フミコのいない光景
突然の事にフミコは混乱してしまう。
無理もない、ついさきほどまで7人のザフラと戦闘していたのだ。
それが突然見た事もない風景が広がる丘の上に立っている。
一体ここはどこだろうか?
というか何故自分はここにいるのだろうか?
数秒前までの戦闘はどうなったのだろうか?
「一体……何がどうなってるの?」
困惑するフミコはまず自分の体を異変がないか手であちこち弄る。
すると妙な事に肩や左腕に右足の怪我が治っていた。
服の袖も傷口を縛って結ぶため引きちぎったはずだが元に戻っている。
「十中八九、これは相手からの何かしらの攻撃を受けた結果なんだろうけど……ひょっとして別の異世界に飛ばされた?」
そう考えて即座に否定する。
仮にそうだった場合、怪我が治っており服も元通りになっている説明がつかない。
耳に手を当ててみればインカムもなくなっている。
「通信もできない、か……とりあえず周辺を散策して何か手がかりを探さないといけないかな?」
そう思ってフミコが一歩踏み出そうとした時だった。
見た事もない風景が広がる丘、その先端に1人の少年が立っていた。
その姿にフミコはドキっとしてしまう。
(なんで? どうして? だって今も屋根の上で死体と戦ってるはずじゃ……)
そんな疑問も浮かぶが、それ以上に心細かった気持ちが一気に吹き飛んでしまう。
だから些細な事は気にならなくなった。
細かい事はどうでもいい、今はただ傍にいてくれるだけで嬉しい。
そう思ってフミコは声をかける。
「かい君!!」
呼ばれたカイトは笑顔で振り返る。
その笑顔を見てフミコは顔が緩むのを止められなかった。
(あ~も~かっこいいなかい君は!)
そう思って小走りでカイトの元へと向かう。
「かい君! 一体これどうなったんだろ? 突然こんな場所に……」
そこまで言ってフミコは言葉に詰まった。
信じられないと言った表情でその場に立ち止まってしまう。
「……え?」
カイトは確かにフミコの呼びかけに応じるように振り返った。
そして笑顔で手を振ってフミコの方へと歩いてきた。
少なくとも最初はそう思っていた。でも……カイトはフミコよりも後ろの誰かを見て手を振っているのだ。
そしてフミコに反応する事なく、無視して横を通り過ぎる。
「うそ……なんで?」
カイトに無視されたフミコはこの世の終わりといった表情でその場に固まっていたが、やがて背後からカイトの声が聞こえてくる。
「遅かったじゃないか、ザフラ」
「…………は?」
振り返るとカイトが歩いて行った先には1人の少女が立っていた。
照れくさそうに髪と耳に首を覆ったヘッドスカーフを弄っており、頬を染めて上目使いでカイトを見つめている。
「ごめんなさい、ちょっと手間取っちゃって……それより、どうかな?」
「うん、似合ってるじゃん新しいそのヘジャブ。やっぱ全身を覆うベールよりそっちのほうがいいよ!」
「そう面と向かって言ってもらえるとなんだか照れちゃいますね……あの、ありがとうございます。カイトさん」
そう言ってヘジャブをした女性はカイトにペコリと頭を下げる。
「いいって! 気にする事ないよ仲間じゃないか!」
「……はい、そうですよね!」
カイトに言われて頭を上げた少女は満面の笑みを浮かべていた。
しかし、その素顔はどこかあやふやで、はっきりと印象に残らなかった。
何かモザイクがかかっているような、そんなイメージである。
しかし、フミコにとってそれはどうでもいい。
今問題なのはカイトが自分を無視して知らない女へと声をかけ親しくしている事だ。
誰だこの女?
