第四十三話 大魔法使いリリシャと旅の終わり
あけましておめでとうございます!!!!
(日付から目を逸らしながら)
――黒い鎧に背負われて、荒野を行く。
居住性など当然考慮されていないその背の上は、お世辞にも居心地がいいとは言えない。
絶えず襲ってくる振動と、上下動による視界のブレが精神を削る。
それでもわたしは、空に向かって叫び出したいくらい、最高の気分だった。
マーケットにこもっていたわたしにとって、外は死の世界だった。
ただ一歩外に出るだけで命の危険がつきまとい、長く留まればそれだけ死へと近付く、地獄にほど近い場所。
だから、数日をかけて別の場所に逃げ込むなんて、ほとんど選択肢にすら入ってはいなかった。
(なのに、わたしはこうして外の空気を吸って、太陽の下を進んでいる!)
自然の匂い。
肌を撫でる風。
照りつける太陽。
全てが新鮮で、全てが愛おしく思える。
いつだって外に出る時は命懸けで、恐怖に震えていた。
だから、わたしが本当の意味で「外」を堪能するのは、実に一年振りくらいだと言えるかもしれない。
もちろん、まだ危機は去っていないし、依然として状況は絶望的。
それでも大好きな人と、この漆黒の鎧をまとったガーディアンがいれば、あるいは、と思ってしまうのだ。
「……あなたは、どうなのかな」
言いながら、そっと黒い鎧を撫でる。
ガーディアンの元になった、オリジナルのルカさんは、わたしの憧れだった。
誰よりも気高く、誰よりも美しく、そして誰よりも強かった彼女は、わたしとルキを引き合わせてくれた人でもある。
エックスデー。
プレイヤーによる大反攻作戦でも、最前線に近い場所に配属され、活躍して……。
そして、そのまま帰らぬ人となった。
そんな恩人を模した相手に背負われていることに、思うところがないはずもない。
けれど今は、そんな感傷には蓋をする。
(まず生き残らなくちゃ、何も始まらない、から……!)
しかし、そんなわたしの決意とは裏腹に、旅は、怖くなるほどに順調に進んでいた。
まず第一の要因は、当然ギャザルホルンにあるのだろう。
ギャザルホルンの効果で魔物がマーケットの方に集まっていてほかの手薄になっているというのが一点。
それから、ギャザルホルンの影響下にある魔物は索敵より移動を優先するため、戦闘にならないことが多い、というのも大きい。
そして、二つ目の要因はなんと言っても黒騎士の、〈ルカ〉のおかげだ。
ガーディアンだという黒い騎士の走りは、その見た目に反してとても速い。
自分が魔法使い系ジョブで重い装備を身に着けていないことを差し引いても、人を一人背負ってこの移動速度を維持できる、というのは瞠目に値する。
牢獄の跡地では圧倒的な戦闘能力を見せつけた黒騎士だったけれど、わたしを背中に乗せてからは一度も戦闘はせず、ひたすら移動と回避に専念している。
流石に狼や鳥などの動きの速いモンスターには追いつかれることもあるが、オーガやコボルトなどの人型に近いようなモンスターなら、単純な速度で置き去りにできる。
おかげで、無駄な戦闘が起こすことなく、先を急ぐことができている、というワケだ。
それに、ガーディアンである「彼女」には疲れがないことも大きい。
肉体的な面でも、精神的な面でも疲労とは無縁であるこの黒い騎士は、どんな状況でもブレることなく、常に最高の効率で移動を続けられる。
これなら「二日で闘技場まで到達する」という荒唐無稽とも思えるプランも実現してしまうのではないかと思わせてくれる。
だけど、本当に驚くべきは……。
(ルキ……)
数メートルほど先を行く、もう一つの人影に視線を向ける。
人間とは一線を画すスペックで移動を続けるガーディアン。
その速度に、ただの人間であるはずの彼は平然とついてきている。
