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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
11章:依頼をこなそう!

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ドルクジルヴァニア地下大迷宮(6)~巣

 「う~ん……こんなもんかな?」

 「かい君、さすがに量が少なすぎない?」

 「いや、まぁそうなんだけど。さすがにいれすぎると今度は下水に毒を大量に垂れ流す事になるからなぁ……」


 フミコの指摘にそう答えてどうしようか迷う。


 今自分は水が入ったタンクに粉末を混入しているのだが、その量が適切かどうかで迷っているのだ。

 一体何の粉末を入れているかというと殺鼠剤だ。

 粉末タイプの殺鼠剤を水に混ぜて、その水をホースで床に開いた穴から下の階層に垂れ流そうというわけだ。


 この粉末タイプは本来エサに混ぜて食したネズミを殺すのが定石だが、この地下大迷宮の中で、それをばら撒いて死骸をひとつずつ確認していくわけにもいかない。

 一度で多くの戦果をあげられないか?と考えた結果、殺鼠剤を水に混ぜて、その毒の水をジャイアントラットが潜んでいる狭い通路に垂れ流す事にしたのだ。


 まぁ、本音を言えばうんこの転生者キエ・カガールと戦った広い空間で初めてジャイアントラットと戦った時は何とも思わなかったが、奥に進むにつれて次々と現れるジャイアントラットを駆除していくうち、何故だか困ったことに愛着が湧いてしまったのだ。


 よく見れば愛らしい表情をしているジャイアントラットを見ているうちに、だんだんと駆除するのが可哀想になってきたため、できるだけジャイアントラットを見ない形で駆除しようと考え、ジャイアントラットが潜んでいる狭い水路に殺鼠剤入りの毒水を垂れ流そうとなったわけだが……


 あくまでここは下水施設であり、地上の排水や汚水を捨てる場所だ。

 そして、ここには現代の地球にあるような下水浄化施設なんてものはない。

 だから排水はこの地下空間を通って街から離れた下流に垂れ流すのだろう。


 ではここで有害物質を大量に使ったら、その下流が汚染される事にはならないか?

 それは巡り巡って地上の街に流行病を蔓延させないか?

 そう考えると混入する殺鼠剤の粉量はどうしても慎重になってしまう。


 (まぁ、ここに来るまでにある程度ジャイアントラットは駆除してるからそこまで成果を期待する事もないか)