「ちょっと!! かい君いい加減にしてよ!! その女誰!?」
フミコは怒り心頭でカイトへと詰め寄るが……
「……え?」
どういうわけか、手を伸ばしてもカイトを掴む事ができなかった。
「……何? どういう事?」
再度手を伸ばしてみるが、やはりカイトを掴む事ができない。
それどころかカイトの体をすり抜けてしまう。
「どうなってるの?」
フミコは混乱して思考が定まらなくなってしまった。
大好きな人が目の前にいるのに触れられない。相手にしてもらえない。
まるで自分など視界に入っていないように振る舞われる。
それどころか自分が知らない女と仲良くしている。
苦痛であった……
「ねぇ! かい君!! 冗談はやめてよ!! ねぇ!!」
どれだけ至近で大声で叫んでもカイトには届かなかった。
知らない女との間に立って視界を塞いでも、こちらの存在を無視してカイトと知らない女は話を続ける。
ここには自分達以外誰もいないといった様子で……
「カイトさん、今回の異世界ですけど……ゲームの世界なんですよね?」
「んーそういう事らしいけど、実際どうなんだろ? 異世界の風景や歴史がゲームの世界観とそっくりそのままなんてありえるのかな?」
そう言って悩むカイトにヘジャブをした女性はポケットからタブレット端末を取り出して何かを確認する。
「世界初のVRMMO『ベストエバー・ファンタジー・オンライン』日本をはじめ世界中で大人気のこのゲームでサービス開始当初からトップランカーとして名を馳せていた廃課金プレイヤーがある日ゲームからサインアウトできなくなりVR世界に閉じ込められるが、それはゲーム空間などではなく、ゲームの世界とそっくりな異世界で、ゲームでのステータスがそのまま異世界でも引き継がれており、チート状態となっている……って事ですけど」
「もらったヒントがそれだけじゃなんとも言えないよな……まぁ、そんなチート野郎がいるなら街でも話題になってるだろうから街に行けばいいんだろうけど……街はどこだよ?」
そう言ってため息をつくカイトを見てヘジャブをした女性は軽く笑う。
「カイトさん、日本にいた時は高校生だったんですよね? 日本の男子高校生はみんなこういうゲームを楽しんでるものじゃないんですか?」
「……ザフラ、一体君は日本の男子高校生を何だと思ってるんだ? どんな偏見だよそれ!」
「違うんですか?」
「違うよ! というか俺たちのいた世界じゃまだVRMMOは実現してないよ! それに……確かに日本の男子高校生は携帯端末機だったりスマホで何かしらのソシャゲは永遠やってるかもしれないけど……誰もがみんなゲームやってたり詳しいわけじゃないぞ? むしろソシャゲのような手軽さがないと食いつかないと思うよ? こういうゲームはむしろアメリカとか中国とか韓国が好んでやるんじゃないかな?」
そうカイトが言うとヘジャブをした女性は困った表情をした。
「そうなんですか……ごめんなさい。わたしは育った環境が最悪だったから、ゲームというものに触れる機会なんてなかったですから……」
そういうヘジャブをした女性を見てカイトはしまったといった表情になる。
「あ……ごめんザフラ、つらい事思い出させちゃったな」
「いえ、いいんです。今はカイトさんと旅ができて毎日が楽しいですから!」
そう言って笑うヘジャブをした女性を見てカイトは何かを思いついたような表情になると彼女の手を掴んだ。
「あの、カイトさん?」
「ゲームをした事がないなら今からしよう」
「……はい?」
カイトの提案にヘジャブをした女性は戸惑っていたが、カイトは言葉を続ける。
「ちょうど今回の異世界はおあつらえ向きじゃないか! 今この瞬間から今回の異世界は異世界と思わずヒントにあった通りVRMMOの「ベストエバー・ファンタジー・オンライン」のゲーム内と思うようにしよう! だから今からするのはゲームの探索。VRMMOも仮想現実のフォールドを自分の足で歩くんだ。これってゲームしているのと同じだろ? ザフラ、今から一緒にゲームで遊ぼうぜ!」
そう言って笑ってみせるカイトを見てヘジャブをした女性も満面の笑みで答える。
「はい! ゲーム楽しみましょう!!」
そうして2人は丘を下って壮大なフィールドの探索へと向かう。
その様子をフミコは信じられないといった表情で見ていた。
「うそだよ……こんなの」
その後もフミコは永遠と見せつけられる……
カイトとヘジャブをした女性の2人の異世界渡航紀を……