いや、それどころか、一定の速度で進むガーディアンの先を進んで先導し、たまに振り返ってわたしの様子を伺う余裕すらある。
大きなストライドで進むルキの動きは、一言で言えば速い。
〈ルカ〉が自分の身体スペックに任せ、その脚力で強引に速度を出しているのに比べて、ルキのそれには何かしらの技術、ギミックの存在を感じ取れる。
ルキ本人からも、「移動中は技能の効果で集中しなくちゃいけないから、会話は出来ない」と事前に言われている。
だから、その速度は何かしらのスキルやアビリティの効果のはずだ。
――でも、それはおかしい。
わたしは過去に、エリンやほかのプレイヤーが、移動系のスキルを使って動くところを何度も見てきた。
けれど、ルキの動きはそのどれとも違う。
それに、ルキの職業はジェネシスにおける最弱職の〈駆け出し冒険者〉。
そして、駆け出し冒険者に移動に関するスキルなんて一つも存在しないのだから。
※ ※ ※
どれだけの時間、進んだだろうか。
やがて、世界を支配していた作り物の太陽は東の空に沈み、世界を夕闇が覆い始める。
黒い騎士の背の上で、ぶるり、と震える。
暗闇は、人に本能的な恐怖をもたらすという。
あるいは、わたしにとっての夜が、魔物の襲撃に怯える恐怖の象徴だったこともきっと関係しているのだと思う。
(何も、見えない)
移動していることとあいまって、視界は最悪だ。
かといって、明かりはつけられない。
モンスターの中には光を察知するものも多い。
そして、夜は魔物の力を強くする。
ガーディアンである〈ルカ〉は分からないが、プレイヤーであるわたしとルキは、視界不良というハンデを背負ったまま、強くなった魔物と戦わなくてはいけなくなるのだ。
今魔物に襲われたら、と思うと背中を冷たいものが伝う。
「……ルキ!」
耐え切れなくなったわたしは、暗闇にぼんやりと浮かぶ背中に呼びかけた。
返事はない。
その背中が暗闇に溶けていってしまうような恐怖に駆られたわたしは、もう一度強めに名前を呼んだ。
「――ルキ!!」
影が消える。
ガーディアンが止まって、静寂だけが辺りを満たす。
声も出せない。
世界にたった一人で投げ出された恐怖に、身体を強張らせた時、
「……シア」
優しく手を握られる感触と共に、目の前にルキが現れた。
そこでようやく、自分が順調だった旅を止めてしまったという事実に気付く。
「ご、ごめんなさい。外が、暗く、なってたから」
わたしの言葉に、ルキは目をぱちくりとさせ、「ああ、気付かなかった」とつぶやくと、少し考えたあと、奥を指さした。
「あそこに岩場がある。少しだけ、休もうか」
※ ※ ※
ガーディアンの〈ルカ〉に見張りをお願いして、わたしたちは岩場に背中を預けた。
ルキと肩を寄せ合って、身体と心を休める。
「ん……」
小さく伸びをして、そこでようやく、自分が疲弊していた事実に気付く。
ゲームの身体は本質的には疲れることはない。
フードポーションやクリアポーション、それにドリームポーションを飲めば、理論上は不眠不休での作業が可能になる。
けれど、心は別だ。
どんなにゲームの身体が疲れ知らずでも、その中身はただの人間に過ぎないのだから。
「あ、そうだ」
そう言って、ルキが出してきたのは、袋に入ったクッキーだった。
十枚ほど入ったそれを、二人で分けて食べる。
「あ、おいし……」
こんな極限状態なのに、信じられないほど幸せな時間だった。
「だろ? これ、ロコも好きなんだ」と笑ったルキにちょっとだけムッとしてしまったけれど、そんな余裕がある自分に、自分自身で驚く。
「……これから、どうするの?」
クッキーを食べ終わって人心地がついた頃、わたしはルキに問いかける。
夜は魔物の活動が活発になる。
このまま進むのは危険だけれど、かといって休む場所もない。
