塵で敵の姿が確認できない以上、煙の向こうにあるのは死体か生者かどちらの可能性もあるというのに。
「これは摘んだか?」
粉塵の中に人影がはっきりと浮かび、そしてスナイパーライフル、マクミランTAC-50を抱えた川畑界斗が粉塵から出てきて姿を表した。
「な!? なんじゃ一体!? というかマジでこれ最初に戦う相手じゃないだろ!!!!」
思わず叫ぶが、だからと言ってこの暴風が収まるわけではない。そしてこんなものまともに食らったら間近いなく即死だ。
「くそったれ!!」
思わずアビリティーユニットを地面に叩きつけそうになった時だった。突如その手元にアタッシュケースが出現したのだ。
「なんだ!?」
そう言えばアタッシュケースにもオプション機能があって、アタッシュケース側面にも窪みがあり、そこにグリップを取り付けるとアタッシュケースがSAM(携帯式防空ミサイルシステム)となると自称神が言っていたっけ?
戦闘中もずっとアタッシュケース持ち歩けってことか? と聞いたら、必要になれば出てくると意味不明なこと言っていたが、こういうことなのか。
「とりあえず今は考えてる暇はねぇな!」
すぐにアタッシュケース側面の窪みを確認するとアビリティーユニットを取り付ける。するとアタッシュケースが変形、そして周囲の空間に紫電が迸り何もない空間に携帯ミサイル発射筒がが半透明に浮かび上がる。
やがてそれは完全に物質化し一気に変形したアタッシュケースと合体しハンドアローの愛称で知られる91式携帯地対空誘導弾SAM-2Bへと姿を変えた。
「焼け石に水かもしれねぇが今はこれしかねぇ!!」
そしてハンドアローを担ぐとすぐ近くの地面をミサイルで撃ち抜く。
衝撃で地面がえぐれ、爆風と瓦礫がススムの放った暴風を相殺させる。そして塹壕のように地面に出来た穴に素早く飛び込む。
直後、すぐに相殺された効果はなくなった。穴の中で身を丸めてなんとか暴風から逃れようとする。しばらくして暴風は収まった。
(だからと言って今穴から飛び出して斬りかかって勝てる自信はない……だったら!)
ハンドアローからグリップを外す、するとハンドアローの部品がパージされ元のアタッシュケースに戻った。
そのままアビリティーユニットにアビリティーチェッカーを取り付けライフルモードを選択、さらにスナイパーライフルのスタイルを選択した。
グリップの周囲の空間に紫電が迸り何もない空間に銃身や銃床、マガジンなどが半透明に浮かび上がる。
やがてそれは完全に物質化し一気にグリップの元へとくっついていきスナイパーライフルへと姿を変えた。
マクミラン TAC-50。ボルトアクション方式のスナイパーライフルで距離3540メートルの史上最長クラスの狙撃を成功させた銃である。
「スナイパースペシャル・マクミランTAC-50モード。こいつで決める!」
粉塵がまだ邪魔で正確な場所はわからないが熱源探知機能を備えた光学照準器を取り付け穴から顔と銃身を出して狙いを定める。
(気をつけろ。狙撃すると言ってもまだ殺しちゃダメだ。能力を奪うまでは……)
スコープを覗き込み位置を確認する。
(狙うのは得物……まずは無力化する!)
