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私の周りで咲いた花  作者: 一了
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次の日、なんとか溜飲を下げた夫も連れて登園する。私だって体調が悪い日があるんだからちゃんと送迎を覚えてもらわなきゃ。前は登園に必要な物を玄関に忘れたり、降園時に持ち帰る洗濯物なんかを忘れてて大変だったんだから。


「あっくん、おはよう。今日はパパとママと一緒なんだね。」


マスク越しに微笑んだだろうましろ先生を見て、夫がポカンとした表情になる。もしかして息子は夫と好みが似てる?


「えっ、あっ新しい先生ですか?」

「そうですね。今月からこちらに勤務しております、ましろです。よろしくお願いします。」

「そうなんですか~。杏里の父です。よろしくお願いします~。」


        怒


語尾を無駄に伸ばすな。デレデレするな。ましろ先生は夫の挨拶が終わるとすぐに目線を息子や他の子ども達に向ける。


先生は他の職員の人達より子ども関係以外であんまり大人とは喋っているところを見ない。興味もほとんどなさそう。視線は何かを落ちついて観察しているような冷静なもので、保護者間でも最近評判のぶれない態度に安心する。夫、鼻の下を伸ばしても無駄になるだけだぞ。


そんなことを考えていると、最近お決まりのましろ先生の膝の上での体温測定が始まった。


「えっ!」


夫の口から驚いた声があがる。そうでしょうね。それを聞いてこちらをちらりと見たましろ先生に慌てて説明をする。落ち着いて。


「あれっ、いや今まで僕らが測らないと大泣きしていたものですから···」

「そうなんですね。最近は自分から測って貰いに来るようになりましたよ。」

「そうなんですか···」


この前私が同じ話しをしたはずなのに、どうして初めて聞きましたって顔をしてるのかしら。


「いや〜、杏里はなかなか喋らないうえにかなりの人見知りですからね。ちょっと驚いてしまいました。」


その人見知りの息子が保育園で頑張ってるんだからもっと積極的に送り迎えしてくれるようにならないかな。


「確かにあっくんは慎重派ですよね。石橋を叩きまくるタイプのような。でも、お話しをするのも慎重になってるようですが、こちらが話した内容に対しては良く理解していますよね。」

「えっ、そ」「そうなんです〜!!」


理解者の出現に思わず夫の言葉を遮ってしまった。そうなの!息子は喋らないけどこっちの話しはちゃんとわかってるのよ!


「ですよね。こちらの質問にも頷いたりしてちゃんと答えてくれますので。例えばお家ではよく読み聞かせをされますよね。」


えっ!それをどうして。


「あっくん、ここ数日は自分から絵本を読んでほしいとアピールするようになったのですが、お家で読んだことがある絵本の文章を読み間違えると指をさして内容が違うって教えてくれるんですよ」


そう言ってましろ先生がいくつか挙げた絵本の題名は確かに私が読み聞かせたことがあるものだった。


「特にあっくんママが読み聞かせをされているんですよね。だからあっくん、絵本が大好きなんですね。」


それを聞いて涙が出そうになった。今までやってきたことは無駄じゃなかったんだ。「ちなみに園ではこれがお気に入りです」と教えてもらった絵本は絶対に買うことにする。


「この調子だとそのうちお話ししても大丈夫だと思ってくれたら、お喋りも出来るようになりそうですよね。」

「はあ、そうですか。」


夫のピンとこないというような返事も気にならない。うちの子をわかってくれる人がちゃんと居てくれた。クラスの他の子と比べることもなく、息子のこれからを明るいものだと考えてくれている。これだけでどうしようもない不安が溶けていくようだった。自分でも息子を甘やかしていたんじゃないかとか、発達に問題が?とか考え過ぎてたのかも。


