ハーフであっても(4)
ユニオンギルド総本部、その玄関ホールに多くの人が集まっていた。
それらを天幕の裏から覗き見ながらリーナがガクガクと震えている。
「ま、マスター……なんだかすごい数です」
そんなリーナを見て思わず苦笑してしまう。
今からこんな状態で大丈夫だろうか?
少し心配になるが、目の前にいる受付嬢のミルアは構わず説明を続ける。
「有名無名問わずできる限り多くのギルドの面々や街の市民に来てもらいました。おかげで玄関ホールにすべての方が入りきらなかったですけど気にしないでください。魔法で外にも声は届くようにしてあります」
そう言うとミルアは同じくの天幕の裏にスタンバっている数名に目を向けた。
どうやら彼らが魔法で声を外にも届けてくれるらしい。
この世界では魔法を使えるメイジは貴族だ。
ゆえに本来なら世界の穢れが集うと言われる悪徳の街のこういった場所に貴族が下働きとしていることはないはずなのだが、彼らとて他の流民と同じく訳あってこの街に流れ着いたのだろう。
実家から追い出されたか、国から追放されたか追われる身となったか、家が没落したか……
何にせよ彼らは今は貴族という身分ではない。
だからこそ、本来なら平民のために魔法を使うはずがない貴族が手伝ってくれているのだ。
とはいえ、彼らがここで働くことになった経緯はわからないが元は貴族の子弟として教育を受け、知見を広げ社会の価値観を養ったはずだ。
そんな彼らがハーフに好ましい感情を抱いているのだろうか?
わからないが、何にせよ今はユニオンギルドの元で働いている身だ。
信用するしかないだろう。
「ありがとうございます、助かりました」
そう言ってミルアに軽く頭を下げる。
「気にしないでください。これも仕事です。準備は整ってますのであとはお好きなタイミングで壇上にあがってください」
ミルアはそう言うと自分から離れていった。
そんなミルアと入れ替わるようにフミコとケティーがやってくる。
「話は終わった?」
「あぁ、もう準備はできてるみたいだ」
そう言ってリーナのほうを向く。
相変わらず集まった人の多さにビビっているようだがリーナが落ち着くまで待っているわけにもいかない。
「さて、それじゃ行くか!」
「うん」
「おっけー!」
フミコとケティーに言って2人が頷く。
そしてガクガク震えるリーナの元まで行き肩をぽんと叩く。
「さ、リーナちゃん行くよ」
「え?あ、ちょっと待ってくださいマスター!まだ心の準備が!」
リーナは涙目で訴えてくるが、構わず天幕を開いて壇上へと上がる。
「マスター!!ひどいですよ!!」
リーナが抗議の声をあげるがいつまでも足踏みしているわけにもいかない。
これはリーナのためでもあるのだから……
壇上にあがると玄関ホールを埋め尽くすほどに集まった人たちの視線が自分達に一気に集まる。
おかげでリーナは誰が見てもわかるほど緊張でガチガチになっていた。
かく言う自分も手汗が酷い。
生まれてこの方、こんな大勢から注目を浴びる事はなかったのだ。仕方がないだろう。
小学校の時の学芸会や中学校の時の文化祭での演劇では裏方をこなし舞台には立たなかった。
そんなスポットライトを浴びる表舞台には出たくなかったという気持ちがあったからだ。
だから自分はこんな舞台慣れはしていない。
緊張しているリーナの事を笑えない。
だからこそ、壇上にあがってから少し焦ってしまう。
どう切り出せば良いか迷ってしまう。
一様何を訴えるべきかを書いた原稿は懐にしまっているが、日本でよく見かける式典で祝辞を述べる政治家やお偉いさんのように堂々と原稿を広げてそれを読み上げていいものなのか迷ってしまう。
せめてプロンプターでも用意すべきだったか?と後悔するが、いやいやそうじゃないだろ!とその発想を打ち消す。
何にせよちゃんと原稿やカンペを読み上げるんじゃなく自分の言葉で訴えないとダメだ!と気合いを入れ直す。
「川畑くん、何かサポートしようか?」
「ケティーありがとう。でも大丈夫、ちゃんとやれるさ。でないとリーナも自分の声を届けられない」
小声で話しかけてきたケティーにそう言って前を見据える。
そして、聴取へと言葉を発する。
「えー、おほん。本日は晴天に恵まれてお日柄も良く……ってなんか違うなこれ……あ、うん。えーっと、本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。俺は……あ、いや僕は川畑界斗と言います。今日立ち上げたばかりのギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>のギルドマスターをやっております。で、ここにいるのはそのギルドメンバーです」
そう言ってフミコたちへと話を向けるが、聴衆の反応は特になかった。
それはそうだろう。何せ彼らは何故ここに集められたか理由を聞かされていない。
だからこそ、はやくその核心部分を知りたいのだ。
新規ギルドの新人お披露目などに興味があるわけがない。
だからこそ、どうでもいいからはやく集めた目的を言えという空気が無言のプレッシャーとともに玄関ホール全体に流れる。
(まぁ、そりゃそうだよな……誰だって暇じゃないんだ。さっさと用件を言えってのはその通りなんだよな)
思って、口を開く。
ここに集まった人達に訴えるために。
まず自分は経緯の説明を行った。
本日ギルドを立ち上げ、そして登録の申請と仕事の受領を行い、その際にユニオンからリーナを託された事。
リーナは人間と吸血鬼とのハーフであり、以前にいくつかのギルドを転々としており、その中のギルドのひとつ宗教ギルド<幸運を運ぶ神の鐘復古運動>が酷くリーナを虐待していた事。