時には無能な村人に転生したと思っていたが万能スキルを持っていて人生逆転劇をはじめた異世界転生者に2人して挑んだり。
時には最弱モンスターのスライムに転生してしまったが、どういうわけかチート性能を発揮してハーレムを築いた異世界転生者とドタバタしたり。
時には転生して表舞台に出ずただ弱い魔物だけを狩ってひっそりとスローライフを送ってたら最強の賢者になっていた異世界転生者と言い争ったり。
時には集団で異世界転移したのに1人だけ無能なスキルを引いて集団から追い出されたけど、実はみんなが知らなかっただけで世界最強のスキルだったから、世界最強になり、それに気付いた集団から戻ってこいと言われたが今更遅いと断って悠々自適に最強ハーレムライフを送っていた異世界転移者に2人して挑んだり。
時には貴族令嬢に転生したけど、姉妹の謀略で婚約者も横取りされ、親友からも裏切られ没落したから仕方なく人間見限って魔族の元にいって投降したらなぜか魔王に見初められて魔王の妃になったので魔王を従わせて人間社会への復讐開始しましたって異世界転生者と戦ったり。
時には夫婦で異世界に転生したけどなぜか奥さんはホビットに転生し夫はイケメン貴族に転生して現地の貴族令嬢にモテまくってハーレム作って、結果ホビット転生奥さんは捨てられてしまったので、見返してやろうとホビット転生奥さんはレアスキルを使ってエルフのイケメンやドワーフのイケメンや有翼人のイケメンや人間の職人のイケメンたちやイケメン天使を従わせて逆ハーレムを作ったホビット奥さんと争ったり……
時には問題を起こして軍を除隊させられて、やさぐれていた元海兵隊員がある日目の前に現れたゲートをくぐった先に広がる世界で海兵隊時代に鍛えられた筋肉で悪と戦い、モテモテハーレムを築いていた異世界転移者とCQCバトルをしたり……
「やめて……もう見たくない……」
フミコがどれだけ目をつぶったり、目を背けても何も変わらない……
2人の旅は続く……
「お願いだから……気付いてよかい君……」
そんな声は届かない……フミコが目に前にいようと2人は楽しく会話を続ける。
楽しく旅を続ける。
力を合わせ、異世界転生者、転移者、召喚者と戦っていく。
そして……
「ねぇ、カイトさん……」
「ん? どうしたザフラ?」
「わたし、カイトさんの事……」
そう言ってヘジャブをした女性が色っぽく頬を赤く染めて熱っぽい視線をカイトに向ける。
そして顔をカイトに近づけていく。
カイトも拒まずヘジャブをした女性の肩に手を回して彼女を抱き寄せる。
そして2人の顔が今にも交わうというくらいまで近づく。
この後に何が起るのか、誰が見てもわかるだろう……
フミコにはもう耐えられなかった。
「やめてかい君!! あたし以外とそんな事しないで!! あたしを無視しないで!! それはあたしじゃないよ!! 気付いてよ!!」
そう叫んだ直後、フミコは背後に気配を感じる。
ゾクっとするほどの寒気を感じた。
「そうだよね? つらいよね? 苦しいよね? 自分を無視して他の誰かと彼が楽しくしてるのをただ見てるだけっていうのは……それに干渉できないっていうのは……でもね、それをわたしはずっと見せられて来たんだよ? ずっとこんな思いをしてきたんだよ? わかってもらえたかな? わたしの気持ちが? 本来なら自分がいるべき場所に他の誰かが居座っている悔しさが理解してもらえたかな? 簒奪者?」
背後から聞こえるその言葉にフミコはゾッとしてしまう。
そして恐る恐る振り返る。
「あなた……誰?」
「ザフラだよ、簒奪者」
フミコは枝剣を振るい6匹の緑色の大蛇を放って6人のザフラを倒したが、そこでフミコの様子がおかしくなった。
まるで意識が遠のいていってるのか、フラフラとしだしたのだ。
誰の目から見ても隙だらけの状態となる。
それを見て残った最後の1人であり、6人のザフラを呼び出した張本人のザフラが動く。
クファンジャルを再び左手の籠手に突き刺しハムサを斬り落とす。
『スラッシュ』
地面に落ちたハムサから音声が轟き、ザフラの体に呪いが降りかかる。
しかし、その呪いは凝縮してクファンジャルの刃に収束し、巨大な呪力の刃となる。
それを素早く振るって構えるとザフラは一気にフラフラしているフミコへと斬りかかっていく。
「さぁ死に晒せ簒奪者ぁぁぁぁぁぁ!!!!! はらわた斬り裂いてやるぜぇぇぇぇぇ!!!!!」
無抵抗なフミコへと呪力の刃が振り下ろされた。