「夜の間も進もう。出来るだけギャザルホルンの影響が残っている間に距離を稼いでおきたい」
「そう、ね」
その理屈も分からなくはない。
それに、隠れる場所がないのなら、進んでも止まっても同じ、という考え方もある。
「じゃあ……」
ここからは寝ずの進軍となる。
わたしは眠気をなくすドリームポーションへと手を伸ばすが、それをルキに止められた。
「シアは少し、眠った方がいい」
「でも……」
ルキはしっかりとドリームポーションを飲んでいた。
ここで、自分だけ眠るなんて……。
「〈ルカ〉の背中なら眠っても大丈夫だよ。明日もあるんだ。しっかりと休んでもらった方がいい」
「……うん」
悔しさを呑み込んで、わたしはうなずいた。
夜目の利かないわたしが起きていても、役には立たない。
「ごめん。わたし、迷惑かけて、ばっかりで……」
「何言ってんだよ。シアには今まで散々世話になったからな。今日くらいは休んでていいんだよ」
気遣いの言葉が、嬉しくて、辛い。
けれど、無理をしてルキの足を引っ張ることだけは、したくなかった。
それから五分ほどの後、わたしはふたたび〈ルカ〉の背に戻る。
辺りは暗く、前を行くルキの背中すら見えないほどだったが、もう恐怖はなかった。
「よろしく、ね」
〈ルカ〉に身体を預け、目を閉じる。
眠れるだろうかと不安になったが、やはり疲れていたのだろう。
睡魔はすぐにやってきた。
こうして、激動の一日が終わった。
※ ※ ※
わたしが目を覚ますと、夜はいつのまにか明け、空には燦燦と輝く太陽が昇っていた。
……二日目の、朝だ。
無理な姿勢ではあったけれども、睡眠を取ったことで心身が快復したのを感じる。
今日が正念場だ。
わたしはルキに起きたことを告げて、インベントリから杖と発煙筒を取り出して構えた。
たぶん、わたしにできることはそう多くない。
状況を、逃さないようにしないと。
二日目の旅路は、昨日ほどに容易くはなかった。
ギャザルホルンの影響は薄まり、また、マーケットから離れたことで、敵のレベルは上昇した。
今までのように逃げ一辺倒が通用しなくなっていき、何度かの小競り合いを続けて、かろうじて進み続けている。
……と。
「――ッ!」
不意に、先頭を行くルキが、その場に立ち止まる。
続いて示されたハンドサインに、わたしは身を強張らせた。
(――敵!!)
それも、あえて立ち止まってまで相手をするような、特別に厄介な敵が現れたということ。
黒い騎士の首に手を回したまま、ぎゅっと杖を握り締める。
「あれは……!」
飛び出してきたのは、エメラルドウルフ。
足が速く、集団戦を得意とする厄介な魔物で、レベルによる補正を加味すればあからさまに格上。
当たり所が悪ければ、一撃で殺されることすらありえる。
それに、何よりも数が多い。
おそらく十を超える数の狼は、はっきりとわたしたちを獲物と見定め、走り寄ってきていた。
先に動いたのは、ルキだった。
まるで狼たちを挑発するように動いて、過半数、おそらく八匹ほどのエメラルドウルフたちを引き付けた。
「待って!」
反射的に叫んだけれど、その言葉が届くはずもない。
それよりも残った三匹の狼がこちらに駆け寄ってきていて、わたしも対応を余儀なくされた。
黒い騎士と、狼が向き合う。
〈ルカ〉の力は信頼しているけれど、いかに〈ルカ〉が強くても三匹に囲まれては不利になるし、背後から襲われればわたしが狙われることもありえる。
わたしの額を、汗が伝った。
しばしのにらみ合いのあと、先制攻撃をしかけたのは、わたしを背負った〈ルカ〉だった。
「スキルコール:スティンガー!!」
宣告と共に、電光石火の動きで〈ルカ〉が剣を突き出す。
その一撃は、確かに狼を捉えたが、
(倒しきれていない!?)
