最初の異世界(4)
「で? 君は一体何なんだ? 俺と同じく転生してきたのか?」
握手を交した後、今元晋の隣の席に着くと開口一番そう聞いてきた。まぁそこが気になるのは当然だろう。
そしてこちらも、今の発言から彼が転生者であるとわかった。
転移者の場合、地球と異世界を繋ぐ特別な地点。この異世界での宿泊先と地球の自宅が繋がっているというケースも考えられるため、最悪取り逃がして地球に逃げられる可能性も考えられるが、転生者である以上それはない。
つまりは取り逃がしてもこの異世界の中というわけだ。
(そういえば、転移者で地球に逃げられた場合どういう扱いになるのかは聞いてなかったな……まぁ今は関係ないからいいか)
とりあえず、その事は後ほど考えるとする。今はこの転生者・今元晋だ。
ちなみにここまで俺を案内してくれたラーゼは向かいの席で女性陣とわいわいと騒いでいる。内容は恐らく3人のうち誰が今元晋の目の前の席を陣取るかの席取り合戦だろう。もう一人の仲間の大柄な体躯の男マイクは今誰とも話す相手がいなくなって寂しくジョッキを啜っている。
さて、転生者・今元晋の問いに対してどう答えるべきか……最終的に話すにしてもまずは彼の人となりを知るために目的は今は伏せておきたい……どちらにしろ今元晋の能力を見ていない以上、現時点では能力を奪うことはできない。
彼と戦って能力を視た後奪うにしても、能力を奪える状況に追い込むには彼を戦闘不能状態に持っていかなければならない。
過去の冒険談などを聞いてある程度戦闘スタイルと能力を予想して心構えしておかないと戦闘経験が薄い自分には勝つのは厳しい気がする。そのための情報集めだ。
「いや、俺は転生者じゃない……なんて言えばいいかな? 神に言わせれば「異世界渡航者」というらしいが」
「異世界渡航者?」
「自分ではあまりしっくりきてないけど神に言わせるとそういうことらしい」
まぁ、その神も自称神で地球人類が考える神とはまったくの別物であるが、これはあえて言う必要もないだろう。
「つまり自分の意思でこの世界に渡ってきたのか?」
「まぁそうなるな……ただ渡航というには行き先も決められないし地球にぶらりと戻ることもできないけどな」
「なるほど……それは少し不便だな」
「そうでもないよ。現地調達しなければ衣服は増やせないっぽいけど」
「ふーん……で、この世界には何しに来たんだ? そもそも何が目的で渡航してんだ?」
今元晋が本題に触れてきた。とはいえ今ここで即答えるわけにもいかないだろう。目的を教えた時点でもう能力を奪うための行動に移らないと後手に回ってしまう。
取り逃がして広い世界で追いかけっこはまっぴらだ。
「まぁ、色々あってな……それよりも先にあんたの…今元晋の話を聞かせてくれよ」
「ススムでいいよ、みんなそう呼んでる」
「わかったよススム。俺のこともカイトと呼んでくれ、ラーゼもそう呼んでるし」
そう言うとススムが険しい表情でこちらを睨んできた。
「ところでなんでラーゼとそう呼び合う関係になってんだ? まさかお前!」
「いや、普通にここまで案内してもらっただけだが?」
「本当にそれだけか? ラーゼに手出してないだろうな? ラーゼはほんと可愛いから1人で用事を任せるのは心配だったんだが本当に何もしてないだろうな?」
あぁ、こいつもか……なんだかめんどくさいなーこういうの……好きな人は食いつくんだろうけどこういう恋バナ……
というか本当にこいつら両想いでどっちもこんな束縛、独占欲強いのになんで告白して付き合ってないんだよ?
