第五話 ファーストミッション
「あの……」
控えめな声に、ローミーへの憎しみに囚われていた俺は我に返った。
「あ、ああ。悪い。ちょっと、チュートリアルを思い出しちゃってな。もう一人の新人プレイヤーと二人で受けたんだけど、そいつがまたとんでもない奴で……ロコ?」
気付くとロコはまばたきもせず、俺の目の奥を覗き込むようにじっと俺を見つめていた。
「ロコ?」
もう一度声をかけると、やっとロコは動き出した。
「すみません。わたしも、チュートリアルを、思い出して」
「やっぱローミーはサイテーな奴だったよな!」
「……はい。そうです、ね」
何かを思い出していたというには少し違和感のある態度だったが、考えすぎだろうか。
いや、今はそんな場合じゃない。
「ちょっと待ってくれ。今、装備を替えるから」
俺は頭を振って馬鹿な考えを追い出すと、メニュー画面からインベントリを呼び出し、そこから赤い星のついた指輪を選択する。
一瞬にして目の前に現れる指輪。
「あ、装備を替えるなら、手を……」
「いや、そのままでいいよ」
本来なら片手がふさがっていると指輪を替えるのは面倒なのだが、ジェネシスでは問題ない。
「『装備変更:右手中指』」
コマンドコールで一瞬にして指輪が入れ替わり、俺が手にしていた指輪は俺の中指に、俺の指に収まっていた指輪はインベントリに自動的に収納される。
「今のは……」
まだ装備変更には慣れていないのか、目を丸くするロコに、俺はほのぼのとした気持ちになる。
「装備変更だよ。この指輪は普段は使わないんだけど、今回はロコに戦い方を教えるからさ。攻撃力はこのレベル帯に合わせておいた方がいいと思って。これで武器込みでの俺の攻撃力は、下級近接職業の十レベル相当になった……はずだ」
「能力を下げる装備なんてあるんですか?」
俺の説明に興味をそそられたのか、ロコがキラキラとした目で訊いてくる。
それに気おくれしながらも、俺は何とか言葉を絞り出した。
「ん。ま、まあ、そりゃあるさ。ダメージ調整とかヘイト管理とか、攻撃力が高ければいいって訳じゃないしな」
一息に解説して、俺はすぐさま腰の剣帯から愛用の剣を抜き放った。
「青、い……?」
ロコが目を細めて言った通り、俺が抜き出した剣は刀身が真っ青に染まっていた。
「元々は普通の剣だったんだけどな。鍛冶施設を使えばデザインの色を変えることが出来るから、青くしてもらったんだ。青なのはそこまで深い意味はないんだけど、まあ利便性の問題かな」
ただ、灰色ではなくて、赤とも見間違えない色なら何でもよかった。
「そう、なんですか? でも、そうすると……」
「言いたいことは分かるさ。どこにでもあるようなデザインだって言うんだろ」
「あ、あの……はい」
しおれたように顔を伏せるロコだが、俺は別に気にしていない。
武器の有用性は、何も見た目だけで決まる訳じゃない。
確かにこの剣は、刀身が青い以外は何の特徴もない武骨なデザインで、ある意味究極の量産品と言ってもいいだろう。
少なくとも、熟練者が使うような武器には見えない。
実際、俺が見たほかの剣士系プレイヤーは、誰もがもっときらびやかな、あるいは特徴的なデザインの剣を使っていたように思う。
だが……。
地味で武骨なデザインの通り、特殊なアビリティも付与スキルも何もない、頑丈なだけが取り柄みたいなこの剣が、今となっては俺が何よりも信用している武器で、俺の命を預ける文字通りの生命線だ。
「あっ! 弘法筆を選ばず、ですね! 学校で習いました!」
「そんな立派なもんじゃないけど、ね」
実際のところはどちらかというと筆に選ばれたというか、こちらから選ぶ余地もなかったのだが、楽しそうに笑うロコに水を差すのも気が引けた。
それに……。
「……来たみたいだ」
「えっ」
どうやら、時間切れになったらしい。
俺の言葉が呼び水になったように、視界に茶色の姿が映る。
ファンタジー系ゲームの定番モンスター、コボルトだ。
犬と人間の中間のようなその獣人は、モンスターの中でもしっかりと武器を使いこなす侮れない相手だ。
実際、奴は人なんて簡単に潰してしまえそうな石製の棍棒を握りしめている。
「ロコ。手を……つないだままでいいから、俺の後ろに」
手を離して、と言いかけたのだが、ロコの寂しそうな顔につい言葉を変えてしまった。
我ながら甘いとは思うが、コボルト一匹相手なら手をつないだままでもどうにでもなるだろう。
リアルタイムで説明することも出来るし、割り切ってしまおう。
「……ロコ。チュートリアル、試練その一、だ。あの時に教わったこと、覚えてるか?」
剣を構えて牽制すると、コボルトはその動きを止め、にらみ合いの状況になった。
俺はコボルトから視線を切らないままに、背後のロコに尋ねる。
「え、えっと、えっと……」
こんな状況であるからか、ロコはテンパった様子で考え始めた。
そして、何かを思いついたのか、「あっ!」と嬉しそうな声を出すと、元気よく言った。
「――人を信じちゃいけない!!」
……ローミー。
これがお前のチュートリアルの成果だぞ?
