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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
10章:SFの世界

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故郷であって故郷でない場所(5)

 リーナは花束を手に墓前に足を運ぶ。

 カイトたちが墓地内を修繕し、きれいに掃除してくれたおかげで墓石はきれいになっていた。


 だからはっきりとわかる。

 墓石に刻まれたヴェルザー家の面々の名前が……


 「お父様……お母様……叔父様……叔母様……」


 懐かしい名前だ。

 転生した自分にとってはもう関係のないはずの名前。

 それでも、その刻まれた名を見ると胸が苦しくなる。

 そしてそれらの名前と一緒に刻まれた、かつての自分の名も……


 「60年間お墓参りに来れなくてごめんなさい……荒れ果てるまで何もしてあげられなくてごめんなさい……でも、色んな偶然の巡り合わせで今日やっとこれました……と言っても、わたしもそこに眠ってるんですよね……なんだか変な感覚だな」


 そう言ってリーナは小さく笑うと膝をついて墓石に触れる。


 「ひょっとしてお父様とお母様もわたしと同じように違う世界に転生したりするのかな?そうだとしたら、この声は届くわけないよね……それでもこれだけはちゃんと伝えたい……お父様……お母様……わたしは生まれ変わって違う世界の人間になってしまったけど。2人の事、忘れたりしません……絶対に」


 そう言って花束をそっと墓石に添える。


 「あのね……わたし今ギルドに所属してるの」


 そう言ってリーナは墓石に語り聞かせる。

 今の自分の近況を、これまで歩んできた日々を……





 「そんなわけだから、心配しないで……わたしは元気にやってるから」


 語り終えたリーナは墓石をやさしく撫でる。


 「もうわたしは違う世界の人間だけど……でもさっき話した通り、マスターたちは色んな世界を旅して回ってるからきっと頼んだらまたお墓参りに来れると思うんだ……だから少しの間、寂しいかもしれないけど待っててね」


 そう言うとリーナは微笑む。


 「愛してるよ……お父様、お母様」


 言ってリーナは立ち上がる。

 そして振り返った。


 「マスター!」


 呼びかけるとみんながこちらへとやってきた。

 その中には当然TD-66も入っている。


 (まったく……遠慮せずに一緒にお墓参りすればよかったのに)


 そう思ってリーナはポケットにしまっていたある物に気付く。


 (そうだ、これ……)


