第六話 祝福の日
今回から0時ではなく20時前後の更新にしていく予定!
ま、まさか連続更新2日目にしていきなり0時に
間に合わなかったとかではないですよ……
「あー。ひどい目にあった」
俺はシミュレーターから身体を起こすと、頭をかいた。
シミュレーションで死ぬと、その瞬間、強制的にシミュレーションルームまで戻される。
俺がホストになってステージをプレイしていたので、俺が死んだ時点でステージ攻略は失敗。
すぐにロコも戻ってくるはずだ。
「……はぁ」
不意討ちを食らうなんて、どれくらいぶりだろうか。
まさか初心者用のステージで殺されるなんて思わなかった。
油断が過ぎた、と言うしかない。
これは、ロコを失望させちゃったかな、と横を見ると、ちょうどシミュレーターから戻ってきたらしいロコがこっちを見ていて、その瞳に、みるみるうちに涙が貯まっていったかと思うと、
「ルキ、さ……う、うぁ、うああああああああああ!!」
彼女が泣きながら、俺に飛びついてきた。
「ロ、ロコ? 」
動揺した俺は、反射的にロコの身体を遠ざけようとその肩に手を伸ばし、
「ル、ルキさんが、しんじゃ、死んじゃったと思って……! わた、わたし、こわくて……」
嗚咽交じりの声に、その手を止めた。
その代わりに、その小さな背中を優しくなでる。
「大丈夫、大丈夫だよ。俺は、ちゃんとここにいるから」
「ルキ、さん。ルキ、さぁん……!」
必死にしがみついてくるロコの背をなでながら、俺は自分の不甲斐なさを恥じていた。
ロコが楽しくすごせるように、安心していられるようにしようと、そう決めたのは誰だったのか。
(……もう二度と、こんな無様なとこ、見せないようにしないとな)
俺はただジェネシスを長く続けられたというだけで、決して優れたプレイヤーだった訳じゃない。
いや、むしろ初期職に恵まれたプレイヤーと比べればその成長速度なんて牛の歩みのようなものだっただろうし、今だって到底実力が足りているとは言えない。
――それでも、ロコにとって俺は「頼るべき先輩プレイヤー」なんだよな。
その俺が、こんな情けないところばかり見せていたら、ロコだって安心するどころじゃない。
実力がどうとか、不遇ジョブがどうとか、そんなものは関係ない。
ただ、ロコのために……。
ロコに俺が頼みにするに足る人間だと、そう思ってもらえるように。
――俺はもう二度と、ロコにこんな無様は見せない。
決意と共に心に誓って、俺はロコが落ち着くまでの数分間、ずっとその華奢な背中をなで続けたのだった。
※ ※ ※
「落ち着いた?」
「は、はい! ごめん、なさい」
頭を下げるロコに、俺は首を振った。
「いや、いいんだよ。俺が悪かったんだし、それに……」
自分の死を、本気で悲しんでくれる人がいると分かって、嬉しい。
……という言葉は、のどの奥に押し込んだ。
今はあまり、ロコを刺激するようなことを言いたくはなかった。
「ま、まあ、あれだ。最後はちょっと失敗しちゃったけど、シミュレーターについては分かったかな?」
「は、はい! ルキさんがすごくてかっこいいのは、分かりました!」
それは……分かっていないと言うのではないだろうか。
「あー、それと言っておくけど、最後のルナティックルーンウルフとの戦い。あれは真似しちゃ駄目だぞ」
「え? どうしてですか? かっこよかったのに」
いい加減かっこよかったからは離れてほしい。
俺は赤くなった顔をごまかすように、早口で告げた。
「あれはまあ、真っ当な戦い方って訳でもないしさ。色々とこう、スキルとかアビリティの効果も使って、それで何とか倒したんだよ」
「スキルと、アビリティ……」
「とにかく……」
と言いかけたところで、
――クゥゥゥ。
と、奇妙な音が鳴った。
その、発生源は……。
「あっ! やっ! こ、これは、ち、ちがいます!」
顔を真っ赤にしたロコ。
今のは、ロコのお腹が鳴ったのだ。
俺はちょっとだけ考えたが、
「そう、だな。俺もお腹が減ったし、何か食べようか」
「あ、あの……。すみません」
恐縮するロコの手を引いて、ラウンジに戻ることを決めたのだった。
※ ※ ※
「で、でも、意外でした。ジェネシスでもお腹は空くんですね」
横で申し訳なさそうに、けれどその割にしっかりと俺の手を握ったロコが、まだ少し赤い顔でそんなことを言ってくる。
そういえば、ロコはそういう意味でもジェネシス初心者だったか。
