最初の異世界(5)
酒場を出ていくつかの路地裏の狭い道を通り過ぎると寂れた広場に出た。
四方を建物に囲まれた公園のような印象も受けるが、取り囲む建物は恐らく今は誰も住んでいない空き家か廃墟だろう。
住民から忘れ去られた景色といった感じだ。確かにここなら人がくることはないだろう。
「で、周囲に聞かれたくない地球に関することって何だ?」
広場の中心まで来て先を進んでいたススムがこちらに振り返って聞いてきた。ラーゼは広場と路地の入り口付近、ギリギリ会話が聞こえる場所にいる。
「そうだな……まずはひとつ聞いていいか?」
「ん?」
「ススムの頃ってスマホじゃなくてガラケーなんだよな?」
「ケータイのことか? そのガラケーって言葉がイマイチよくわからんがカイトの言うスマホってア○フォンのことだろ? あのいぎなり高い……あれが8年後にはパカパカケータイを絶滅危惧種に追いやってケータイシェアのほとんどを占めてるってのが信じられないんだが」
ススムの言葉で改めてたった数年でこれだけ違いがでるのだなと思い知らされる。
ガラケーはたしかフィーチャーフォンってのが正式な言い方だったっけ? そんな言葉がない時代はパカパカケータイって言ってたんだな……
「まぁ、こればっかりは信じてもらうしかないんだけど……」
「そうだよな……でなきゃ話が進まないもんな……で? それがどうしたんだ?」
ススムの問いを受けて懐からスマホを取り出す。動画アプリを起動し地球を離れる直前の最新のニュース映像を選択する。そしてスマホをススムへと放り投げた。
「おわ!?」
ススムは慌ててスマホをキャッチする。スマホを使ったことがない以上、ある程度使い方を教えとかないといけないが……
「とりあえず画面の再生ボタンをタッチしてそいつを見てくれ。たぶんそれが一番手っ取り早い」
ススムは訝しみながらも言われた通りスマホの画面をタッチする。すると地球を離れる直前の最新のニュース映像が再生される。ススムはニン○ンドーDSみたいなもんかと1人納得していた。
『続いて現在確認が取れている各地の状況です……』
ヘルメットと防護服に身を包んだアナウンサーの言葉とともに日本各地の被害状況と映像、そしてその後確認が取れている各国の状況と映像、開示されている情報が読み上げられる。
その映像を見てススムが信じられないといった表情を見せた。
「なんだよ……これ? 何かの映画のワンシーンか何かか?」
「そう思うかもしれないが現実だ」
「そんなバカな! 何かの冗談だろ?」
「だったらどれだけよかったことか……そしてもしそうなら俺は今ここにはいない」
その言葉にススムが息をのんだ。
他のニュース映像の見方も説明しようとしたがススムはそれを拒絶しスマホをこちらへと投げ返してきた。
「これが今地球で起こっていることだっていうのか? ありえない!! 信じたくない!!」
「だよな……信じたくないよな……でも現実だ。俺はあれが出現するその瞬間を目撃したからな……そして2日間廃墟となった街を逃げ回った」
その言葉にススムは目を見張った。うまく言葉が出てこない様子だったので事務的に何があったかを伝えることにした。
あれがジムクベルトという名前の神ですら殺せない超高次元の存在、超上位種であること。
ジムクベルト以外にも次元の迷い子という存在も出現していること。これらに対して人類は対抗手段を持ち合わせていないこと。
そして自称神曰く、これらに対して直接何かできることいなく、間接的なやり方で次元の狭間に追い返すことしかできないこと。そのために自分が選ばれ、今ここにいること。
すべてを伝えた。ただススムはまだ信じられないといった表情のままだった。無理もないだろう。
地球の惨状を聞かされ、その原因の一旦があなたです。だから地球のため殺されてくださいと言われ素直に受け入れられる人間が存在するだろうか?
「そのジムクベルトは本当に倒すことができないのか?」
「あぁ、自称神曰くな……米露中英仏イスラエル、インド、パキスタンの核保有国が核攻撃を行っても傷1つつけられなかったって話だ。もはやこのやり方しかない」
「地球の兵器では無理でもこの世界の秘術ならなんとかなるんじゃないか? そうだ! そうちゃや!! そうすっぺ!! この世界には魔法がある!! 俺が使う聖剣だって!! もしかしたら倒せるかもしれないぞ!!」
ラーニングマシーンの翻訳機能には日本国内の方言も翻訳してくれる機能があるみたいだが、たまに宮城の方言が垣間見れた。
それだけススムが意思を示してるってことなんだろうが、首を横に振るしかなかった。
「仮にこの世界の魔法でジムクベルトが倒せるとしたら真っ先にこの世界の魔法を使える人間が地球に召喚か転移かされてるはずだ。何より神ですら倒せない存在を殺せる魔法を使えるなら自称神からすればジムクベルト以上にこの世界の方が遙かに危険ということになる」
そうなれば、自分がこの世界に送り込まれた目的はこの世界の殲滅になりはしないか?
