分岐点.Ⅰ
「何も掴み取ってないって……どういう事?」
フミコは自分が言った言葉が理解できないといった表情をする。
「そのままの意味だよ。俺は自分自身の力でこの場所を手に入れてここに立っているわけじゃない……そんな身ですべてを放りだしてここに居座ろうなんて虫がいいことは言えないだろ」
そう言って手の中にあるアビリティーチェッカーを見る。
この中には自分がこれまでの旅で奪ってきた能力が詰まっている。
それは紛れもなく自分が積み上げてきた戦果だ。
しかし、同時に自分自身の能力はひとつも無いのだ。
カグは自分の事を地球救済の使命を持って数多の異世界を渡る「異世界渡航者」と呼んだ。
しかし、その実態はどうだろうか?
自分自身には対した能力は何も無いのだ……
悲しいことにすべてが借り物、それが「異世界渡航者」の実態だ。
今まで数多の異世界を巡ってきたが、そこにいる転生者、転移者、召喚者は最初から与えられた能力の場合もあったが、大概は自身が習得したり、勝ち取ったり、学習して会得した能力を振るっていた。
それに対して自分はどうだろうか?
自分にはそういった「自分自身で獲得した自分だけの能力」というものが何ひとつない……
転生者、転移者、召喚者から能力を奪う力もアビリティーユニットによるもので自分の持つ能力ではない。
自分がアビリティーユニットGX-A03の適合者という意味では自分だけの能力と言えなくもないが、個人的にはそうは捉えていない。
様々な銃火器にアビリティーユニットはモードチェンジできるが、それもアビリティーユニットが手元になければ銃を使うことすらできない。
奪った能力を更に強力に進化させて新技を生み出す事ができれば、自分だけのオリジナルの能力と言えるだろうが、アビリティーユニットは奪った能力の特性は奪った時点までしか使えず、そこから先は進化させられないのだ。
同列の能力を奪えば+2+3+4と強化はされていくが、新しく奪っていない「何かの技」を生み出す事はできない。
オリジナルは生み出せない、奪ったものしか使えないのだ。
まさに借り物、いや略奪品で戦っている盗人とも言えるだろう……というかそのまま盗人だ。
そんな自分は「数多の異世界を巡る」という点でも借り物だらけだ。
「異世界渡航者」と言われながら自分自身で好き勝手に色んな異世界を巡れるわけではない。
カグが用意した「次元の狭間の空間」があって初めて異世界から異世界へ渡れる。
その行き先も自分では決められない、恐らくはカグが指定した異世界にしかいけないのだ。
ケティーのように自由自在に色んな異世界へと渡れるツールが自分にはない、そんな能力もない……
他人の力を借りなければ異世界には赴けないのだ。
異世界での現地での情報収集にしたって、次元の狭間の空間にある言語を簡易ラーニングする装置がなければ言葉を理解する事もできない。
つまりはツールをすべて奪われた状態では自分はただの一般人に成り果てる。
何の力も持ち合わせていない人間なのだ。
ケティーとの出会いにしたって、カグが次元の狭間の空間での滞在期間をサポートする名目で売店を設置した事がきっかけだ。
それがなかったらケティーと出会うこともなく、こうして次元の狭間の空間と繋がっている異世界とは別の異世界に赴ける事もなかった。
そうするとケティーと出会ってない以上はSF世界にギルド本部の警備システムを買いに行く事も無く、TD-66を仲間に入れる事もリーナが莫大な遺産を手にする事も無く、この無人島も買えてなかったはずだ……
今この場所に立ってはいても、その過程はすべて借り物……自分自身で獲得したものではない。
そんな自分が厚かましくも旅を放棄してここに居座るなどと言っていいものだろうか?
否、いいわけがない。
そう、いいわけないのだ……
「仮に異世界へと渡る術も転生者なりから能力を奪う力も自分で編み出したものなら遠慮せずに旅を放棄してここに居座るって宣言できたかもしれない。でもそうじゃない……この力も異世界へと渡る術もすべて他人の手を借りたものだ。俺自身の特別な力じゃない……そんな身で厚かましくも、良い場所を見つけたから旅を放棄するとは言えない……そんな資格ないんだよ」
自分には何の特殊な能力も無い。
すべて借り物、略奪品でここまでやりくりしてきた自分には立ち止まる権利はない
これは当然だ。
しかし、この考えをフミコは否定する。
「そんな事ないよ!」
「フミコ?」
「そんな事ない……何言ってるのかい君!資格がないだなんて、あるに決まってるよ!かい君はこれまで十分に頑張ってきたじゃない!その力が借り物だなんてそんな事ないよ!かい君はちゃんと扱えてたじゃない!奪った力を自分のものにしようと努力してきたじゃない!あたしはずっと見てきたもん!次元の狭間の空間に戻ってから、次の異世界に辿り着くまでの間、毎日トレーニングセンターでどうすれば扱えるか、どうすればうまく馴染むか試してたじゃない!そうやって奪っただけの力じゃなくて自分が扱える力に変えてきたじゃない!それは紛れもなくかい君の成果だよ!かい君が習得したかい君だけの力だよ!」
そうフミコは叫ぶ、叫んで訴える。
自分を卑下する必要なはいと……胸を張っていいんだと……
「それにあたしはかい君に救われた、助け出してもらった。あたしが今ここにいるのはかい君が手を差し伸べてくれたからなんだよ?だからあたしはかい君に特別な力がないなんて絶対に思わないし信じない!かい君はあたしにとって特別なんだから!あたしだけじゃない、ケティーだってかい君だからこそ協力してくれるし異世界に渡る手助けをしてくれてるんだと思うよ。きっとかい君じゃない他の誰かだったら協力してないと思う……かい君じゃなきゃ協力してないんだからリーナちゃんの前世の世界にもきっと行ってないしここだって買えてない。だから、ここは紛れもなくかい君が掴みとった世界なんだよ!かい君がかい君の力で築き上げだ成果なんだよ!勝ち取った場所なんだよ!だから、胸をはっていいんだよ!ここは……この場所はちゃんとかい君が特別だって事を証明してくれる場所なんだから!」
フミコはそう熱弁し終えると一息ついて笑顔で手を差し出す。
「そう、ここはかい君が掴み取った場所なんだから誰に遠慮する必要もない……そう、ないんだよ。だから、ここで何もかも忘れて一緒に住もうよ」
フミコの言葉を聞いて考える。
本当にそうだろうか?