ユニオンが連中からリーナを保護し、別のギルドに預けてもそのギルドを襲って潰し、リーナを連れ去って再び虐待を繰り返したためにユニオンがまた保護した事。
そして、自分たちにリーナが託されると連中は自分たちのギルド本部を襲撃してきた事。
そんな連中を返り討ちにして壊滅させた事を説明した。
「……そう言うわけで俺たちは宗教ギルド<幸運を運ぶ神の鐘復古運動>を叩き潰した。でもまだ残党がいるかもしれない。討ち漏らした連中がいるかもしれない……だから安心はできない」
そこまで言うと聴衆の中の1人がヤジのように言葉を投げかけてきた。
「だから俺たちに残党狩りをやれって言いたいのか!?」
すると今度は別の誰かが声をあげた。
「討ち漏らしたやつを匿ってないかって疑ってんのか!?」
「冗談じゃねーぞ!?宗教ギルドのやつらの仲間をあぶり出そうって魂胆か!?」
一度声があがると釣られるように誰もが次々と声をあげだした。
やいのやいのと罵声が飛び交う。
あっという間に玄関ホールは異様な雰囲気となった。
(……まずいな、この空気。これじゃリーナちゃんが威圧に圧倒されて呑まれちまう、何も言えなくなっちまうぞ)
聴衆に何か言う隙を与えるべきじゃなかったかと後悔した時だった。
壇上の後ろ、天幕の隅にいたミルアが大声で怒鳴った。
「いい加減にしなさい!!話はまだ終わってませんよ!?最後まで話が聞けないんですかあなた達は!?」
突然のミルアの怒鳴り声に玄関ホールが一瞬で静まりかえる。
誰もがその視線を受付嬢たるミルアへと向けた。
皆の注目を浴びたミルアはため息をつくと静まりかえった聴衆へと目を向け。
「どうやらここに集まったギルドや市民の皆さんは本題が語られる前に本題を勝手に予想して批判するクズばかりのようですね?市民の方はともかく、そのようなギルドの方々には今後仕事を斡旋するのは控えたほうがいいようですね?何せ、こちらが仕事の内容を伝える前に勝手に仕事内容を予想して是非を判断するんですから……えぇ、これはもうユニオンからここに集まってるギルドには何も斡旋できませんね?」
ミルアが侮蔑の眼差しでもってそう言うと玄関ホール全体の空気が変わる。
どことなくバツが悪そうな乾いた笑いや冗談だってといった声がいたるところで聞こえてくる。
聴衆のヤジはどうやら抑えられたようだ。
ミルアの方を向いて頭を下げるとミルアは気にするなといった表情でこちらを見ていた。
ミルアに感謝して前を向く。
深呼吸して聴衆に訴える。
「僕らは別に皆さんに連中の残党をどうこうしてほしいわけじゃありません。もしそうならユニオンを通じて依頼を出せばいいだけです。まぁ、もし残党を見かけたりしたら成敗してほしいし、討ち漏らしを匿っているならそれをやめて彼らに罰を与えて欲しい。でも僕らが皆さんに集まってもらったのはそれをこの場で依頼するためじゃないんです」
言ってリーナの手を取って引き寄せ、自分の隣に立たせる。
「僕らはただこの子が……リーナが安心してこの街で暮らせるようにしてあげたい。そのために皆さんに協力して欲しい……それだけなんです」
そう言って、一度言葉を切る。
玄関ホールに集まった人達の反応を観察する。
玄関ホールに入りきらなかった外の聴衆の反応はわからないが、玄関ホールにいる人達の反応はどこか戸惑った感じであった。
無理もないだろう……ここは悪徳の街だ。
世界の穢れが集うと言われるギルドの街だ。
そんな街で1人の小さな女の子が安心して暮らしていけるように協力してほしいなどと一体何を言ってるのだ?と思ったのだろう。
それでも訴える。
そう、これは悪徳の街で今更治安を良くしようなどという夢物語を訴えているわけではない。
訴えの根幹はそこじゃない。
「僕らは何も誰でも安全安心に暮らせる治安のいい街にしていこうって言いたいわけじゃない。そりゃ治安がいいに越したことはない。でも、それがこの街で難しいことはわかってます。今日生きるのに必死な人達が多くいる事もわかってます。そんな人達の生活も保障せず、治安を乱すような事するなと無責任に言えない事もわかってます……ならばせめて、せめて安全と安心を求める基準だけは平等にしてほしい!リーナがハーフだからと言うだけで狙われる理不尽だけはなくしてほしい!同じ幼い子が街を歩いていて、ハーフだからってだけでリーナだけが襲撃のリスクを負う世界にだけはしないでほしい!」
この言葉がどれだけ伝わっているかはわからない。
そもそもハーフに対する迫害や差別意識が根付いているこの異世界で、この訴えは意味をなさないのだろう。
そして、この事を訴えるのがどれだけ愚かな事かはちゃんと理解している。
この異世界だけの話じゃない……地球にだって、もちろん日本にだって人種や国家、宗教に対する差別や偏見はあり、それが到底綺麗事では解決できない事だとちゃんと理解している。
けれども……それでも……誰かが訴えない限り世界は表情を変えないのだ。
変えようともしないのだ。
だから、小さな一歩でも踏み出さないといけない。
玄関ホールに集まった人達にどれだけ響くかわからないが、それでも訴える。
訴えて頭を下げる。
そんな自分の言葉を集まった人達はどう受け取っただろうか?
それはわからないが、隣に立つリーナには勇気を与えられたようだ。
「マスター、わたしのためにありがとう」
そう言うとリーナは深呼吸して心を落ち着かせる。
そして……
「ここからはわたしが自分の言葉でお願いするね!」
リーナは一歩前へと進んで玄関ホールに集まった大勢へと言葉を発した。




