故郷であって故郷でない場所(2)
「さて、修理終わったで!おつかれや!いや~よ~働いたわ」
リエルがそう言って両手を上げて大きく伸びをする。
そうすると豊満なバストが余計に強調され、シナギの着こなし具合も相まってより一層目のやり場に困ってしまう。
なので視線を逸らすとケティーと目が合った。
「……変態」
「理不尽だ」
そんな自分達の元へ修理が完了し、尚且つ洗浄に表面処理もしてもらってピカピカボディーの新品同然の姿になったTD-66がやってくる。
それを見てリーナがテンション高くはしゃぎ出した。
「わぁ!すごくカッコ良くなったよ君!」
そう言って目を輝かせるリーナにTD-66は頷いて見せると。
『はいお嬢様、外装もそうですが内装もかなり手を入れてもらって体がスムーズに動くようになりました……心なしか体が軽い気がします』
無駄にかっこいいイケボイスを放ちだした。
「え?君その声……」
リーナはその事に驚いて呆気にとられてしまう。
しかし、こちらとしてはツッコまずにはいられなかった。
「いや!ちょっと待て!なんか音声おかしくないか?もっといかにもロボットですみたいな抑揚のないカタカナ表記の機械音声だったはずだろ!どうなってんだ!?カタカナ表記じゃなくなったらロボですって個性がなくなるじゃないか!!」
「川畑くん……メタい発言はほどほどにしといたほうが」
ケティーに諫められるが、それを見ていたリエルが腹を抱えて笑い出す。
「あはははは!ほんとおもろいな君!まぁ、これは一種のご愛嬌や!」
「は?ご愛嬌?」
「せやで。内部構造を修理する際、音声データ基盤も交換してな。まぁそのままでもええんやけど、さすがに70年前の味気ない音声データやったら可哀想や思ってな、最新の音声データ基盤にしたんや!まぁ音質の種類は色々あるんやけど、ここはうちの趣味でチョイスさせてもらったで、堪忍な!」
そう言うとリエルは「てへっ」と舌を出して詫びてるのか詫びてないのかわからない謝罪をしてきた。
うん、これ絶対謝ってないな……
「ま、まぁ……これはこれでいちいちカタカナ表記にしてなくていい分、表記は楽になったかな?」
「川畑くん……だからメタい発言はほどほどにしといたほうが」
そんな自分とケティーとは違って、しばらく呆気にとられていたリーナは満面の笑顔を浮かべると。
「うん、こっちのほうがいいと思うよ!なんか親近感がわく感じ」
そう言ってTD-66へと抱きついていく。
それを見て、リーナが気に入ったなら別段こちらがどうこう言う必要はないかと思い、この話はここまでで終わりにすることにした。
なので聞かなければならない事を聞く。
「で、肝心の記憶容量媒体のほうなんだけど……」
自分がそう切り出すとTD-66に抱きついたリーナにTD-66、それにケティーの視線がリエルへと集まる。
皆の注目を浴びたリエルはツナギのポケットの中から壊れた基盤を取り出す。
そして申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんやけど修復は無理やったわ……もっと専門的な設備に演算装置があったら保存されとったデータの何割かは復元できたんかもしれんけど……それでもこの損傷具合からいったら厳しいやろな……ごめんやで」
そう言ってリエルはゆっくりとリーナの元に歩いて行くと、その小さな手に基盤をそっと握らせる。
リーナはリエルから受け取った基盤を少し寂しそうに見ると顔をあげてTD-66のほうに振り返る。
「君……」
『心配しないでくださいお嬢様。わたくしはもう気にしてません』
「そう……ならいいんだけど」
『それに、お嬢様も過去の記憶はすべて取り戻されてないと言うじゃありませんか。ならば、わたくしも一部の記録が残っていればそれで十分です。お嬢様と同じですよ』
そう言うTD-66にリーナは笑顔を見せる。
「そうだね、ごめん!わたしがこれから楽しい思い出をいっぱい作っていこうって言ったのに、そのわたしが過去の事を心配してちゃダメだよね!」
『はい、お嬢様!それに最新の記憶容量媒体を搭載してもらったので、わたくしお嬢様の一挙手一投足をこれから一時も欠かさず記録していきますよ!』
TD-66がはりきってそう言ったが、これロボットが言った言葉じゃなかったら親族でもない限りかなり際どい発言だよな……下手したら犯罪で捕まるのでは?
そう思っているとリエルが自分とケティーの方にやってくる。
「まぁ記憶容量媒体のほうが無理やったけど、他の方はなんとかなったわ。元々TD-66は魔改造する事が前提の機体やったから応用が色々きいたっちゅーのもあるけど……まぁなんや、70年前の機体とは思えん追加要素も追加しといたったわ」
「それは色々と大丈夫なのか?」
リエルの言葉に一抹の不安を覚えるが、本人は軽い調子で「大丈夫大丈夫、へーきへーき」と言うだけだった。
うん、不安だ……
しかし、そんなこちらの思考は気にせずリエルは一番肝心な部分を軽い調子で語り出す。
「それに……そもそもあのTD-66なんやけど、修理してる最中に過去のデータ漁ってわかった事やねんけど。コアとなってる本人の意識を形成してる人工知能の思考回路基盤はTD-66とは別物みたいやで」
「……え?それって一体」
「まぁ、言うなれば別の機体のAIを取り出してTD-66に載っけたみたいやね。まぁドロイド界隈やったらよくある話やん。それがドロイドの売りなんやし。ボディーが損傷してもボディーを変えたらええって」
よくある話と言われても地球はAI搭載ロボットが広く一般的に普及し、人間社会に当たり前に溶け込んで人とロボットがともに生活している社会にまだ達していないためその感覚がわからない。
まぁ、バックアップを取っておけばスマホを修理に出しても返ってきたスマホが前と同じようにデータを扱えるといった感覚だろうか?
