ドルクジルヴァニア地下大迷宮(5)~対峙
無数の鎖は至るところから出現しこちらへと襲いかかってきた。
「ち! さっきから何なんだよこの鎖は!?」
オートシールドモードを発動しておいて正解だった。
こんなどこに出現して、どこから襲ってくるかわからない攻撃、こちらが気付いてから魔術障壁を発動してたのでは間に合わない。
自動検知、自動発動万々歳だ。
それにしても襲ってくる鎖がところどころうんこまみれでより不快感を倍増させる。
こんなのが体にクリティカルヒットした日にはもう1日中風呂に入って汚れを洗い落とさないと平常心を保てないだろう……
そんなわけでオートシールドモードを自分だけでなくフミコにリーナにも前もって適用しておいたおかげで、皆がこのうんこまみれの鎖の攻撃を防ぐ事ができた。
TD-66は元よりエネルギーを放出する事でバリアを貼る事ができる。
なのでこちらが何かせずとも攻撃を防いでいた。
空間中に現れた鎖をオートシールドモードで防ぐ中、菌糸生命体キエ・カガールのうんこをかき集めて作られた体はゆっくりとこちらへと迫ってくる。
とはいえ、その速度は酷くゆっくりでどうやら高速移動はできないらしい。
まぁ素早く動くうんこで作られた人形など見たくはないのでありがたい事なのだが、おかげで見たくもないその全景をじっくり観察しなければならなかった。
「くそ! これ何の罰ゲームだよ!! てかこの鎖は一体何なんだよ!? あいつの能力か!?」
「たぶんそうじゃないかな? 鎖がうんこまみれなあたり、あのうんこマンの体から生成してるのかも」
そうフミコが言うと菌糸生命体キエ・カガールがうんこをかき集めて作られた体をゆっくりと動かしながら肯定する。
「その通り、この鎖はかき集めた糞尿に菌糸を繋いで一体化したものを胞子状にして飛ばし変化させたものだ」
「……マジかよ」
キエ・カガールの説明に思わず吐きそうになる。
それってつまり、この空間中の至るところから鎖が出現する事からわかるだろうが、この空間中に微細なうんこが巻き散らかされてるって事じゃねーか!
まぁ、下水施設なんだから仕方ないんだろうけど……
「てかなんでうんこが鎖に変化すんだよ!!」
「ほんとだよ!! 意味わからないよ!! てか鎖に変化させるなら完全に鎖にしてよ!! 鎖にうんこ残さないでよ!!」
ツッコむとフミコも怒りをブチ撒けた。
まぁうんこが残ってなければいいって事ではないと思うが……
「あぁ、それは簡単だ。菌糸でつないだものにほんのわずかな鉄分や、それに連なる成分、加工したり反応させれば似たような物質になるものが含まれていればいくらでも鎖を精製できる……鎖だけじゃないぞ? ワイヤーや有刺鉄線、鉄筋、あとはそうだな……鉄柱だって意のままに生み出せる」
「マジかよ……」
「あと残糞に関しては鉄分に変化させられなかったあまりものだ、気にするな」
「気にするわ!!」
思わず叫ぶが、そういう事なら下水施設というこの地下空間ではキエ・カガールはほぼ無尽蔵に力を振るえるって事じゃないか?
何せ天井から地上の街が過疎って人がいなくならない限りほぼ無尽蔵に資源が降り注いでくるのだから……
特に体調が悪い人の便は消化が悪く、食べたものの栄養素がそのまま糞尿に含まれる。
赤下痢などは鉄分がそれこそ豊富だろう。
キエ・カガールにとっては惠の雨じゃないか?
こちらからすればもう考えたくもない世界だが……
「錬金術みたいなもんか……それがあんたが転生して得た能力ってわけか」
そう尋ねるとキエ・カガールは肯定する。
「まぁ、物質変換ってスキルは転生前の俺の固有のものだがな。この異世界で菌糸生命体に転生してからはそれが強化されたってところか?菌糸でつないだものを支配できるって能力はこの菌糸生命体に転生したからこそ得られた異能だしな」
「なるほどな……」
確信した。
つまりは今キエ・カガールが使っている攻撃はキエ・カガールが転生者である以上、転生者の能力として奪えるわけだ。
この面倒な攻撃さえ使えなくすればただの菌糸生命体に抵抗する術はないだろう。
うん、ないはず……だよな?
