表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/54

第七話 ラストホープ

第六話の後半を少し調整


同時投稿でこの一つ前にちょっとした文章を載せています

ジェネシスがいかに良運営で、どうしてこんな多機能なのかの参考になれば


 翌朝。

 俺が待ち合わせ場所に指定したラウンジに入ると、


「ルキさん!!」


 すでに中に待っていたロコが、俺に飛びついてきた。


「お、おっと……。おはよう、ロコ」

「おはようございます! ルキさん!」


 元気いっぱいのロコに、目を細める。

 どうやら、昨日の一件はロコにとっていい方に転がってくれたらしい。


 俺に話したことで、ある程度吹っ切れたのかもしれない。

 今までロコにあった陰のようなものが、少し薄くなった気がした。


「えへへ。ルキさんに会うのが楽しみで、時間よりちょっと早く来ちゃいました!」

「そっか。じゃあ、俺も早めに来て正解だったかな」


 ちらり、と時刻を見ると、待ち合わせの九時にはまだ十分ほど早い。

 やはりロコは見かけ通りに律儀な子らしい。


「悪かったな。一人で待ってるのって退屈じゃなかったか?」

「そんなことないです! ルキさんのことを考えてたら、あっという間でした!

 えへへ。実はわたし、時間潰すのって、得意なんです!」


 知ってた、とも言えず、俺は苦笑を浮かべてごまかした。


「ええと、それじゃ今日は……の前に、ちょっとお茶でも飲みながら話そうか」

「お茶、ですか?」


 ロコの言葉に、ああ、と俺はうなずく。


「初心者の塔のラウンジでは、無料で飲み物が飲めるんだ。

 ほら、あそこにドリンクバーみたいなのがあるだろ?」

「あっ! じゃ、じゃあ、わたしがやってきてもいいですか?」


 俺がラウンジの一角を指さすと、途端に目をキラキラとさせるロコ。

 こういうところは年相応らしい。


「じゃあ、頼むよ。俺はお茶でいいから……」

「分かりました! 最高のお茶を持ってきます!」


 そう言って、走り出すロコ。

 それを微笑ましく見守って……。


「ああ、そういえば……」


 俺はふと思い立って、メニュー画面を呼び出した。


 ジェネシスに(無駄にたくさん)実装されている機能の一つに、様々な施設の利用ログが見れるというものがある。

 俺は塔の管理者権限を持っているし、確かラウンジならプレイヤーの出入りが記録がされているはずだ。


 ――本人は気にしてないみたいだけど、あんまり待たせてたんだとしたら、次の待ち合わせの時間を考え直した方がいいだろうし。


 そう思い、俺は義務感半分、好奇心半分でメニューから今日のラウンジの入退室ログを呼び出し、



―――――――


04:01 ロコ[入室]

08:49 ルキ[入室]


――――――――



 無言でメニュー画面を閉じた。


「……うん! 俺は何も見なかった」


 そういうことにしよう、とひそかにうなずいていると、


「何を見なかったんですか?」


 後ろから声をかけられて、思わずビクッとする。


 慌てて振り向くと、ロコが邪気のない顔で俺を見ていた。

 ……ないよね?


