第四話 あのクソみたいなチュートリアル
――ジェネシス正式稼働、一時間半前。
急いでキャラクリエイトを終え、ジェネシスの地に降り立った俺の前に待っていたのは、怪しげなエルフの男性だった。
「僕は見ての通りエルフなんだ。自慢じゃないが、エルフのローミーと言えば業界ではかなりの有名人でね。おっと、敬語は要らないよ。僕は堅苦しいのは嫌いなんだ」
ジェネシスの驚くほどのリアルさに驚く暇もなかった。
自らを「チュートリアル担当」だと名乗るローミーというエルフは、立て板に水とばかりに一方的に話しかけてくる。
「どうやら、今日僕のチュートリアルを受ける栄えある駆け出し冒険者は二人のようだね! 歓迎するよ!」
「……二人?」
言われて視線を巡らし、俺は初めて緑髪のエルフ、ローミー以外に人がいることに気付いた。
「……っ!」
その姿を見た瞬間、息を呑んだ。
おそらく俺と同年代くらいの、女の子、だった。
種族は……セラフだろうか。
真っ白な羽と銀色の髪をなびかせ、凛と立つその姿に、一瞬呼吸を忘れるほどに見惚れてしまった。
「うんうん。二人の名前は……ルカ君とルキ君か。何だか狙ったように似た名前だね」
上機嫌に話すローミーの声に、俺は我に返る。
その口ぶりからすると、このセラフの少女はルカという名前なのか。
いや、ぼうっとしてばかりもいられない。
とにかく、自己紹介しなくては……。
と、俺が口を開きかけた時、
「……面倒ね。私一人で手早く終わらすつもりだったのに」
その美しい唇からあまり聞きたくなかった暴言が飛び出してきた。
どうやら彼女は、相当な毒舌家らしい。
あんまりな台詞に俺が呆然としていると、ローミーはクスクスと上品に笑った。
「うんうん。同時にやってきた二人が似た名前で、めずらしい有翼系種族。これは何だか運命を感じてしまうね。でもルキ君。ルカ君に見惚れてないで僕の話を聞いてね」
何だか適当なことをのたまうローミーだったが、最後の言葉は少し引っかかった。
「キャラメイクで有翼種族を選ぶのはめずらしい、のか?」
「ん? まあ、そりゃあね。ここでは身体の感覚は現実世界とそう変わりはない。自分の身体にいきなり今までなかった器官が生えるなんて、普通は気持ち悪いと思うだろう?」
「は、はあ……」
そういうものだろうか、と納得する反面、そういう台詞を有翼種族を選んだ奴に言うか、と呆れてしまう。
だが、ローミーは気にした様子もなく、勝手に話を進めてしまう。
「さて、このチュートリアルクエストでは四つのチャレンジを通じて、最低限の戦闘に関する知識と技術を身に付け、初期職業を決めてもらうよ。それでまずは、最初のチャレンジだけど……」
ローミーが芝居がかった仕種でパチリ、と指を鳴らすと、「ドン!」という効果音と共に俺たちの目の前に妙な物体が出現した。
これは……確か巻き藁とか言うんだったか。
地面に突き刺さった竹の棒に藁が巻かれた、居合の的なんかに使われるものだったはずだ。
しかし、いくらゲームの世界とはいえ、ただ少し指を鳴らすだけで、こんなものを一瞬にして作り出すとは……。
チュートリアルキャラというのは伊達ではないのだな、とローミーを見ていると、
「……なる、ほど。特別な権限持ちNPCって訳ね」
隣でルカがそう呟いたのが聴こえた。
それを知って知らずか、あいかわらずの笑顔でローミーは解説を始める。
「第一の試練は簡単。武器を使ってこの巻き藁を壊すのが試験内容さ! 切るんでも突くんでも叩くのでも、何でもいい。とにかくこいつを破壊出来れば合格だ!」
そこでローミーは言葉を切り、意味ありげに俺たちを眺めた。
「でも、それには当然、武器が必要だよね。ここで、二人が使っていきたい武器を聞いておこうか。剣、槍、斧、弓の四種類の中だったら、どれを使ってみたい? あ、別にこの結果がこれからのことに影響するわけじゃないから、気軽に答えてね」
俺とルカは思わず顔を見合わせた。
気軽に答えて、と言っているが、おそらくこれが、チュートリアル中の武器を決める、いわば最初の選択だ。
そう思うと、決して適当に決めていいものじゃないだろう。
慎重に、考える。
「……私は、剣にするわ」
先に決断したのは、ルカだった。
その涼やかな声を聞き、ローミーは嬉しそうにほおを緩める。
「うん! ルカ君は剣を選ぶか。それはいい。うん、実にいいね!」
揉み手をせんばかりに喜ぶと、
「じゃあ、君にはこれを渡しておこう」
何もない空中から一瞬にして剣を出すと、それを無造作にルカに手渡した。
突然の現実離れした光景に目を見開いていると、ローミーの視線が俺を貫いた。
――さぁ、君はどうするんだい?
