依頼をこなそう!(1)
ギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>の初仕事である酒場のウエイターのお手伝い。
そう本来ならウエイターのお手伝いだ……なのに何故か自分は厨房でひたすら調理に勤しんでいた。
「いや、まぁわかるよ?うん、酒場に入ってすぐに気付いたよ?女性客まったくいなかったもんね、男性客ばっかだもんね……そりゃウエイターは女子だけでいいってのはわかるよ?でもね……だからってなんで永遠と料理作ってんだ俺……これ依頼内容になかったよね?追加で報酬くれんのこれ?」
そうブツブツ言っていると料理長にドヤされた。
「おい!黙って手を動かせ!追加の注文どんどん来てんだ!お前らもキビキビ働け!!」
厨房の中はすでに誰もが満身創痍であった。
忙しい事は店にとっていいことなんだろうがこいつら大丈夫か?
全員顔が死んでるぞ?
こんなゾンビの巣窟で生み出された料理を提供して大丈夫なのか?
まぁ、でも行列のできる人気店の厨房ってどこもこんなんなんだろうな。
そう思いながらも調理を行っていく。
うん、これパーフェクト・クッキングの能力が自動発動で良かったー。
一方のホールでは……
「はい、ご注文承りました!すぐにお持ちしますね!」
そう言って笑顔でケティーがホールを行き交いしていた。
得意の営業スマイルの効果は絶大なようで酔っ払った客にはケティーが自分にだけ愛らしく笑顔を振りまいているように思えるらしい。
なので勘違いした酔っ払いはケティーが注文を取りに来たり、料理や酒をテーブルに運んできて去って行くと鼻の下を伸ばしてケティーのお尻を眺めながら。
「あれは絶対俺に惚れてるぜ!」
「バカかお前は?オレ様の目しか見てなかっただろ?あの子はオレ様に惚れてんだよ!」
「まったく見る目がねぇ~な~おめえら。誰にも気付かれないようにオレっちにだけアイコンタクトしたの気付かなかったのか?あれはオレっちに惚れてオレっちにアプローチしてる証だぞ?」
「バッカでぇ~い!あの子とワンチャンあるのはおいらでぇ!」
などという無意味な会話が至るところで発生していた。
当のケティーはニコニコ営業スマイルを崩さずホールを移動しながら。
(はぁ、うぜー。聞こえてるっつーの……ったくなんで酔っ払いのおっさんどもに惚れないといけないのよ。ほんとこの依頼終わったら川畑くんを1日独占してデートさせてもらわないと割に合わないわ)
と心の中で悪態をついていた。
しかし、そう思いながらもケティーは酔っ払いを惑わせる魔性の笑顔(純度1000%営業スマイル)で酔っ払いに自分に惚れてると思い込ませ、注文をひっきりなしに取っていた。
なぜここまでケティーが積極的に動いてるかというと注文を1品でも多く取れればボーナスが出ると言われたからなのだが、これによって厨房の忙しさは更に厳しさを増していた。
そんな酒場で大人気となったケティーであったが、とあるテーブルで動きが止まる。
「あれ?あなたはもしかして!」
「おぉ、これはこれはケティーさんじゃないですか!まさかこんなところで会えるとは!奇遇ですな!」
そう言ってケティーに握手を求めてきたのはヒゲを生やし、ぽっこりとした中年太りの下っ腹が特徴の見た目の印象は冴えない誰が見てもただのおじさんであった。
しかしケティーはその中年太りのおじさんに純度1000%の営業スマイルであることに変りはないが、笑顔で握手に応じる。
「はい!お久しぶりです!アルティア王国で会って以来ですね!その節はどうも」
「いえいえ、こちらこそ!あの時は勉強させていただきました!」
「何を言ってるんですか!年齢も経験でも劣る若輩者の私の意見を素直に聞き入れてくれるとは思ってませんでしたから!」
そう言って2人は行商人として以前一緒に行動した時の思い出話などで盛り上がる。
その様子を周りのテーブルで見ていたケティーのファンになってしまった酔っぱらい達は恨めしそうに見ていた。
くっそー!俺たちのケティーを独占しやがって!