「マジでここまで案内してもらっただけだよ。まぁ道中ススムに対する不平不満は散々聞いたけどな、女性関係が酷くアレだって」
「な、なんのことかねー?」
「目が泳いでるぞ?」
「うっせ! いいから飲もうぜ!」
そう言ってススムが手を上げて給仕を呼んだ。
「すみません! エール酒2つ」
「おい! 俺はまだ高校生だから飲めないぞ?」
「気にするな、俺もだよ!」
「いや、ダメだろそれ!」
「あのな、この世界じゃ成人は16歳で飲酒もそこで解禁なんだ。だからこの世界の法律には触れてねー! 郷に入っては郷に従えって言うだろ?」
そう言ってススムはニヤっと笑った。まぁ、そういうことなら飲んでもいいか……それにこの後、ススムに対して行うことの後ろめたさを消すのに酒はいいかもしれない。
そうして酒を飲み交わしながらススムのこれまでの歩みを聞いた。
ススムがこの世界に転生してきたのは1年前らしい。
死んだ時の着の身着のまま、日本にいた時と同じ姿、同じ年齢、記憶を持って目覚めたようだ。とはいえ、ここで地球との時間のズレが生じる。
ススムは日本では自分と同じ高校生で同じ学年だったが、だからと言って自分と同年代とは言えなかった。
これはこの世界に転生してから1年経っているからという意味ではない。文字通り同年代ではなかったからだ。
聞けばススムは日本にいた時は宮城県にいたという。生まれも育ちも宮城県気仙沼市。そしてこの異世界に転生するきっかけとなった日本での死因は溺死……津波に流されたという。
そう、ススムが命を落とした出来事は東日本大震災だ。つまり東日本大震災で命を落としてこの異世界にきて1年。ススムからすれば今は2012年というわけだ。
単純に命を落としてすぐに転生したわけでなく、7年間どこか……それこそ次元の狭間を彷徨ってから転生したとも言えるが、何にせよ東日本大震災を仮に生き延びていればススムは今20代後半ということになる。
とはいえ、彼は津波で命を失ったと思ったらこの世界で目を覚まし、それから1年この異世界で過ごしたわけだ。
この地球との時間のズレをどう捉えるか? そしてススムは東日本大震災の全容を知らない。津波に流され溺死したのだから当然ではあるが、あの震災についても教えるべきか迷った。
(これはジムクベルトによる地球崩壊の危機以前にススムの知らない空白の8年間を教えてやるべきかどうなんだろうな?)
言うなればススムから見れば自分は未来人という位置づけになる。そして自分がジムクベルト関連の話をするならそれはススムからすれば死後の未来の出来事だ。
そんな話をして、死後の未来の出来事の責任を取って殺されてくれと言われ納得できる者なんているだろうか?
(さーて、どうすっかなー……そういや8年前じゃまだスマホも主流じゃなくてガラケー全盛期だよな? 小学生だったから詳しくは覚えてないけどスマホって言葉もガラケーって言葉もなかった気がする……まぁ、それはどうでもいいか)
とりあえず今は酒に逃げてススムの話に耳を傾けることにしよう。
それからこの異世界に転生してからのススムの歩んできた冒険の日々を聞いた。
ラーゼとの出会い、チカやマイン、そしてマイクに王女、その他多くの友との出会い。魔王軍との死闘、友との別れ、友の裏切り、濡れ衣を着せられ一時国から指名手配をくらったこと、王女との駆け落ち騒動、自身の失態により窮地に陥った時、多くの者がその命を省みず自分たちを助けてくれたこと、ラーゼに救われたこと、ラーゼを愛していることetc…
「多くの犠牲を払って、ようやくここまで来たんだ……決して平坦な道のりじゃなかった……だからこそ絶対に魔王を倒さなくちゃならない! それが俺たちのために死んでいった者達への償いなんだ」
そう言ってススムはジョッキを一気に飲み干した。そしてジョッキをテーブルに置くと遠い目で天井を見つめる。
「今でも夢に見るんだ。自分のために死んでいった友たちの顔が……忘れるわけがない、絶対に魔王を倒してあいつらに報告するんだ。すべて終わったと……そうでなければ俺はあいつらに顔向けできない」
「………そうか」
ススムの戦闘スタイルの参考になればと今までの冒険の話を聞いたが、なんだか嫌な話を聞いてしまったな……
(あぁ……やりづらいな……クソ!)