照準を定め、引き金を引く。発砲時の反動を軽減する機構があるため反動はさほど感じなかった。銃床部分をカスタム可変可能な銃なため、どんな場所でも最適な状態で撃てるからなのかもしれない。
成果を確認、狙い通り弾丸は聖剣にヒットしはじき飛ばしたようだ。
「ふぅ……決まったな。さて、終わらせに行くか」
穴から出て粉塵を抜ける。そして地面に倒れているススムを見た。
「ようススム! 気分はどうだ?」
「はは……最悪だ」
どこかで聞いたような、というか今朝したような気がしないでもない会話を交してススムの状態を確認する。
どうやら反撃できるような状態ではないらしい
(さっきの技、強力な分それだけ体に負担がかかるということか……)
能力を奪えばさきほどの技も使用可能だろうが今のススムの状態を見るに使いどころは気をつけないとな……
そう思いながら一旦アビリティーチェッカーをアビリティーユニットから取り外す。するとマクミランTAC-50の外観はパージされグリップだけの状態に戻った。そして再びアビリティーチェッカーを取り付ける。浮かび上がった一番大きいエンブレムをタッチ。
『Take away ability』
音声が鳴り響いた。そのままグリップを倒れているススムに向ける。
するとススムの体から光りの暴風があふれ出した。暴風はそのままグリップへと押し寄せてきて収束しグリップの中へと吸い込まれていく。
「うぐ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ススムは絶叫しそれを見ていたラーゼが悲鳴をあげるが気にせず収束を待つ。
やがて光の暴風はすべてグリップの中に吸い込まれ収まった。
するとアビリティーチェッカーの液晶画面上に新たに剣のエンブレムが浮かび上がった。ススムから勇者の扱う聖剣の能力を奪ったという証だ。
「ふぅ……意外と取り込むの長かったな? 避難所でプログラミングの能力奪った時はもっと短くなかったっけ?」
疑問に思いながらもまぁいいかと思考を打ち切った。どうせ自称神に聞いても嘲笑気味に変な理屈並べられるに決まってる。気にしないでおこう。
アビリティーユニットからアビリティーチェッカーを外しススムへと近づく。
「さて、この世界でススムが得た能力は奪った。後はススムを殺せばこの世界とはおさらばだ。その後の次元調整なんかのややこしい処理は自称神とやらの仕事で俺の知ったことじゃないんでね」
言ってグリップのボタンを押してレーザーブレードを出す。それを見てススムも諦めがついたようだ。観念したようにため息をつく
「やれやれ、ここで終わりか……勇者なのに情けない」
「最初に謝っているから謝罪はしないぜ?」
「いいよ、別に……それより俺が死んだ後この世界はどうなる?」
「……知らん。言っただろ? 関与する気はないしできないって……これ以上この世界に関わればここに来た意味がなくなる」
「そりゃそうか……カイトは地球のために来たんだもんな」
「あぁ……」
そこでススムはちらっとラーゼのほうを見た。それだけが心残りと言わんばかりに。
「一つ頼んでいいか?」
「内容によるな」
恐らくはラーゼ絡みの頼みごとだろう。2人は分かってたかは知らないが両想いだった。最後にせめて話をさせてくれか、想いを伝えさせてくれとでも言うのだろうか?
しかし、頼んできたのはそうではなかった。
「ラーゼを……カイトの旅に連れていってあげてくれないか? あの子を1人残すことだけはどうしても……どうしてもできないんだ」
ススムの懇願に一瞬面食らった。仮にもあの子は自分にとっての唯一無二のヒロインだろうに。
それをもう死が確定してるとはいえ他人に委ねようっていうのか?