「い、いや、その、な……」
あんな自信満々に答えたロコに、どう伝えれば傷つけずに伝えられるか。
俺が言い淀むと、ハッとしたロコが口を開いた。
「だ、だいじょうぶ、です! ルキさんのことは、ぜんぶ信じてますから!」
「お、おう……」
後ろめたいところのある身としては反応しづらいというか、全部信じられるのも重いというか、とにかく何もかもが違う。
「うん、ロコ。その気持ちは嬉しいんだけど、そういうことじゃなくて。も、もう少し、具体的なことを答えてほしいなって」
言うと、ようやく方向性を間違っていたことに気付いてくれたらしい。
「え、ええと、ええと……剣の先っぽで斬った方が強い!」
「それも違う! あ、いや、正しいっちゃ正しいんだけど、それはチュートリアルソードだけの例外だから! ほ、ほら、あの時ローミーがもう一つ言っただろ?」
流石に牽制だけでコボルトを押し留めているのも限界だ。
俺が焦って言葉を連ねると、流石にロコもピンと来たらしい。
「はやさ……剣の速度です!」
「それだ!」
俺が思わず笑顔になると同時に、それを隙と見たのか、コボルトが動く。
しかし、俺に焦りはない。
「通常攻撃の威力は速度に大きく左右される。言い換えれば、速度のない武器は単なる棒に過ぎず、武器が動いて初めて『攻撃』になるんだ」
左手をロコに伸ばしたまま、俺は迫るコボルトに向けて逆に一歩を踏み込み、カウンターとばかりに剣を突き出していく。
俺の予想外の反撃に、コボルトはしかし、素早く反応。
即座に迎え撃つように手にした棍棒を持ち上げ、俺の剣との衝突ルートに乗せた。
「だから、近接戦闘っていうのは速度の奪い合い。つまり――」
だが、それこそが誘い。
俺はその瞬間に手首を返し、強引に剣の軌道を変更して、コボルトの棍棒のさらに下側から斬撃を繰り出す!
――カァン!!