なんて心の声が、聞こえてくるようだった。
――どうする? 何を、選べばいい?
まず、弓は、なしだ。
特に弓道やアーチェリーの経験者という訳でもないし、いきなりここで遠距離武器というのはリスキーに思える。
自分の性分的にも、選ぶなら近接武器……剣、槍、斧のどれか。
見栄えを重視するなら、物語の花形になりそうな剣を選びたいところだ。
しかし、これはVRMMO。
今でも現実と区別がつかないくらいにリアルな世界だ。
俺は、自分の能力を過信しない。
剣を選んで大立ち回りが出来るほど、自分が戦いのセンスに優れているとは思えない。
斧もまた、同様。
ならば……。
「――俺は、槍がいい」
少しでも遠くから、敵を一方的に攻撃することが出来て、弓よりも扱いやすい、槍が最適解だ!
間違っているかもしれない。
見当外れかもしれない。
けれど、その答えが、俺が必死に考えた末に出した答えだった。
「……なるほど、ね。槍、か。うん、悪くないと思うよ」
俺の決断を、どう受け取ったのか。
ローミーはやはり上機嫌に笑うと、俺に近付いてきた。
「じゃ、君にも武器を渡さないとね」
そうして、ローミーがやはりどこかから取り出した武器を、俺は受け取って……。
「って、これ剣じゃないか!!」
受け取った瞬間、思わず叫んでいた。
一体どういうことなのか。
俺が混乱しながらローミーの方を見ると、彼は心の底から楽しそうに、朗らかに笑っていた。
「あはは。そりゃそうだよ。このチュートリアルではその剣しか用意してないからね」
「え? い、いや、でも、俺は槍を選んで……」
「うん? 確かに君は槍を使いたいって答えたね。だけど質問をする時に、僕は言ったはずだよ。『この結果がこれからのことに影響するわけじゃないから、気軽に答えてね』って」
その言葉に、俺はなんとなく、話が呑み込めてしまった気がした。
おそるおそる尋ねる。
「つ、つまり、さっきの武器の話は……」
「聞いてみた、だ、け」
気持ち悪い台詞と共にウインクをするローミーに、俺は渡された剣を地面に叩きつけたのだった。
※ ※ ※
「さ、野蛮なルキ君のせいで無駄な時間を取られたけど、話を続けよう」
いや、お前のせいだろ、と怨嗟の視線を送るが、ローミーには届かなかった。
「まず、ジェネシスでは、武器は装備しないと意味がないんだ」
「えっ? そうなのか」
ローミーに抱いていた不信感より、好奇心が勝った。
俺が思わず反応を返してしまうと、ローミーはくっくっくと笑った。
「どんなに地球と似ていても、このジェネシスは君たちの世界とは全く別の法則が根付いている。元の世界の常識はぽーいっとしておこう。ローミーとの約束だよ」
元の世界とは常識が違う、というのは、言葉にされると意外なほどの重みがあった。
今さらなことではあるが、あまりにもこの世界がリアル過ぎて、ここがゲームの中だということを束の間忘れていた。
だが、ローミーは俺の動揺を知ってか知らずか、朗らかな口調を崩さずに次の指示を出す。
「じゃあ次は、その剣を装備してみようか。なーに、やり方は簡単だよ。剣を持った状態で『装備変更:右手』と口にするだけでいいんだ」
俺はなんとなく隣のルカと目を合わせてから、言われた通り剣を手にして、同時にその言葉を口にした。
「「装備変更、右手!!」」
すると、次の瞬間、
――デロデロデロデーロン!!
