第四十一話 罪と罪
また遅くなったけど、どうせみんな復活したソリオン読んでて忙しいだろうから実質遅れてないよね!
ひとしきり、再会を喜び合ったあと……。
「……は、はずかしいとこ、見せちゃったわね」
シアは俺から名残惜しげに離れると、コホンと咳ばらいをして言った。
俺もシアを見つけてすっかりゴールした気分に浸っていたが、むしろここからが本番だ。
あらためて、気合を入れ直す。
「浮かれるのはあとにするわよ。今は生き残ることだけを考えないと」
などと言いつつも、シアも手だけはしっかりと俺の手を握り締めていて、何だか口元がにやけそうになってしまう。
「わ、笑わないでよ! そういう顔されると、な、何だかこっちも、照れてきちゃう、でしょ」
恋人つなぎにした手をもぞもぞと動かしながら、シアは口元をとがらせる。
しかしまずは、状況の確認だ。
メニュー画面から時計を見ると、現在の時刻は14時38分。
このマーケットが崩壊するまで、あと二十分ほどしかない。
俺はそれを見て危機感を募らせたが、シアの方は「……まだこんなに時間残ってたんだ」と何やら複雑な様子だ。
「とにかく、ここが崩壊して周りのモンスターたちが押し寄せたら、一巻の終わりだ。それまでに、ここを脱出する必要がある」
「待って! そういえば、ルキはどうやってここまで来たの? 全力でギャザルホルンを使ったから、普段とは桁の違う数の敵がいたはずでしょ。それに、あんたは、その……」
そこで言いよどむ。
シアは、俺のクラスが駆け出し冒険者だと知っている数少ない仲間だ。
だが、もうそれで悩んでいるような時期はとうに過ぎた。
俺は軽く首を振ると、努めて何でもないような口調で答える。
「あれだけの数の敵、どうにか出来る訳ないだろ。ほとんどずっと逃げて、何とかここに駆け込んだんだ」
「……無茶、するんだから。バカ」
俺の言葉に、何を思ったのだろうか。
刺々しい言葉とは裏腹に、握っていた手が優しくなでられる。
「それと、移動には、なんというか、ちょっと特別な方法を使ったんだ。その、昔『牢獄ワープ』ってのが流行ったってチャットで話題になっただろ」
「うん。……あ、じゃなくて。ん、そうね」
素でうなずいてしまって、慌ててシアらしいツンツンとした言い回しに直す。
そういうところが可愛いと思ってしまって、余計にその先を口にしづらくなってしまった。
「あー。本来の牢獄ワープは、捕まってから釈放されると牢獄前で解放されることを利用して、牢獄のあるエリアに飛ぶ技術だった。まあそれは、釈放で元いた場所に送り返されるようになって、使えなくなった、らしいんだが……」
「あ! 今は牢獄自体がないから、逆に釈放されるまでの間、牢獄のあったエリアまで飛べるんだ!」
俺の解説に目を輝かせるシアだったが、そこでふと、首を傾げた。
「あれ? でもNPCはもういないわよね。どうやって、犯罪を……」
「それは……。プレイヤーには、『性的接触禁止』の設定がある、だろ。それを、ロコに設定してもらって……」
「……ぁ」
それで、全てを察したらしい。
それまで躁状態に近いほどだったシアが、不意に表情を暗くして、視線を下げた。
「そっか」
無意識に、だろうか。
握っている手に、痛いほどに力が籠められる。
「……そう、なんだ」
シアは噛み締めるようにもう一度そうつぶやいて、そこで俺の視線に気付いたらしい。
ハッとしたように顔を上げて、弁解する。
「だ、大丈夫! 別に気にしてないから! 命が懸かってるんだもん! そんなの、べつに……ぜん、ぜん……」
言葉は、だんだんと小さくなって、消えた。
「…………」
「…………」
二人の間に、気まずい沈黙が広がる。
ここで話を切り出すのは気が咎めたが、もう時間はない。
「ただ、この方法でシアを塔に連れていくことは出来ないし、どのみちシアは塔には入れない。だから、俺たちは闘技場を、リューのところを目指すのがいいと思う」
「リュー、の? だけど、ここからだと……」
「普通に歩けば、一週間はかかる。だけど、それ以外に方法はない」
俺が言い切ると、シアも覚悟を決めたようにうなずいた。
「幸い、ギャザルホルンの効果が予想外に強い。マーケットのフィールドから離れれば、数日の間はいつもより格段に安全に旅が出来ると思う」
「問題は、マーケットの周りの敵をどうするか、よね。わたしが魔法を使えればよかったんだけど……」
考え込むシア。
実はその解決策は、すでに用意している。
が、それを口にするのは、流石に少し、ためらわれた。
「……牢獄ワープを、使うべきだと思う」
「え?」
目を丸くするシアからわずかに視線を逸らして、早口に説明をする。
「牢獄は、このフィールドから少し離れた場所にあるし、ここよりは闘技場に近い。二人同時に飛ぶことが出来れば……」
