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私の周りで咲いた花  作者: 一了
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5

冷めてしまったホットチョコレートを飲む。うん、おいしい。だが、しかしこれをホットチョコレートと呼んでいいのだろうか。

「それで、この本はどちらで買われたのですか?」


件の本をテーブルの真ん中に置き、見つめる。どこでと言われましても

「都内の本屋さんです。実は引っ越しのために別の県からやってきたばかりで、目についた本屋さんで購入したので場所がよくわからないんです。」


というか降りる駅を間違えてフラフラしてたときに飛び込んだからなんだけど。


「でも大き目の本屋さんでしたよ。二階建てでした。」

「そうなんですね。引っ越し先はこの辺りなのですか?」

「それは…」


こうなってしまっては仕方がない。信じてもらえるか怪しいが、家がなかったこと、人に聞こうとしても誰もいなかったこと、るりちゃんと握手をしてから急に人が増えたこと。それらを一つずつ説明する。スマホの地図で住むはずだった家の住所を見せる。


「確かこの辺りは半年前にご年配の大家さんが、田舎へ引っ越されるとかでアパートは取り壊されたはずです。」


私が内見したのは三か月くらい前だった気がするんだけども。化かされた的なやつだろうか。


「もしかしたらましろさんは別の世界から来たのではないですか?」


おっとぉ、急に妙な話になってきたぞ。


「別の世界というと異世界みたいなところから、ということでしょうか。」

「それよりも並行世界といったほうがより近いかもしれません。」


いやいやいや


「パラレルワールドというやつですか。服装や言語、日付は私の知っているものと変わりませんので、異世界よりは納得できますね。でも、特にきっかけなどは身に覚えがありません。」


物語のセオリーともいえる交通事故や病気、妙な光に身を包まれるといったことはなかった。それでも妙な話は終わらない。


「恐らくしろさんは間に迷い込んだのだと思います。ここからの最寄り駅は商店街沿いにあるので昼間でも人の通りがなくなることはよっぽど天気が悪かったりしないかぎりあまりありません。しろさんが人を見かけなくなったのはどのあたりからですか?」


問われて思い出してみる。駅の改札を出て、階段を上って、住所をスマホで調べて、それで、それから…?そうだ、違和感があったんだ。駅前にはコンビニやドラッグストアがあったのに閑古鳥が鳴いていて、店員さんも見かけることはなかった。昼間とはいえど今日は休日だ。そこからおかしかったんだ。なのにどうして——


「そしてるりと出会い、手を握ったことでこちらと縁が繋がった。だから急に人が現れたように思ったのでしょう。るり、今日は公園に行ったとき誰も人はいませんでしたか?」

「ううん、いたよ。おにいさんたちがボールなげてたよ。」


私が公園に行ったときは誰もいなかった。もしかして本当に——そして思い出す。るりちゃんの手をとった瞬間、何かが淡く揺れる感覚。あれは、


「誰の姿もなかった間で何故この子だけ見えたのかはわかりません。でもこちらに来たきっかけと呼ぶものは間違いなく…この子でしょう。」


その言葉で大人たちの視線がるりちゃんに集中してしまい、それに驚いたのか少し体を震わせる。


「るり、いけないことしちゃった…?」


不安そうに呟く。違う、そうじゃなくて、私、私は


「いけないことなんてるりちゃんは何もしてないよ。」


そう告げて私は暖かく小さな手を、今度は自分からとる。


「実はね、私は少し迷子になってたんだ。だからるりちゃんに会ってよかったなってお話してたんだよ。」

「えー!おねえちゃんまいごになっちゃたの?」

「うん。でも、るりちゃんと一緒に四つ葉のクローバーを探して、そのうちの一つをもらえてすごくラッキーだなって。」


それに大切な言葉も。えへへ~と嬉しそうにるりちゃんは笑う。この子は笑顔がよく似合う。


しかし、パラレルワールドか。真っ先に思い浮かぶのはお金のことだ。自販機で飲み物を買うことが出来たならお金は同じなのかもしれない。不用心だが現金で家具家電を買えるよう30万程現金が手元にある。だが、その後は?銀行から残りのお金を引き出せるとは思えない。家もなければ就職先もないというのは詰んでいる。そもそも住むはずだった家を解約は元の世界では誰がするのだろう。学生時代に借りた奨学金の返済は?返すつもりで借りたのにこの様だ。この世界には私の身分を証明するものが何もない。保険は、年金は、


「そちらの世界ではどうかわかりませんが、こちらの世界では稀に他の世界線からくる方もいました。」


その言葉に驚き、視線を戻す。


「中には異世界からいらっしゃった方もいると聞いたことがあります。そのため、この世界ではそういった方のための制度があります。なので生活には問題ないでしょう。」


それを聞き、安心する。とりあえず生きることはできそうだ。


「でも…、元の世界に戻られた方の話は聞いたことがありません。もしかしたら、元の世界の大切な者とは——」

こんなことを他人である私に教えても何の利益にもならないだろうに、それでも告げるなんて強くて、誠実で何より優しい人なんだろう。……大切なモノ?物?そこまで考えるとあることを思い出し、体から血の気が引く。震えが止まらない。


もう二度と戻れないということは、もしかして——もう二度と私の宝とも心臓とも言える物、すなわち本や漫画を手にすることが出来ないのではないだろうか!


