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第三十八話 大魔法使いリリシャと最後の一日

無駄に何度も書き直してたら時間が



「――今日はみんなに、さよならを言いにきたの」



 みんなにそう告げて、それからチャットの接続を切るまでのことは、正直よく覚えていない。


 でも、涙をこぼすリューを見ても、ただ悲しそうに微笑むだけのミィヤを見ても、わたしは泣かなかったし、取り乱しもしなかった、と思う。


 ルキは……ルキの顔は、見れなかった。

 最後に何かを告げようか迷って、迷って迷って迷って、結局いくじなしのわたしは何も言えないまま、わたしに何かを言いかけていたルキの言葉から逃げるように、チャットを閉じた。


 そうして……。


「……ぁ」


 メニュー画面が消えた瞬間、一緒に自分の中の全てが抜け落ちてしまったような気がした。


 音が消えた部屋で、自分がひどく疲労していることに気付く。

 もう指一本動かすことすら億劫で、わたしはしばらく脱力していた。


「……やれること、しないと」


 先程口にした言葉を、もう一度意識して口に出す。


 わたしはここで終わる。

 だけど、これからもみんなの人生は続いていく。


 そのために、まだできることが、やらなきゃいけないことがある。

 あるはず、なのだから。


「だって、わたしは、そのためにここに残ったんだから」


 つぶやいて、時刻を確かめる。

 時計は、13時11分を示していた。


「そう、だ。魔法……」


 ゆっくりと身を起こし、チャットの途中から飲むのをすっかり忘れていたネクタルのビンを手に取った。


「ん、ぐ……」


 ビンの底に残った酒を、一気にあおる。


 ぬるい液体が喉を滑り落ちていっても、あの時のような熱さはまるで感じなかった。

 ただネクタルは機械的にわたしの身体を癒やし、マジックブーストによってわたしの詠唱は進む。


 ただ立ちすくみ、ブーストの不快感に耐えること、しばし。

 ほどなくして、目当ての魔法の詠唱が終了したことを、わたしは感覚で理解した。


「……やら、なきゃ」


 よろよろと、外に向かう。

 地面に落ちていたファイアロッドを避け、手にしたのは魔法範囲の強化が補正としてついている、こういう時のために用意していた杖だ。


 思えば、この魔法を使う時はいつも範囲をセーブしていた。

 全力で使うとどうなるのかは、楽しみでもあり、怖くもあった。


「…………」


 無言で外に出て、抜けるような青空と日の光に目を細める。


 ほんの一時間前に、殲滅したからだろう。

 近くに、魔物の姿はない。


 まるでどこかの避暑地と言っても通用しそうな牧歌的な光景と、雲一つないさわやかな青空が、今は何かの皮肉のようにも思えた。


 それでもわたしは杖を構え、空気を大きく吸い込む。

 きっとこれが、わたしの使う、最後の魔法になるだろう。




「――ギャザルホルン」




 思いを込めて、厳かに唱える。

 同時に杖の先から無形のエネルギーが迸り、世界を巡っていく。


 それで、終了。

 何とも地味なエフェクトを残して、わたしの人生最後の魔法は、あっけなく終わった。


「……ふぅ」


 ゆっくりと、杖を下ろす。

 達成感と自嘲の入り混じったため息が、口から漏れた。


 こんなもの、所詮は自己満足だ。

 ギャザルホルンは近辺の魔物を集める魔法で、これを使えばほんの少しの間、ほかの仲間たちのいる場所のモンスターは少し手薄になる。


 ただ、そんなものは一時しのぎでしかない。

 集まった魔物を倒す術がない以上、これによって状況が好転するのはほんの数日、いや、一日程度しかもたないかもしれない。

 それでも、最後の魔法として、わたしがみんなの力になれるのは、これくらいしかなかった。


「……ぁ」


 遠くから、気の早い魔物の咆哮が聞こえる。

 まだ姿は見えないが、ほんの数分もしないうちに、ここには近隣の魔物が押し寄せて、人がいられるような場所ではなくなるだろう。


 ゆっくりとドアを開けてマーケットの中に戻りながら、わたしはふと思った。


 自分がギャザルホルンを唱えたのは、もしかするとみんなのためなんかでは、なかったのかもしれない。

 ただ、自分が早く、楽になりたかっただけなのかもしれない、と。



 ※ ※ ※



 建物の中に入った途端、音が消えた。

 外ではあれほど近くに聞こえた魔物の咆哮も、屋内ではまだ全く響いては来ない。


「やらなきゃ……」


 まだわたしには、やることがあった。

 やることが、あってくれた。


 そう。

 そうだ。

 重要なのは、食材だ。


 ジェネシスではアイテムボックスに入れておけば食料は無期限に保存しておける。

 ただ、ラストホープの中で、食料が本当に必要なのはわたしだけだった。

 だから、ルキやリューには一日三食食べるのに必要な分の食糧しか送っておらず、残った分は全部わたしのところに留めていた。


 つまり、みんなのところには、余剰分の食糧はほとんどない。

