SFの世界(9)
圧倒的なまでの威力をもって放たれたハイパーデス・グレネード。
それを何重にも重ねた魔術障壁で受け止めようとするが、次々と魔術障壁は破られていく。
「くそ!まったく防げてねーじゃん!」
叫んで、魔術障壁の質を変化させる。
通常の硬さから弾力性のあるものへと変更し、素早く複数展開するが、しかし効果はなかった。
あっさりと魔術障壁は次々と破壊され突破されていく。
「これもダメか!弾力性を跳ね上げたら跳ね返せるかもって淡い期待をしたってのに!!」
かくなる上は魔術障壁の最後の一枚を極限まで硬質化して受け止めるしかない。
迷っている暇はなかった。
なにせ判断が遅れれば、一瞬ですべての魔術障壁は破壊されてそのまま丸焼けにされてしまうのは目に見えている。
展開している魔術障壁を1つにまとめ、硬質化して強度を高める。
しかし、複数あった魔術障壁を1つにした事で緩衝帯が消え、ハイパーデス・グレネードの威力をもろに受けることになる。
「ぐ!?」
衝撃が一瞬体を伝った。
しかし、左手をかざしてなんとか魔術障壁を維持する。
魔術障壁を硬質化したおかげでハイパーデス・グレネードを受け止めることができたが、圧倒的な威力の前に魔術障壁は徐々に押し込まれていく。
歯をくいしばって魔術障壁の維持に努めるが、それが精一杯で押し返すのは無理そうだ。
「ぐ……くそ!なんて威力だよ!!」
このまま魔術障壁を維持し凌ぎきれるか不安になってくるが、そんな自分とこの光景見てどう思ったのか、TD-66の後ろに避難していたリーナが慌てふためき出す。
「マスター!な、なんとかマスターの役に立たなきゃ!」
リーナの声が耳に入ってくるが、しかし気にかけている余裕がない。
本当なら危ないから自分とTD-66の後ろで大人しくていてくれと声をかけるべきなんだろうが、一瞬でも集中が途切れたら一気に魔術障壁を破壊されてゲームオーバーだ。
なので今は魔術障壁の維持に心血を注ぐ事しかできず、わかっていてもリーナに声をかけられない。
そんな時だった。
TD-66が今にも壊れそうな動作ながらも両手を広げて、その手のひらからエネルギーを噴出しバリアを形成する。
『オ嬢サマ……危険デスノデ……少シ下ガッテイテクダサイ……ワタクシモ……残存エネルギーヲ……消費シテ……バリアデ攻撃ヲ押シ止メマス』
TD-66はそう言うとバリアを形成した両手を突き出してハイパーデス・グレネードを受け止めている魔術障壁を支える。
『オ手伝イ……シマスヨ……オ嬢サマノマスター』
そう言うTD-66にほんの少し頼もしさを感じるが、同時に心配にもなる。
「それはありがたいが……大丈夫なのか?見た感じ早急に修理しないとヤバそうな雰囲気だけど」
『問題……アリマセン……今ハコノ攻撃ヲ耐エ凌ガナイト……』
「あぁ……そうだな!頼むぜ機械の騎士さんよ」
TD-66の言葉通り、今はこの攻撃を凌ぎきらないとやられてしまう。
とにかく一刻も早くケティーの裏工作が甲を成すのを信じて、耐えるのみだ。
しかし、TD-66の援護もすぐに陰りが見えてくる。
『グ……バリア形成ノ為ノ出力ガ低下……残存エネルギーガ……危険水域ニ……』
TD-66はそう言うと両手から出していたバリアが弱まっていく。
それでもTD-66は必死で弱まったバリアを使って魔術障壁を押す。
『ダメダ……バリア形成ノ為……残存エネルギーガ……足リナイ……腕ノ力モ……各所ノ損傷デ……入ラナイ』
TD-66はこのままでは残存エネルギーを使い切ってバリアを出せなくなる事から別の手段がないか検索する。
そして、ひとつの方法を見つけ出す。
しかし、それは……
『体内ニ備蓄サレテイル……戦闘用トハ違ウ別ノエネルギー……最低限ノ行動ヲ……行エル予備エネルギーヲ消費スレバ……バリアハ維持デキルト推定……デモ……コレヲスレバ……』
TD-66はその予備エネルギーを使用することを一瞬躊躇する。
無理もない……何せ、それを使えば負荷がかかってしまう。
一体何に負荷がかかるのか?
