ドルクジルヴァニア地下大迷宮(1)~下水道探索開始
「はぁ……結局受領して来てしまったな……」
思わずゲンナリとしてため息をついてしまう。
そんな自分の様子を見てフミコが苦笑いしながら声をかけてきた。
「まぁ、報酬も弾むって言ってたしランクアップのポイントも大幅に加算するって事なんだから頑張ろうよ! ものすごーく嫌だけど」
最後にフミコはポロっと本音を漏らした。
そりゃそーだろ。
誰が好き好んで街中の排泄物が流れ込んでくる下水道なんかにワクワクしながら潜るというのだろうか?
まぁ、そういうのが好きな物好きも中にはいるだろう……奇人変人はいつだってどの世界にもいる。
だが自分はそうではない。
あぁ、こんなのは願い下げだ!
それでも仕事として引き受けた以上は後には引けない……
まったく数時間前の仕事を受領した自分を呪うぜ。
さて、そんなわけで今自分達はドルクジルヴァニアの地下に張り巡らされた下水道に潜るべく、ドルクジルヴァニア郊外にある廃墟と化した教会の前に立っていた。
この廃墟となった教会の中にある隠し扉が街の地下に存在する地下水路の遺跡へと繋がっているというからだ。
ドルクジルヴァニアという巨大な街はかつての遺跡の上に築かれたという。
なのでトイレなどのインフラはその古代の遺跡の遺構をそのまま利用しているそうなのだ。
そして遺跡の下水施設は古い石の階段を下りていけば貯水槽であったり、地下水路であったり、古代には秘密の集会でも開いていたのか宗教儀式を行っていた痕跡のある広い空間があったりするのだとか……
おかげでここはドルクジルヴァニア地下大迷宮と一部では呼ばれているそうなのだが、そんな冒険者がワクワクしながら入っていきそうな名前で呼ばれながら大勢の冒険者の類いが潜っていった形跡がまったく見られなかった。
当然である。
何せ今は街中の排泄物が流れ込んでくるただの下水道なのだから……
誰が好き好んで街中の汚物が垂れ流されている水路を冒険しようというのか?
こんな場所をウキウキ、ワクワクしながら冒険してる物好きがいたとしたら、そいつは相当に頭のネジがぶっ飛んでるただのイカレだ。
まぁ、そんな場所に潜らないといけない依頼を受領する自分達も他から見たらそのイカレになるんだろうが……
「はぁ……そんじゃまぁ、気乗りはしないが行きますか」
そう言って廃墟と化した教会へと足を踏み入れる。
フミコとリーナも頷いて自分に続いた。
ケティーは今回の依頼内容を聞いた途端。
「川畑くんのギルドの手伝いを優先的にしたいのは山々なんだけど、というか本当はずっと川畑くんの傍にいて手伝ってあげたいんだけど、私は別の異世界での行商人としての仕事もあるから、今回は泣く泣くお手伝いを見送るね! ほんと残念で仕方ないんだけど、異世界行商人としての仕事もこなさないといけないからごめんね? それじゃそういう事で!」
と言ってムーブデバイスでどこかの異世界に逃げてしまった。
うん、そりゃ下水道で害虫害獣駆除のお仕事って聞いたらそういう反応になるわな……
てなわけでケティーは今回のお仕事には不参加だ。
というかケティーは基本的に戦闘要員ではないので戦闘が前提のお仕事では役にはあまり立たないと思うので気にしてはいない。
むしろリーナが付いてきている事に若干の不安を覚える。
とはいえ、当のリーナは。
「地下の大迷宮なんてワクワクするね! 君はどう思う?」
そう誰も居ない虚空に話しかけていた。
しかし、見えないだけでそこには確かに何かが存在している。
『お嬢様、このような不潔で感染症にかかるリスクのある不衛生な場所に好んで入られるのはわたくしとしましては感心致しません。せめて徹底した感染症予防、防菌対策を行ってください』
何もない虚空からそんな声がした。
声の主はもちろん光学迷彩によるステルスモードで姿が見えなくなっているTD-66である。
警護ドロイドなどという機械が存在しないこの異世界ではTD-66はオーパーツだ。
なので街中では光学迷彩で姿を見えないようにしているのだが、この事にフミコだけは嫌悪感を抱いていた。
そこにいるのに姿が見えないという事に負けた相手であるザフラの事を思いだしてしまうのだろう。
だからと言ってTD-66の姿を街中で晒すわけにもいかない、なんとも悩ましいところだった。
とにかく、TD-66の事は今は後回しにしよう。
まずは目の前の仕事だ。
そう思って廃墟となった教会の隠し扉を開いた。
そして中に足を踏み入れることなく数秒で扉を閉じた。
「お、おぇぇぇぇぇぇ!!!」
そして即吐いた。
「ぐ……ぐっほぉぉぉ!! む、無理これ!!」
一瞬開けただけなのに、澱んだ空気とヤバイ臭いとその他諸々でここに挑戦する気概が失われた。
え?マジでここに入るの?マジで?