「い、いや、その……俺を待っている間にラウンジの中を『見なかった』のかなって」


 俺がしどろもどろに言うと、ロコは納得した、という風にうなずいた。


「ずっと座って待ってました! ルキさんが来たら、すぐにお出迎えしたくて!」

「そっか。……そっかぁ」

「……?」


 可愛らしく首を傾げるロコ。

 じっとこちらを見つめるつぶらな瞳の圧力に、俺は吸い込まれそうになって……。


「……じゃ、じゃあ今日は、ラウンジの詳しい使い方から説明を始めようか」

「はい! よろしくおねがいします!」


 とりあえず俺は、考えるのをやめた。



 ※ ※ ※



 それから、俺が一通りラウンジについて説明をし終えたというタイミングで、



《――じゅうにじ!! じゅうにじ! じゅうにじ!!》



 妙に耳障りな電子音が、俺に時間を知らせる。


「しまった。もうこんな時間か」


 ロコはとにかく何にでも食いついてくるので、こちらも説明するのが楽しい。

 横道に逸れながら話していたため、なかなか話は進まないのだが、ロコも楽しそうにしているので、ついつい脱線を繰り返してしまった。


「まさか、ラウンジの話だけでこんなに使ってしまうとは……」


 もっとロコと話していたい気はするが、残念ながらここで時間切れ。

 ロコとの会話に夢中になって忘れていたが、もうすぐギルドの定例チャットが始まる時間だ。


「……こうなったらやっぱり、みんなに紹介しないとな」

「みんな、ですか?」

「ああ。俺は『ラストホープ』ってギルドに入ってるからさ。そのメンバーにロコを紹介したい」


 俺がそう説明すると、なぜかロコはにわかに緊張した様子を見せた。


「え、えと……ご、ご家族に紹介、みたいなこと、ですか?」

「い、いや。どちらかというと、お前も『家族』だ、というか、家族になってもらう感じかな。出来ればロコにもうちのギルドに入ってもらいたいんだ」


 ロコはなるほど、とうなずいてから、「あれ?」と首をかしげた。


「で、でも、この塔にはわたしとルキさんしか、いない……んですよね?」

「え? ……あ、ああ。そうか」


 そこも、説明しないといけないんだった。

 さて……。


「あー。そもそも、ジェネシスには転送装置とか、ワープみたいな移動方法がない、ってのは知ってるかな?」

「は、はい! ゲームを始める前に、少しだけネットを見ました……から。あ、あの、お馬さんで移動するんですよね!」

「お馬さん……。あ、ああ。まあ、そういうこともある、のかな」


 ジェネシスでは一般的なゲームとは違い、街から街、拠点から拠点に移動するのに、いちいち自分の足で移動しなければならない。

 これはジェネシス草創期から改善を望まれていたものの、最後まで実現しなかった要素の一つだ。

 その理由は明らかではないが、おそらくはユーザビリティよりも陣取り要素を重視したためと思われる。


「まず、これがこの辺りの周辺地図なんだけど……」


 俺はインベントリを漁ると、その中から昔描いた地図を取り出した。

 そして最初に、中心に描かれた塔を指で示す。


「ここにある塔が、俺たちのいる初心者の塔。で、ラストホープのメンバーはそれぞれバラバラの場所にいるんだけど、まずここから一番近いのが……」


 俺はすうっと指を真横に滑らせ、円形の建物を示す。


「ここから真東の闘技場にいるリューだな。この絵だと近く見えるけど、一マス分進むには歩き詰めでまるまる一日くらいかかるから、徒歩で四日ってとこだ」

「ず、ずいぶん遠い、んですね」

「でも、他の二人はもっと遠いぞ。南西のマーケットと、古代迷宮に一人ずついるんだけど、直線距離で考えても六日。実際には道の問題でもっとかかる」


 ほおーっと感心したような声をあげるロコに気をよくして、俺は口の滑りをよくして説明を続ける。


「それから、メンバーの中でも一番遠くにいるのがこの図書館の……」


 そこまで言いかけて、言葉が止まった。


「……ルキ、さん?」


 突然動きの止まった俺を心配する声が聞こえたが、すぐには返事が出来なかった。


 顔から、血の気が引いていくのが感じられる。

