ドルクジルヴァニア地下大迷宮(3)~遭遇
猛スピードでこちらへと頭突きをくらわせようと突っ込んでくるジャイアントラットにレーザーブレードを振り下ろすがジャイアントラットは難なくこれをかわす。
「くそ! こいつ!」
そんなジャイアントラットへ向けてレーザーブレードを横薙ぎに振るうがジャイアントラットは軽い身のこなしで回避した。
そしてジャイアントラットは見た目の大きさに似合わず素早く動き回りこちらを翻弄してくる。
このあたりはどこまで大きくなってもネズミという事なのだろう。
「ち! 面倒だな!」
素早く動き回るジャイアントラットを追いかけるようにレーザーブレードを振るうが空振りに終わる。
直後、ジャイアントラットがこちらの背後に素早く回り込む。
そして隙だらけとなった背中目がけてジャイアントラットが飛びかかってきた。
「しまっ……!」
慌てて振り返るが時すでに遅し、ジャイアントラットのタックルが背中にヒットする。
どう考えても反応はできない場面であった。
しかし……
「なーんてな!」
ニヤリと笑って間近に迫るジャイアントラットの目を見る。
直後、ジャイアントラットはオートシールドモードによって攻撃を自動検知して発動する状態になった魔術障壁の出現によって攻撃を阻まれる。
自分を守るように発生した魔術障壁にジャイアントラットは激突し、衝突の激痛からかうめき声をあげる。
そんなジャイアントラットを魔術障壁で押し返して吹き飛ばす。
「残念だったなクソデカドブネズミ! さっさとトドメを刺さして貰うぞ!」
魔術障壁で吹き飛ばしたジャイアントラットにトドメを刺すべく氷の針を飛ばす魔法、アイスニードルを放つ準備に入る。
しかし自分の周囲に冷気が漂い、無数の氷の針が浮かびあがると吹き飛ばされて地面に激突したジャイアントラットはそれを見て酷く怯え、恐るべき反射神経で起き上がると警戒してこちらから距離を取った。
ジャイアントラットにとって氷魔法が弱点という事なのだろうか?
しかし、そのような情報はギルドユニオン総本部では聞かなかったのだが……
あらかじめジャイアントラットとギガローチの弱点については受付嬢のミルアから聞いていたが、そもそもこの下水道に棲息しているジャイアントラットは劇的に数が増えたという報告がない限りは主に年末に大掃除の感覚で毒ガスの類いによる一斉間引きが行われる程度で、物好きがいない限りは平時に駆除依頼を受けるギルドもいないため冒険者との交戦経験が少なく、魔法を知らない個体がほとんどなのだとか。
ならば弱点というかジャイアントラットが苦手だと思う魔法などそもそもないように思えるが、あの個体はアイスニードルを見て酷く怯え警戒している。
どういう事だろうか?
「以前に元貴族の冒険者と交戦経験でもあるのか?」
そう考えるのが自然だが、もしかしたらDNAに刻まれ、受け継がれている危機察知能力かもしれない。
地球においてこんなエピソードがある。
2017年、日本において問題となった特定外来生物であるヒアリ。
本来は南米原産であるこのアリは1940年以降、紛れ込んだ輸出用のコンテナなどからアメリカなどの世界各国に上陸、侵入し生息域を一気に広げ勢力を拡大した。
人的被害や作物被害、施設設備に多大な被害や影響を及ぼすこの外来種にアメリカは手を焼いていた。
一様は鳥やクモ、アルマジロといったヒアリをエサとして食べてくれる生物もいるにはいるが根本的な数減らしには至らなかった。
そう、南米から解き放たれたヒアリにとってアメリカ本国などは明確な天敵がいない楽園だったのだ。
とはいえ、アメリカの学者なども手をこまねいているわけではない。
ヒアリの数を減らす方法として、天敵の投入を考えたのだ。
それがノミバエ、別名ゾンビバエだ。
ノミバエは世界中にその仲間が棲息するごくありふれた小バエであるが、ヒアリの天敵たる習性を持ったものは南米にしか棲息しない。
ゆえにアメリカ本国のノミバエでは何の効果も発揮しなかったのだ。
では南米のノミバエは何故ヒアリの天敵なのだろうか?
