次元の狭間の空間にて(2)
「皆さんは……この世界の人間じゃない……?」
リーナにすべてを打ち明けると、リーナはしばらく理解が追いついていないのか、それともどう受け止めたらいいのかわからないのか困惑した表情をしていた。
それは無理もない事だろう。
自分はあの日、ジムクベルトが出現する瞬間を目撃した。
そして、地球人類の文明が崩壊していく様を見た。
結果、神を自称する存在から数多の異世界へと旅する目的と手段を与えられた。
その過程を経験している。
しかし、ジムクベルト出現以前の自分が突然、これから先こんな出来事が起るよ!なんて言われて信じられるだろうか?
実は私、異世界から来た人間なんです!
未来から来た人間なんです!
前世の記憶を持った転生した人間なんです!
そう告白されて「あ、そうなんですね!」と素直に納得する人はまずいないだろう……
大抵は頭がおかしな人や痛い人、関わってはいけない人と思われるに決まっている。
場合によっては「ふざけてるのか?バカにしてるのか?」とキレられるかもしれない。
それが普通の反応だ。
こんな荒唐無稽な話を無条件で受け入れられる者など常識的に考えてありえない。
今までの旅で能力を奪い、殺してきた転生者、転移者、召喚者たちはジムクベルト出現によって地球が壊滅寸前という事実には驚いたり、受け入れられないといった反応を見せたが、自分が異世界渡航者であるという事に関しては驚きはしなかった。
すでに自分達が異世界に転生なり転移なり召喚されたりして別世界というのを体験しているのだ。
どんなに突拍子のない事でも一度経験した事に関してなら人は2度目の驚きはそうしないものなのだ。
だから今まで能力を奪って殺してきた者たちは理解が早かった。
しかしリーナは違う。
いくら魔法が存在する異世界の現地人とはいえ、あまりに常識を逸脱しすぎた話にはついてはいけないだろう。
ところが……
「なるほど、そうだったんですね……だから戦闘中に妙な事言ったり、見た事ないアイテムを出したり使ったりしたんですね。納得です」
リーナは案外簡単に事実を受け入れてしまった。
その事に少し拍子抜けしてしまう。
もっと信じてもらうのに時間がかかると思っていた分、なんとも肩すかしをくらった気分だ。
それはフミコとケティーも同じだったようで、なんとも微妙な表情をしていた。
(まぁ、すぐに受け入れてもらえたなら、それはそれで話は早いから助かるんだけど……なんだろう?そんな簡単にこういう話を信じていいのかリーナちゃん……お兄さん君の将来が少し心配だぞ?)
そう心の中で思うが、リーナはリーナで亜人とのハーフという生い立ちゆえに一般人と同じ常識の感覚を持ち合わせていないのかもしれない。
教会で保護されて教会で育てられたとはいえ、そこでの生活や待遇がどうだったかまではわからないのだ。
真っ当な教育が施されていたかも怪しい。
ともかく、リーナがこちらの事情を理解したのなら気兼ねなくこれからの事を話し合えるだろうと話を元に戻す。
というか、そもそも次元の狭間の空間に連れてきた時点である程度察してはいたのだろう。
なら、もう現地人だからと特定のワードを敬遠して会話する事もない。
「とにかく、リーナちゃんが俺たちの事情をわかったうえで、改めて今後の事を話し合おう」
それから、今後の方針を話し合った。
とりえあず、フミコの傷が完治するまではここからはでない。
その間、異世界と次元の狭間の空間との時間はリンクしないようにカグにしてもらった。
アビリティーユニットをメンテナンスする施設では次元の狭間の空間内の環境や施設を弄る事はできても異世界との時差を調整する事はできない。
いわば、桟橋から異世界へと繋がっている状態では、次元の狭間の空間内の時間も異世界と同調してしまうのだ。
この調整は神を自称する存在のカグにしかできず、不本意ながら頼むことにした。
別段、異世界の時間と同調してても構わないのだが、ギルドとして当日の仕事依頼を受けてしまっている以上、ここに滞在したままでいると発足したばかりの新規ギルドが初仕事をほっぽりだしたと思われかねない。
ギルドのランクをあげることが当面の目標である以上、それは評判の意味でも避けておきたい。