そんな酔っぱらい達の声がホールに響いた気もしたが、当の本人たちは気にしない。
「ところで今日はこの街に商品を卸しに来られたんですか?それとも仕入れ?」
「おや?そういえばケティーさんには言ってませんでしたかな?わたくしはこの街を本拠地にしてるのですよ。これでも商業ギルドのギルドマスターをしておりましてな!」
「商業ギルド!それ本当ですか!?ちなみにギルド名って」
ケティーが聞くと中年太りのおじさんはキリっとした顔になって答えた。
「商業ギルド<トルイヌ商会>、ユニオンでのランクはBですな……何分他国を行商で回ってますからな、昇級するには街での実績が不足してるんですわお恥ずかしい」
そう言って恥ずかしそうに頭をかく中年太りのおじさんの言葉にしかしケティーは驚いてしまう。
「B級ランク!?上級ギルドじゃないですか!十分すごいですよ!」
「そうでもないですよ。上には上がいますしね」
そう言う中年太りのおじさんを見てケティーは何かを閃いたらしく、今までの営業スマイルと違って悪巧みを思いついた子供のような笑顔になる。
「そうだ!なら1つ私たちのギルドと提携しませんか?」
「ほう……提携とな?」
「はい!きっと効率よく街での実績を稼げますよ!私たちのギルドもランクアップするための仕事を安定的に獲得できるし互いに損はないと思います」
ケティーの言葉を聞いて中年太りのおじさんは少し考え込んだ後。
「ふむ……悪くないですね。いいでしょう、その話詳しく聞かせてもらえますかな?」
「はい、もちろん!」
こうしてケティーは商業ギルド<トルイヌ商会>との提携の交渉に入った。
酒場のウエイターのお手伝いという依頼の最中に他ギルドと交渉を行うという実績を作り出したケティーと打って変わって、フミコの方は真逆の結果を生み出していた。
「ねぇ君、その髪といい東方の国出身だよね?おれは東方出身の子大好きなんだよ!少しお話しない?」
「お、お酒持ってきてもらったら一緒に飲もうよ?奢るから!」
「あのさ彼氏いるの?いないならおらと付き合おう!付き合うのがダメならせめて今夜だけでもおらの部屋に来てよん!ちゃんとベットきれいにしとくからさ!」
そうフミコに詰め寄る酔っ払いどもを見て、言葉巧みにうまくかわす、愛想笑いで話題を逸らすといったテクニックなど持ち合わせていないフミコはブチキレてストレートに持っていたトレイで酔っ払い共をぶっ叩いた。
「寄るなこの酔っ払いども!!汚らわしい!!あたしは身も心もかい君のものなんだからね!酔っ払いの出る幕なんかないんだよ!!」
そしてトドメとばかりに熱々のおしぼりを酔っ払い共の顔面に投げつける。
あちぃ!という悲鳴が木霊するがフミコは気にせずそのままプンスカ怒りながらテーブルから去って行った。
こういった事が至るところであり、フミコがまともに注文を取れて、料理や酒をまともに出せた例はごく少数であった。
しかし、それは必ずしもマイナス評価というわけではない。
フミコにブチキレられた客の中にはフミコにドヤされる事で何かに目覚めてしまった客もいたようで、後にドM製造機の異名をフミコはこの酒場で付けられる事になる。
そんなフミコと違いリーナは顕著に仕事をこなしていた。
「えっと……お料理お持ちしました!」
そう言っておっかなびっくりトレイに乗せた料理を運ぶリーナを見て誰もが危なっかしいと思いながらもまさに親の目線で見守っていた。
「よいしょ……ご注文は以上ですか?」
そう言ってなんとかテーブルに料理を運んだリーナを見て、誰もが顔をほころばせて「大丈夫だよ、頑張ったね!」とねぎらいの言葉をかける。
ハーフという立場ゆえに宗教ギルドから酷い扱いを受けていたがゆえにハーフの待遇改善を健気に大衆に訴えた幼い女の子。
