第四十話 崩壊を告げる音
何か物足りないなーと思って原作者の知らないドラゴンを書き足していたらいつのまにか日付が
太陽の位置から方角に当たりをつけて進み始めたが、懸念材料だったマーケットの場所は調べずともすぐに分かった。
なぜなら、至るところに目印が歩いていたからだ。
(あの群れは東の方の森にいるエメラルドウルフだよなぁ。あっちのはオーガの色違いに、あのトンボみたいなのは突撃ヤンマだっけか。って、あそこにいるのマッドキャンサーじゃないか! あんなのまで来てるのかよ!)
まるでモンスターの見本市。
多種多様、種々雑多な魔物たちが、たった一ヶ所を目指して進んでいく。
それは、異様な光景だった。
(大魔法使いってのは、ほんととんでもないな)
チャットが終わった直後にシアが使ったであろうギャザルホルン。
それは、フィールドの垣根を越えて魔物を呼び寄せる唯一無二の魔法だ。
これだけの魔物をたった一人のプレイヤーが動かすなんてのは、ほかの職業ではありえないことだろう。
プレイヤーの代表とも言える勇者だって、ここまでの影響力を持てるかどうか。
(しかし……これは厳しいな)
最初はよかった。
ギャザルホルンの影響で移動を余儀なくされているモンスターは、フィールドを巡回している時よりも総じて索敵能力が下がっている。
間隔をあけて並走するモンスターなどもはや目的地への矢印に過ぎず、タゲを取られない程度の距離を取っていれば攻撃をされることもなかった。
ただ、進み続けて一時間が経ち、マーケットにも近付いてきたかと思った辺りで、状況が変わった。
俺が普段探索している天秤値がカンスト近いフィールドと比べても、明らかにモンスターが多いのだ。
(こういう時に、ハイド系のスキルかアビリティがあれば……)
ないものねだりをしてしまうが、今さら嘆いてももう遅い。
そもそも俺のキャラクタービルドは、バランス型。
攻撃、防御、速度に均等にアビリティを振って、どんな相手とも戦えるように、どんな状況にも広く対応出来るように最大限の構成を目指してはいる。
ただ、俺の戦闘スタイルは一対一に特化している。
初心者の塔の周りにいるオーク程度であれば集団戦もこなせるが、多彩な攻撃方法を持つ相手や素早い相手に同じことが出来るかというと難しい。
「――っと」
首を薙ぐように放たれた赤い殺意を、身を縮めるようにして避ける。
頭の上を風の刃が通り過ぎていくのを肌で感じながら出どころを探ると、そこには薄い羽を生やした妖精がきゃっきゃと笑っていた。
(シルフ……か、その亜種か? 把握しきれないぞ、こんなの!)
追撃の予感に俺は足を強く踏み出し、瞬間的に速度を上げる。
幸い、シルフらしきモンスターは俺を追うことにはあまり熱意を持っていないようで、ふわふわと浮かんでいるまま、距離を離していった。
大きく腕を振り、蹴り上げるように足を動かして、荒野を駆ける。
こればかりは長年の探索が実を結んだと言うべきか、おそらく他人が見れば目を見張るほどの速度で移動することが出来ていた。
足の遅いオーガやキャンサーはもちろん、エメラルドウルフすら後方に置き去りにして、俺は走り続ける。
ペース配分は考えない。
どうせ疲労なんてないし、たかだか二時間程度、休む必要も感じない。
速度については、多少の自信はある。
このまま魔物たちを全部すり抜けて、マーケットに駆け込む!
その気概のまま、足を奔らせること、しばし、
(見え、た!)
はるか遠く、豆粒ほどの大きさではあるが、俺の両目は確かに建造物を捉えていた。
この世界、この地域に、現存する建築物はもはやシアのいるマーケットだけ。
俺はやっと、目指す先を見つけたのだ。
(間に合った!!)
達成感に、自然と足にも力がこもる。
あと少し、あと少しでシアに会える。
その、はずなのに……。
(おいおい! 多すぎだろ、いくら何でも!!)