それこそがゾンビバエの別名の由来だ。
南米のノミバエはヒアリの尻部に卵を産み付け、ヒアリに寄生させて幼虫を育てる。
卵から孵化した幼虫はヒアリの体内を食いながら養分を蓄え頭部を目指す。
そして頭部に辿り着くと脳を溶かしてこれを食う。
この時点でヒアリは死んでいるが、脳を食ったノミバエの幼虫は成虫として孵化するのに適した場所までヒアリを移動させる。
つまりは死んでいるのにゾンビのようにヒアリは動くのだ。
だからこそゾンビバエという別名がついているのである。
そして成虫として孵化するのに適した場所までヒアリを移動させると分泌液を出してヒアリの体を溶かし、ヒアリの頭部を胴体から切り落す。
ポロっと取れて地面に落ちたヒアリの頭部、その中からノミバエの成虫が這い出てくるのだ。
そんなわけでヒアリにとってノミバエは仲間に寄生し数を増やす、下手をしたら自分も苗にされる可能性のある天敵なのだ。
しかし輸出される荷物に紛れ込み世界へと運ばれ、さらに時代が進みグローバル化社会の元、国際運輸が当たり前となった時代においてヒアリはもはや、そんな天敵のゾンビバエがいない安息の地を手に入れた。
ヒアリの寿命は女王アリで7年ほどと言われる。
アメリカに侵入して80年近く経ち、何代も世代交代が進み、今のヒアリはかつての天敵、ゾンビバエになど遭遇した事もなくその脅威を知りもしないはずだ。
そう、知らないはずなのである……
これが人間ならば先代の知恵と言わんばかりに古代の文献であったり、記録映像として古の脅威を子孫に伝えただろう。
しかし、当然ながら昆虫界にそんなものはない。
人類がまだ解明できていないだけで、昆虫たちにしかわからない暗号のような何かがあるかもしれないが、今現在のわかっている範囲では明確な文献を残し保存するという行為は確認できていない。
ならばアメリカに渡ったヒアリたちはゾンビバエに警戒しないはずである。
そう考え、あるアメリカの学者がヒアリ対策としてゾンビバエが使えないか検証すべく南米からゾンビバエを取り寄せヒアリの巣に放ったのだ。
ヒアリは他のアリと同様に地面の中に穴を掘って巣を作るが、他のアリと違って地上に巨大な蟻塚を作る。
だからこそ目立って見つけやすい上にゾンビバエの効果も検証しやすいというわけだ。
そんな蟻塚にゾンビバエが放たれると、最初は侵入してきた小バエに気付かなかったヒアリ達であったが一旦その存在に気がつくと蟻塚中が大パニックに陥ったのだ。
統率がきちんと取れている事で有名なヒアリがゾンビバエの投入によって巣ごと大混乱の中、統率が取れることなく瓦解したという。
この結果からまさに効果は絶大だと学者は確信したわけだが、アメリカにはびこったヒアリを減らせるくらいのゾンビバエの数を南米から確保できるのかが今後の課題だという。
このエピソードが物語っているように、どれだけ天敵の脅威が排除された場所に移り住んだとしても、もう天敵の存在など遠い昔の事で誰も知りもしないとしても、心の中には刻まれているのだ。
遺伝情報には残ってるのだ。
種にとって絶対に忘れてはいけない教訓として、その体に染みついているのだ。
そして、ジャイアントラットも同様にそのDNAに刻まれているのだろう。
かつて先祖たちが貴族に徹底的に駆除された時の恐怖が。