自分だからケティーは協力してくれてるのか?
自分以外の誰かでも商人であるケティーは利益が出るなら協力したんじゃないだろうか?
考えても思い浮かぶのはマイナスな答えばかりだ。
こればかりは仕方ない……根本的に自分は自分を信用していない。
特別な何かを持っているとは思っていない。
それでも、フミコはこんな自分を特別だと言ってくれる……信じてくれる……
自分からすれば、それは妄信としか思えない……思えないが、それでも……
それでも、そんなフミコが信じてやまない自分を、当の本人も少しは信じてみようと思う。
ほんの少しでも、自分にも何か特別なものがあると心の片隅で思う事にしよう。
フミコの言葉でそんな心境の変化が起きていた。
「そうだな……フミコの言う通りだ。この場所は確かに俺が勝ち取った居場所だよな」
そう言って頷く。
自分のその返答にフミコの表情は明るくなった。
「うん、そうだよ!だから……」
「でもやっぱり旅を止めるつもりはない」
「え?………えぇ!?なんでぇ!?かい君今の流れだと旅をやめて、ここであたしと一緒に暮らすって方向に」
そうヒステリックに叫ぶフミコを見て思わず苦笑いしてしまう。
「ごめんフミコ……でもここは俺たちが手に入れた居場所でケティーがいればいつでも来れる。そして旅は止めようと思えばいつでも止められる……だから俺は考えを改めることにするよ」
「考えを……改める?」
自分の言葉を聞いてフミコが首を傾げる。
そんなフミコを見て口元が少し緩んだ。
フミコのおかげで吹っ切る事ができた。
そうだよな……自分を卑下する必要はない。
そして、いつでも逃げてこれる場所も手に入れた。
だったら突き進むべきだろう。
「そう……地球を救えなくてもいい!故郷を見捨てるってわけじゃないがカグの思惑通りになってやるつもりもない!だからカグが何を企んでるのか、次元の亀裂の修復とやらで本当にジムクベルトが追い出せるのか、それを本格的に見極めにかかる!今まで後回しにしてきた事に手をつける!自分達以外の異世界渡航者のような連中も出てきたんだ。もう今まで通りルールに従って行動する事もないだろ!仮にしくっても、ここに逃げてきてそのまま隠居したらいいんだしな!」
そう言ってフミコに笑ってみせた。
そんな自分を見てフミコはどう思ったのかやれやれといった表情でため息をついた。
「う~ん、あたしが思ってた回答と違ったけど……かい君が自分に自信を持ってくれたのならいいや!」
フミコはそう言って笑顔を浮かべた。
「なら改めて……あたしの怪我が直ってからだけど、これから先の旅もよろしくね!」
「あぁ……これからも頼りにしてるぜ!」
そう言ってフミコの手を掴んで握手を交す。
そうして数秒、見つめ合った後手を離すとフミコが思いだしたようにパンと手を叩いた。
「そうだ!旅を続けるならあたしも戦略の幅を広げて戦力アップしたいから新たに武器が欲しいんだけど」
「ん?武器?」
「そうそう、かい君たちがそのリーナちゃんの前世の世界に買い物に行ってる間、資料本を見てて思ったんだ」
そう言ってフミコは翡翠の首飾りに収納していたのか、その手に突然1冊の本を出現させる。
それは日本で発掘された古くは古墳時代の物など多くの国宝級の文化財の写真を収めた資料集であった。
その資料集のとあるページを開いて、そこの載っている写真を見せてくる。
「ねぇかい君、次元の狭間の空間に戻ったら錬金術でこれを造ってほしんだ!お願いできるかな?」
そうお願いしてきたフミコが開いたページの写真を見て、思わず眉をひそめる。
「ん?これのレプリカを錬金術で造ってほしいって?」
「うん!」
「それは構わないけど……これ、フミコのいた時代のものじゃないよな?」
そう、フミコが見せてきた写真は弥生時代より遙か後の時代のものであった。
「うん、あたしは自分が生きていた時にこんな物見た事がない……でも、そんな事にこだわってたらきっとあたしはあの女に勝てない。だから知らない時代のものも取り入れる!鬼道を進化させる!神道ってやつを身につける!」
フミコは決意に満ちた表情でそう言った。
だったら断る理由はない。
これが必要と言うならこれを錬金術で造るのみだ。
「……わかった!任せとけ!」
「ありがとう!完成楽しみにしてるね!」
フミコがニコっと笑ったところで遠くからリーナが自分達を呼ぶ声が聞こえてきた。
そう言えば昼飯の頃には呼びに来ると言ってたっけと思いだす。
「それじゃあ浜辺に戻るか」
「そうだね」
そうして車椅子を押して浜辺に戻るべく山道をくだっていく。
その足取りは心なしかどこか軽かった。