「最近は、ゲームでも結構空腹値とか設定されてるしなぁ。特にジェネシスでは食べ物がHPとSPの回復の効果もあるから」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。基本的には手の込んだ料理ほど回復量が多くて色んなバフ……ステータスの強化効果がつく……みたいだぞ」
「みたい?」
首を傾げるロコに、俺は苦笑する。
「いや、俺はあんまり食事で回復はしないから。食事の回復効果は確かに費用対効果を見ると高いけど、即効性に欠ける。その辺はポーションと差別化されてるところだなぁ」
「な、な、なるほど!」
力強くうなずくロコ。
なんとなく、こういう反応を示した時はよく理解出来てなかった時だと分かってきた。
まあ、おいおい覚えてもらえばいいだろう。
「じゃ、俺はちゃっちゃと料理してくるから」
ラウンジについた俺は、その奥の調理スペースに向かう。
「あっ! わ、わたしも! 手伝います!!」
ロコは駆け寄ってきてやる気を見せるが、それはちょっと困る。
「い、いや。いつも一人でやってるから、手伝いはいいよ」
俺が引き気味に答えると、ロコはショックを受けた様子ではあったものの、一目で作り笑いと分かる笑顔を浮かべてうなずいた。
「……そ、そう、ですか。じゃ、じゃあ、楽しみに待ってますね!」
「わ、悪いな」
そう言って、調理場に向かうものの、俺はロコの想像以上に気落ちした態度に引っかかるものを感じていた。
――そもそも、いくらなんでも俺にちょっとなつきすぎ、だよなぁ。
いや、もちろん俺に気を許してくれるのは嬉しいのだが、少しだけ反応が過剰なような気もするのだ。
ほとんど初対面の俺みたいな人間に対して、そんなに気を許してくれているのは、不思議でもある。
あるいは……。
などと考えながらも、俺は調理スペースに入っていく。
ジェネシスに調理スキルはなく、調理は手作業で行うある意味現実に則したものだ。
だが、かと言って現実そのままか、というとまた違う。
例えば、多目的包丁に設定をして食材に刃を入れると一瞬で食材が千切りになったり、鍋に十二時間のタイマーをセットして一分煮込むとあっという間に半日煮込んだ料理が出来たりする。
そんな風にある程度の簡略化はされているし、道具はやたらと多機能で便利になっていて、さらには食材や料理を調べることで味のパラメータを確認することも出来る。
とはいえ単純なものなのかというとそれもまたそうとは言い切れず、味のパラメータは千を超え、同じ食材でもその状態や等級によって微妙に変わる。
おいしい料理を作るためには、現実の料理技術とはまた違う独自のノウハウと、化学の実験のような精密さとパラメータの調整能力が必要になってくるらしい。
どちらにせよ、究めようとするならセンスと時間が必要になるだろう。
まあ、今の俺にとって、そんな心配は不要だ。
俺は調理場に立つと、今日作るべき料理を考える。
そして……。
「アレにするか。レシピは……7338」
この時だけ。
俺は、人間ではなく、マシーンに。
レシピを忠実に再現するためだけの、調理マシーンになる!
※ ※ ※
そして、数分後。
「――おあがりよ!」
の言葉と共に、ロコの前にドンと料理を置く。
記念すべきロコへの最初の料理、それは……ホワイトシチューだ。
子供が好きそうで、食べてなんとなく安心しそうという理由でのチョイス。
……決して食材が一番余ってたとかの理由ではないし、季節的には夏真っ盛りの八月だろ、とかそういうことを気にしてはいけない。
「あ、あの、でも……わ、わたしが食べちゃっていいんでしょうか」
「え? なんで?」
いきなり突飛なことを言い始めたロコに、戸惑ってしまう。
「だ、だって、料理だって、タダじゃないんですよね。こんなにたくさん、お世話になっても、わたし、ルキさんに、何も返せるものが……」
「……バカだなぁ、ロコは」
ネトゲってのは助け合いが基本……あ、いや、これはちょっと違うな。
「実は、食材は結構あまってるから、使ってもらう方がいいくらいなんだ」
「で、でも……」
「それに、ロコはいてくれるだけで、俺の助けになってるよ。やっぱり一人で食事するのは、寂しいしさ」
「でも、でも……!」
まだ何か言おうとするロコに、俺はあの人の言葉を思い出していた。
あの人の、あの懐かしい言葉を、その時の熱を、思い出す。
「これは、俺たちのギルドのマスターの、受け売りなんだけどさ。