マーケットに近づけば近づくほど、モンスターの数が増えていく。
先程までも異常とも言える数の敵の多さだったが、その増え方はマーケットが近付くにつれ、加速度的に上がっていった。
魔物の集団の隙間はもはや数メートルしかなく、こうなれば索敵がどうとかいうレベルの話ではなくなる。
どこに行っても敵からの攻撃が飛んでくるが、足を止めて戦ってはそれこそ終わりだ。
四方八方から飛んでくる殺意の線を縫うように、右に左にと蛇行しながら走り続ける。
そして、そうやって回避行動を取れば取るほど移動スピードは落ち、タイムリミットが近づいていく。
(あと少し、だってのに!)
足を止め、遠回りを余儀なくされる度、生まれたはずの希望が手からこぼれおちていくのが分かる。
(ど、けよ! このっ!)
心の中で悪態をつきながら、一心不乱に進む。
今はもう、時間の確認をする暇すらない。
間に合っていると、前に進んでいると信じて、とにかく走り続けるしかない。
だが、速度が落ちればそれだけ魔物と接する時間も増えて、俺に追いついてくる魔物も増えてくる。
「チィッ!」
間延びした舌打ちが自分の耳に届く前に、空から魔物が落ちてくる。
同時に迫るのは、骨の馬に乗った、幽鬼の騎士団。
挟み撃ちになる前に、急降下する鷹のくちばしを飛び上がって迎え撃ち、返す刀で切り捨てて。
追いついてきた騎士の槍を弾き、立ちすくんだ騎馬モンスターに後続を巻き込ませて転倒させる。
「ぐっ!」
一瞬足の止まったところに打ち込まれる魔法の雨をかろうじて避けて、もう一度前へ。
集団と集団の間にわずかな間隙を見つけた俺は、すぐにそこに駆け込もうとして、
――瞬間、視界が真っ赤に染まった。
その時、咄嗟に回避行動を取れた自分を、褒めてやりたいと思う。
なりふり構わず前進。
比較的鈍重で動きの読みやすいオーガ種の集団のただなかに突っ込んだ。
同時に、背後から閃光。
オーガをいなして集団から抜け出した俺は、唖然とした。
先程まで俺が立っていたその場所。
そこから幅数メートル、長さ数十メートルの範囲が焼け焦げ、焦土と化していたからだ。
(ま、さか……)
遥か彼方から広範囲を薙ぎ払い、一撃のもとに全てを焼き払っていく熱線。
俺はこれを、シミュレーターで一度だけ、見たことがある。
一瞬だけ進むことも忘れ、俺は振り返る。
(……シア。お前、こんなものまで連れて来たのかよ)
その威容を見た瞬間、口の端が自然と歪んでいくのが分かる。
振り向いた俺の目に映ったのは、距離を置いてなお、ほかと一戦を画する存在感を放つ、一匹の獣。
ブレスを放ったままの格好で静止した、一つの巨大な影。
――フィールドボス〈ギガント・ドラゴン〉。
その名の通りの巨獣が、遥か遠くから俺を見下ろしていた。
※ ※ ※
状況は厳しい。
ただ、希望がない訳じゃない。
(あのブレスは、確か再使用まで二分ぴったりの時間がかかるはず。その間に、マーケットまで辿り着ければ……!)
もう敵がいない方を探すのはやめた。
倒しやすい魔物を選んで突っ込んで、剣で押しのけ、強引に道を作っていく。
心臓がひりつくようなギリギリを潜り抜け。
命を縮める賭けを、何度も成功させる。
それでも、
(駄目だ! これ以上は……)
それでも俺が進めたのは、マーケットまで数十メートル手前。
俺に、この集団を一気に薙ぎ払うような力はない。
そして、ついに「それ」がやってくる。
身体全体を包むような、殺意の波動。
視界全てが赤く染まるほどの、圧倒的な死の予感。
その気配に、俺は……。
――それを、待っていた!