記憶容量媒体だ。
予備エネルギーはその性質上、記憶容量媒体と起動装置に近い場所に収められている。
要は頭部付近だ。
これは予備エネルギーが戦闘用でなく、ドロイドの体内稼働エネルギーが切れた時に緊急措置として供給するためのものであるからだ。
戦闘に使用するエネルギーはその性質上、出力が強大なため、精密機器が集中する箇所は避けて備蓄される。
だから非常時に精密機器を維持するためのエネルギーとは勝手が違うのだ。
そんな予備エネルギーを戦闘用エネルギーに転化すれば当然、想定外の負荷がドロイドの中枢たる精密機器郡を襲う。
それは自殺に等しい行為だ、何せそれによって起動装置を自壊してしまうかもしれない。
何より、記憶容量媒体がショートしてしまう。
そんな事になれば……
『オ嬢サマトノ……大切ナ思イ出ガ……消エテ無クナッテシマウ……記録映像モ何モカモ……復元出来ナクナッテシマウ……』
そんな事は絶対に嫌だ!とTD-66は思った。
たとえ、この体が粉々に壊れても、記憶容量媒体さえ無事ならば思い出はなくならないのだ。
それがドロイドの強みでもある。
しかし記憶容量媒体だけは替えは効かない。
これが壊れてしまったら、もう二度と元には戻らないのだ。
公共機関のデータベースには保存されていない、プライベートなTD-66だけが記録している彼と主との記憶は永遠に失われてしまうのだ。
だからTD-66は躊躇う。
そんな時だった……TD-66の様子がおかしい事を心配したリーナがTD-66の元へと近づこうとする。
「君!どうしたの!?さっきの戦いのダメージがまだ残ってるだろうに無理してるんじゃ!」
リーナは自分が転生者であり、前世がTD-66の主人であった事は思い出した。
それでも、まだ完全に記憶が蘇ったわけではない。
だからドロイドが生き物と同じように痛みを感じることはないと理解はしていない。
それでも、TD-66が痛みはなくとも致命的な損傷を負い。
エネルギー残量の問題で迷っている事は事実だった。
だからリーナの心配は遠からずも外れてはいない。
とはいえ、普通なら記憶容量媒体さえ無事なら体を交換すればいいだけの機械を心配する道理はない。
でも、リーナは違う。
たとえ知識がまだ蘇ってないから、その事を知らないからとはいえ、純粋にTD-66を心配する。
その心遣いにTD-66は何とも言えない感情を抱く。
そんな時だった……TD-66の周囲の景色が一変する。
『何ダ……一体』
心配してTD-66へと手を伸ばしたリーナの、その指先から一気に風景が変化していく。
『コレ……ハ……マサカ……』
TD-66が戸惑う中、さきほどまでリーナがいた場所に、リーナとは違う別の誰かが立っていた。
その別の誰かは麦わら帽子を被ったワンピース姿のリーナと同い年ほどの女の子であった。
『アァ……アァ……』
その姿を見て、TD-66は機械ゆえに泣くことはできないが、それでもまるで泣いてるかのようにその体を震わせる。
『オ嬢サマ……』
そう、そこに立っていたのは60年前に死んだTD-66の主……リーナの前世である女の子であった。
『オ嬢サマ……ワタクシハ……』
目の前にかけがえのない大切な人がいる。
絶対に守り切ると誓い、守れなかった愛しい人がいる。
その事にTD-66は胸が苦しくなった。
一体自分はどうやって謝ればいいのか?
どうすれば許してもらえるのか?