 そう考えて、少量の混入に留めておく。

 そしてホースを床に開いた穴に突っ込み、下の階層に毒水を流し込んでいく。

 特に悲痛な泣き声や断末魔の叫びが聞こえてくるわけでもないが、せめてもの償いとして合掌する。


 「さて、それじゃあ先に進むか……」

 「うん、でもかい君もう十分に駆除は行ったんじゃ」


 そうフミコが言うとリーナもうんうんと頷く。

 確かにジャイアントラットに関してはそうだろうが、まだ問題のもう一方が残っている……

 口に出すのも憚られるあの忌々しい存在のほうが……


 「あのなぁフミコ、依頼内容覚えてるか?まだ遭遇してないやつが残ってるだろ?」


 そう言うとフミコが目を細めた。


 「あぁ……うん……そうだね……」

 「でもマスター、この下水道に入った時にゴ○ブリならいっぱい殺さなかった?」

 「ちょっとリーナちゃん! モロにその名を口にしないで!! 名前を聞いただけであれの姿が頭の中に浮かぶから!!」

 「え? あ、うん……そうだね」


 リーナが申し訳なさそうにするとTD-66がもっともな事を言ってくる。


 『すでにここに入った時に遭遇しているし、今から駆除しにいくわけですから頭の中に姿が浮かぶも何もないと思いますが?』

 「いや、まぁ、そうなんだけどね? ……うん、そうだよ? でもこればっかりは心の問題だからね?」


 そう、例え今から駆除しに行く……つまりはその姿を嫌でも視界に入れてしまうとわかっていても、その瞬間まではそんなものの事など頭から消し去っておきたいのだ。

 これは精神を健全な状態に保っておく意味でも重要である。


 そんなわけで駆除対象を求めて奥へと進んでいく。

 知りたくもない情報だが、どうやらこの地下空間では明確な棲み分けが成されているらしい。

 つまりはジャイアントラットの縄張りやその他の害虫、害獣の縄張りが存在するのだ。


 なので今はギガローチの縄張りを目指している。

 先程までとは打って変わり、害虫を目にする頻度が増え出した。

 つまりはそういうエリアに入ったのだろう。


 至る所でGほどではないにしても気分を害するやつらがゾロゾロと蠢いている。

 うん、視界にはあまり入れないようにしよう……直視したら確実に吐く。

 虫や珍獣が大好きって物好きな学者や博士でもない限り、虫が苦手じゃないってやつでも絶対に吐く。

 断言しよう。


 そんなわけで周囲を警戒しながら、それでも極力視界に入れないように進む。

 自分でも矛盾してるとは思うが仕方がない……多分今日で虫は絶対に嫌いになるだろう。

 こんなの見たらもう無理だわ。


 ところでハリウッドのパニック映画の定番じゃ、昆虫系の巨大モンスターに捕まったら巣にお持ち帰りされて粘着性のある気持ち悪い何かにぶっ込まれた後捕食されるか、体に卵を産み付けられてしまい、何とか逃げ出せても主人公は無事だけど、ノリのいい仲間が苦しみだし、体に産み付けられた卵が孵化して体をブチ破り大量のモンスター昆虫Jrが這い出てくるなんて小さいお子さんが見たらトラウマになりそうなシーンがあるが、ここの害虫に仮に捕まってしまったら同じような末路を辿るのだろうか?


 そんな最期だけは嫌だなーと思いながら歩を進める。

 うん、何か別の気の紛れる事でも考えるか……精神が持たんわ。



 さて、どれだけ奥へと進んだのだろうか?

 進むにつれて次第に雰囲気が怪しくなってきた。

 直視してないので何とも言えないが、さきほどまで壁や柱などを這いずり回っていた害虫は一切いなくなったのだ。


 いなくなったのだが、何やら妙な気配を感じる……ヘッドライトが照らしていない箇所を何かが高速で動く気配があった。

 あぁ、うん……これもう確実にいますね、間違いない。


 「はぁ……覚悟を決めるか」


 言って自分の後ろをついてきてるフミコたちに静止をかける。


 「かい君?」

 「し! この先、見てみ」


 そう言ってヘッドライトで通路の先を照らす。

 照らされた場所を見てフミコとリーナが小さい声で呻く。


 「何あれ……気持ち悪っ」

 「さすがにあれは……」

 『お嬢様、あまり直視する事はお薦めしません……近づくのもやめてください』


 TD-66がそうリーナに言うが、近づかない事には先には進めない。

 自分だって、できればもう引き返したいが、この先は広い空間となっており、そこに本命が多く潜んでいるのは明白であった。

 では駆除するために進まないといけないだろう。

 足を踏み入れないといけないだろう……全くもって嫌ではあるが。


 「Gの食い残しに糞……後は共食いして食い余った残骸か……にしても汚ねーな」


 そこには文字として表記するのも憚られる光景が広がっていた。

 うん、Gの駆除業者はGの巣を駆除するためにこんな光景を永遠と見てるんだよな?

 すごいよね、どうやって精神を平常に保ってるのだろう?

 本当に尊敬します。今から崇拝します、はい。


 「で、どうするのかい君。突入するの? それとも殺虫剤を中に振りまく?」


 フミコが聞いてくるがどうすべきだろうか?

 ここからこの先の広い空間に殺虫剤を投げたら確実に逃げ出すようにギガローチたちが大量に湧いて出てくるだろう。

 それを一網打尽にするのが効率がいいか?

 精神が保てばの話だが……


 しかし、それ以前に通路の先の広い空間にあるであろう別の通路へ逃げ出す可能性もある。

 ならひと思いに広い空間に飛び込んで全体魔法なり、強力殺虫剤全周囲超高圧ノズル噴射をすべきだろうか?