「ま、待って! ルキはもう収監されてる状態なんでしょ? ここでもう一度、牢獄に移動なんてできるの?」
シアが尋ねてくるが、この辺りの仕様については事前に徹底的に調べている。
「出来る……と思う。流石に収監中に新しい犯罪を犯すのは想定されてないみたいだけど、基本的に刑期は罪が複数ある場合は加算されるのは確認したし、牢獄への転送判定は犯罪を起こす度に発生する。それに、キャンセルが出来るせいか、判定もかなり機械的だから、両方が『性的接触禁止』をつけていれば、たぶんお互いがお互いに対して犯罪を起こした認定になって二人同時に牢獄まで飛べるはずだ」
俺がそうやって言い切ると、
「そっか」
シアは考え込むように少し下を向いた。
そして、無意識にだろうか。
指で唇をなぞる。
「……そう、なんだ」
その唇から、押し殺したような声が漏れる。
うつむいたその顔は、けれど少し、笑っているようにも見えた。
「よ、し」
ふたたび顔を上げたその時には、シアの顔には強い意志が宿っていた。
細い指が躍って、中空に文字を描き出す。
「そういうことなら、仕方ないわ。『性的接触禁止』をオンにすればいいのよね」
「あ、ああ」
語気に押されるように、俺も『性的接触禁止』の設定を入れる。
ちらりと時間を確かめると、マーケットの崩壊まであと五分にまで迫っていた。
※ ※ ※
それから、持っていきたいアイテムなど、細かい段取りの話をする。
ただ、どう見てもシアはそわそわと落ち着きがなく、あまり集中出来てはいないようだった。
全ての準備が終わって、俺はシアと向き直る。
「じゃ、じゃあ。その、やるわよ」
「……ああ」
俺がうなずくと、シアは視線を鋭くして、強い口調で言い放つ。
「生きるか死ぬかの状況で、色恋がなんだとかキスがどうこうとか、言ってられないわ。だから……。だから、いい……よね?」
今度はうなずくに留める。
「いく、わよ……」
握ったままのシアの手が、緊張から強張るのが分かる。
お互いの顔がゆっくりと近付いて、唇がわずかに触れ合った、一瞬後。
「ひゃ、わ、わ!」
まるで火傷でもしたかのようにシアが飛びのき、バランスを崩してそのまましりもちをついた。
同時に俺たち二人の前に、ウィンドウが開く。
《プレイヤーネーム〈リリシャ〉を性的接触により告発します!》
《よろしいですか? はい いいえ》
倒れ込んだままのシアは、しばらく呆然としていたが。
「これが出てきた、ってことは……」
「成功、だな」
俺が答えると、シアは人差し指の腹で自分の唇にそっと触れて、
「そっか……。そっかぁ」
と何度もうなずいたのだった。
※ ※ ※
視界が歪み、空気の質が変わる。
「ここ、が……」
俺たちはお互いに至近距離で向き合ったまま、牢獄跡地に立っていた。
どうやら、無事に転移出来たようだ。
事前の仕込みが効いているのか、その場にモンスターの姿はなかった。
ホッと胸をなで下ろす。
「これで、第一関門突破、よね。すぐにここを離れて……」
「いや、それは駄目だ」
シアも安心したようにそう漏らすが、これであとは逃げればいい、というものでもない。
「定められた刑期が終わると、俺たちは『最初に犯罪を犯した場所』に戻る。つまり、俺は塔に、シアはマーケットの跡地に転送されることになる。そうなれば……」
「今度こそ、わたしは死ぬ」
その問いに、俺は無言でうなずいた。
「だからそのためには、シアだけが刑期を延長する必要がある。まあ、それは単に、片方だけが『性的接触禁止』を解けばいいだけなんだけど……」
「だけど?」
「問題は、罪を犯す度にここに転送されるってこと。だから、刑期を伸ばすのは、この場所でしか出来ないんだ」
告発をキャンセルすれば、罪の加算自体が行われない。
刑期を増やすためには、牢獄への転送のプロセスは避けられない。
俺の話を最後まで聞くと、シアは考え込むような表情で、俺に確認を取る。
「それってつまり……。わたしが生き残るためには、今この場で、罪を重ねるしかない、ってこと、なんだよ、ね?」
「あ、ああ……」
誘われるように、うなずく。
「……だったら、仕方ない。仕方がない、よね」
シアは言い訳するようにそうつぶやいて。
熱に浮かされたような視線が、俺を見据えたのが分かった。
「シ、ア……」
赤く染まった顔が、かすかに潤んだ瞳が、俺の視界を捉え続ける。
見慣れているはずのシアの顔から、目が離せなくなる。
「これは、仕方のないことだから。だから……」
寄り添っていた距離が、さらにゼロに近付く。
触れ合った場所から、お互いの鼓動が、肌の熱が伝わる。
互いの視線は互いの姿に占有され、二人以外の全てが消える。
彼女はそっと俺の首に両手を回し、ささやいた。
「――わたしに、一生分の罪を、ください」
そうして、二つの影は重なり合い……。
シアの懲役は、三百年になった。
大犯罪者!!
次回更新は明日です




