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しかし、四つ葉のクローバーか。周りを見渡すと日当たりはいいが、この辺りは人があまり通らない端のほうだ。時期的にも四つ葉になるのは早すぎる。確か小学校の理科の授業の雑談で、多くの四つ葉は小さな三つ葉が踏みつけられたりして傷つくことで葉が分裂して増えるのだと聞いた覚えがある。この場でいうのは面白くないから言わないけれど。
「ここのあたりは少し狭いね。向こうのほうを探してみない?」
とりあえず日当たりがよく、普段は人通りの多そうなあたりで探すことを提案してみる。
「でも、ボールで遊んでいる子たちのじゃまになっちゃう…」
そう言われて周りを見渡すとサッカーをして遊んでいる子どもが数人いる。いつの間にいたんだろう?首をかしげる。私がるりちゃんに見惚れている間だろうか。それはそうとして、るりちゃんよりも年上の男の子が勢いよくボールを蹴っているのはちょっと怖いのかもしれない。
「大丈夫だよ。公園でサッカーをすることが自由なように、四つ葉のクローバーも自由に探していいんだよ。もしボールがとんできても私がるりちゃんを守るよ。」
少し間をおいてこくりと頷く。手や服の汚れからみて、このあたりはだいたい探してしまっていたのだろう。
二人で移動して眼鏡をかけしゃがもうとすると———見つけてしまった、四つ葉のクローバーを二つも。これはあまり私が見つけても意味がなぁ…
「私はそっちのほうを探すから、るりちゃんはこのあたりをお願いするね!」
とりあえず場所を換わることにした。
「ところでどうして四つ葉のクローバーを探しているのか聞いてもいいかな?」
「んー、あのねるり、お兄ちゃんとケンカしちゃったの。だから‘‘なかなおりのわいろ‘‘にするの。」
誰だ天使に賄賂とかいう単語を教えたやつ。
話をまとめると4月から小学校に入学するるりちゃんは、同じクラスになる予定のお友達の家に一人で遊びに行きたいと言い、それをお兄さんが相手の家が遠いという理由で反対したらしい。まあよく知らない相手の家にこんな可愛い小さな子を一人で行かせるのは不安だろう。しかしるりちゃんはもう一年生になるのに心配のしすぎだとぷりぷりしている。
「だからね、ケンカしちゃったとき、足のこゆびいっぱいぶつけちゃえ!って言っちゃたの。でもお兄ちゃんが痛くするのイヤだなっておもったの。だからホントはいいことたくさんありますようにって四つ葉のクローバーをあげるの。」
それから続けて小声で大事なことを打ち明けるかのようにこっそりと、四つ葉には幸せって意味があるんだよ、と言った。
おそらく花言葉のことだろう。確かに幸福という言葉もあるが、私のものになってという意味や復讐という言葉もあったと思うけど…いいか。
「あったーー!!」
そんなことを考えているうちに見つかったらしい。
「おねえちゃん見て、二つも見つけたよ!すごい!いっぱいしあわせになれちゃうね!!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて全身で嬉しいと表現している姿を見ていると、私も嬉しくなってくる。
「よかったね。大事なお兄さんと早く仲直りできるといいね。」
「うん!あのね、それでね…はいどーぞ!」
小さな手に握られた四つ葉を一つ私に差し出してくる。
「これはるりちゃんが見つけた、」
「だからおねえちゃんにあげるの!おねえちゃんと探したからすぐに見つかったんだよ。それまでぜーんぜん見つからなかったんだもん。ありがとう!おねえちゃんにもしあわせがいっぱいありますように!!」
それを聞いて思わず両手で受け取ってしまった。
「ありがとう。すごく、すごく大事にするよ」
家宝にせねば。
さてと。家を探すために大荷物をもう一度抱える。寝たわけでもないのに、少し疲れが取れた気がする。
「おねえちゃん、おうちここの近くなの?」
「うん、そうだよ。」
多分、きっと、おそらく。そうでなければ困る。というかあまり詳しく聞かれると道がわからないことがばれてしまう。私は迷子ではありません。
「るりちゃんは?」
「るりもすぐそこのおうちだよ!おねえちゃん、あそびにきて。ね、いいでしょ?」
気が緩んでいるのか敬語がなくなり、上目遣いでたずねてくる。反則的な可愛さだ。
「ふふっ、うん、そうだねぇ。」
「ぜったいきてね!約束だよっ」
そのとき、約束だと言った拍子にピョンと跳ねたるりちゃんが、木の根っこに足を引っかけて転んでしまった!
「る、るりちゃん!!」
慌てて近づき体を起こす。見たところ膝をすりむいてしまったらしい。るりちゃんはポカンとした顔をしていたが、自分の膝をみるとくしゃりと顔を歪めてしまった。これは実際に怪我をしたところを見ると余計に痛く感じるやつだ。みるみる青い瞳に涙がたまっていく。
「痛いね。でもこのままだとばい菌が入ってよくないから、ちょっと綺麗にしようか」
そう声をかけると、唇をかみしめたままこくりと頷く。
とりあえず公園の水道のところで傷口周りの砂を洗い流し、洗濯してからまだ一度も使ってないハンカチを膝に巻き付ける。持ってて良かったハンカチ予備!怪我がショックだったのかすっかり落ち込んでしまった。
「このままだと辛いね。私がるりちゃんの家までおんぶするから、道案内お願いしてもいいかな?」
「でも、おもくなっちゃうよ?」
私の抱えている荷物を見比べながらつぶやく。
「大丈夫!こう見えても私は力持ちなんだー。」
しゃがんではい、と背中を向けるとそっと遠慮がちに手を乗せる。そのままよいしょっと立ち上がる。
「わぁぁ!ホントだーおねえちゃん力持ちだ!」
機嫌が良くなったのか、すっかり楽しそうな声が聞こえてくる。
「それじゃあ、道案内お願いしまーす。るりちゃんのお家はどっちかなー?」
「あっちー!」
手で示されたほうへ歩き始める。背中は暖かく後ろから楽しそうな笑い声が降ってくる。くすぐられているわけでもないのに、どこかくすぐったい気がする。何故だろう。