そしてそんな事は言われていない、つまりこの世界の魔法やらではジムクベルトに勝つなど夢のまた夢というわけだ。
「つまりは……やはり、俺から力を奪って……俺を殺して次元の亀裂の原因を正すしかないと?」
「あぁ……そのために俺はここに来た」
ススムは苦い表情となってラーゼの方を向いた。ラーゼはこれまでの自分たちの話がまったく理解できていないような雰囲気だった。これは無理もないだろう。
「なぁ……もう少しだけ待ってもらうことはできないか?」
ススムはラーゼの方を見ながら提案してきた。なんとなく内容は理解できるし返答も決まりきっているが一様は聞いてみることにする。
「少しとは?」
「魔王を倒すまでだ!」
予想通りの答えが返ってきて、なんだかため息をつきたくなってきた。
こんな答えが返ってくるのは至極当然で、まるで決められた台本のセリフを台本を見ないでアドリブで押し進めてる気がしてヘドが出そうになる。
「この世界は魔王の脅威にさらされている! そして魔王に対抗し倒せるのは俺だけだ!! だから! せめてあと少しだけ時間をくれ!! 魔王を倒せば! この世界を救いさえすれば俺の役目は終わる! だから!!」
「はぁ……わるいがダメだ」
ススムの懇願をキッパリとはね除ける。心苦しいが仕方ない。
何せ、それだけは容認できないのだから。
「話を理解してるか? ジムクベルトが地球に出現したきっかけは転生者たちの異世界での行為で次元の亀裂を拡大してしまったことが原因だ。魔王を倒すまで待ってくれ? その行為こそ最大の次元の亀裂の拡大を助長する行為じゃないか!!」
ハッキリと通告する。もはやこの世界でこれ以上勇者として行動を起こすべきでないと。
「それに、そこまで悠長に構えてられないんだよ。あのニュース映像は俺が地球を離れる直前のものだ。もちろんこの世界の時間と地球の時間はリンクしてない。ススムが転生するきっかけとなった東日本大震災がいい例だ。だからと言っていつまでものんびり構えてられないんだよ。言っただろ? 俺が地球を旅立ったのはジムクベルトが出現してから2日後だって……その2日間で地球でどれだけの数の人間が死んだと思う?」
その問いにススムは答えられなかった。これは当然答えられないだろう。さきほど見せたニュース映像ではそのことには触れていない。
「5億人だ。当たり前だが正確な統計では当然ないが約5億人がたった2日で命を落としたんだ」
「なっ!!」
「地球人類の人口は77億人……当然これは統計が取れている範囲の話であって、アマゾンの奥地の未発見の部族や東南・中央アジア、南米の国籍を持たない人たちは含まれていない。とはいえ彼らを足して何億も数が増えることはない。だから77億が人類の数として単純計算で15日後に人類は全滅することになる」
その単純な数字での予測の事実にススムはもはや言葉が出せなかった。それがわかっていてしかし淡々と話を進める。
「当然、死者の数には地域格差がある。そして2日で死者5億という数を多いと捉えるか少ないと捉えるかは人それぞれだ。あれだけの災厄を前に2日でそれだけで押さえられた、人類は健闘してると考えるか。2日でこれだけに留まっているのはジムクベルトがまだ効率よく人類を殲滅する術を編み出していないからではないか? コツを掴めてきたら3日目以降は死者の数が倍に増える可能性もある。だからタイムリミットがわからない分悠長に待ってる時間はないんだ」
そこまで言って一旦ススムの様子を見てみる。後はススムが能力を見せてくれてすんなり能力を奪わせてくれさえすれば簡単なのだが、そこまでうまく事は進まないだろう。
「もちろん黙って殺されるほど納得はしてないだろう? それに地球のためとは言っても地球に嫌な思い出があって地球にいた頃よりこの世界の方が居心地が良くて好きだ! 地球のことなんか知るか! って思いがあったとしても不思議じゃない。それを否定する気はない。だから無条件で能力を提供して殺されてくれとは言わない」
そこまで言って一度深呼吸をする。これが恐らく最後の通告になるだろう。
「俺は地球のために戦う。ススムもこの世界にいたいなら俺を倒してこの世界で勇者を続けると証明してくれ! どっちが勝ってもどっちが死んでも恨みっこなしだ」
「……カイト、本気で言ってるのか?」
「あぁ、だから謝っておく。ススムに恨みはないが地球のためだ、死んでくれ」
言って懐からまるで銃のグリップのような代物、アビリティーユニットGX-A03を取り出す。ボタンをカチっと押すとレーザーの刃がブーンという音と共にグリップの先から飛び出した。
それを見てようやくススムが表情を変えた。
「そうか、そうだよな……この世界がどうなろうと関係ない。ただ地球だけを救うためにカイトはこの世界に来たんだもんな」
両手でパァンと頬を叩くとその表情はキリっとしたものになった。
「俺はこの世界の勇者だ! 勇者は世界を救わなくちゃならない! そう、この世界を救うために俺はここにいる! 地球の危機は関係ない!! 俺はこの世界の危機を救う存在なんだから!!」
言ってススムは腰のベルトにぶら下げていた鞘から眩しく光り輝く剣、恐らくは聖剣を引き抜く。そしてその剣先をまっすぐこちらに向けてくる。
「だからカイト! 俺は君を倒す!! 悠長に構えてられない? それはこっちも同じだ!! 魔王討伐が控えてるんだ!! 悪いが手加減してやれないぜ!?」
「上等!! 行くぜ地球を裏切った勇者さま!!」
「うぉぉぉぉ!!!」
ススムが聖剣を振りかざし一気に間合いを詰めてくる。これをレーザーブレードを構えて迎え撃つ。
異世界渡航者と異世界転生者の勇者の戦いが今幕を開けた。