 迷っているとTD-66がある提案をしてきた。


 『一度、この先の空間に使い捨てのドローンを飛ばして調べてみますか? ドローンの操縦と撮影はわたくしがやりますので』

 「え? まじ?」

 『はい、お嬢様をはじめ、皆さんでは事前の情報なしに飛び込めば精神耐性が追いつかず、一瞬かもしれませんが体が硬直する可能性が高いです。俊敏性の高い害虫相手ではその一瞬は命取りです』


 TD-66の言う事はもっともだ。

 なのでまずはドローンで偵察して、ここから殺虫剤をかまして逃げ出してきた連中を叩く戦法か、中に飛び込んでの駆除かの判断をする事にする。



 ところでGが蠢く巣にドローンを飛ばして、飛行音なりでバレたりしないか?と思ったが、そこはSF世界の恐るべきハイテク技術で虫も動物も絶対に気付かないサイレント飛行が可能なのだとか。

 どういった理屈でそうなるのかわからんが、とにかくステルス性は抜群らしい。


 そんなわけでTD-66が使い捨てのドローンを飛ばしてこの先の広い空間の偵察に向かわせた。

 とても頼もしい限りだが、この先の光景を録画して記録映像として残すことだけは絶対にしないでくれよ?


 ところで、皆さんはGの巣についてどれだけご存じだろうか?

 巣と言っても基本的にGは旅する昆虫であり、(マイホーム)という住居を保たない昆虫である。

 だから特定の場所を根城にしてはおらず、彼らが好む環境がその時々の(マイホーム)となるのである。


 そもそも彼らは緩やかな集団生活を行うことは行うが、社会性というものは兼ね備えていない。

 だから巣という概念がないのは当然なのだ。


 社会性がないゆえに、他の昆虫で見られる女王という存在はいない……女王ゴ○ブリなどいるはずがないのだ。

 しかし、本来Gとはシロアリの仲間である。

 そしてシロアリは当然ながら社会性を持っており、女王アリが存在する。


 では何故シロアリには女王がいてGには女王がいないのだろうか?

 これには諸説あるが、とにかく進化の過程でこの両者の社会構造に変化が起きたのだろう。

 一方は社会性を維持し、一方は社会性を放棄したのだ。


 果たしてどちらが正解だったのか?

 両者とも今日でも害虫として存在している以上、どっちも正解だったとは言えるのだが……


 とはいえシロアリに関わらず女王アリは基本例外的な種を除けば女王アリのみが繁殖能力を持ち、それ以外は生涯を通して働き蟻として生殖活動する事なく一生を終える。

 ゆえに基本的に例外な種を除けば女王アリが死んだ時点でその巣は滅びる定めだ。


 しかしGは死を目前にすれば急いで産卵し、滅びる事を絶対に避けようとする。

 意地でも子孫を残すのだ。

 それゆえにメスは基本産卵するまでは滅多にその時の(マイホーム)から動くことはない。

 1回交尾をすれば何度も産卵できるという特性もメスを引きこもりにする要因だろう。


 だからカサカサと動き回るオスを例え全滅させたとしても、メスが交尾を終えていた場合はオスがいなくても問題はないのだ。

 何度でも産卵できるのだから……


 そんなわけで、Gの駆除においてはメスを見つけ出し駆除できるかどうかにすべてがかかっている。

 言ってしまえばどれだけの数のGを殺したとしても、それがすべてオスでは意味がないのだ。


 だからこそ優先すべきはメスの駆除。

 しかし、ここでひとつの例外がある。


 実はGの中でも特殊な例として社会性を気付く種がいるのだ。

 エクアドルで発見されたその種は巣のような空間を作って数百匹で暮らし、成虫が幼虫を世話するというアリの社会構造そのものを体現しているという。


 しかも、その巣の中には他の個体より1.25倍も大きい、羽根の色つきも少し違う特別な個体がおり、研究の結果、その特別な個体だけが唯一産卵できる個体であると確認されたのだ。