 さっきまで浮かれていた自分が、ひどく薄情な人間に思えた。


「あ、あの……。だいじょうぶ、ですか?」


 泣きそうなロコの声に、ハッとする。


「い、いや、ごめん。何でもないんだ。ちょっと、ただ、少し、勘違いをしてた、だけで」


 俺は慌てて笑顔を取り繕うと、素早く地図をインベントリにしまった。


「と、とにかく、さ。俺たちのギルドのメンバーはそれぞれ別の場所に引きこもってるから……あ」


 しまった、と慌てて口をつぐんだが、もう遅い。

 動揺を隠そうとして、思わぬ失言をしてしまった。


「ひきこも、り?」


 ロコの口から出たその単語に、咎める、と言った色はない。

 想像してもいなかった単語を耳にしたので、単におうむ返しにしただけだろう。


 それでも、こうもはっきりと認識されてしまっては、本当のことを話す以外の選択肢がなくなってしまった。


「……実は、さ。俺たちのギルドは、まともな攻略をあきらめて、思い思いの場所に引きこもった、はぐれ者の集まりで……。要するに、要するに、さ。俺たちは――」


 その次の言葉を口にするのは、少し勇気が必要だった。

 かつて投げかけられた、「役立たず」「卑怯者」なんて言葉が、頭の中に過ぎる。



「――引きこもりギルド、なんだ」



 それでも、ここを説明せずにごまかすことは出来ない。

 俺ははっきりと、そう口にした。

 口にして、しまった。


「ひきこもりギルド、ですか?」

「あ! だ、だからって、ゲーム攻略を完全にあきらめてる訳じゃないんだぞ? それぞれの場所で、自分に出来ることを頑張ろうって……」


 きょとんとするロコに、なけなしの自尊心と、わずかな見栄を込めて、そう説明する。

 俺の、その必死な言葉に、ロコは何を思ったか……。


 彼女はその小さな手でギュッと拳を握りしめて……。



「――じゃ、じゃあわたしも、引きこもります!!」



 と、やたら力強く宣言したのだった。



 ※ ※ ※



 とまあ、そんな流れになって、ロコとの絆はさらに深まったのだが、それはそれ、これはこれ。

 ロコをギルドメンバーたちに紹介しないといけないという問題は何も解決していない訳で……。


「ええと、基本的にうちは引きこもりギルドだから、特にノルマだの方針だのがある訳じゃないんだ。だから主な活動は、たった一つだけ。……ギルドチャットだ」

「チャット、ですか?」

「ああ。それも、正午……昼の十二時から十三時の間の、通称『お昼のフリータイム』でチャットをする、というのが実質的なギルドの唯一の活動なんだ」

「なる、ほど……?」


 うなずきながらも理解していない様子のロコだが、このチャットというのが案外侮れないのだ。


 ジェネシスが、普通のゲーム以上に距離の概念を重視しているというのは説明した通り。

 それは通信の部分にも適用されていて、距離が離れれば離れるほど、通信にかかる費用は多くなる。


 一応フレンドへのメール機能や通話機能なんてものはあるが、遠方、特に魔物の支配地域を通して連絡を通そうと思うと、その費用は馬鹿みたいに高くなる。

 チャットの場合は接続している中で一番遠いキャラを基準に通信費が計算されるので、ギルドのメンバー全員がバラバラになっている現状、毎日連絡を取り合っていてはすぐさま破産してしまうだろう。


「そこで出てくるのが、ギルドチャットと『お昼のフリータイム』って訳さ」


「お昼のフリータイム」というのは、個人の通話やメール機能ばかりで、ギルドチャットが全く使われていなかった頃に導入されたシステムだ。

 いや、実はこのサービスが導入されても大してチャットの利用率は増えなかったらしいが、そうやって忘れ去られた仕様がこんな時に役に立つのだから、面白いものだ。


「まあ、チャットって言っても、参加者全員がテレビ電話をつなぐみたいな感じなんだけど……まあ、見たら分かるさ」


 そう言うと、俺はいつもの操作をして、ギルドチャットの画面を呼び出す。


(なんだか、不思議と久しぶりって感じがするな)


 昨日、定例チャットをサボってしまったため、二日ぶりということになる。


(チャットに出なかったのって、ギルドに入ってから、初めてだったかもしれないな)