まぁ、ギルドの評判というものがランクアップへの評価にどう繋がるのかわからないのだが……
ともかく、フミコの傷の完治を持ってドルクジルヴァニアに戻りギルドとして受けた仕事へと取りかかろうと言う事になったのだが、再びリーナを狙うギルドが現れるとも限らない……
なにせ今回襲ってきた宗教ギルド<幸運を運ぶ神の鐘復古運動>は壊滅させたが、残党が本当にいないとは断言できないし、ギルドの街ドルクジルヴァニアにあってもやはりハーフを疎む人間やギルドも少なからずいるのだ。
もう襲撃されないという保証はどこにもない。
それに今回戦った自分達とは別の異世界渡航者と思われる連中の足取りもわからない。
そんな状態では安心してギルドとして依頼を受けて仕事をするというのは無理というものだ。
そこで保険をかける事にした。
ギルドの街ドルクジルヴァニアではギルドユニオン傘下のギルドは仕事の大小関係なく、どんな依頼であっても受けたもの、達成したものはユニオンギルドマスターでありドルクジルヴァニア統括市長であるヨランダ=ギル=ドルクジルヴァニアに報告しなければならない。
それがこの悪徳の街でギルド活動する上での絶対に守らなければならないルールなのだが、これを利用してハーフを疎む連中に牽制をかけようと思いついたのだ。
「う~ん……川畑くん、でもこれ本当にうまくいくと思う?」
そう疑問を呈したのはケティーだ。
「それは正直、何とも言えないな……やってみない事には」
確かに懐疑的になるのはわかる。
正直、ヨランダ=ギル=ドルクジルヴァニアという人物が信用に値する人物か?と言われたらNOだろう……
しかし、一方で彼は利用価値があるとわかれば全力で応じてくれるだろうとも思っている。
結局、悪人であれ善人であれ、悪徳の街なんてものを収めている以上は自身の利益になるかならないか、それだけが判断基準なのだ。
そこさえ満たせばなんとかなるはずだ。
後はヨランダ=ギル=ドルクジルヴァニアの発するメッセージを街の住人が、傘下のギルドがどれだけ受け止めるかという話だけだ。
ヨランダ=ギル=ドルクジルヴァニアの言葉に反して、まだ襲撃してくる連中がどれだけいるのか?
この街の全体像、空気感が把握できてない以上は予測はできない。
ヨランダへの恐怖心から従うのか、ヨランダへの信頼から賛同するのか、ヨランダへの不信感、反発心から従わないのか……
これは開けてみないとわからない。
何にせよ、これはフミコの傷が完治してからだ。
だからその前にやっておくべき対策がもう一つ……
それはギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>本部の建物のセキュリティー強化だ。
「これは絶対に必要だろ!そして寝泊まりする場所を次元の狭間の空間にするかドルクジルヴァニア内にするかで強化の内容も変わってくる!」
「確かにそうだね……ドルクジルヴァニアの宿泊施設に1室借りて寝泊まりするのは長期滞在を想定するなら費用面でお薦めできないし、何より観光ギルドと契約しないといけないから契約金でぼったくられる危険がある」
そう言って頷いたのはケティーだ。
さすが商人、そういう費用面から宿泊施設に寝泊まりするのはダメという考えらしい。
とはいえ、費用面も大事だが今は治安面での心配をしているのだが……
こういう考えはいけないのかもしれないが、宿泊施設など警備がザルでいくらでも夜襲を受けそうなイメージがある。
うん、ちゃんと対策しているところもあるのだろうが、どうも警備面で信用できないのだ。
「ま、まぁお金の心配もそうなんだけど……そうだな、だったら尚更宿泊施設に泊まるのは却下なんだからギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>本部の建物内の部屋を寝室に改装する必要がある。すると必然的に建物とその周辺を徹底的に警備する必要性がでてくる!!」
「まぁ、それはそうなんだけどね……問題はその改修費がいくらなのか……」
ケティーがまたしてもお金の話をしだしたのでここは勢いで突き進む事にした。