森に反響する、乾いた音。
持ち上げかけたコボルトの棍棒に、まるで追いかけるように下から俺の剣がぶつかっていた。
かちあげられた棍棒は一瞬の遅滞のあと、上に撥ね上げられ、
「――相手の武器の速度を殺した方が、勝つんだ!」
無防備になったコボルトの眉間に、俺は刃を突き込んだのだった。
※ ※ ※
消えていくコボルトを前に一息をついて、俺はやっとロコを気遣うべきだと気付いた。
「ロコ! 悪い、いきなり戦闘に巻き込んで! 大丈夫だったか?」
このジェネシスで戦いに明け暮れている俺たちとは違う。
ロコはまだこのジェネシスに慣れていないし、チュートリアルを除けば戦闘だって未経験だろう。
悪意を持った人型の生き物が迫ってくる姿や、敵とはいえ、生き物の頭にいきなり剣を刺すような残酷な光景を見せられて、普通の人間が平静でいられるはずはない。
ましてや彼女は、まだ小さい女の子なのだ。
俺がもっと気を遣うべきだった。
後悔しながら俺がロコを見ると、彼女はコボルトが消えた辺りを、いや、違う。
振り返った俺をぼーっと見ていた。
「ロ、ロコ?」
心配になった俺がその肩に手を伸ばすと、「ひゃっ!」と可愛い声をあげて肩を跳ねさせた。
「わ、悪い。怖かったか?」
「ち、ちがいます! そ、そうじゃなくて、あ、あの……!」
ロコは口を開いたり閉じたりしていたが、覚悟を決めたように目をギュッと閉じて、叫んだ。
「――か、かっこよかった、です!」
……な、なんだろう。
そこまで真正面から褒められると、流石に照れる。
「いや、まあ、大したことはしてないんだよ、ほんとに。長いことやってれば誰でも出来ることというか……」
「そ、それでも! かっこよかったのは、本当、です!」
さらにべた褒めしてくるロコに、俺は顔が熱くなるのを感じた。
……やばい。
ジェネシスに来てから落ちこぼれとか役立たずとか、そんな罵倒の言葉ばかり聞いていたせいか、ここまで素直な褒め言葉には、どう対処していいのか分からない。
俺は耐え切れず、話をそらした。
「え、ええっと、とにかく今の復習だ。現実では、『武器に体重の乗った一撃』がたぶん一番強い。だけどそれは必ずしもジェネシスでの戦いには当てはまらない。システム上、どんなに体勢が崩れても十分な速度さえ出ていれば問題はないからだ。だから、独自の戦い方が生まれることになる」
動揺を隠すように、早口に説明をする。
「武器と武器がぶつかった時は、お互いの攻撃力が計算され、相殺されて弱い方にダメージが行く。例えば百の攻撃と百五十の攻撃がかち合った場合、百の方が押し負けて五十のダメージを受ける。
ただ、それはまともにぶつかった場合の話だ」
「まともにぶつかった場合、ってことは、まともにぶつからなかった場合もあるんですね」
物分かりのいい生徒に、俺もうなずきながら続ける。
「ああ。武器が全く動いていない場合や、あるいは逆の方向に動いている場合は、『攻撃が発生していない』とみなされる。そうすると一方的に敵の武器を弾くことが出来るし、威力が十分だった場合は確率で敵をのけぞらせたりすることもある」
さっきのコボルトとの戦いは、まさにそれだ。
相手が棍棒を上に振った時に下から剣をぶつけたため、相手の武器は上、つまりこっちの武器とは逆の方向に動いていると判断された。
だからこっちの攻撃だけが通り、敵の棍棒を一方的に撥ね上げることが出来た。
「武器さえ弾いてしまえばこちらのもの。人型の魔物は大抵が頭が弱点だから、顔か首に一撃を入れれば造作もなく倒せる、ってことさ」
「な、なるほど!」
首取れちゃうんじゃないか、って勢いで首を振りたくる彼女にちょっと引き気味になるが、それだけ熱心に聞いてもらえると、教える甲斐もある。
「も、もちろん、圧倒的な攻撃力で攻撃するとか、向こうよりも速度の速い一撃を繰り出す、でもいいんだけど、それには限界がある。
出足を潰す……相手が動く前に攻撃するんでも、今みたいに思わぬ方向から攻撃を加えるんでも、相手の攻撃を避けてから武器に攻撃を加えるんでもいい。
とにかく一対一の近接戦はスピードコントロールが重要。いかに『相手の武器に速度が乗っていない状態でこちらの武器をぶつけるか』が勝負の肝なんだ」