「異世界のこんなクソでかいネズミが地球のネズミと寿命が一緒とは考えられないが、もし同じなら寿命は3年……その期間でどれだけ元貴族と対峙したかはわからない。遺伝情報として何故かはわからないがヤバイものって認識してるのかもな」
ジャイアントラットは巨体であるのにすばしっこい。
そんな相手に警戒されてるアイスニードルを放ってもうまくかわされるだろう。
魔法を警戒しないならなら難なく串刺しにできただろうが、下手をしたら逃げられる可能性もある。
(仕方がない……ここは正面からゴリ押しでいくか)
思って密かに簡易錬成を発動する。
ここからは時間との勝負だ。
1秒でもモタつけば逃げられる可能性がある。
TD-66が超音波を発しているおかげでジャイアントラットは不快な思いをして万全な状態ではない。
とはいえ、本来ネズミ対策の超音波はネズミが嫌がる周波数を放ってネズミを退散させるものだ。
言ってしまえば相手を逃げ出すように常に誘導してるとも言える。
だからこそ、仕留めなければ。
こちらが超音波を発するとわかったら逃げられた後は絶対に警戒される。
そうなれば見つけだすのは困難だ。
「こんな不衛生な地下で逃げたネズミを隅々まで探すなんてまっぴらごめんだ!! だからここで絶対に仕留める!!」
叫んで前へと一歩踏み出す。
アイスニードルは放たない。
しかし、ジャイアントラットは即座に反応して逃げようとする。
「逃がすかぁぁぁ!!」
アビリティーユニットを左手に持ち替えて右手を伸ばし、魔術障壁を発動する。
ジャイアントラットの真横へと壁のように魔術障壁を出現させ、そのまま魔術障壁でジャイアントラットを叩きつけた。
ジャイアントラットは魔術障壁で殴られて悲痛な叫び声をあげる。
そのまま勢いよくジャイアントラットは床に倒れるが、それよりはやく簡易錬成を発動する。
簡易錬成で生み出したのは高性能特殊粘着剤がたっぷりと撒き散らされた粘着トラップな床だ。
ネズミ駆除といったらネズミ粘着シートだろう。
そういうわけで魔術障壁でジャイアントラットを殴ってから簡易錬成で間髪入れずジャイアントラットが倒れる床をネズミ粘着シートに変えたのだ。
時間との勝負であったがうまくいったようだ。
粘着トラップにかかったジャイアントラットはもがきながらうめき声をあげる。
なんとかうまくいった。
とはいえ油断は禁物だ。
何せこれだけ巨大なドブネズミだ、もしかしたらすぐに力尽くで抜け出すかもしれない。
なのでトドメを刺す。
「終わりだクソッタレ」
ここでようやく周囲に浮かんだ氷の針の出番だ。
残酷だとは思うが、粘着トラップにかかって動けなくなったジャイアントラットの首へとアイスニードルを放つ。
複数の氷の針がジャイアントラットの首に突き刺さり、ジャイアントラットは断末魔の叫びを上げて絶命した。
首から血を垂れ流し、動かなくなったジャイアントラットを見て警戒を解く。
「まず一匹……」
アビリティーユニットのボタンを押してレーザーの刃をしまい、フミコとTD-66のほうを向く。
向こうもどうやら片付いたようだ。
フミコは銅剣でジャイアントラットを滅多斬りにして、見るも無惨なスナッフなアートを生み出していた。
うん、いくら魔物というか巨大なドブネズミくんとはいえ、スプラッター映画に耐性がなければ吐いてたかも。
というかあの死体は直視できんわ、さすがにジャイアントラットに同情するぞ……
フミコのやつ、ストレスがMAXだったのだろうか?