これからは発達を気にかけながらも、まず息子が話しやすいような雰囲気であるようにしていきたいな。


そんなことを考えながら、ニコニコと笑う息子に見送られ、保育園を後にする。駅まで歩くまでに夫が話しかけてくる。


「なんか、杏里は結構強くなってるんだな。前はあんなに泣いてたのに。」

「強くっていうよりもやっと保育園に慣れてきたんだと思う。あとはやっぱり『ましろ先生』。」


被ったセリフにプッと吹き出してしまう。こんな風に一緒に笑い合うのがなんだか久しぶりに感じる。


「いい先生っぽいよな。」

「若いし新しい先生だけど、保護者の間でも一部からは人気があるのよ。あと貴方、先生を見て照れてたでしょ。」

「いや、だって結構可愛いっぽくない?なんか焦るわ。」

「眼鏡とマスクしてないところ見たことあるけど、可愛いわよ。」

「やっぱり〜。」


軽口を叩いていると、ふと夫が表情を改める。


「それと先生が言ってた本の読み聞かせ、いつもありがとうな。」


どうしよう、泣きそう。メイクが崩れちゃう。これから仕事なのに。


「杏里はちゃんと成長してる。オレ、勝手に姉さんのとこの子と比べて焦ってたけど、杏里は杏里なんだよな。」

「···そうよ。歳が近いとどうしても差が目につきやすいけど、個人差なんて誰でもあるんだから。」

「だよなぁ。それと、言葉をそんなに理解してるなんて思わなかった。···母さんに会わせるのは暫く止めよう。先生が言ったように杏里が安心して話しても良いと思えるようにするにはそれが一番だ。」


そんな言葉まで聞けるなんて。


「いいの?だって貴方は」

「いいんだ。優秀な姉さんが遠くに嫁いだからっていい年して妙に張り切ってたな、オレ。」


気づいてたんだ。お義姉さんと昔から比べられてたみたいだからはっちゃけてるんだとは思っていたけどね。今ならアレも言えるかな。


「実はね、結婚の挨拶に行ったときに貴方の実家から黒百合の花束を貰ったでしょ。あれね、あんまり縁起が良くない花言葉があるのよ。」

「花言葉?あの花にもそんなんあるの。ちなみにどんなの?」

「"呪い"」

「こわっっ!あっだから実家に行きたがらなかったのか。」


そうなのよ。夫の実家だし、息子にとっても祖父母になるんだからとこれでも我慢してきたんだけど。仮にも自分の息子の嫁にそんな縁起の悪いものは普通渡さないでしょと思いたくて気にしないようにしてきたの。


「あ〜、でも母さんや姉さんならそういうことやりそう。常に自分が一番じゃなきゃって人達だったから、自分達より若くて可愛い女の子がって思ってるのかも。」


そんな人達と親戚なんて妙な気分ね。それと貴方、私のこと可愛い女の子って言った?今も思ってたりする?


「だからやっぱり疎遠にした方がいいな。」

「本当にいいの?」

「ああ。オレの今の家族は杏里と紗百合なんだから、これからは2人を優先する。···杏里のことも、発達の検査するならオレも行くよ。反対しててゴメン。なんかオレがどっかおかしいって言われてる気分になっちゃって。」


勢いよく首を振る。私も自分が追い詰められているように感じて言い方がキツくなってた気がする。


「じゃあ、今日仕事が終わったら改めて話をしましょう。」

「ああ、よろしく。」


なんだかやけに今日は日差しがポカポカと暖かく感じる。昔は貰って不気味だとしか思えなかった黒百合は、今育てることが出来たらきっと神秘的で美しいと思えるようになりそう。帰ってからの話し合いで育てることを提案してみよう。


不安ならたくさんある。息子の発達のことも実際に診断がついたらどうしたらいいか迷うだろうし、夫の実家とも上手く距離を取れるかわからない。


他の人からすれば、先のわからない不安に締め付けられそうに感じるかもしれない。それでも見方が変わればあの真っ黒な花を美しく思えるようになることもあるかもしれない。だから、きっと。


私は今とこれからを夫や息子と大切にしていける、そんな気がする。


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