そんなケティーとは違った、我が子を見守る親目線、もしくは妹を心配する兄目線で見守りたくなるという意味で人気を得たリーナはおぼつかない仕事ぶりにもかかわらず多くのテーブルから注文を得ていた。
そんなリーナは色んなテーブルから声をかけられる。
「さっきのユニオンでの演説良かったぜ!」
「応援してるからな!!」
「ハーフだからっていじめられた時はいつでも頼れよ!俺らがそいつぶん殴ってやっから!」
そう言った言葉をかけられる中でリーナはあるテーブルで驚きの光景を目にする。
「なぁ、この耳見てくれよ」
「えっと……耳ですか?」
そう言ってリーナは見た目は20代前半の男の冒険者の耳を見る。
彼の耳の先には布が貼り付けてあった。
「あの、お怪我でもなされたんですか?」
そう聞いたリーナに男の冒険者は耳の先に貼り付けていた布を剥がしてみせる。
そこには軽く耳を怪我してしまいました!ではすまないような光景があった。
思わずリーナは驚いてしまう。
「な!?えっ!?これって……」
「あぁ、耳を切断した跡だよ」
「耳を切断!?どうしてですか?」
「それはさ、この耳……本当はもっと長くて先が尖ってたんだよ」
男の冒険者の言葉でリーナは気がつく。
この世界で耳が長く先が尖っている種族など少数しかいない。
「耳の先が尖ってたって……それてまさか」
「あぁ、僕はハーフエルフなんだ」
そう言って男の冒険者は話始めた。
出身がエルフ領であるメーカである事。
エルフであった母を惑わし身籠もらせたと人間であった商人の父はメーカで死罪となった事。
純粋なエルフの国に不純物であるハーフは不要だとメーカを追放された事。
そして行く当てもなく野たれ死ぬしかなかった時にギルドの街の噂を聞きここまで流れ着いた事。
「ドルクジルヴァニアに着いたはいいけど、僕は本当にここの人がハーフを気にしないか信じられなかったんだ。だからハーフエルフとバレないように人間のフリをしたんだ。エルフやハーフエルフと思われないように耳を切り落してね」
「そんな……」
「このまま一生ハーフエルフである事を隠して生きていくつもりだった……でも君の演説を聴いて、皆の反応を見て勇気がもらえたんだ!自分も自分を偽らず生きていけるんじゃないかって思えたんだ!だから……ありがとう!」
そう真正面から感謝の言葉を述べられてリーナはなんだか照れくさくなった。
「あはは……そう言われると嬉しいですけどなんだか恥ずかしいですね。でも……ハーフのみんなに少しでも勇気を与えられて良かったです!」
そう言ってはにかむリーナにテーブルにいた他の冒険者たちや別のテーブルの客たちが声をかけてくる。
「少しどころの騒ぎじゃないぜ!君はまさにハーフと人との架け橋となったんだ!君のおかげでもうハーフは肩身が狭い思いをしなくて済むようにきっとなる!君はまさにハーフの女神だな!これからきっと誰もが君を慕うはずだぜ!」
「は、ハーフの女神!?そ、そんな大げさですよ!」
「そんな事ないって!なぁ!?お前らもそう思うだろ?」
すると周囲の誰もが口々に「そうだそうだ!」と声を上げた。
そしてより一層、酒を片手に盛り上がっていく。
所詮は酒の席での戯れ言、場を盛り上げるための合いの手、そう思うかもしれない。
しかし、この後リーナは本当にドルクジルヴァニアのハーフの象徴として長く歴史にその名を残す事になる。
とはいえ、それはまだこれより先のお話……
大いにホールが盛り上がれば、当然比例して厨房も地獄と化す。
続々と料理のオーダーが降り注ぎ、キッチンはまさにさながら戦場の最前線のような様相であった。
そんな中にあって料理長はなぜか身動きせず腕を組んで、ただ一点、こちらをずっと凝視していた。
(う~ん……さっきから何だよこのおっさん!?)