わずかに身体をひねったことで、急所を外したか、あるいは単純にレベルのおかげか。
ウルフは吹き飛ばされ、地面に倒れたものの、いまだ消滅はしていなかった。
(来るっ!)
そして、技の硬直で動けない〈ルカ〉に、狼たちの反撃が飛ぶ。
呼吸を合わせた、二方向からの爪と牙の襲撃!
「――――!」
しかし、漆黒のガーディアンは、それをあっさりと凌いでみせた。
(すごい……!)
片方の攻撃を剣で、もう片方の腕で、それぞれ受け止める。
わたしなら一撃で戦闘不能に陥りかねない攻撃を同時に受けても、よろめきすらしない。
ただ、エメラルドウルフたちも、ただでは終わらない。
ルカの腕と剣に組み付き、その動きを封じる。
そこに走りこんできたのは、最初の一撃で倒れたエメラルドウルフ。
瀕死のはずのその魔物は、血を垂れ流しながら、地面を蹴り、両手を封じられて無防備な〈ルカ〉めがけて飛び上がって、
「なめ、るな!!」
わたしは目の前のエメラルドウルフに向けて、杖を突きだした。
「火球!!」
起動キーを唱えた瞬間、火の玉が現れ狼の顔面を焼く。
「ギャアゥ!」
耳をつんざく狼の悲鳴。
突然の反撃に遭ったエメラルドウルフはもんどりをうってその場に倒れ込むと、そのまま光の粒子になって消えていく。
(……やっと、一匹)
わたしが息をついたその時、ちょうど〈ルカ〉も左右の狼を振り捨て、仕切り直しの状態となる。
(早くこいつらを片付けて、ルキを助けにいかないといけないのに……)
焦る気持ちを抑え、残る二匹の獣に向き直る。
わたしが汗のにじむ手でファイアロッドを握り直した、その時だった。
「え……」
横合いから叩き込まれる一閃。
いつのまにかやってきていたルキが剣を振るい、狼はあっさりと宙を舞う。
「ル……」
名前を呼ぶ暇すら、なかった。
空を舞う狼を追撃で仕留めた彼は、一瞬でもう一匹の狼に肉薄。
怒り狂った狼の爪による一撃を冷静にさばき、返す刃で斬り伏せた。
「あ……」
言葉が、出なかった。
わたしたちを苦しめた狼は、ほんの一呼吸のうちに物言わぬ骸と化していた。
そして、ルキを追っていたあの八匹の狼も、おそらく。
ルキはわたしの無事を確認して、一瞬だけ優しい顔を浮かべたかと思うと、すぐに何事もなかったかのように進路を戻して走り出す。
その姿に、ぞわり、と背筋が震えた。
わたしが一瞬であっても死を覚悟したこの戦い。
それが、彼にとっては危機でも何でもなかった、と分かったからだ。
(つよ、すぎる……)
それは、とても喜ばしいことのはずだ。
その、はずなのに……。
夕日に染まった大地を駆けるその背中に、わたしは漠然とした不安を覚えずにはいられなかった。
※ ※ ※
二日目の夜が迫る。
旅路は、さらに困難なものとなっていた。
ギャザルホルンによる恩恵はすでになく、天秤値が最高値を取り続けた場所の魔物の強さと密度は、もはやわたしの想像を超えていた。
まず最初に、わたしの火球が通用しなくなった。
どれだけ魔法を当てても怯むことすら稀になった時、わたしは自分の役目が終わったことを悟った。
そして、敵の強さの上昇の影響は〈ルカ〉にも現れる。
今まで一撃で倒せていた敵が、二撃、三撃とかかるようになり、ついには一対一でも全く魔物を倒せなくなってくる。
けれど……。
けれどそんな中でも、ルキだけは変わらない。
どんな相手と切り結んでも数合と経たずに打ち倒し、全く途切れることのない集中力で、次の敵を狙う。