食事って言うのは、単なる栄養補給じゃない。おいしいものを食べたり、作ったり、食卓を囲んで誰かと一緒に話したりすることが、人間には必要なんだって」
そしてきっと、それは今のロコには一番必要なものなんだろうって、理屈抜きに感じていた。
「俺も、昔はよく分からなかったけど。でも今は、ちょっとだけ分かるようになった。
……ジェネシスではさ。本当のことを言えば、食事をする必要なんて、ないんだ。
だって、空腹なんて所詮、フードポーションを飲めば治るからさ」
「それ、は……」
「だけど俺は、昼はギルドのみんなとチャットしながら食べたりしてるんだ。
うちのシア……メンバーのうるさい奴なんかは『チャット中に食事なんて』とか小言を言ってくるけど、やっぱり楽しそうでさ。
ギルマスの言葉は、正しかったな、って、その時にはっきり分かったよ」
「ルキ、さん……」
ぼうっと俺を見るロコに、もう一度微笑みかける。
「だから俺は、ロコに俺と一緒にこれを食べてほしいんだ。……ダメかな?」
尋ねると、ロコはぶんぶんと首を横に振った。
「ダメ、じゃ、ない。ダメじゃない、です!」
少し卑怯な聞き方をしてしまったが、これで一件落着だろう。
俺はロコと向かい合わせに座ると、少し照れくさそうな顔をしたロコと一緒に、声をそろえる。
そして、
「――いただきます!」
「――いただきます!」
俺とロコは、同時にシチューにスプーンを入れる。
……うん、おいしい。
いつも通り、俺の好きな味だ。
シチューのまろやかさと優しさの中に、えっと……うん、とにかくおいしい!
さて、ロコはどうだろうと、俺が顔をあげると、
「ロ、ロコ……?」
シチューを一口だけ食べたロコは、そこでスプーンを止めて、ボロボロと涙を流していた。
「ど、どうした? そんなにまずかったか?
ぺ、ペッてしよう! 別に残したっていいから……」
と、突然のことに焦る俺に、
「ちがう! ちがうん、です!」
涙を流し続けるロコが、制止をかける。
「うれし、くて……。なんだか、うれし、すぎて……」
「嬉しい、って……」
こんなの、大した料理ではない。
なんて言うと失礼だが、泣くほどのことだとは思えない。
何も出来ずに、俺が呆然とロコを眺めていると、ようやく少しだけ落ち着いたロコが、深々と頭を下げた。
「ルキさん。ごめん、なさい。……わたし、うそをついてました」
「嘘……?」
突然の話題の転換に、ついていけない。
戸惑う俺に、けれどロコは決然とした様子で話し始めた。
「わ、わたし、前にプレイ時間制限にひっかかった……って言いました、よね?
でもあれは……完全にうそじゃ、ないんですけど、ほんとのことでも、ないんです」
「どういう、ことだ?」
「十二歳以下の子供がジェネシスをやるには、保護者の同意がいるんです。でも、わたし……。
お母さんと、少しだけ、うまく、いってなくて……」
そこからぽつりぽつりと語られたのは、想像以上に重い事情だった。
彼女の両親はロコが三歳の頃に離婚。
ロコは母親に引き取られたものの、その仲は良好とは言えず、「お前のせいで私の人生はめちゃくちゃになった」と面と向かって非難されることもあったらしい。
彼女の母親はいわゆるキャリアウーマンとかいう奴で、朝早くに出て夜遅くに帰ってくる生活らしい。
おかげで金銭的な不自由はないものの、一方でロコへの束縛は厳しく、友達の家に遊びに行ったりというのはもってのほか。
塾や習い事、果ては生活のための買い物にすら難色を示し、事前に申告せずに外出をすると、ひどく怒られるのだとか。
「一度だけ、お母さんと仲直りがしたくて、お料理を作ったことも、あるんですよ。
お母さんの好きな料理のレシピを調べて、こっそり練習もして、お母さんの誕生日の日に、プレゼントだよ、って。
だけど……えへへ。おこられちゃいました」
「ど、どうして?」
普通は、娘が自分のために料理を作ってくれたら、喜ぶものではないのだろうか。
「一人で火を使うなってあんなに言っただろ、って。火事になったら、どうするんだ。今度はわたしから夫だけじゃなくて家まで奪う気か、って。
が、がんばって、火を使わない作り方を探したんですけど、しんじてくれ、なくて……」
「そんな……」
ロコはあふれそうになる涙を笑顔で隠すと、明るく声をあげた。
「は、話がそれちゃいましたね! ジェネシスについては、最初は納得してくれていたんです。
お金もかからないし、せっかく送られてきたものだから、って」
ジェネシスは、ユーザーの意見を無軌道に取り入れているため、様々な機能がある。