まぁ、そこは信じるしかない。
ならばやる事は決まっている……キエ・カガールからあの能力を奪取する。
(そうと決まれば、さっさと行動開始だ。これ以上見るに耐えないものと対峙する気はないんでな!)
まずは安全に能力を奪えるようにキエ・カガールを弱体化させねばらない。
そう思った時だった。
キエ・カガールのうんこをかき集めて作った体に変化が起きた。
その体の表面がブクブクと泡立ち始めたのだ。
「な、なんだ!?」
「え? 何? 気持ち悪っ!」
その光景にフミコは嫌悪感を示し、リーナは一瞬吐きそうになってTD-66が。
『お嬢様、あの汚物をこれ以上直視してはいけません! 健康を害します』
と言ってリーナの前に立ち、リーナの視界に汚物が入らないようにガードした。
一方のキエ・カガールは叫ぶという表現が正しいかはわからないが、とにかく体全体を泡立たせながら叫んだ。
「バブル、バブル、さらにバブルゥゥ!! さぁ変異せよ!! 菌糸によって繋がり隷属化した菌たちよ!! 胞子となりて! 偽菌糸体となりて! 分節菌糸体となりて!! ヒトに取り憑くウイルスとなれ!!」
ここでようやく気がついた。
キエ・カガールが何をしようとしているのかを。
「まずい……これはかなりまずい!!」
慌てて魔術障壁を周囲に展開する。
「フミコ! リーナちゃん! 機械の騎士さんもはやく俺の近くに来るんだ!!」
叫ぶと、危険を察知したフミコとリーナがすぐに自分の元へと駆け寄ってくる。
時間がないと手を伸ばして、同じく手を伸ばしてきたフミコの手を掴んでたぐり寄せ、すぐにリーナにも手を伸ばして掴む辿り寄せる。
TD-66にはロボットだからまぁ、そこまでしなくても大丈夫だろうと思って手を伸ばさなかった。
とは言え、そうするまでもなくTD-66はすぐに自分の元にやってきたのだが。
全員が自分の元に集まったところで空気も通さない強固な魔術障壁を自分を中心にドーム状にして展開する。
その直後だった。
キエ・カガールが高らかに叫んだ。
「飛沫感染!!」
それと同時にブクブクと泡立っていたキエ・カガールのうんこをかき集めて作った体の表面が弾けた。
弾けて空間全体に粉末が撒き散らされる。
「やろう!! 体を構成してる糞にふくまれる菌を隷属化において未知の病原菌に変異させてばら撒きやがったな!!」
「ははは!! その通りだ!! 感染したくなかったら!! そう未知の病気を発症したくなかったら素直に俺を仲間にして地上にエスコートする事だな!!」
そう叫ぶキエ・カガールの体はさきほどまでと違ってかなり小さくなっていた。
それだけ未知の病原菌を撒き散らしたという事だろう。
「クソッタレが!! ここまでされて、てめーを地上にご招待するバカがいるわけねーだろ!!」
叫んでTD-66に雑貨屋の能力で取り出した新たなタンクを2本提供する。
「機械の騎士さん、こいつを頼む」
『はい、わかっています!』
TD-66はこちらが渡したタンクを背負うとタンクから伸びた動力噴霧器を手に取る。
そして。
『空間除菌!!』
噴霧器から消毒除菌剤を周囲へと散水し、真上へと散布する。
これによりドーム状で展開した魔術障壁の周囲は除菌できたはずだ。
とはいえこれは本当に効果があるのかどうかは医師や研究者によって見解が異なるので実際はどうなのかわからないのだが……