 俺は妙な緊張を紛らわすように、ちらりと時刻表示を見る。


 メニューの端に映る時刻は、十二時二分前。

 この時間ならまだ誰も来ていないかと思ったが、あにはからんや。

 意外にも俺以外の三人がすでにチャット接続状態になっていた。


 三人……シアと、リューと、ミィヤだ。

 当然、そこにギルマスの名前はない。


 胸に疼く冷たい痛みを押し隠しながら、俺はチャットに参加、のボタンを押した。

 そして……。




「――何やってんのよ、バカァァアアアア!!」




 画面が映るなり聞こえてきた大声に、思わずのけぞった。


「い、いきなり何す……」


 だが、口にしかけた抗議の言葉を、俺は途中で呑み込むしかなかった。

 なぜなら、怒りに燃えるシアの瞳が、今にもこぼれ落ちそうなほどに涙を湛えているのに気付いてしまったからだ。


「ふざけるんじゃ、ないわよっ!! あんた、あんたはっ!」


 ゴシゴシと目元をぬぐいながら、二日ぶりに目にした金髪の少女が激する。


「ギルマスがいなくなって! それで、あんたまでいなくなったらって思ったら、わたし、わたし……」

「シ、ア……」


 その言葉に、俺は自らの身勝手な行動を恥じた。


 ギルマスを失って悲しかったのも、不安だったのも、俺だけじゃない。

 いや、ここにいるラストホープのメンバーたちは、俺以上に不安だっただろう。


 特に……。

 この、冷たいようでいて、誰よりも他人を思いやっているシアであれば、なおさらだ。


 それを考えることもせず、俺は手前勝手に定例チャットから逃げ出して、シアたちにしなくてもいい心配をさせてしまった。


「……ごめん」

「バカ! 絶対に、ゆるさない、から!」


 俺が頭を下げても、シアはあふれる涙をぬぐいもせずに俺をキッとにらみつけ続け、俺はその眼光に気圧されて動けないでいた。


 どうしていいか分からない、そんな、空気の中で。

 横から発せられた、「はぁ……」というため息の音が、妙に大きく響いた。


 その音の出どころは、ミィヤ。

 一部の隙もないドレス姿の彼女が、呆れたようにシアを見ていた。


「……だから、王子様は大丈夫だと言いましたのに」

「そ、そん、なの! 分からない、じゃない!」


 ばつの悪さも手伝って、なのか。

 シアはやっと俺から視線を外し、少し大仰とも言えるほどの態度でミィヤに食ってかかった。


 だが、そこは空気を読まないことで定評のあるミィヤ。

 シアの剣幕などどこ吹く風という様子で、さらに煽ってみせる。


「ええ、まあ、『あなたには』分からないですよね。ですけど、彼と深い絆で結ばれているわたくしを、あなたと一緒だと思ってもらっては困ります」

「あ、あんたねぇ」


 険悪な雰囲気が漂う。

 だが、ミィヤとやり合うことの愚を早々に悟ったシアは、先ほどよりもさらに鋭い視線で俺をにらみつけた。


「……説明、してもらうから」


 シアの眼光は恐ろしかったが、それでようやく、俺も今日の目的を思い出した。


「そ、そうだった! 大変なことが起こったんだよ」

「……ふぅん。それって、わたしたちに顔を見せるより大切なことなんだ」


 シアがちくり、と刺してくるが、ここで怯んではいられない。


 俺はグッと腹に力を入れると、画面外にいたロコに横目でアイコンタクト。

 緊張した様子のロコがうなずいたのを確認して、満を持して口を開く。


「初心者の塔に、新しいプレイヤーが来たんだ!!」


 そう言って、俺はロコを呼び寄せ、肩を抱くようにして、画面の前面に持っていく。


「は?」

「えっ?」

「……はい?」


 途端に凍りつく空気。

 全員が全員、ありえないものを見たように、固まってしまう。


 それから、十秒、二十秒が経ち……。


「……あ、ええっと、みんな?」


 流石に不安になった俺がおもねるようにそう口を開くと、ようやく彼女たちの硬直も解ける。

 そして、三人を代表するかのように、やけに光のない目をしたシアが、まるっきり感情の抜け落ちた声で一言、




「……なに、それ」




 と言った。

今日中にもう一本更新!

……するんじゃないかなーと

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
胃が痛くなった人に向けた新しい避難所です! 「主人公じゃない!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