何だか不吉な音楽が、頭の中に鳴り響いた。
というか俺は、このメロディをゲームで何度も聞いたことがある。
そう、今のはまるで、呪われた装備を身に着けた時に流れるような……。
「お、おい!!」
俺は説明を求めるようにローミーを振り返ると、彼はなぜか信じられない、と言いたげな目で俺たちを見て……。
「……本当に装備してしまったのか?」
「お前が装備しろって言ったんだろうが!!」
衝動的に、手にした剣をローミーに投げる。
投げた瞬間、あ、やばいと思ったが、
「うぇ?」
投げた剣は数メートルほど進み、ローミーに当たる直前、手の中に戻ってきてしまった。
「な、なんだこれ……」
呆然とする俺に、ローミーはにこやかに告げる。
「あははは。そりゃ、その剣は呪わ……いや、特別なものだからね。手放してもすぐ戻ってくるんだよ」
「やっぱり呪われてるんじゃないか!!」
俺がたまらず怒鳴ると、ローミーは心外だとばかりに肩をすくめた。
「まったく、人聞きの悪いことを言うね。呪われているかどうかはメニューを出してステータス画面を見てみればすぐ分かるよ。
メニュー画面を開くには、『オープン:メニュー』と口に出すか。あるいはこうやって……」
ローミーは左手を顔の前にかざし、まるでパントマイムで見えない壁をなでるように、くるりと円を描いてみせた。
「手で見えない窓を拭くような動きをすると、メニュー画面が出てくる。ほら、やってごらん」
「……とか言って、今度は『本当にメニューを見てしまったのか?』とか言わないよな?」
「疑り深いね君は。大丈夫、何も罠はないから。ほら、ほら」
一応その言葉を信じ、ローミーのやったのと同じように、手を顔の前で開き、円を描く。
すると、俺の手がなぞった辺りにメニュー画面と思しき半透明のウィンドウがポップアップした。
「おおすごいすごい。よく出来たじゃないか。次は、その一番上にあるステータスってところを押してごらん」
言われるままに、ステータスと書かれたエリアに指を触れる。
空中に投影された画面に実体があるというのも不思議な感覚だが、俺の指は確かにその画面に触れ、目の前に俺のステータスが現れる。
――――ステータス―――――
【ルキ】
HP 10/10
SP 10/10
種族:クロウ
メインジョブ:駆け出し冒険者 LV0(上限)
サブジョブ :なし
装備
チュートリアルソード(呪)
――――――――――――――
「やっぱり呪われてるんじゃないか!!!!」
この嘘つきが、とローミーをにらみつけると、彼はふたたび肩をすくめた。
「『人聞きが悪い』と言っただけで、別に『呪われていない』とは言っていないだろう?」
そうだけど、いや、そうだけどさあ!!
「……まったく。こいつがろくでもない手合いなのは最初から分かっていたことでしょ。それより、話を先に進めて」
俺が憤っていると、横から涼やかな声。
見ると、ルカがどこか呆れた目で俺とローミーを見ていた。
クール、というより酷薄とも取れるルカの台詞に対して、ローミーはなぜか嬉しそうにほおを緩めて話し始めた。
「うんうん、積極性があるのは僕は嫌いじゃないよ! それじゃあ次は武器の能力を把握しておこうか。チュートリアルソードの文字をタップすると詳しい解説が出るからやってみてごらん」
俺は内心歯ぎしりをしながらも、その言葉に従う。
出てきたのはこんな情報だ。
―――
【チュートリアルソード】
種別:剣
性能:1
耐久:--
属性:なし
遮断:1%
装備可能職業
・駆け出し冒険者
備考
・呪われている(装備変更不可)
―――
「まず『性能』っていうのは装備の強さのこと。分かりやすく言うと攻撃力だね。ちなみに何も装備しない素手の状態が攻撃力20だから、君たちはこの武器を装備したことで攻撃力が19下がったことになるね。武器を装備したら攻撃力が下がるとか、斬新だと思わないかい? あははっ!」
「あははじゃねえよ何てもん装備させてんだよ!」と叫びたいのをグッとこらえる。
こんなツッコミを入れても相手を調子づかせるだけだ。
我慢、我慢……。
ローミーは一瞬俺をちらっと見て、なんとなく物足りなそうな顔をしていたが、すぐに笑顔に戻って話を続ける。
「そして『耐久』。これは装備が持つHPのようなもので、これがなくなると装備はすぐに壊れてしまう。ただ、今回この耐久欄には数字が書かれていないだろう? この武器は耐久無限。壊れない装備ということになるね。せっかくの呪いの装備なのに壊れて外せるようになったら興ざめ……じゃなくて、初心者への配慮のために壊れないようにしてあるんだ」
