SFの世界(5)
幾度かの攻防を経て使い物にならなくなった武器を制圧用警備ドロイドは捨てるとその手に新たに長い棒状の接近戦用の武器を構え、足に取り付けたブースターを使って加速し警護ドロイドTD-66へと迫る。
これに対して警護ドロイドTD-66は両の拳を握りしめ、ファイティングポーズを取って迎え撃つ。
制圧用警備ドロイドはTD-66の目の前まで迫ると長い棒状の接近戦用武器を振るってTD-66の肩を叩き潰そうとする。
しかし、これをTD-66は左手で受け止めると、自身の射程圏内へと一気に引き込んで右の拳を勢いよく突き出す。
その繰り出されたパンチを制圧用警備ドロイドは間一髪回避、武器を手放して足に取り付けたブースターを使ってその場から距離を取る。
『各所の装甲の強度を検証、通常の攻撃での装甲の削ぎ落としは困難と推定。別の手段を検索』
直後、床から新たな武器が射出される。
それは今までの武器と違って腕にドッキングさせるタイプのものであった。
床から射出したそれは制圧用警備ドロイドの周囲をグルグルと回った後、その右腕へとドッキングする。
ドッキングの直前に制圧用警備ドロイドは右手をパージし、そこに大きさはそれなりの武器が取りついた事で右腕の可動範囲は著しく制限されてしまったが、その不利を補うほどの威力が新たにドッキングした武器にはあった。
それは巨大な掘削機であった。
自由断面掘削機。主に鉱山の坑道掘削や地下道の作成などに使用される重機だ。
回転式のボーリングビットによって強固な岩盤を掘削していく、ある意味では最強の解体兵器と言えるだろう。
それを右手に取り付けた制圧用警備ドロイドは、更に床から射出されたロケットブースターを背中に背負うと掘削機を前に突き出して姿勢を低くする。
『これより、暴走個体の装甲を一気に削ぎ落とす』
制圧用警備ドロイドがそう言った直後、ロケットブースターが作動し、目にも止まらぬ速さで制圧用警備ドロイドがTD-66の胸部へと掘削機を叩き込む。
『想定耐久値ヲ遥カニ凌グ負荷……』
TD-66はそう言いながらも、胸部にめりこんだ掘削機を何とか両腕を使って抑え込み、これ以上掘削機が胸部装甲に穴をあけないよう耐え凌ぐ。
そんなTD-66を見てリーナがあわてふためく。
「君!?体をえぐられて!?た、大変!マスターにはやく救援を頼まなきゃ!」
しかし、そんなリーナにTD-66は心配ないと声をかける。
『オ嬢サマ……問題アリマセン……ソレヨリモ……大変危険デス……ワタクシノ後ロカラ絶対ニ飛ビ出サナイデクダサイ』
そうTD-66が言った直後だった。
制圧用警備ドロイドが掘削機を取り付けていない左手を変形させ、可動域を大幅に拡大させるとまるでムチを振るうようにTD-66の頭部へと左手を振るう。
その振るわれた左手はTD-66の頭部を掴むと、その一部分に手のひらの先から何やらドライバーのようなものを突き出して、TD-66の頭部に存在するプラグのようなものに一気に差し込む。
『……!!何ヲスル……ソコニ触レルナ』
『旧式は設計上、どの機体もここに記憶容量媒体と起動装置を納めている。装甲が頑丈で削ぎ落せないならここをピンポイントで破壊すればいい』
言って制圧用警備ドロイドはプラグに差し込んだドライバーのようなものを一気に押し込んでいく。
『止メロ!!……ワタクシノ記憶ヲ……オ嬢サマトノ……大切ナ記憶ヲ……止メロ!!』
TD-66は必死で暴れる。
しかし、制圧用警備ドロイドは右手でまだ掘削機の攻撃を続けている。
これを両手で押されている以上は、制圧用警備ドロイドの左手での頭部への攻撃を妨げる手段はない。
やがて、ドライバーのような何かを差し込まれた頭部から火花が散る。
それを見たリーナは思わず駆け寄ろうとしてしまう。
「君!!」
『オ嬢サマ……イケマセン!』
リーナの行動にTD-66は慌てて制止をかけると、制圧用警備ドロイドの左手を振り払うため全身全霊でヘッドバッキングを行う。
その行為に制圧用警備ドロイドは、耐え切れず左手をTD-66の頭部から離す。
その際、頭部のプラグに刺しこんだドライバーが引き抜かれる際に一部の内部部品を破壊し、ドライバーと一緒に外へと排出してしまった。
果たしてそれは記憶媒体の一部であった。
そして、何が起こったのか、排出されたその一部は眩しい光を発し、TD-66へと駆け寄ろうとしていたリーナとそれを制止しようとしたTD-66それぞれに映像を見せる。
それはTD-66の中に保存されていた記録映像……否、ありし日のリーナとTD-66の記憶だ。
「ねぇ……--------、--------は本----にこの----ま-----の-----かな?」
そう言って麦わら帽子を被ったワンピース姿の幼い少女が振り返って訪ねてくる。
その表情はどこか不安そうであった。
幼い少女の言葉はノイズまみれでまったく聞き取れない。
映像も数秒ごとに途切れたりする。
制圧用警備ドロイドに一部を破壊された事が原因だろうか?