 それを取り出して思いついた。


 「リーナちゃん、もういいのか?」

 「はい、もう大丈夫です。それより……」


 リーナは視線をTD-66に向けた後リエルに尋ねる。


 「あの……確かこの墓石は埋葬できる品を追加できる機能があるって言ってましたけど」


 尋ねられたリエルは少し考えてから。


 「あ、うん……せやね。ただこの墓石は60年前のやさかい。初期型やし、長く放置されてメンテもされてへんから起動するかはわからへんで?」


 そう答えた。

 これだけ長く放置されていたのだ。システムがちゃんと起動するか保証できないのは当然だろう。


 「そうですか……やってみないとわからないんですね?」

 「まぁ、こんだけ放置されて荒れ放題の中にあったんやから動くかは怪しいな……せやけどどないしたんや?そないな事聞いて」

 「はい……もし埋葬品を追加できるならこれをここに埋葬したいなと思って」


 そう言ってリーナはポケットから取り出したTD-66の壊れてしまった記憶容量媒体の基盤を見せる。


 「それ……」

 「わたしじゃこれを復元する事はできませんし……だったらわたしが持ってるよりも、ここでかつてのわたしやお父様、お母様と一緒に埋葬してあげるほうがいいのかなって」


 リーナはTD-66の方を見る。

 当のTD-66はその事に対して異を唱えることはなかった。


 『お嬢様がそうしたいのであれば、止める権限はわたくしにはありません』

 「かまわない?」

 『はい、もちろんです』

 「そっか……」


 リーナは小さく頷くとリエルに頼む。


 「あの、墓石にこれを追加で埋葬できるか試してくれませんか?」


 頼まれたリエルは握り拳を作るようなポーズをして笑顔で応じた。


 「おう、任せとき!60年間雨風に晒されて、ろくにメンテもされてへん代物や、劣化しとるやろけどなんとかしたるさかい!ちょい待っときや!」


 リエルは墓石の縁や表面を調べて機能が生きているか確認していく。

 そして、しばらくして立ち上がってリエルの方を向くと。


 「大丈夫やで、墓石の上にその基盤乗せてみ」


 そう促した。

 リーナは無言で頷いて膝をついて基盤を墓石の上に乗せる。

 すると基盤は墓石から出現した光に包まれて、すーっと墓石の中に沈み込んでいく。


 「うわ、これどういう原理?」

 「異世界の特許技術じゃないの?」

 「……ケティーもよくわかってないんだな?」

 「川畑くん、うるさい」


 カイトとケティーが小声で話し合っているが、この原理が理解できる人物はリエルしかいない。

 なので埋葬の際の光景が珍しく思えるのも仕方がないのだが、リーナはその事にはあまり驚かなかった。

 これで前世のわたしと家族はようやく再会できたんだと、その事で頭がいっぱいだったからだ。


 「お父様お母様、それに前世のわたし……あの子もここで一緒に眠らせてあげてね」


 そう言ってリーナは立ち上がって笑顔で振り返った。


 「ありがとうございました!これで思い残すことはありません」


 その言葉を聞いてカイトや皆が満足そうに頷いた。


 「リーナちゃんの気が済んだなら何よりだよ」


 そう言ったカイトに、しかしリーナはもう一度考えて、小さく頷いて。


 「あ、あの……それでお願いなんですけど……ここに定期的にお墓参りにきてもいいですか?」


 そう尋ねた。

 聞かれたカイトはケティーの方を向く。


 カイト自身は自分の意思で自由に色んな異世界へ赴くことはできない。

 それをするにはケティーのムーブデバイスを使うしかないのだ。


 ケティーはやれやれといった表情になって答えた。


 「いいよリーナちゃん。リーナちゃんが行きたい時にここに連れてきてあげる」


 ケティーの言葉を聞いてリーナは「やったー!」と声をあげた。


 この墓地を管理する人はもうこの世界にはいないという。

 だったら自分ができる範囲で手入れをしよう、そう考えたのだ。


 それは自分で自分の墓を手入れするという事でもあるのだが、まぁそれはあまり気にしないでおこう……リーナはそう考えてTD-66に抱きつく。


 「君もお墓参りする時は一緒だからね!」

 『はい、お嬢様』


 そんなリーナとTD-66を見てカイトの口元は自然と緩む。


 「それじゃ、帰ろうか」

 「はい!マスター!」


 リーナは「また来るからね!」と墓石に告げて歩き出したカイトたちの後に続く。

 そして、最後に墓石の方へと振り返った。

 すると……


 「あ……」


 墓石の前に数名の人影があった。

 しかし、それは希薄な存在感でそこに本当にいるとは思えない、影のような感じであった。


 人によっては幽霊か!?と驚いたかもしれないが、リーナは怯えることなく笑顔を見せる。

 そしてTD-66を呼び止めた。


 「君……」

 『はい、お嬢様。なんでしょう?』

 「見える?」


 そう尋ねたリーナを見て、TD-66は視線を墓石へと向ける。

 そして小さく振動しだした。


 『えぇ……見えます。見えますとも……映像処理にノイズが混ざってるのでしょうか?』

 「そんな事ないよ。みんな見送りにきてくれたんだよ」


 そう言ってリーナはTD-66に触れる。

 触れて墓石の前の人影に微笑みかける。


 その人影……ヴェルザー家当主であるかつての父に母、叔父に叔母。

 そして、前世の自分とその傍らにいるのはドッグ・ロール……かつてのTD-66だ。


 それらは優しい笑顔でこちらを見ている。

 それを見て思う。


 この世界は今の自分にとっては本来なら関われる事がなかった場所だ。

 それでもここは故郷である事に違いない。

 そう、故郷であって故郷でない場所だ。


 だから、この言葉が正しいかはわからない。

 それでも……それでもリーナは満面の笑顔で告げた。


 「行ってきます!」と……


 それに応じるようにかつての自分も答えた。


 - いってらっしゃい -と……

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