そのうちの一つに、保護者によるプレイ制限、プレイ時間制限、というのがあったらしい。
彼女の母親は、決して学校の成績を落とさないこと、ジェネシスのプレイ時間を一日三十分に制限することを条件に、ロコにプレイ許可を出したそうだ。
ロコは毎日三十分ずつジェネシスをプレイして、何日目かの挑戦で、やっとチュートリアルをクリアして、しかし、そこで状況が変わった。
「お母さんは、わたしが、自分の目の届かないところで何かをしているのが……。
いえ、しているかもしれないというだけで、嫌だったみたいで……」
ロコに無断で、保護者の権限を使ってジェネシスのプレイ時間をゼロ時間に設定した。
ゼロ……つまりは、プレイしようとした瞬間に、真っ暗な待機場所に移動させられるということ。
「そんなの……」
「だけど、怒鳴られたり、叩かれたりして、どうしても我慢できない時は、何もできないって分かってても、ログインはしてたんです。
あの場所は、なにもできないですけど、あそこにいたら、誰にも怒られたりしない……ですから」
だとしたら、誰もいないその真っ暗な場所で、ずっと一人で時を過ごしていたということなのか。
それはなんというか、想像を絶する。
「あ、だ、大丈夫ですよ! 眠ることは、できた、ので」
俺の表情を読んでか、ロコは慌ててフォローを入れる。
そういえば、ジェネシスには睡眠アシスト機能といって、目をつぶって身動きせずにじっとしていると、自然と眠くなるという機能がついていた。
現実世界と違って連続して眠ることも不可能ではないだろうが、だからといって……。
「それに、す、すごいんですよ! あの暗い場所にいると、お母さんはまったく気づかないんです。
ログアウトして出てきても、それを不思議に思わないみたいで、なんだか自分だけの秘密基地ができたみたいな……」
ジェネシスはプレイヤー以外には認識することも出来ない、という話は聞いていた。
これもその副次的な効果、ということだろうか。
しかし、そんな風に心の底から楽しそうに語るロコを見ていると、その楽しさに偽りがないことが、逆に俺の胸を締め付けた。
「正式稼働の時も、それでログインしてたのか?」
「はい。あ、でも、今日になってわたしが塔に出てきた理由は、また、べつなんです」
その言葉は、俺に何度目かの衝撃を与えた。
「まさか、原因、分かってるのか?」
「あ、べ、べつに、大した理由じゃないんです。あ、あの、これ……」
そう言ってロコが浮き上がらせたのは、見慣れたメニュー画面。
無言で俺が先を促すと、ロコは画面の日付を指さして、
「保護者の同意が必要なのは、十二歳まで。つまり……」
――今日は、わたしの誕生日なんです。
そう言って、少しだけ誇らしそうに、胸を張ったのだった。
※ ※ ※
それから、俺はロコにシチューをたらふく食べさせ(ジェネシスでは満腹値はあるが、食べようと思えばいくらでも食べられる)、固辞するロコを押し切って、ケーキだの蝋燭だのクラッカー(使用すると大きな音を出して周囲のモンスターに300のダメージ)だのを持ちだして、ささやかな誕生日パーティを開いた。
ロコは最初から最後まで恐縮していたが、それでも時折、心からの笑顔を見せてくれていた……と思う。
そして、短くもにぎやかだったパーティが終わって。
「……なぁ、ロコ?」
「なんですか?」
邪気のない、まっすぐな目をこちらに向けてくるロコに。
――俺がお前を幸せにする。
なんて、下手なプロポーズみたいな言葉が、浮かんで消えた。
だってやっぱり、それは違う。
俺にはどうやったってロコと母親の不仲を取り持つことなんて出来ないし、本当の意味でロコを助けてやれるかどうかなんて、分からない。
だけど、せめて、せめて少しだけでも、ロコに平穏で、幸せな時間を与えてあげたい。
そんな気持ちを胸に秘めて、俺は右手を差し出す。
「……いや。これから、よろしく」
「はい! よろしくおねがいしますね、ルキさん!」
俺が差し出した手を、ロコは一瞬の迷いもなく、ギュッと握り返してくれて……。
こうして、この日。
ずっと引きこもりのぼっちだった俺に、仲間が出来たのだった。
次回更新は明日!
ただ今日があれだったのでもし調子がよければ二話くらい更新するかも
……しれないし、しないかもしれません
あ、あと感想をもらえるのは大変嬉しいのですが
ネタバレには最低限の配慮はしてもらえると
今回は王道作品ですからね!