「どう、して……」
疑問が、口から零れ落ちる。
――だって、その強さは、明らかに「異常」だ。
ルキが「努力をしている」というのは知っていた。
彼がいない時に、ロコがこっそりと「ルキさんが塔の外に出ている」という話を教えてくれてはいた。
けれど、ルキの強さが本当に塔の外で魔物と戦える域に達していたなんて、いや、そもそもそんな人間がいるということすら、わたしには想定できてはいなかった。
思えば、〈ルカ〉の話を聞いた時点で、おかしかった。
ルキは、ソロモンの指輪の効果で〈ルカ〉のレベルを上げた、と言っていた。
だとしたら、ルキはどれだけの経験値を〈ルカ〉のために捧げたのか。
どれだけの魔物を屠ったら、たったレベルが百しかないガーディアンを、万を超えるレベルを持つ魔物を倒すまでの強さに鍛え上げられるのか。
考えれば考えるほど、怖くなる。
わたしは、極端に低い防御能力と、実質一日に一回しか戦えないというリスクを負い、常に食べ物でHPSPを回復しなければならないという犠牲を払って、ようやくフィールドのモンスターを倒せるだけの力を手に入れた。
そのわたしが全く敵わないほどの力を持つルキは、一体どんなリスクを負って、どんな犠牲を払って、その強さを手に入れたのだろう。
(わたしが、彼を助けるはずだったのに……)
拳を握り締めて、けれど今のわたしはあまりにも無力だった。
わたしはただ祈るように彼の背中を見つめて、どうか彼が無事に戦いを終えますように、と祈ることしかできなかった。
※ ※ ※
そして……。
ついに太陽が、大地に沈む。
ここから先は、夜の世界。
魔物たちが力を増し、獲物を貪る魔の時間帯。
休もう、とはもう言えなかった。
見晴らしのよい場所しかないこの状況では、小休止をすることも命取りだ。
「くっ!」
手持ちの発煙筒は使い切り、ファイアロッドも今は使えない。
ひっきりなしに襲ってくる魔物に対して、わたしは〈ルカ〉の背から落ちないようにするだけで必死だった。
〈ルカ〉の攻撃は魔物に対してもはやほぼ有効打にならない。
けれど、その防御だけはいまだに鉄壁だった。
どんなに鋭い一撃も、どんなに重い一撃も、まるで痛痒すら感じていない様子で、その鎧で受ける。
ただし、いかに彼女が鉄壁でも、その背に乗ったわたしはそうもいかなかった。
「あれは……!」
背後から吹き荒れるブレスの光に、わたしの背筋は凍る。
死んだ、と確かにそう思った。
だが、
「ルキ!!」
おそらくわたしを一秒もかからずに焼き尽くせるだけの熱量を持ったブレスが、一瞬で吹き散らされた。
そして、ルキがただ一瞬剣を向けるだけで、高熱のブレスを放った魔物は不可視の一撃に貫かれ、その場に倒れ伏した。
圧倒的な強さ。
それでもなお、わたしたちの状況は少しずつ悪くなっていた。
「敵の数が、多すぎる」
倒す速度よりも、敵がこちらを見つけてくる速度の方が速い。
前に進めば進むほど、こちらを囲むモンスターの数は増えている。
(このままじゃ……)
焦燥に、わたしが手に持った杖を握り締めた時だった。
「――来た!」
待ちに待った感覚が、やってきた。
声の限りに叫ぶ。
「ルキ!! 下がって!!」
言葉が正しく届いたのかは分からない。
ただ、ルキはわたしの意図を察し、その場から離れてくれた。
わたしができる、唯一のこと。
わたしができることは、昔からこれしかなかったから、だから……。
杖を突きあげ、そして唱える!