それでも、リーナにはその少女が誰なのか、なぜ不安そうなのかすぐにわかった。
その少女はTD-66にとってかけがえのない大切な存在であり、守るべき対象……
そう、かつてこの世界で生きていた転生前の……前世のリーナだ。
話は少し遡る。
「中古販売店?TDシリーズの古いレア型?一体どういう事だ?」
商談スペースを見て一人納得するケティーに聞くが、しかしケティーはそのままブツブツと独り言を言いながらタブレット端末を取り出して何かを調べだす。
このSF世界ではモニター映像を空中に投影させて操作しているため、ケティーがタブレット端末で調べ物をしている様はえらくアナログに見えてしまうが、今はそういった感想を述べている時ではない。
飛び出していったリーナの元に行かなければ、ロボットがリーナを見て動きを止めたとはいえ、どう考えても危険だ。
なのにケティーは何かに憑りつかれたように必死に調べ物をしだしたのだ。
一体どうしたというのだろう?
そう思っていると、ケティーが一人納得して頷く。
「やっぱり……あれはTD-66。70年前に製造されて、60年前に売りに出された機体ね」
そう言ってケティーはタブレット端末に映し出された資料のようなものを見せてくるが、それを見せられたところで自分には何の事だかさっぱりわからない。
何せこのSF世界の言語も歴史もまるっきり知らないのだから……そんな自分にケティーは説明する。
「それがどうしたって言うんだ?」
「あの商談スペースは中古販売店なんだよ」
「さっきもそう言ってたけど中古販売店ってロボットの?」
「そう、しかも50年以上前の機体……この世界ではメガイノベーション以前って呼ばれてるけど、そう言った機体を取り扱ってる骨董品店みたいね」
「はぁ……なるほど?」
正直、メガイノベーション以前ってのがよくわからないけど、まぁ要するに技術革新でも起きたって事なんだろう……
で、そんな前時代的なものを取り扱うお店からあのロボットは現れたと……つまりどういう事?
「今の時代はロボットは登録制なんだけど、昔はそうではなかったみたいなのね」
「はぁ」
「とはいえ購入登録は届け出ないといけなかったから、役所のデータを漁ればあの機体がどういった経緯を辿ったかはわかるの」
「ほう」
「それによればあのロボット、相当魔改造されてるみたいなのよね」
「へぇ」
「まぁ、初期のTDシリーズはそれが売りだったからそれ自体は不思議じゃないんだけど、あれはその中でもレア型で、製造された数も少なく、購入した人も限定的で、現存してる機体は博物館とメーカーの資料館にある物を除けばあれだけみたい」
「ふーん」
「……川畑くん、さっきから適当な返事しかしてないけど理解してる?」
ケティーにジト目で睨まれ問われたが、ここで無理にわかったフリしても「じゃあどういう事か簡潔に言ってみて?」と言われそうなので素直に答えることにした。
「ごめん、さっぱりわからん」
「……でしょうね」
ケティーは頭を押さえてやれやれといった具合でため息をつくと、簡単に結論を言う。
「ようするに、スクラップにされずに中古販売店に売られたあの機体は、かつての主の記憶を消去されずにシャットダウンされて倉庫に仕舞われてたんだけど、レアだから値段が高価で誰も買わないうちに60年も経ってしまい、今ようやく買い手が現れてじゃあ動作確認もかねて起動して60年前の記憶も消去しようとしたところで、その行為に怒って暴走したって事」
「なるほど!そりゃ60年も眠りについてていきなり起こされた途端記憶を消すぞってなったら暴れるわな」
言って納得した。
まぁ、そんだけ放置されてて電源切ってたとはいえバッテリー死んでなかったの?とか色々疑問はあるけど、素人にはSF世界の常識を説明されてもわからんし、深くは考えないようにしよう。
うん、理系が苦手な文系の自分には専門用語や理屈なんてわからんしな。
ついでに日本では無趣味で世間に無関心だった高校生活を送ってたんだ、サブカル的なSF知識もないし、ここは話を先に進めよう。
「で、じゃあその骨董品のロボットがなんでリーナを見て動きを止めたんだ?」
これは最大の疑問だ。
何せ60年前にロボットを中古販売店に売ったロボットの主やその関係者とリーナに接点なんてあるはずないんだから……
しかし、ケティーの出した結論はそうではなかった。
「実はあのレア型のTD-66を買ったのは大富豪の一家らしいんだけど、60年前にその一家を不幸が襲ってね……だからあのロボットを売ったのはその親族らしいんだ……遺品整理ってやつだね」
言ってケティーはタブレット端末にある一家の家族写真を表示させる。
それを見てもイマイチ、ピンとこなかった。
そんな自分を見てやれやれといった表情を見せたケティーは家族写真の中に写っている一人の少女を指さす。
「この子、どう思う?」
「ん?……どうって言われても」
ケティーが何を言いたいのかわからなかったが、しかしよく見れば写真の少女はリーナと同じ年頃のように思えた。
「まさかケティー、あのロボットがこの子とリーナを見間違ったって思ってるのか?」
それはあまりに無理があるように思えた。
何せ写真の女の子とリーナは誰がどう見てもまったく似てないと言うに決まっている。
それくらい似ても似つかない見た目だったのだ。
しかし、ケティーの考えは見た目という話ではなかった。
「見間違ったんじゃなくて、本人と認識したんじゃないかな?あのロボットは」
「……は?何だそれ?いくら60年間シャットダウンされて放置されてたとはいえ、そこまでロボットってボケるものなのか?」
そう聞くとケティーは首を振って推測を語りだす。
「リーナちゃん、この世界に来てからずっと無口だったじゃない?」
「あぁ、そうだな……まぁ中世欧州の田舎街風の異世界にいたんじゃSF世界に圧倒されても無理ないんじゃ……」
「私も最初はそう思ってたんだけど、でもどこか様子がおかしかったのもこれで頷ける」
言ってケティーはタブレット端末に映し出された家族写真の中の少女をトントンと叩いてこう述べた。
「リーナちゃん、あの子はたぶん転生者だよ。そして前世は間違いなくこの世界の……この子。だからあのロボットはリーナちゃんに反応したんだ」