そう言葉を締めると、ロコがうんうんと何度もうなずいてくれた。
その目のキラキラには動揺させられそうになるが、それを振り切るように口を開いた。
「まあ、残念ながらこの話はほとんどが別の奴から教わったことなんだけどね」
「べつのひと、ですか?」
「ああ。俺よりもずっと、剣の使い方が上手い奴がいてさ。同じ時期にジェネシスに来たのに、あっという間に置いていかれちゃったんだけど、な」
「……そう、ですか」
自嘲気味に語ったのがよくなかったのか、ロコの声のトーンまではっきり分かるほど低くなった。
挽回するように、俺は声を張り上げる。
「と、まあ、今のが一対一の近接戦のセオリー。俺の戦い方もどちらかというとそっちよりだけど、方法論はもちろんそれだけじゃない」
「え……?」
「別のやり方もあるんだが、それはあいつらに教えてもらうとしよう」
俺が森の方をあごで示すと、そこからはちょうど新たなコボルトが出てきたところだった。
「あ、あんなに……」
ロコが怯えた声を出すが、それも無理はない。
新たにやってきたコボルトの数は四。
「この獣人の襲撃は、複数回に分けて獣人モンスターが襲ってくるんだ。単体のコボルト、コボルトの群れ、コボルトアーチャー。どれも初心者には厄介で戦うにはコツがいるけど、だからこそ学べるものも多い」
俺は言うと、剣をゆるりと揺らす。
四体のコボルトたちは、応えるようにじわりと包囲をせばめてくる。
「近接戦闘戦において、武器を弾くというのはセオリーだ。なぜなら、ジェネシスではシステム上、攻撃がかすっただけでも普通に命中したのと遜色のないダメージが見込める。そのせいで、回避はリスクが高いんだ。だけど……」
俺はじりじりと近付いてくるコボルトたちに、剣を向ける。
「この数になると悠長に武器を弾いて、なんて言ってられなくなる。常に先手を取って潰していくのが定石だ」
「か、勝てるんですか?」
本気で心配しているロコに、苦笑する。
「あのな。こいつらは初心者用の敵だぞ。仮にも熟練者の俺が負ける訳ないだろ。ま、ここからは俺も通常攻撃だけじゃ流石に厳しいから、色々使わせてもらうけど、さ」
言って、俺は前に一歩足を踏み出す。
そしてまだ何か言いたげなロコに気付かないフリをして、
「……悪い。手、放すぞ」
その手が離れた瞬間から、意識が切り替わる。
日常から、戦闘へ。
左手から小さなぬくもりが消えていくのと引き換えに、感覚が研ぎ澄まされていく。
これは、普段の戦いとは違う。
見せるため、の戦い。
だが、不安要素は何もない。
今までの戦いの記憶は、十分すぎる勝ち筋を俺に示してくれていた。
初めに動いたのは、コボルトの方だった。
ギィィィという間延びした叫びと共に、ばたばたとその汚らしく細い足を前へ踏み出し、俺たちへ迫ろうとする。
だが、
――待ってられるかよ!
鈍重にすら思えるそののっそりとした動き出しを見て、俺はこちらから仕掛けていくことを決める。
大股で、一歩、二歩……。
逸脱しないよう、決してロコが捕捉出来る速度を超えないように加減しながらも、俺は滑るようにコボルト共に向かう。
三歩、四歩……。
コボルト共が俺の接近に対して反応を始める。
五歩、六歩……。
速度が、乗る。
普通の人間の全速力に当たる速度で、俺はコボルト共に迫る。
七歩、八歩……。
もう俺の身体は奴らの武器の射程に入る。
けれども一向に速度を緩めることも武器を構えることもしない俺に、奴らは戸惑いを見せ……。
そして、九歩、十歩。
俺は最後まで速度を緩めないまま、コボルトの間をすり抜けた。
十一歩、十二歩。
振り返る。
「ギャァアアアアア!」
やっと自分が斬られたことに気付いたように、コボルトが悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちる。
残ったコボルトの憎悪と恐怖がないまぜになった視線が俺に集まる。
俺はただ、奴らの間を走り抜け、すり抜けただけ。
武器を振ってすらいない。
構えれば相手に起こりを読まれるし、そんなものが間に合うようなタイミングではなかった。