あの時の事が蘇り後悔に苛まれる。
そんなTD-66の心の内を読んだのか、女の子は優しく笑いかける。
-大丈夫だよ、私は恨んでなんかいないよ?感謝こそすれ、なんで私が君を恨むのかな?-
しかしTD-66はその言葉で許される事を拒む。
『デスガ……ワタクシハ……オ嬢サマヲ……オ守リデキナカッタ……旦那サマヤ……奥サママデモ』
そんなTD-66に女の子は困った顔で笑いかけると。
-あの状況下では誰がついていても助からなかったよ。だからもうこれ以上あの時の事を引きずらないで-
そう言ってゆっくりとTD-66へと近づいていき、その頭を優しくなでる。
-ごめんね?ずっと引きずっていたんだよね?後悔し続けていたんだよね?電源を落とされていたとはいえ、60年間ずっと自分を責め続けてたんだよね?つらい思いをさせて、それを吐き出せる機会も奪われて……-
そう言って女の子はTD-66の頭をなでるのを止めて、そっと優しく抱きしめる。
-でも、もういいんだよ……自分を責めなくてもいい。君はもう前を向いて歩き出すべきなんだよ-
『オ嬢サマ……ワタクシノ罪ハ……消エマセン……オ嬢サマヲオ守リ……デキナカッタ』
そう言って震えるTD-66を女の子は子供をあやすように抱きしめている手でやさしくポンポンと叩くと。
-君はいつもそうだったよね……私が不注意で転んだり、怪我した時いつもそうやって自分を責めていた……ありがとうね。そんな君がいたからこそ、私は君を追い込まないようにって、しっかりしなきゃって思えたんだと思う……それでしっかり者になれたのかは自信がないけど……でも、だからこそ今私がしっかりしないとね!-
女の子はTD-66を抱きしめていた手を離して、しっかりとTD-66と向き合う。
-ねぇ君。君はドロイドだからちゃんとわかってるよね?もうこの世に私はいない……君が守らないといけない義務を持った子はいない-
女の子の言葉を、しかしTD-66は拒絶する。
それを受け入れれば、この夢のような時間が終わってしまう……そんな気がして。
『イイエ……オ嬢サマハ……目ノ前ニ……ワタクシノ目ノ前ニ……立ッテイマス……オ守リスベキ……オ嬢サマガ』
TD-66のその言葉を女の子は首を振って否定する。
-違うよ、私はもういない……わかってるでしょ?今の私はこの世界に残った残留思念みたいなもの……君が心配で、この世に留まった灯火みたいなものだよ……私の魂はすでに別の世界で生まれ変わってる。君はもう出会って守ろうとしてくれてるじゃない-
そう言って女の子は首にぶら下げていたパスケースを外して手に取る。
-だから、君も前を向いて歩き出して!過去の私の記憶に固執しないで、未来の私との記憶を作るために力を使って!大丈夫、君ならできるよ!-
そう言ってパスケースをTD-66の手にそっと乗せる。
-今までありがとう……君のおかげで私は毎日が楽しかったよ!今度は未来の私にその楽しさを教えてあげて!-
そう言って笑う女の子はニコっと笑顔を見せるも、目には涙が浮かんでいた。
『オ嬢サマ……』
TD-66は震えながらも立ち上がり、そして女の子から渡されたパスケースを見る。
それは精密機器が集結する動力部の安全装置を解除する鍵。マスターキーであった。
本来なら自律型ドロイドにそのような鍵は必要ない。
だから、言うなればこれはTD-66のけじめをつける鍵だ。
この鍵を使えば予備エネルギーが戦闘用エネルギーに転化され、その負荷で記憶容量媒体は損傷し、主との記憶はほぼ消滅する。
この鍵を使う事は過去と決別し未来へと歩み出すという事だ。
そして、それを主は望んでいる。
だったら……
『分カリマシタ……オ嬢サマノ……最後ノ願イ……実行イタシマス』
TD-66はマスターキーを握りしめる。
その事に女の子は満足して涙が溢れながらも笑顔で別れの言葉を告げる。
-うん、幸せになるんだよ!未来の私をよろしくね!-
『ハイ……当然デス』
TD-66はしっかりと頷きマスターキーを発動する。
予備エネルギーが戦闘用エネルギーに転化され、女の子のいるその景色が崩壊していった。
TD-66と女の子が会話していた空間が崩壊し消え去る直前、リーナもその空間に立っていた。
前世の自分とTD-66のやり取りを見てリーナは何を思ったのか……
すると、女の子がリーナの方を向いて笑顔を見せる。
-あの子はドロイドだからわからないだろうけど……結構泣き虫だから小まめにフォローいれてあげてね?-
「うん、わかった。心配しないで……あの子にはもうつらい思いはさせないから」
-そうしてくれると助かるかな~まぁ、君は私だから自分に言っても仕方ないんだけど-
女の子はそう言うと優しい顔つきでバトンタッチを告げる。
-それじゃあ、あの子をお願いね……来世の私-
なのでリーナも笑顔で応じる。
「うん、任されたよ……前世の私」