「なるほどな……つまりTD-66の本来の姿はTD-66じゃないって事なのか」
「そうやね。しかもその本来の姿やねんけど……TD-66のような警護ドロイドなんて物騒なものとは縁の無い存在のはずなんや」
「どう言う事だ?」
聞けばTD-66の正真正銘、本来の名前は「あんしん・まもるくんマーク3」らしい。
随分とかわいらしい名前だが、それも当然、その用途はAI搭載の汎用見守りカメラだからだ。
要するに留守の間、家に1人にさせておく要介護者やペット、小さい子供の様子を見守りカメラ映像をネットワークでカメラ保有者に配信するシステムだ。
見守り対象に何か重大な変化や危機が迫ればAIが独自に判断し、保有者に危機を知らせると共に警察や警備会社などにも通報するというものである。
そしてTD-66の元になった「あんしん・まもるくんマーク3」は生まれたばかりの赤ん坊を見守るために購入されたようだ。
その見守る対象である赤ん坊の名はマリア・ティーヌ・ヴェルザー。
転生前のこのSF世界でのリーナだ。
「あんしん・まもるくんマーク3」は生まれた時からずっとマリアを……いや、リーナを見守ってきた。
何か大事にならないようにずっと……
見守りカメラの寿命はそう長くはない。
AIが搭載された機体の中では買い換えが早いペースで行われる。
それゆえに買い換えを見越して新型機の登場も頻繁に発表されるのだが、リーナが物心つく前からリーナはずっと傍で自分を見ている「あんしん・まもるくんマーク3」を気に入っていた。
時に抱きしめたり、時に寄り添ってそのまま眠ってしまったり、「あんしん・まもるくんマーク3」を手にしていないと食べさせようとしても何も口にいれなかったり……
なのでヴェルザー家の者は使用人も誰もみな、見守りカメラの買い換えを行おうとはしなかった。
これだけ気に入っているものを取り上げるのは忍びないと思ったのだ。
そうするうちに「あんしん・まもるくんマーク3」のほうに変化が起きた。
これは買い換え期間が短いため、誰も見守りカメラを長期で使用したことがなかったから今まで気付かなかっただけなのかもしれないが、本来見守り対象に何か重大な変化があった時にだけAIが判断して通報するはずが、何気ない事でもすぐに通報するようになったのだ。
最初は長く使い続けたせいでAI機能が劣化しはじめたのかと思われたが違った。
自律型機能が進化したのだ。
長く見守り続ける事でAIが愛着というものを学習したのだ。
だからこそ「あんしん・まもるくんマーク3」という外装が壊れた時、AIはありとあらゆる通信機器にメッセージを送り訴えた。
別の機体にこの意識を移し替えてほしい。
そして、これから先もこの子を見守らせてほしいと……
すでにリーナも「あんしん・まもるくんマーク3」がいないと手がつけられないほど泣きわめいたりしており、ヴェルザー家としてもこの提案を受け入れた。
しかし、これから先の事を考えると短い期間で壊れてしまう見守りカメラの外装に移し替えるのは得策ではないとヴェルザー家の面々は考え、成長したリーナに会わせて別の機体にAIを移し替えた。
その移し替えた機体の名は「ドッグ・ロール」、犬型ロボットだ。
しかもただの犬型ロボットではない。
将来的な事も考え、軍が輸送用として開発した犬型自立輸送ロボットを発注し、それにペットのような機能を持たせたオーダーメイド仕様にしたのだ。
これなら安心だとヴェルザー家の面々はリーナに「あんしん・まもるくんマーク3」のAIを搭載した「ドッグ・ロール」を与える。
それから数年間、リーナは「ドッグ・ロール」と毎日のように遊び回った。
屋敷の中や庭はもちろんのこと、色んな場所へ行き、一緒に楽しんだ。
TD-66が失った記憶のうちのほとんどがこの「ドッグ・ロール」時代と言ってもいいだろう。
そんな楽しい日々が続く中、ある事件が起きる。
ヴェルザー家に恨みを持つ者がリーナを誘拐しようとしたのだ。
この時「ドッグ・ロール」は、その機体が軍が輸送用として開発した犬型自立輸送ロボットという事もあり、リーナを誘拐しようとした者をなんとか撃退するが代償として脚部と胴体の一部を損傷してしまう。
しかし「ドッグ・ロール」として一番辛かったのが、相手を撃退する過程でリーナに軽傷を負わせてしまった事だった。
自分はこの子を守らないといけないのに、この子に怪我を負わせてしまった……
悔しくてしかたがなかった。
何よりリーナが涙を流していたのが悔しかった。
リーナは自分が怪我をした事に泣いたのではない。
「ドッグ・ロール」の脚部が壊されてしまった事に泣いたのだ。
なんという失態だろうか?
「ドッグ・ロール」は自分がたまらなく許せなかった。
もう二度とこんな思いはこの子にさせない!させたくない!
そう誓った「ドッグ・ロール」はヴェルザー家の当主に提案する。
自分の体を警護ドロイドに替えて欲しいと……
こうして「ドッグ・ロール」はその体を警護ドロイドTD-66へと移し替える。
絶対にリーナを守りきると誓って……