しかし仮に空間除菌に効果があったとしても消毒に除菌は菌を対象物や、限られた空間から害のない程度の数まで減らすか感染力を失わせる効果しかない。
完全に死滅させるわけではないのだ。
だからこそ、元の菌を完全に死滅させる滅菌作業を施さなければならない。
そう……消毒、除菌、抗菌ではなく滅菌、殺菌によってすべての脅威を根絶するのだ。
「フミコ! リーナちゃん! こいつを!!」
叫んで2人にウォーターガンを手渡す。
それは見た目は子供向けだが対象年齢は18歳以上の取り扱い注意な超強力飛距離ウォーターガンだ。
そして、そのウォーターガンのタンクに搭載されている水はただの水ではない……
フミコが手に取ったウォーターガンには次亜塩素酸水が、リーナが手に取ったウォーターガンにはベンザルコニウム塩化物溶液が入っている。
そんな消毒薬入りウォーターガンをフミコとリーナは構えてキエ・カガールの体へと水撃ショットを放つ。
キエ・カガールは即座に反応し、体の周りに鎖を大量に発生させて盾とするが、物理攻撃と違って水撃を鎖では防ぎきれない。
なので鎖の合間を浸透してすり抜けた水撃に足を撃ち抜かれる。
「ぐ!? がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
キエ・カガールが絶叫し、体の動きが一瞬止まる。
その隙を見逃さずに一気にドーム状の魔術障壁の外へと飛び出して右手をかざす。
直後、右手をかざした先に水が出現し、そのまま膨れ上がって巨大な水玉となった。
その巨大な水玉は宙に浮いていながらもかざした右手の動きと連動している。
そんな水玉が連動している右手を大きく振りかぶる。
そして一歩足を踏み出して腰をひねり、まるで野球のピッチャーが投球するように右手を振るった。
「くらいやがれ!! ウォーターボール!!」
右手と連動して宙に浮いていた巨大な水玉が勢いよくキエ・カガールの体へと投擲される。
一定値の水量を巨大な水滴に保って放つ水属性の初級魔法、ウォーターボールだ。
初級魔法ゆえに威力は高くはない。
水圧や水流を織り交ぜて威力を上げるテクニックもあるが、それをおこなうとウォーターボールから別の名称の魔法に変化するという。
しかし今放ったのはそんなものではなく、純粋な初級魔法のウォーターボールだ。
だから普通の相手だったならば、こんな攻撃は効きもしなかっただろう、しかし……
「が!? ぐはぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ぐぎ、き、貴様!! 一体何をしたー!?」
キエ・カガールは悲鳴を上げ、その体が一気に形状を保てなくなったかのように溶け出す。
それを見て思わずニヤリとしてしまう。
まぁ、ガスマスクに防護服なわけだから自分以外には自分がどんな表情をしてるかなんてわからないだろうが……
「何って、ウォーターボール。水の魔法を放っただけだぜ?」
「水の魔法だと!? そんなわけあるか!! たかが水でここまで……」
「あぁ、ただの水玉投擲だぜ? まぁ、水っていってもエタノール豊富な高濃度アルコール洗浄水だがな!」
そう言うとキエ・カガールはしばらく沈黙した後。
「それのどこがただの水やねん!!」
そう怒鳴り散らした。
うん、まぁ確かに消毒液をただの水と言い張るのは無理があるかもな?
でも水は水だろ?ウォーターボールに違いないはずだ。
それともエタノールボールかアルコールボールと言ったほうがよかったか?