「おい今一瞬本音漏れただろ!」
言ってしまってから「しまった!」と思ったが、つい条件反射でツッコんでしまった。
隣から冷ややかな視線を感じるが、もう口にしてしまったものはしょうがない。
「そ、それで、この『遮断』っていうのは?」
せめて話を逸らそうと俺が便乗して尋ねると、ローミーはやはり機嫌よく答える。
「これは遮断率だね。ちょっと説明が面倒なんだけど、要するに『その装備品がどれだけ攻撃を肩代わりしてくれるか』を示す値だよ。そうだな。実際に試してみる方が分かりやすいかもね。……ちょっとこの剣を殴ってみてくれないか。あ、心配しなくてもこの剣はそれくらいじゃ絶対壊れないから大丈夫だよ」
そりゃ、耐久が無限なら壊れないだろうが、素手で武器を殴るというのもどうだろう。
なんて思いつつも、俺は剣を左手で殴って……。
「いだぁ!!!」
直後、強烈な胸の痛みを感じて地面を転げまわった。
何が何だか分からないが、とにかく痛い。
俺はしばらく悶絶していたが、ようやく痛みが治まってから上を見ると、ローミーは腹を抱えて笑っていて、ルカは「学ばない奴ね」と言いたげな表情で俺を見ていた。
……いや、だってさ。
剣殴ったら俺にダメージ来るとか、普通分からないだろ。
「ま、まあ、こんな風に、装備したアイテムはある意味で自分の身体の一部になるから、装備品を攻撃されるとダメージを受けるんだよ」
「それを、はじめに、言えよ……」
笑いながら言うローミーに息も絶え絶えに抗議すると、「話しちゃったら、剣を殴らなかっただろう?」と笑顔で返された。
なんて野郎だ。
「ただ、もちろん全部のダメージを受ける訳じゃない。そこの『遮断』の数値の分だけ、装備品がダメージを引き受けてくれる。例えば100のダメージを受けた時、装備の遮断率が50%だった場合は装備と君に50ずつのダメージが入るし、遮断率が最高値の100%なら全部のダメージを受け止めてくれるから君のダメージは0になる。もし、遮断率がもっと低かった場合は……まあこれは君が身をもって体験したから、説明の必要はないよね」
つまり、遮断率が1%のこの武器の場合、100のダメージのうち1が剣に、残りの99ダメージが俺に入るってことか。
と、いうことは……。
「この武器とんでもない地雷装備じゃねーか!」
「あっははは! 遮断率1%だと身体の外にもう一つ弱点を持ってるようなもんだね! ま、基本的に武器の遮断率は高くて大体90%くらいはあるから、躱せない攻撃は武器で受けたりもするんだよ。でも、チュートリアルの時からそんな楽をしてたら成長しないからさ」
武器ガードは甘えってはっきり分かんだね、としたり顔で言ってから、ローミーはちょっとだけ真面目な顔になって続ける。
「ただ、遮断率が低い方が便利って時もあるよ。装備にも耐久力があるって話しただろう? 遮断率が高い装備は攻撃をたくさん引き受けてくれる代わりにすぐ壊れるし、遮断率の低い装備はその分長く使えたりもするからね」
そこまで話してから、ローミーはわざとらしくその場を退くと、俺たちを導くように巻き藁に手を向けた。
「とまあ、愛剣への理解も深まったところで、試練にチャレンジしてもらおうかな。幸い、今回の試練はそんな面倒なことは関係ない。最初の試練のテーマは『武器攻撃』。つまり、君のその武器でこいつをぶっ叩いて壊す、単純な試練さ。うまくやれば一秒で終わらせられる、危険も何もない簡単なチャレンジって訳なんだ。さ、ささっとやってささっと成功させてくれ」
「……じゃあ、まず俺がやってみるよ」
そう言って俺が前に出ると、横からルカが視線だけで「いいの?」と問いかけてくる。
だが、問題ないだろう。
こいつはとことん信用出来ない奴だが、今まで明確な嘘はついていない。
そのローミーが「危険がない」と言っているのだから、本当に危なくはない……はずだ。
「おっ! いいねいいね! その勇気と、女の子にちょっとかっこいいとこ見せようとする下心。お兄さん嫌いじゃないよ!」
かけられた声援にぶちギレそうになったが、何とかこらえる。
剣をしっかりと両手で持つと、ゆっくりと正面、正眼に構えて、心を落ち着ける。
これがこのゲームでの最初のアタックなのだから、あまり無様な姿を見せたくはない。
あ、いや、下心とかではなくね。
乱れた心を、深呼吸で整える。
普通の学生だった俺に、剣の心得なんて当然ない。
けれど、これはゲームだ。
多少めちゃくちゃなフォームでも、能力値が補正してくれる……はず!