ひょっとしたらこの世界の出来事に関わらないほうがいいというのは転生者、転移者、召喚者も含めてかもしれない。そう思った。
確かに、今の話を聞いた後では感情移入して躊躇ってしまうかもしれない。
だが、ここでこの世界の感情に飲まれてはいけない。あくまでも自分は異世界渡航者、イレギュラーな存在だ。
そしてこの異世界転生者もまた、この世界にとってイレギュラーなのだ。
たしかにススムの歩んできた道はこの異世界の歴史に染みついているだろう。しかし、本来はその役目はこの世界の人間が担うべきものだ。
(感情を捨てろ! 感傷に浸るな! 同情するな! 何をすべきか思い出せ!!)
心の中で言い聞かせジョッキの中身を一気に飲み干す。決心がついた。
「ススムありがとう、言いづらいことや話したくない、思い出したくもないこともあっただろうに話してくれて」
「いいって、俺も話せて少しすっきりした」
「そうか……それはよかった。じゃあこっちも話さないとな」
そうしてまずはあの震災のことについて話すことにした。まずは自分が同じ現代日本人でも数年の誤差があることを伝えなければならないからだ。
とはいえ、自分もそこまで詳しく東日本大震災の全容を把握してるわけではない。なので持ってきたスマホで検索をかけながらできるだけ自分の言葉で伝えた。
ススムのいた気仙沼がどうなったか。その後の復興の歩みがどうだったか。震災による被害の全体像、原発問題……できる限り伝えた。ススムはそのすべてをただ驚きを持って聞いていた。
無理もないだろう。津波で流されて溺死してしまった以上、それが局地的なものだったのかわからないまま死んでしまったのだから。
そしてその後8年、日本が、世界がどう歩んだかを簡潔に話した。
「……そうか、それが8年後の世界なんだな」
「信じられないだろうけど、ススムが1年だと思ってる期間に地球で起こったのはそういうことなんだよ」
ススムはなんとも言えない顔をしていた。無理もないだろう。地球で実際に時間の違いを体験してない分少し違うかもしれないが浦島太郎状態に近いかもしれない。
「そして、ここからが本題なんだが……場所を変えないか?」
「どうしてだ?」
「俺がここに来た理由を言う前に少し広い場所に出たい。そしてできれば2人きりでここから先の話はしたい」
その言葉にススムが背筋を凍らせる。
「お前! まさかそっちの趣味が?」
「は?」
「お、おい……俺が好きなのは女の子だ! というかラーゼだ! そっちの趣味はねぇ!!」
「いや、お前何勘違いしてんだよ?」
まぁ、確かに今のは言い方がまずかったか……なので改めて言う
「俺がここに来た理由をできれば現地の人間に聞かれたくないからだよ」
それを聞いてようやくススムは察したようだ。
「聞かれちゃまずい話なのか?」
「ことは地球に関することなんでな。正直今までの8年間の話でさえヒヤヒヤものだぞ?」
「……わかった」
そう言ってススムは席を立つ
「近くにこの時間はあまり人が寄りつかない広場がある。そこで話そう」
ススムの提案に頷いてこちらも席を立つ。すると女性陣でわいわいと騒いでたにもかかわらずラーゼが素早く反応した。
「あれ? 2人ともどこか行くの?」
「ちょっとな……大事な話なんで外で話すことにするよ」
「何それ? ここじゃできない話なの?」
「まぁ、故郷の話になるんでな」
ススムの言葉にラーゼが目を細めて、やがてため息をつくと
「わかりました! では私も一緒に行きます!」
ラーゼも立ち上がった。
「は? いやいや話聞いてた?」
「もちろん、普段聞いても答えてくれない故郷の話を聞く絶好の機会ですし」
「おいおい、それだけは勘弁してくれよ?」
「ふん」
引こうとしないラーゼの様子を見てススムがどうする? といった表情でこっちを見てくる。
さて、どうしたものか……
「まぁラーゼにはここまで案内してくれた恩義もあるし、ラーゼだけなら」
「まじかよ?」
ススムは正気か? といった表情を向けてくるが仕方ないだろ……こっちだってできれば聞かせたくないが、この手のタイプはこっそり付いてきて盗み聞きする。肝心なところで妨害に入られても面倒だ。なら最初から目に届く範囲に置いといたほうが無難だろう。
それに自称神の言葉を信じるならば彼らは事が済めば忘れるはずだ。
「あぁ、じゃあ行こうか」
そうしてススムの先導の元、酒場を出て広場へと向かった。