「――カラミティ・バースト!!」
放たれた魔法が、フィールドを染め上げる。
地獄の業火は大地を焼き、空を焦がす。
焼けただれた魔物が、苦しむようにのたうつのが分かる。
そうして生まれた空隙に、希望の道に、わたしたちは飛び込む。
魔法に耐えた魔物たちも、そのほとんどがダメージを負ってすぐには動けない。
そして、その先に……。
――見えた!
暗闇に、闘技場のネオンが煌々と灯っていた。
希望の灯に向かって、わたしたちは進む。
「あと、少し……!」
魔物たちの襲撃も、苛烈さを増す。
カラミティ・バーストの火が魔物を引き付けたのか、せっかくできたはずの空隙を、ふたたび魔物たちが埋め尽くす。
「あと少し、なのに……!」
押し寄せる魔物の数に、ついにわたしたちの足が止まる。
そして、闘技場の方角から、さらに数百ものモンスターたちが押し寄せてくるのを見て、わたしは自分の死を悟った。
それでも、
「あきらめ、ない!」
ファイアロッドを手にして、わたしはモンスターたちをにらみつける。
一人でうなだれていた、あの時とは違う。
わたしの隣には、ルキがいる。
だから最後の最後まで、あきらめるワケにはいかない。
わたしはファイアロッドを構え、火球を放とうとした、その時、
――魔物が、魔物に噛みついた。
「……え?」
何が起こったのか分からず、呆然とする。
見れば、新しくやってきた魔物たちは全て、周りにいたモンスターに攻撃を仕掛けていた。
「なに、が……」
戦闘も忘れ、ただ戸惑うわたしに、答えは唐突にやってきた。
「――まったく! 連絡の一つも寄越さないで、勝手なんだからさ! こうして迎えに行く方の身にもなってほしいよね!」
懐かしい声に顔を上げる。
そこには、黒い馬の魔物に乗って、得意げな顔をしている少女の姿。
「リュー!!」
叫んだわたしの姿に、彼女は一瞬だけニカッと笑うと、すぐにいつものようにふざけた口調で手招きをした。
「でっかい花火が見えたからさ。ちょっと様子を見に来たんだよ!」
それが言うほど簡単ではないことは、わたしにも分かった。
それでもこうして命を懸けて助けに来てくれたことに、悔しいけれど涙腺が緩んでしまう。
「それよりほら! 早く早く! 僕のカプモンじゃ、時間稼ぎにしかならないんだから!」
その言葉の通り、あれほどたくさんいたリューの魔物たちは、この数秒の間にも数を減らしていた。
まさに鎧袖一触、というように、攻撃が当たった側から蒸発していく。
それでも、敵の注意さえ逸れれば、あとはただ走るだけだ。
ルキが道を塞ぐ魔物だけを倒し、クリアになった道を、馬に乗ったリューと〈ルカ〉に背負われたわたしが駆け抜ける。
「よっし、ゴォオオオオオオル!」
リューの明るい声と共に、わたしたちは闘技場の中に雪崩れ込んだ。
そのまま〈ルカ〉の背から転がるように落ちて、床に転がった。
闘技場の真っ白い天井の、人口の明かりがまぶしい。
どうしようもなく涙でにじむ視界の中に、懐かしい顔が浮かぶ。
(ルカさん。ギルマス。エリン。ごめんね。そっちに行くのは、もう少し先になっちゃうみたいだけど……)
突然泣き出したわたしに、ルキとリューが駆け寄ってくるのが分かる。
そんな最高の仲間に囲まれながら、わたしはやっと、決意を固めた。
(――わたしはここで、生きていきます)
次回シア救出編ラスト
更新は明日です
前回も宣伝しましたが、ラストルーキーばっかり書いてると頭おかしくなるので新作も書きました!
作品タイトルは「主人公じゃない!」で、リンクはたぶん下に出てると思います
経験上、連続更新止まったら死ぬので、新作のストック放出してる間にこっちを書き進められたら……という皮算用なんですが、まあ、その、応援よろしくお願いします!