俺は、にやりと唇を歪ませた。
群がる敵をかいくぐり、全力で横に飛ぶ。
飛び上がった姿勢の中で、巨獣から放たれた熱線が背後の空気を焦がすのを感じる。
転がるように地面に落ちて、倒れたまま俺は顔だけを上げ、その破壊の結末を見定める。
俺の身体を捉え損ねた熱線は、それでも直進を続け、地面をえぐり、立ち塞がる魔物ごと燃やし尽くし、それでも足りないとばかりにマーケットにぶつかった。
しかし……。
ジェネシスにおける建築物は、通常の魔物の攻撃による影響を受けない。
たとえそれがどんなに強力で、どれだけ破壊的な力であっても、システムによって守られている。
(は、はは……)
そして……。
熱線が通り過ぎたあとには、えぐられた地面と、焼けただれた大地だけが残っていた。
――それは、まるで俺を歓迎するかのように。
――あれだけ群がっていた魔物たちは消え去り、マーケットに続く一本の道を作っていた。
前傾姿勢のままつんのめるように立ち上がり、焼けただれた地面を踏みしめる。
そうだ。
俺に、魔物の群れを薙ぎ払うほどの力はない。
だとしても、それならば何かに代わりにやってもらえばいいだけのこと。
焦げ付いた地面を蹴りつけて、俺はついにマーケットまで辿り着く。
(入り口、は……いや!)
両脇から、背後から、魔物たちが近付いてくる気配を感じる。
ブレスが作った道も、ほんの数秒もしないうちに魔物の群れに埋め尽くされてしまうだろう。
(こうなりゃ、一か八か!)
牢獄の破壊という事件があってから、プレイヤーの攻撃が建物に作用することはなくなった。
ただ、それは補正が利かないというだけで、破壊が出来ないという訳じゃない。
俺はマーケットにとりつくと、正面の窓に向かって、思いっきり剣の底を叩きつけた。
――ピシリ。
窓ガラスに、一筋のひびが入る。
魔物たちが迫ってくる気配を背中で感じながら、俺は剣を強く握り直した。
(急げ! 急げ! 急げ急げ急げ急げ急げ!!)
焦燥に任せ、俺は必死に剣をガラスに叩きつけ続ける。
周囲から感じる圧力は痛いほどに高まっても、もはや周りを気にしている暇などない。
一度、二度、三度……。
破壊の音は、少しずつ大きく、強くなっていく。
そして……。
(――やっ、た!!)
ガシャン、という音を立てて窓ガラスは割れ、俺はそのまま建物の中に転がり込んだ。
「……つぅ」
声を殺して、立ち上がる。
乱暴な入場だったが、幸い、怪我は負っていないようだった。
目を凝らせば、目的の少女はすぐ近くにいた。
俺が入り込んだ窓からほど近い椅子に腰を掛け、身動き一つしない。
再会の期待と共に、言葉に出来ない不安が大きくなっていく。
ドクンドクンと、心臓が早鐘を打つ。
魔物の群れに囲まれていた時以上の緊張と不安で、足がすくみそうになる。
ゆっくりと、足を進める。
椅子を回りこむように進み、少女の顔を覗き込む。
「――シア」
一年間。
ずっと会いたいと思い、助けたいと思い続けた、その少女は……。
――まるで緊張感の欠片もない「へにゃっ」とした表情で、眠りこけていた。
安堵と脱力で、その場に倒れこんでしまいそうだった。
「お、お前は……。お前って、奴は……」
俺の口から笑いとも嗚咽ともつかない音がこぼれだす。
突然の笑いの衝動に、俺は必死に口元を押さえた。
「ん、ル、キ……え?」
その音を聞きつけたのか、ぐっすり眠っているように見えたシアがぱちくりと目を開き、
「え? な……え? 夢? 天国……え? えぇ?」
状況が呑み込めないのか、焦ったように手をせわしなくパタパタと動かし、答えを探すかのように、自分の身体を無意味にぺたぺたと触る。
そんな姿がおかしくて、嬉しくて。
俺は抑えきれない笑顔を隠さぬままに、シアに手を差し出した。
「……ほら」
手のひらを開いて突き出す、いつかの通信と同じポーズ。
今度こそ二人の間に、距離の壁はない。
戸惑いながら突き出されたシアの手と、俺の手が、しっかりと合わさって……。
「あ……」
じんわりとした熱を感じながら、俺はやっと、ずっと言いたかった言葉を口にした。
「――久しぶり。助けに来たよ、シア」
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