また無人島で今度は心の療養をしたほうがいいかもしれない。
TD-66の方は拳を回転させて威力をあげたロボットパンチでジャイアントラットをボコボコのサンドバックにしていた。
本当にもう十分だろうというくらいにまでたこ殴りにしてジャイアントラットを撲殺したようだ。
ロボットなのにストレス発散か?とも思ったが、こっちは後ろで隠れてるリーナの。
「いけー! 君! 負けるな!!」
という声援を受けて期待に応えようとハッスルしすぎたようだ。
うん、リエルに頼んでストッパーのような機能を付けたほうがいいかもしれない。
何はともあれここにいたジャイアントラット3匹は駆除した。
あと何匹くらい駆除したらいいかは迷うところだが、後はギガローチを見つけ出して数匹駆除すれば、その時の体調というか精神面次第では切り上げてもいいだろう。
そう思った時だった。
突然、どこからか鎖がこちら目がけて迫ってきた。
「な!?」
殺気などなかったがゆえに油断しきっていた。
オートシールドモードのおかげで魔術障壁が発動する。
しかし、その鎖は自分達を攻撃する事はなかった。
その鎖は粘着トラップの上で横たわっているジャイアントラットの死骸に突き刺さると、そのまま死骸を縛り付け、血がグシャグシャと飛び散るまでに圧迫しただしたのだ。
一体何が起きたのか理解できず、ただその光景を見ている事しかできない。
やがて、ジャイアントラットをミンチにした鎖は一瞬光り輝き、ジャイアントラットの死骸を消し去った。
そして、鎖はずるずるとある一点へと巻き取られるように引きずられていく。
その鎖が引きずられていく方を見ると、そこには天井から落ちてくる汚物で満たされた細い水路があった。
そして、その細い水路の中から声が響き渡った。
「ふぅ……中々に美味だったよ。ごちそうさま」
「……は?」
一瞬、そこに目には見えない誰かがいるのかと思った。
フミコを負かしたザフラとかいう女か、TD-66のように光学迷彩で姿を隠せる誰かか。
しかし、そうではない。
何せ、声は細い水路の中から聞こえたのだから……
「死骸とはいえ、久々に新鮮な肉にありつけたよ。やっぱり腐敗したものや糞尿とは風味が違う。格別だな」
何やら嫌なワードが混じっていたような気がするが、姿が見えない以上は敵なのかそうでないのか判断がつかない。
なのでアビリティーユニットを構えレーザーの刃を出し警戒する。
「誰だ!? どこに隠れてやがる!?」
「あぁ……そうだね、姿を見せないのは失礼だね? まぁ、実際見せたところで認識できなだろうけど……仕方ない、体を構築するか」
そんな声が聞こえた直後、グニョグニョグニョと嫌な音を立てながら細い水路に溜まっていた汚物や糞が一箇所に集まり、まるで粘土をこねて人形を作るかのように人の形になっていく。
その光景にフミコやリーナは完全にドン引きしていた。
かくいう自分も意味がわからなすぎて、とりあえず吐いていいですか?って気分になる。
そしてついに、顔の輪郭はないが一目見て、人の姿を作ったなってわかるような外観の糞でできた実物大の人形ができあがった。
はっきり言って見てるだけで気分が悪くなりそうだが、追い打ちをかけるように、その糞でできた実物大の人形が声を発する。
「お待たせ、とりあえず姿はこれでいいかな?」
そんな言葉を発した糞でできた実物大の人形を見て、これどう切り返せばいいの?
というかこんな汚い意味不明なやつとコミュニケーションとっていいの?と混乱していると、フミコが錯乱して叫んだ。
「な、なななななな……なんだこの、う、ううううううう……うんこマンは!?」
あー、言っちゃったよ。
うんこマンって言っちゃったよ。
するとうんこマンとフミコに言われた糞でできた実物大の人形が切り返してくる。
「誰がうんこマンだ!! これは仮の姿だ仮の!! 俺は菌糸生命体だから人間にはまず視認できないんだよ!!」
そしてさらにとんでもない事を言い出した。
「菌類菌糸生命体だから菌糸を繋ぎやすい何かで仮の体を形成しないと意思を持った大型の生物とは接触できないんだよ!! あーわかってるさ!! 俺だってこんなんに転生する前は人間だったんだ! ヒト様がこんな糞でできた得体の知れない体の生物を嫌がるのはよーくわかるよ! でもさ、仕方ねーだろ!! だって菌糸生命体なんだもん!」
「お、おい!! ちょっと待て!!」
思わず叫んで制止する。
おいおいおいおい、嘘だろ!?
冗談だと言ってくれよ!?
そんな事あるか!?
そんなのありか!?
だってよ……だってこいつ糞まみれの菌だぜ?
でも、確かに言ったよな?
こいつ確かに言ったよな!?
「な……なんだよ」
「お前、今転生する前は人間だったって言ったか?」
「あぁ、そう言ったが?」
「……はぁ、最悪だ。つまり、お前は転生者なんだな?」
目の前の未知の理解不能な糞で構成された体を生み出した菌糸生命体に確認すると、彼は。
「だからさっきからそう言ってるだろ! 俺の名はキエ・カガール。まぁこれは転生前の本名だがな……菌糸生命体に個人名なんてないしな、トホホ……」
そう言い切った。
最悪だ。
まさかこんなところでうんこまみれの転生者にでくわすとは……
さて、どうしたものか。