そう思いながらも調理に集中する。
何せひっきりなしに注文が飛んでくるのだ。休んでいる暇が無い……
そう、暇がないにも関わらず料理長はなぜか動こうともせず、ひたすらに自分を凝視していた。
とても気になって仕方が無いが、手を止めている暇もないので無視する。
というか働けよおっさん!せめて皿洗いくらいしろ!
そう思うが、こっちから注意するのもあれなので気にせず終わりの見えない調理を続ける。
しかし、厨房内が更なる地獄となる中で料理長の視線はどんどん鋭くなっていく。
それは決して自分の調理の仕方がダメだから監視しているというわけではない。
現に自分にはパーフェクト・クッキングという能力がある。行程を間違えたり失敗するわけがない。
では料理長は一体なぜ自分を凝視しているのか?
何よりさきほどからその視線には薄ら寒いものを感じる。
例えるなら野獣の眼光とでもいうべきだろうか?
何か嫌な予感がする……何よりさきほどから息づかいも荒くなっている。
このおっさんは厨房の責任者であるにも関わらずなんで仕事もせずに「はぁはぁ」言ってんだ?
怖ぇよ……
そしておっさんはそれだけに留まらない。
小声で「いいよ、その動き……すごくいいよ」と言い出したのだ。
しかも最後の「すごくいいよ」のところだけなぜかねっとりと囁くようにさらに声が小さくなっている。
ついには「たまらねぇ」と言って舌なめずりさえし出した。
うん、これはまずいですよ……確実に貞操の危機ですわ!
まさに仕事を放棄して逃走を図るか、厨房にある道具を鈍器変りにして料理長を殴り倒すか、どっちにするかと考え出した時、料理長が声をかけてきた。
「なぁ、一体どこで料理を習った?」
「……へ?あぁ、独学っすけど?」
「独学だと?誰に教えられたでもなくそれだけの腕を!?」
料理長が驚愕するが、嘘をつくにも料理長への恐怖から何も思いつかなかった。
異世界に居酒屋を開いていた転移者から奪った能力だが、まぁ習って習得したわけでなし独学みたいなもんだろ……知らんけど。
とにかく逃げる算段をと思った時だった。
料理長が叫び出した。
「素晴らしい!!独学でその腕という事はちゃんと修行し、技術を習得すればもっと高みを目指せるという事だ!!いいぞ!!これはオレが手取り足取り腰取り……おっと涎が、へへへ!最高じゃねーか!!たまらねぇ」
おい、何か言い出したぞこのおっさん……きめぇ……
「いえ、遠慮します」
全力で拒否させていただこう。
もうこれは貞操の危機だけではすまない。
しかし料理長は聞かなかった。
「なぁお前、今やってるギルド辞めてオレと調理ギルド組め!オレとお前なら天下を獲るのも夢じゃねーぜ!」
「は?何言ってんだ?」
「名声を得られる騒ぎじゃねー!”鉄人”の称号を得るのもわけねーぞ!一緒にこの街で料理界のてっぺん獲りにいこうや!」
「……おっしゃってる意味がわからないので遠慮させてもらいます」
うん、この酒場でのお手伝いの依頼は後輪材お断りしよう。
そしてこのおっさんには半径2キロ圏内に近づかないようにしよう。
そう決意したのだった。
しかし、この時だした料理はパーフェクト・クッキングの能力が最高のパフォーマンスを発揮していた状態だったらしく。
あまりの美味しさに客が中毒症状を起こし、あの味を求めるようになったのでケティーやリーナ、フミコのウエイターのお手伝いよりキッチンでの応援の依頼のほうがたくさんくるようになったのだ。
中毒性のある料理って何だよ!と思いつつもおっさん料理長の件もあってこの仕事はすべて断ることにした。
うん、何事もほどほどのほうがいいのかもしれない。
今回の事でそう思ったのだった。