えっ、ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待っていやあれ集めるのにどんだけ努力したと思ってんだある時は食費を削りある時は早起きして開店と同時に数年ぶりに発売された続編を買いおはようからおやすみまでそばにいてくれた本と漫画を諦めろと?無理無理無理無理えっアニメはどうなるむりしんどいいきができないおさきまっくらさような


「ましろさん!」


気が付くと目の前にレンさんの顔があり、私の両手を握っていた。何か考えていたような気がするけどなんだったかな。この顔スカート似合いそうとかかな。そんな気がしてきた。うん、髪ちょっと長めだしもうちょっと伸びたら結べるな。いや今でもいけるか?


「ましろさん、今日はもう休みましょう。部屋に案内するから。いいですよね?」

「ええ、もちろん構いません。すみません急ぎすぎました。ましろさん、今はゆっくり休んでくださいね。」

何故かこの家に泊まる流れになってる。なんで?


「いえ、そこまでお世話になるわけにはいきません。」

「えーおねえちゃんお家ないんでしょ?泊まってよー。それでね、あしたの朝になったらいっしょにあそぼ!」


レンさんに掴まれた両手の上にるりちゃんの手がのせられる。ぽかぽかだ。思わずあぁ、うん。と気が抜けたような返事をしてしまった。


「決まりですね。案内するから、行こう。」

そう言うとレンさんが立ち上がったが手を離してくれないので、そのまま部屋に連れていかれることになった。そのままリビングを後にしたため、皆がどんな顔をしているか私は見ることがなかった。



気が付くと見知らぬ部屋についていた。また世界をトラベルしちゃったのかな!?


「荷物はここに置いておきますね。トイレはこの部屋を出て左に進んで突き当りにあります。この部屋の中のものは好きに使ってください。」


違った。移動しているあいだボーっとしすぎたらしい。反省反省。


「わざわざすみません、ありがとうございます。一晩お世話になりますがご迷惑にならないよう気をつけますので、よろしくお願い致します。」


頭を上げるとレンさんが微妙な顔をしていた。なんでや。

「それじゃあ、わからないことがあったらいつでも呼んでください。向かい側の部屋にいるので。」


向かいの部屋の迷惑にならないようにしないといけないってことか。


「ゆっくり休んでください。おやすみ。」


そうして部屋に一人になったが寝る時間にしては早すぎる。そもそも今は眠くない。なのでさっきの続きを考える。


荷物を引っ越し業者に預けたままだからそのうち私の本と漫画は処理されてしまうかもしれない。私が受け取れない以上それは仕方がないのかもしれないといえなくもない。だが問題は捨てられる際に段ボールを開けられてしまうかもしれないということだ。段ボールの半分以上が本と漫画なのだ。見られたくない。しかも!!私の漫画の中には可愛い女の子同士がキャッキャッイチャイチャしているものがある。別にそういう趣味というわけではなく、二次元だからこそ光るものがあるというかとにかくちがう。この気持ちをどう元の世界に届ければいいんだろう…あっ!?薄い本が一冊あった!!!違うから!あれはベーコンでレタスなモノではないから!ただちょっと腐人の方たちに人気の作品があって、でもその一冊はほのぼの友情というか家族というか、そういうモノだから!勘違いしないでよね!!薄いからといって全てが発酵しているものだとは限らないのに。伝われこの思い…!!


いや荷物が今日会うはずだった親戚こと我が兄に届けられれば万事解決だ。なんとなく兄弟間なら見られてもセーフだ。そんな気がする。昼間に送ったメッセージに既読はついていない。もしかしたら届いていないのかもしれないな。電話は苦手だが、仕方がない。電話をかけてみたがコール音が数回鳴った後、突然ぶつりと切れる。なるほど。電話をかける、切れる、かける、きれる、かける、かける、かける———。もしかしたら夜中とかに繋がるかもしれない。部屋の充電器を借りる。自由に使っていいって言ってたからいいだろう。頼む繋がれ!それか今だけ都合よく我が身に不思議な力とか宿れ!もしくは目覚めろ!私の社会的地位よ失われることなかれ——!そうしていつの間にか夜は更けていった。

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