ただ、それなりの速度で走りながら剣を立てたまま剣先を喉にひっかかれば、それでことは足りる。
うずくまった姿勢のまま、光となって空に舞っていくコボルトの成れの果てを眺めながら、俺は腰を落とす。
「ギィイイイイイイ!」
耳障りな声と共にコボルト共が迫ってくるが、無駄だ。
余裕なく衝動のままに動いたせいで、奴らの陣形は乱れている。
縦に伸びすぎたその並びでは、一対一を三回繰り返すのと変わりがない。
一匹目は最初と同じ。
振り抜かれる棍棒を躱し、前へ。
すり抜けざまに剣をひっかけるように喉を切り裂く。
そして、一匹目の喉を切り裂いた剣はそのまま二匹目の頭に向かっている。
一匹目がブラインドになって俺の斬撃を読めていなかった二匹目は、反撃もままならず頭を斬り裂かれる。
残った一匹は、シンプルに。
相手の振り抜く武器が俺の頭に届く前に、俺の剣がその喉を穿つ。
結果、数秒も経たないうちに、四匹のコボルトは完全に沈黙したのだった。
――終わった。
こうやって、純粋なステータスの力で敵をねじ伏せるのも久しぶりだ。
一区切りついたことにほっと息をついた、その直後。
《――CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!――》
突然、目の前に真っ赤な文字が浮かび上がる。
「これはっ! 緊急メッセージ!?」
驚き冷めやらぬ俺の前に、さらなる急報がもたらされる。
《『獣の襲撃』ミッションに『ルナティックルーンウルフ(LV83)』が乱入しました!》
「なっ!?」
目の前に、強制ポップアップされた文字列に、俺は凍りつく。
乱入、というのは、シミュレーターでのミッションの途中に、通常は配置されない強力な敵個体が文字通り「乱入」してくること。
大抵は本来のモンスターより、いや、それどころかそのミッションのボスよりも強いことが多く、その分撃破時にもらえるボーナスも破格になる。
――まずい、ぞ。
確か、ルナティックルーンウルフというのは魔法耐性の高い人狼モンスターで、近接戦闘にも優れる。
少なくとも、まだレベル一であろうロコを連れて戦っていい相手ではない。
俺はわずかに逡巡したが、背に腹は代えられないと、メニュー画面からミッションの破棄を選択しようとして、
「――ルキ、さぁん!」
その瞬間、頭上に閃いたのは、真っ赤な予感。
「っ!」
反射的にカウンターを入れようとする身体を無理矢理に押し留め、俺は強引に後ろに跳ぶ。
直後、今まで俺が立っていた場所を、死の軌跡が通り過ぎる。
俺は必死に崩れた体勢を整えながら、新たな乱入者と対峙した。
――ルナティック、ルーンウルフ。
爪を振り下ろした姿勢のまま、乱入してきた銀の毛並みを持つ人狼が、にやりと牙をむき出した。
※ ※ ※
――どう、する?
剣を構えながら、俺は考える。
相手のレベルは八十三。
とてもではないが、レベル十程度の攻撃力でまともに渡り合える相手ではない。
さっきの攻防だけで分かる。
ルナティックルーンウルフの攻撃速度、反応速度は、コボルトとは比べ物にならない。
ウェアウルフ系モンスターの武器は両手の爪。
人間やコボルトよりも一回り大きな体躯から繰り出される一撃は侮れないスピードとリーチを持ち、何より取り回しと小回りという点でコボルトなどの武器よりも優れている。
攻撃の逆から叩いて速度を殺す、なんて曲芸はこいつには通用しないだろう。
やはりここは、隙を見てミッション破棄をして、仕切り直しを……。
そう、考えた時だった。
ふらりと、人狼が動き出す。
だが、その動きは俺に対する攻撃と考えるなら不自然で……。
――こい、つ!!
理解した瞬間、脳が沸騰した。
ルーンウルフが見ていたのは、俺ではなかった。
その奥、無防備に立ち尽くすロコに狙いを定め、まさに獲物を見定める狼のように、身体をたわめて……。
「お、おおぉお!!」
気が付いた時には、奴の前に飛び出していた。
策も、何もない。
それが敵の誘いだったとしても、構わない。
もう戦い方も、教えることも、気にしない。
――ただ全力で、叩き潰すだけ。
一直線に接近しながら剣を抜き放つ。
同時に、ルーンウルフから迎撃の爪が放たれる。
直撃コース!