そして、そんな自分の反応を見てフミコとリーナが無言でさーっと隠し扉から離れていく。
あ、うん……もうこれこのお仕事無理じゃね?
「と、とりあえず……体勢を立て直そう」
そう言って一旦街の中のギルド本部ではなく、次元の狭間の空間へと戻る。
そして今はケティーが別の異世界へ行っているので主がいない売店へ赴き、必要な物資をかき集める。
この売店にあるものはカグが事前にケティーに前払いを済ませてあるものだから自由に持って行っていいことになっている。
なので、売店から下水道攻略に必要な装備を片っ端から取り出した。
雑貨屋の能力を使えば、アイテムを収納し取り出せるし、フミコの翡翠の首飾りの収納力もある。
持ち出しすぎという事にはならないはずだ、多分……
そんなわけで下水道攻略のためにガスマスクを3つ用意した。
あんな空間、顔丸出しで進めるわけがない。
次に防護服だ。
あんな空間、どんな未知のウイルスが蔓延しているかわかったもんじゃない。
何より不潔だ。
次に手袋、靴、下着など、あの下水道から出たらもう捨てないといけないだろうから替えを大量に用意した。
そして除菌剤に殺虫剤に虫除けにその他諸々……さすがに多過ぎだろと言いたそうな顔をフミコはしていたが、これでも足りないのではないか?と思う。
ちなみにTD-66もリーナに対して同じくらいの用意をするよう要望していた。
こうして再び廃墟となった教会の中にある隠し扉の前までやってきた。
「よし! それじゃ行くか! みんな覚悟を決めろよ!」
「うん! 行こう!」
「地下探検の開始だね! 頑張ろう!」
『お嬢様、防護服を着ているとはいえ、くれぐれも注意してください』
それぞれの返事を聞いて廃墟となった教会の隠し扉を開き中へと足を踏み入れる。
ヘッドライトをつけて通路の奥を照らした。
見るからに汚かった。
ガスマスクと防護服で完全防備しているので分かりづらいが空気が澱んで瘴気が蔓延しているであろう事は容易に想像できた。
「はぁ……こんな依頼は今回だけで十分だな」
ため息をついて奥へと進んでいく。
教会の隠し扉から中へと入ってからしばらくは平和なものだった。
特に何かでるわけでなく、歴史を感じされる石で築かれた通路に風化した何かの痕跡など本当に遺跡探検な感じにも思えてきた。
だが油断してはならない、そもそもそんな平和な依頼ではないのだ。
入り口から比較的近く、まだ外気の風が辛うじて劣化して崩れた壁の隙間から吹いている間は気にはならなかった。
そう、最初は通路の壁など気にならなかったのだがが奥へと進むにつれて徐々に空気が怪しくなってくる。
カサカサと嫌な音が至るところから聞こえだした。
(こ、こいつはそろそろ殺虫剤を手にしたほうがいいか?)
そう思って雑貨屋の能力でゴ○ブリ用の殺虫スプレーを大量に詰め込んだボンベを取り出し、背負う。
ボンベからホースで繋いだ超強力高圧散水ノズルの超高圧洗浄スプレーガンを構え、周囲を警戒する。
フミコとリーナも同じく殺虫スプレーを詰め込んだボンベを背負い、高圧散水ノズルを手にして辺りを窺う。
そして、ついに奴らは姿を現した。
カサカサカサカサカサカサカサカサ……
どこまでも不快な高速で蠢く何かの音と共にヘッドライトが照らす通路の先から大量の黒い羽根付きの害虫どもの群れがこちらへと迫ってきたのだ。
「ひぃ!!」
「で、出やがったな!! こんのクソゴ○○リ野郎どもがぁぁぁぁ!!!! ぶっ殺す!!」
漆黒の闇の向こうから迫り来る大量のGの群れへと超高圧洗浄スプレーガンから殺虫剤を放つ。
かくして、地下道に棲息するG第一波との接触・戦闘が始まり、ドルクジルヴァニア地下大迷宮におけるG消滅作戦の火蓋が切って落とされたのである。