「よし!」
俺は気合の声を入れると、剣を右上に大きく振りかぶる。
狙うのは、巻き藁の中心。
そこに、剣の真ん中が綺麗に当たるように、ぶつかった瞬間、その衝撃に押し負けないように、その二点だけを心に決め、振り下ろす。
「う、おおおおおおおおおおおお!」
おたけびと共に、剣は狙いあやまたず、巻き藁の中心を捉え、
――さくっ!
そのまま一ミリほど藁を切り裂き、すぐに止まった。
一瞬の静けさの、あと。
「ふ、ふっ! あっは、はっははははははっ、ははあっはは!」
けたたましい笑い声が、草原に響き渡る。
誰の声かなんて、言うまでもないだろう。
「……ローミー」
俺が低い声でそいつの名前を呼ぶと、にっくきそのエルフは笑いすぎて出てきた涙を拭いて立ち上がった。
「ひー、ひー。ああ、いや、ルキ君はほんと期待を裏切らないなぁ」
「どういうことだよ」
俺が問いかけると、ローミーは少しだけ真面目な顔に戻って言った。
「ルキ君。言っただろ。ここは前の世界とは違う、独自のルールで動いている世界だって。武器を使うにも、その使い方ってものがある。武器をどんな風に、どこに当てたか、によって攻撃力も属性も全く変わってくるのさ」
言われて、俺は剣を見た。
「もしかして、刃の部分で当てると斬撃になって、柄の部分で殴ると打撃になるとか……」
「おおっ。ルキ君察しがいいねえ!」
「じゃあ……」
「いや、正解だけど、不正解だ。実際、このチュートリアル以外でなら、それは正しい。武器の命中箇所によって、攻撃の属性が変わるのは確かさ。ただ、ちょっとした事情があってね」
俺が首を傾げると、ローミーは彼にしてはめずらしい、沈んだ口調で話し始めた。
「みんながみんな、君みたいに察しがよかったら、この試練もまた別のものになってたんだけどねぇ」
ローミーはこれみよがしにため息をつくと、ぽつりぽつりと語る。
「僕は君たちの言うところのNPCだけど、ある程度はチュートリアルの内容に対する権限を持っているんだ。だから、試練の内容の大半は、僕が君たちプレイヤーのことを考え、精査して決めたものと言っていい。……それで、昔はね。第一の試練の相手は巻き藁じゃなくて、スケルトン、骨のモンスターだったんだ。狭いフィールドの中で、一対一でスケルトンを倒すことが出来たらクリアっていう実践的な内容でね」
「それは……。最初の試練としては、難しいんじゃないか?」
女の子なんかもいるのだから、初めのチュートリアルが戦闘というのは厳しいだろう。
「いやいや、そうは言っても、スケルトンは弱くしてあったんだよ。攻撃力は極限まで低くして、耐久力も一発ちゃんと殴れば誰でも倒せるレベルまで落とした。……ただ、ちょっとだけ属性耐性をつけただけでね」
それなら、と思ったが、最後の言葉が不穏だった。
というより、この話の流れを考えると……。
「もしかして、斬撃に耐性をつけた、とか?」
「はは! やっぱり君は察しがいいねぇ! そう、そのスケルトンは斬撃耐性をマックスにしてあったから、刃の部分で攻撃してもノーダメージなんだ。もちろん柄で殴れば一発で倒せるんだけど、その発想に行き着かなかったプレイヤーたちがスケルトンの攻撃でじわじわ切り刻まれて、『助けてくれえ』と泣き叫ぶのを見て、『もっとよく考えるんだ!』『君なら出来る!』『あきらめるな!』と全力でアドバイスするのが僕の何よりの楽しみでねえ」
「うわあ……」
うっとりとした顔で最高にゲスな台詞を吐くローミー。
こいつ、実はエルフじゃなくて悪魔か何かなんじゃないだろうか。
「ただ、不思議とこの試練はプレイヤーのみんなには不評だった。おかげでアンケートで何度もやり玉にあげられたらしくてね」
「当たり前だよ!」
「最初のチュートリアルには不適切だって言われて、結果、第一の試練はスケルトンから動かない単なる的になり、さらにチュートリアルソードには一切の属性がなくなったって訳さ」