「残念だが、その頼みは聞けないな……俺が異世界から持ち出せるのは転生者、転移者、召喚者の能力だけだ」
「……そうか、そいつは困ったな」
言ってススムはラーゼから顔を背けた。
その様子を見て何か言おうとしたがやめた。
(やれやれ、やっぱり転生者たちの事情や感情にも触れるもんじゃないな……)
そう思ってそのままレーザーの刃を倒れているススムの体に突き刺した。
「あぁぁ!! やめて!!!!! いやーーーーーー!!!!! ススムーーーーー!!!!」
ラーゼが叫んだがもうその声は届かないだろう。グリップのボタンを押してレーザーの刃をしまう。
その場から離れると目の前に空間の歪みが生じる。次元の狭間の空間への入り口だ。この世界でやるべきことが終わると自動的に目の前に現れるらしい。
「最初の異世界が終わったか……」
達成感など沸き上がるはずもなく、ため息をつきながら空間の歪みに入ろうとした時だった。
背後でガチャっという音が聞こえた。振り返るとラーゼが涙目でボウガンを構えて矢先をこちらに向けている。
「よくも! よくも! よくも! よくも!!! よくも私の大事な人を!! 私が世界で一番大事にしていたものを奪ってくれたな!! 絶対に許さない!!」
怒りと憎しみと悲しみでグチャグチャになったラーゼの顔を見て、この子とは向き合わなければならないと思った。恩を仇で返してしまったのだから。
「……すまないとは思ってるよ。酒場に案内してくれてる時。話をしていて、どうしてここまで勇者のことを想ってる子に案内を頼むことになってしまったんだろうとも……だからラーゼ、君には言い訳はしない。恨むなら恨んでくれて構わない。そうすることで君が俺を恨んで精神を保てるならその感情から俺は逃げない。でもな………残念だけど、直に君は忘れる」
「忘れる? どういう意味よ?」
「言葉通りだよ。この世界でのススムの行ってきたことすべて。ススムがいたという記憶がこの世界から剥ぎ取られるからね……それが自称神が行う次元の調整だから」
その言葉にラーゼは驚いた表情をして、すぐにより一層怒りをあらわにした。
「ふざけないで!! 彼がいたという記憶がなくなる? そんなことあるわけないでしょ!! 彼のことを忘れるなんて!!」
「そうか? 現にもう名前を思い出せなくなってるんじゃないか?」
「な、何を言っ………!!」
ラーゼがそこで言葉を切った。ガクガクと体を震わせてボウガンを手放してしまう。
「う、うそ!? なんで!? どうして!? どうして思い出せないの!? 彼の名前を!? そんな!! なんで!! 忘れたくない!! 嫌だよ!! どうして!?」
ラーゼはその場に膝をついて泣き叫んだ。
「嫌だ!! お願いだから奪わないで!! 私の大切な気持ちを!! 奪わないでよ!!!!」
ラーゼの悲痛な叫びに、しかし答えられるわけがなかった。
地球を救うための行動を自分はおこなった、ただそれだけだ。
そう自分に言い聞かすしかなかった。
「俺にはどうすることもできない……わるいが俺はもうこの世界を後にする。直に君は一体誰のために誰を恨んだのかすら思い出せなくなるだろう。そうして何もかも忘れてなかったことになる。残念だけど俺にできるのはその事実を伝えるだけだ」
言って空間の歪みの中へと入ってく。
「本当にすまない、せめてそんな心の空洞を埋めるような出会いをして幸せになってくれ」
言い残してこの世界を後にした。空間の歪みの中へ完全に入りきるその瞬間までラーゼの号泣が耳に入ってきた。
そしてそれは次元の狭間の空間に戻ってきても耳の中で残響して消えることはなかった。そうしてしばらく残橋で立ち尽くしていた。
ススムが死んでススムの記憶はあの世界から消える。とはいえススムが勇者として行ってきた行為と結果だけは歴史として残る。
そう、ここでどうしても矛盾が生じる。ゆえに歴史は修正され、ススムに近く親しかったものの成果に書き換わるだろう。
もしかしたらラーゼが勇者としてススムの実績を背負うことになるかもしれない。
矛盾は記録には残らない仲間がいたという形で処理される
数年は仲間もそうだったっけ? 誰かいたような? という違和感を覚えるだろう。
しかし時間が流れるうちに歴史になっていく過程でこれらの違和感や矛盾は歴史の闇に葬りさられる。
過去の伝承だからズレがある。決定的な資料が欠けているなどの理由で据え置かれる。こうして歴史はススムなんて存在はいなかったと認識するのだ。
「地球の歴史……世界史にも日本史にもおかしな部分はたまにある……もしかしたら地球でもこういうことが昔あったのかもな」
まったく胸くそ悪い結末だ。あと何回こんなクソッタレな気分を味わわなければならないのだろうか? まったくヘドがでる……
こうして最初の異世界のミッションは終えた。とはいえ達成感などあるはずもなく、この日は寝れなかった。