いや、色々と語弊を招きそうだからウォーターボールでいいだろう。
「さて、そろそろ弱ってきて限界だろ菌糸生命体!」
言って能力を奪うべくアビリティーユニットとアビリティーチェッカーを取り出そうとしたところでキエ・カガールが最後のあがきに打って出る。
「まだ終わってねーぞ!! 俺は地上に出るんだ!!」
キエ・カガールが叫んだと同時に自分の周囲に鉄筋が出現する。
今までの鎖の攻撃と違って確実に自分を串刺しにするつもりなのだろう。
だが……
「遅い!! スプラッシュ!!」
かがんで床に右手をかざし叫ぶ。
同時に自分の周囲の床からいくつもの水柱が吹き上がる。
その噴射によって鉄筋はほとんどが弾き飛ばされ、水柱に弾き飛ばされなかった鉄筋もオートシールドモードで出現した魔術障壁によって弾いた。
これは自分を中心とした周囲に複数の水柱を発生させて敵をなぎ倒す水属性の中範囲の全体攻撃魔法であるスプラッシュだ。
威力は条件次第で変化するギャンブルのような魔法だが、今回は甲を成したようだ。
何せ、さきほどのウォーターボール同様ただの水を放ったわけではない。
「ぐほぉぉぉぉぉ!?」
キエ・カガールが悲痛な叫びをあげる。
スプラッシュで発生した水柱のひとつがキエ・カガールの体の半分を消し飛ばしたからだ。
水圧が高ければ糞をこねてつくった体などいとも簡単に消し飛ばせるが、それ以上にその水の成分が菌糸生命体自体に大ダメージを与えたようだ。
「あがぁぁぁぁぁぁ!? ぐぎぎぎぎぎ! 苦しい!! お、おのれ一体、な、何を!? み、水魔法などと詐欺を抜かしてい、一体何をぉぉ!? ぐほぉぉぉぉぉ!!!」
苦しそうに叫ぶキエ・カガールにニヤリと笑いながら告げる。
「スプラッシュで発生させた水柱はそれぞれ違った殺菌滅菌消毒液でな……二酸化塩素水、グルタラール、フタラール、過酸化酢酸、ホルムアルデヒド水溶液……確かこんなところだったかな?」
それを聞いてキエ・カガールは発狂した。
「こ、ごの鬼がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「おいおい鬼とは失礼だな? こっちだってこんだけ取り扱い注意なもん同時に使って健康被害ねーの? とかヒヤヒヤしながらの攻撃だったんだぜ? お互い様だろ?」
「ぶ、ぶざげるなぁぁぁぁぁ!!!」
キエ・カガールは怒鳴るがその声はどこか弱々しい。
残った体もドロドロの糞尿となって溶け出し体を維持できなくなっている。
これはもう頃合いだろう……死ぬ前に能力を奪わなければ。
「さて、悪いが異能は奪わせてもらうぜ」
言ってアビリティーチェッカーをアビリティーユニットに装着、液晶画面の上にエンブレムが投影される。
そのエンブレムをタッチしてから。
(あ、そういやすっかり忘れてたけどアビリティーチェッカーもアビリティーユニットもこんな菌まみれの空間でビニールで包むなりせず裸で使ったら後で消毒しないといけないよな……TD-66は次元の狭間の空間で洗浄するからその時一緒にやってもらうか)
そんな事を考えてアビリティーユニットをキエ・カガールの崩れかかった体に向ける。
『Take away ability』
アビリティーチェッカーが音声を発し、キエ・カガールの崩れかかった体から光の暴風があふれ出しアビリティーユニットへと吸い込まれていく。
すべての光が吸い込まれると液晶画面の上に新たなエンブレムが浮かび上がった。
「終わったか……」
直後、キエ・カガールは菌糸生命体としての機能も失ったのか糞尿をかき集めて作られた体が一気に崩れ出した。
そんな元の姿へと戻った糞尿を閉じ込めるように、崩れる糞尿の四方に魔術障壁を展開させて筒を作り、その中に糞尿と瀕死の菌糸生命体キエ・カガールを閉じ込める。
能力を奪っても、この転生者の菌糸生命体はまた新たな能力を得て地上に這い出ようとするかもしれない。
自分達の前に現れるかもしれない。
そんな事はもうごめんだ、うんこ野郎とはここできっぱり縁を切っておかなければならない。
だから確実にここで殺す。
右手をかざし、糞尿を収めた筒の上に火球を出現させる。
火属性の初歩魔法だ。
ただし、そこで終わらない。
その火球の火力をあげ、炎の勢いを増し、さらに風魔法で空気を送り込んで燃焼させ、さらなる高温の火球に仕立てていく。
やがて溶解熱の近くにでもるいるようなほどの熱量を発し、防護服越しでも肌に痛みを感じ出すほどに火球が育った。
そこでようやく右手を振りかざす。
ガスマスクの中はすでに汗だくだ。
渇いた喉は水分を求める。
だからさっさと終わらせて水分補給してスッキリしないと……そう思いながら叫ぶ。
「焼却処分だクソッタレ!! これで終わりだ!!」
超高熱、高火力の火球が筒の中へと落とされ、一気に爆発。
後には何も残らなかった。