 そう、まさに女王である。


 果たして、この種だけが唯一シロアリの特性を引き継いだGなのか、それともまだ発見されていないだけで女王を中心とする社会性を持ったGの種が他にも沢山存在するのか……

 それはわからないが、何事にも例外は存在するという事なのだろう。



 そして、その例外はこの異世界の巨大なG、ギガローチにも当てはまったようだ。

 TD-66が偵察として飛ばしたドローンから送られてくる映像を精査し報告する。


 『どうやらこの先の空間はギガローチの巨大なコロニーになっているようです。確認できる限り、働きギガローチ、幼虫を世話するギガローチ、コロニーを守備する兵隊ギガローチ、女王を守る衛兵ギガローチ、そしてコロニーを統べるクイーンギガローチ、合わせて数百匹が棲息しているようです』

 「は!? ちょっと待て!! コロニーだって!? それにクイーンギガローチ!?」


 思わず叫んでしまった。

 いやいやいや、ちょっと待て!Gの駆除でそんな物騒な名前聞きたくもないぞ!?

 しかしTD-66は冷静に報告する。


 『はい、映像を精査する限り間違いないかと』

 「Gにそんな社会性があってたまるか!! 特に女王Gとか恐怖でしかないぞ!?」

 『では映像を確認してみますか?』


 TD-66はそう言って肩から光を放ち、プロジェクターのように壁にドローンからの映像を映し出す。

 その映像は当然ながら巨大なGが蠢くものであり、見て秒で吐いた。


 「おえぇ……」

 「かい君大丈夫?」

 「大丈夫じゃねぇ……だが、確認しない事には始まらねぇ……」


 なんとか精神を落ち着かせ、映し出された映像を確認する。

 確かに巨大なGの群れの中に一際大きい、少し他と形状も羽根の色も違う個体がいた。

 しかも嫌な事に、腹に何かタンクのようなものをつけているではないか!


 「おいおいおい……これってまさか」

 『おそらくは卵鞘でしょうね』

 「おぅ……なんてこったい、見なきゃよかった」


 TD-66が答える。

 卵鞘、つまりは卵が複数個収められたカプセルのようなものだ。

 こいつの殻は固く殺虫スプレーを通さないため、中々Gが根絶できない要因の1つとなっている。


 「はぁ……どうすんのこれ? いや、社会性があり女王Gがいるって事はある意味女王さえ殺せばコロニーは瓦解するのか? あとはパニクったギガローチどもを適当に駆除して卵鞘を破壊すれば……」


 そう言ったところで思考を停止した。

 映像にあるものが映ったからだ。


 「は? いや……ちょっと待て! 今……」

 「うん、あたしも見たよ」

 「はい、マスター。わたしも」


 フミコとリーナも驚いた声で頷いた。

 ドローンが撮影した映像、()()()()()()()()()()()()


 「マジかよ……なんでこんな巨大Gの巣に人がいんだよ!! しかも、なんで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」


 思わず叫んでしまうが、誰も答えようがない。

 映像に映った人が生きているかはわからない……が、もし生きていたとしたら救助しないといけないだろう。

 まったく面倒な事になった……そう思ってため息をつきたくなったが、それだけでは収まらなかった。

 ドローンが撮影した映像にはさらに厄介なものが映っていたのだ。


 「待て……まてまてまて!! 何だあれは!?」


 映像を見てフミコとリーナが押し黙る。

 そんな2人とは対照的にTD-66は淡々と告げる。


 『形状からは超巨大なヨロイオオムカデと推測します。ヨロイオオムカデにはない特徴の部位も見受けられますが、現時点では超巨大ヨロイオオムカデと仮称すべきでしょう』

 「……マジかよ、クソッタレ!!」


 ギガローチのコロニーにクイーンギガローチ、そこに倒れている生死不明の人間、果てには超巨大ヨロイオオムカデ(仮)だ。

 一体どうなってんだこの状況は?頭を抱えたくなってきた。

 誰かいいアドバイスがあったら教えてくれ、そう心の中で思うのだった。

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