「確かにそれは大事だ!いくらセキュリティー強化といってもお金がなければ改修などできない……しかしだ!考えてもみろ!また次に襲撃を受けて建物がボロボロになったりしたらどうする!!その都度改修してたらそれこそ洒落にならない出費だぞ!?目の前の額にビビって安い方に傾いたら結果的にトータルでみたらそっちのほうが出費が多くて損してる事になるんだぞ!?その場限りの額を見るな!!大局を見るんだ!!長期的視野を持つんだ!!」
そう大きな声で力説すると、フミコとリーナが「なんだかよくわからないけどすごい!」と拍手をしてくれた。
うんうん、2人には響いたようだ。
しかし、商人のケティーは呆れた顔をしていた。
「まぁ、言いたいことはわかるよ。うん、その通りだね。初期投資は大事だよ?」
「だろ?」
「……で、その費用はどこから捻出するの?」
冷静に質問された。
「あーーーーーーー!!!!もーーーーーーー!!!!日本にいた頃は時給が最低賃金だったところでバイトしてただけの平凡な一般家庭でただの男子高校生だった自分に大金なんてあるわけないですよーーーーーー!!!!今自分が持ってるお金だって、日本にいた時の全財産そのまま引き継ぎだし!!ポイントと紐付けで残高増えるよってカグに言われたけどポイントの意味わかんないし、そもそもそんな増えてないし!!あーーーーーー!!!!誰か金くれ金ーーーーーー!!!!」
つい頭を抱えて叫んでしまった。
これは心の叫びなんだから仕方がない。
世の中、異世界に行こうが金がいるんだ……金がなきゃ何もできないんだ!
くそ!!金が欲しい!!今すぐまとまった金が!!
そんな自分の反応を見てケティーが笑いをこらえきれなくなったとばかりに腹を抱えて笑い出す。
「ぷぷぷ……あーーーはっはっはっは!!ほんと川畑くん反応面白すぎ!!期待通りで笑っちゃうよ!!」
「……期待通りで悪かったな」
「あー、お腹痛い……まぁまぁ怒らないで、川畑くんがお金そんなに持ってないことくらいわかってるから!だから当てがあるの?って聞いたんだし」
笑いすぎて涙を拭きながら言うケティーは一旦落ち着いて息を整えると本題に移る。
「まぁ、建物の改修には賛成だよ?寝泊まりは私と川畑くんにフミコはこの次元の狭間の空間に戻ってくればいいと思うけどリーナちゃんはあの建物のほうがいいと思うし。そうすると1人建物に残すわけになるんだから警備は必要だと思う」
ケティーの言葉を聞いてリーナは一瞬「え?1人だけ置き去りにされる?」と不安な表情となる。
そんなリーナにケティーは一言「心配しなくて大丈夫だよ」と言うと話を続ける。
「でも、川畑くんの持ってるお金じゃ警備を強化する改装なんて不可能だろうし、それじゃセキュリティー強化なんて夢のまだ夢でしょ?」
「じゃあ諦めろと?」
そう聞くとケティーはニターと笑う。
「そうは言ってないよ?強化は必要だもん。まぁ、どんなセキュリティー強化策を講じるかにもよるけどね……だからその費用は私が肩代わりしてあげる」
「え?いいのか?」
「何言ってるの!私だってギルドの一員で一緒に異世界でしばらく行動を共にするんだから、その活動拠点がガバガバなザル警備の建物なんて怖くてやってられないわよ!だから改修費用は出してあげる」
「まじかよ!!」
思わず喜びの声をあげるが、直後その場が戦場になる言葉が放たれる。
「でも無償で費用負担するわけじゃないからね?ちゃんと埋め合わせはしてもらうよ?そーだな……今度またデートしてよ!川畑くんは行った事ない異世界なんだけど、エルフが作った国で水と滝の街ってのがあってそこがロマンチックでさー!恋人の回廊とかいうのがあってー」
ケティーが笑顔で言った直後、石の短剣がケティーの顔の横を高速で通り過ぎていった。
石の短剣を投げ放ったのは言うまでもない、ベットに腰掛けているフミコだ。
「おい、いい加減にしろよケティー」
「……いい加減にするのはそっちじゃないフミコ?傷が完治してない怪我人が病室で短剣なんか投げてんじゃねーぞ?」
「え?ちょっとフミコお姉ちゃん、ケティーお姉ちゃん落ち着いて!!」
慌てふためくリーナを余所にフミコとケティーの喧嘩が始まってしまった。
どうすっかなーこれ……