「……だから、こいつの属性欄が空欄だったのか」
本来なら、この武器にも「斬撃・打撃」とかそんな属性が書かれていたのだろう。
それがこいつの性格の悪さのせいで消去されてしまったという訳だ。
「……ただね。僕はあきらめなかった! もっとプレイヤーに歯ごたえのある試練を出したい。もっとプレイヤーにゲームのことを考えてほしい。もっとプレイヤーが失敗してる姿を見て『プギャー』って言いたい! その一心で、僕は考えたんだ!」
「いや、だから少しは本音を隠せよ」
完全に嫌がらせが目的になってるじゃんか。
「命中箇所で変わるのは、属性だけじゃない。攻撃力倍率と、クリティカル率も変化する。ほら、例えば君が熱烈に欲していた槍を想像してみると分かりやすいんじゃないかな。あれは当然、持ち手の木の部分で殴るより、先端の刃の部分で突く方が威力がありそうなのはイメージ出来るだろう?」
分かるけど、いちいち人の黒歴史をつつこうとしないでほしい。
「それを再現するために、武器のそれぞれの部位では攻撃力とクリティカル率に差を設けているんだ。例えば、さっき言った槍の先端なら、攻撃力1.2倍、クリティカル率10%、逆に持ち手部分なら攻撃力0.8倍でクリティカル率は0、みたいにね」
「ほおう? それで、この剣の場合は?」
俺が先を急かすと、よくぞ聞いてくれました、とローミーは満面の笑みを浮かべた。
「もちろん、僕の権限を最大限に利用してとびきり差をつけているよ! 分かりやすさ重視で、刃の先に行くほど攻撃力が増すようにしてあるんだ! 具体的には、刃の根元では攻撃力とクリティカル率が0に、そして逆に先端方向に行くほど強くなって、先端ではなんと、攻撃力は10倍、クリティカル率は100%に!!」
「大雑把すぎだろお前ぇぇ!!」
どんだけ嫌がらせに命を懸けてるんだ。
というか、待てよ。
「じゃ、じゃあ、アレか? 俺が巻き藁を攻撃した時、あんまりダメージが入らなかったのは……」
「そりゃあ君が、武器の先じゃなくて真ん中で斬ったからだね」
あっさりと言われ、俺はがっくりと膝をつく。
「あとは武器による攻撃には速度補正がつくんだ。見た目より軽い武器なんだし、反動を警戒して両手で持つんじゃなくて、片手で振って出来るだけ速度を出すべきだったかもね」
なんて追い打ちが入ったが、すでに俺の耳には入っていなかった。
代わりに、俺の耳に飛び込んできたのは……。
「――なら、これでいいのかしら」
場違いなほど、涼やかな声。
見ると、片手に剣を持ったルカが巻き藁の前に進み出ていた。
そして、俺たちが何かを口に出す間もなく巻き藁を壊すべく動き出すが、その動きはさっきの俺とはまるで違う。
必要以上に身体に力を入れず、ただ速度を出すためだけの動き。
躊躇いも、逡巡もない。
最速で右足を踏み込むと共に、手にした剣を勢いよく突き出す!
ローミーの話を聞いて、ルカが採用したのは、片手持ちによる刺突だった。
俺の威力を重視した両手持ちの一撃とは真逆。
力の伝導よりも速度を重視したルカの一撃は正確に巻き藁の中心を捉え、
――ズバアアアアアアアアン!!
突きで出したとは思えない音を立てて、巻き藁を木っ端微塵に粉砕した。
「…………えぇ」
あまりに明確すぎる差を示された俺には、もはや言葉もない。
冷静に剣を下ろすルカの前には、一ミリだけ傷をつけられた巻き藁と、上半分が吹っ飛んで棒の半分だけが残った巻き藁の残骸とが、仲良く並んでいた。
「あー、その、うん」
ローミーにとってもここまでの結果は予想外だったのか、しばらく戸惑っていたが、やがて、
「……ええと、うん。合格ね」
と、疲れたようにそれだけを漏らしたのだった。
少しでも「面白い!」「早く続きが読みたい!」と思って頂けましたら
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