しかし俺は、そこからあえて一歩踏み込む。
ルーンウルフの腕を、かいくぐる!
「く、ぅっ!!」
耳の上を轟音が通り過ぎる。
ひやりとする一瞬。
しかし、抜けた!!
無理な踏み込みに姿勢が崩れ、半ばまで振り抜いていた剣からも、勢いが失われている。
それでも、奴の腕の内側、爪の攻撃範囲から、外れて……。
「っ!?」
引き延ばされた時の中で、ルーンウルフと目が合う。
尖った牙が真っ赤に濡れて、コマ送りのように迫ってくるのが見えた。
――噛みつき攻撃!!
両腕の爪のほかに奴が持つ、第三の武器!
体勢が崩れ、踏ん張りの利かない今の俺に、躱す術はない。
だが……!
――それを、待ってたんだよ!!
「お、ぉおお!!」
叫びと共に、剣の軌道を無理やりに歪める。
左の背中に力を込めながら、全力で剣を振り抜く。
速度さえ犠牲にして、ルナティックルーンウルフの噛みつきに、斬撃を、合わせにいく。
「――ジャ、ス、トォォ!」
気合の声が示した通り。
これ以上ない、まさにぴったりのタイミングで、ルーンウルフの噛みつきと俺の繰り出した斬撃が、噛み合う!
拮抗は、ほんの一瞬。
間近まで迫っていたルーンウルフの顔は剣に撥ね飛ばされて一瞬にして遠ざかり、のけぞった奴は必然、俺の前に無防備に喉を晒す。
それは、俺にとってはあまりに大きな、致命的な隙。
「――おぉわぁりぃ、だぁあああ!!」
熱くなっていく心をそのままぶつけるように、トドメの一撃を繰り出す。
幾千幾万と繰り出した動作に遅滞も誤差も生まれるはずがなく……。
突き出したその切っ先は、寸分過たずにルナティックルーンウルフの喉を貫き、そして……。
「……ふぅ」
一撃でHPを完全に削られたルナティックルーンウルフが光の粒と化して消えていくのを、俺は突きを繰り出した姿勢のまま、じっと見守った。
最後のは蛇足だったとはいえ、我ながらうまくさばいたのではないだろうか。
そう思って今度こそ息をつくと、後ろから、「ドン!」という衝撃。
「わっ、ちょっ……!?」
予期しない襲撃と衝撃に、ルーンウルフの不意討ちにすらうろたえなかった俺も、思わず慌てた声を出す。
「すごい! すごい! すごいです!」
背後からの襲撃者の正体は、まあ当然ながらロコだった。
この小さな身体のどこにそんな力があったのか。
感極まった様子でぎゅうっと俺に抱き着き、すごいです、を繰り返している。
「ちょ、ちょっと、動けないから、ほら」
一瞬で戦闘モードから呼び戻され、どこかふわふわとした気持ちのままで、ロコをたしなめる。
手をほどいてもらった上で、俺はようやく振り返ってロコを見た。
キラッキラの瞳でこちらを見上げるロコに、気恥ずかしさと共に達成感も湧いてくる。
何よりロコの喜びようを見ていると、こっちも幸せな気分になる。
あれ、でも何か忘れてるような、と思った、その瞬間だった。
――トスン。
胸の辺りで、小さな音がした。
「あっ」
「……え?」
視線を落とすと、胸から何かが生えていた。
いや、これは……。
「……矢じり?」
口にした瞬間、穴が空いた胸から、血が噴き出す。
遠くなっていく意識と、浮かび上がる記憶。
あぁ、そういえば……。
コボルトアーチャーのこと、すっかり、忘れて……。
「――ルキ、さん? あ、あ、やあああああああああああ!!!」
俺は死んだ。
スイーツ()!!
とりあえずここまで
書き溜めはちょっとあるのでしばらくは毎日投稿!
できたらいいなーと思います
0時更新だと来た感想見たりしてつい夜更かししてしまうという
構造的な欠陥に気付いたので更新時間は変えるかも