 わたしいなくなれば、彼らの食糧はほどなく尽きてしまうだろう。


「よし、お買い物タイム!」


 自分を鼓舞するようにつぶやいて、マーケットの食糧を片っ端から買いまくる。

 もう、お金を残しておく意味もない。

 最後の花火というつもりで、目についたものを全て買いあさっていく。


 今まで割に合わないだろうと買わなかったもの。

 いつでも買えるからと後回しにしていたもの。

 そんなものを何でもかんでも購入していくのは、爽快な感覚だった。


 手当たり次第に集めたそれを、自分の手持ちと合わせて三等分し、まずはリューに送る。

 そして、残った分をルキへと送ろうとして……。



 ――わたしが集めた食料で、楽しく並んで料理をして、笑い合っているルキとロコの姿を幻視した。



 決定のボタンにかけた指が、止まる。

 荒れ狂うような嫉妬の衝動に、わたしはギュッと唇を噛む。


 この遠く離れた場所で、わたしとルキは、料理だけでつながっていた。

 わたしはルキが食べるものを選んで、レシピを介してわたしが料理を作って、次の日のチャットでルキがわたしに感想を言う。

 それがわたしたちのつながりだった。


 本当は、ロコに料理を教えたくなんてなかった。

 だって料理は、わたしとルキの聖域だったから。


 本当は、わたしが死んだって、ずっとわたしの料理だけを食べていて欲しかった。

 わたしの思い出だけを抱えて、生きていて欲しかった。


「だけど……」


 だけど、わたしは誓ったから。

 ルキに助けられた「あの時」に、彼に助けられるだけじゃなくて、助けになるんだって、そう、決めたから。


「……負け、ない」


 ギュッと指に力を入れて、決定ボタンを押し込む。

 無機質なシステムはわたしの想いを載せて、わたしのありったけをルキのところまで送り込んだ。


「は、はは……」


 空っぽになった倉庫を見て、空っぽの達成感に酔いしれる。


 わたしは、全てをやり終えた。

 やり終えて、しまった。


 時刻を見る。


 13時57分。

 わたしの終わりまで、あと一時間と三分。



 ――この世で一番長くて、一番短い一時間が、始まった。



 ※ ※ ※



 ターミナルの前に、座り込む。

 せめて、チャット越しにみんなと過ごした場所で最期を迎えたかったから。


「最後の瞬間まで戦う!」とか、「一秒でも長く生き残る」なんて気概はなかった。

 シアとしての仮面を外したわたしは、ただの臆病でちっぽけな人間だった。


「やっぱりわたしは、ギルマスみたいにはなれないな」


 チャットを終えた時の彼女は、一体何を思っていたんだろうか。

 彼女は本当に、「次の引っ越し場所」を探しに行ったのだろうか。

 今となっては、知る術もない。


「さむい、な」


 みんなと話していた時には熱いくらいだった身体が、今は冷え切っているようだった。

 両腕を抱えて縮こまると、少しだけ寒さがやわらいだような気がした。


 チク、チク、と時計の針が進む。


 音の出どころ、テーブルの上に置いた時計を見る。

 みんなとのチャットが楽しみで、ルキとの通信が楽しみで、時計の針が動くのをまだかまだかと待っていた思い出がよみがえる。


 懐かしくてあたたかい思い出に、わたしは少しだけ微笑むと、その時計を持ち上げて壁に向かって放り投げた。

 時計は壁にぶつかって跳ね返ると、そのままどこかに転がって見えなくなった。


 今は何も見たくないし、何も聞きたくなかった。


 だから、目をつぶる。

 固く固く目をつぶって、世界から自分を締め出そうとする。


 でも、目を閉じても見えるのは美化された楽しい思い出ばかりで、耐え切れなくなったわたしはすぐに目を開けた。

 何を語るでもないテーブルをにらみつけて、ただただ時間が過ぎるのを待った。




 一人だけの時間は、ほどなく終わりを告げた。


 ざわざわとした気配が、圧力が、背中から押し寄せてきていた。


 ……ギャザルホルンだ。

 魔法によって集められた魔物たちが、かつてない規模でもって、マーケットの周りに集結していた。


「あ、はは……。やっぱりわたしは、大魔法使いだ」


 力ない言葉が、魔物たちの喧騒にかきけされる。

 今からわたしはこいつらに殺されるんだ、と思うと、ぞくぞくと背筋が震えた。


 組んだ両腕に顔をうずめながら、やっぱり早めに通信を切ってよかったな、と思う。

 こんな涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔、ルキには見せられない。


 魔物たちのざわめきを聞きながら、わたしは少しだけ泣いた。




 ゆっくりと、時間が過ぎる。


 恐怖と叫びを、服の布を噛んで必死に押し殺す。


「やだよ、こわいよ、ルキ……」


 こらえていたはずの弱音が、布の隙間からこぼれだす。

 メニューを開こうと動く手を、何度も押し留める。


 今、チャットをつなげれば、もしかするとルキもまだチャットをつないだままでいてくれるかもしれない。

 そうすればもしかすると、これから時間切れまでの間、ルキと話ができるかもしれない。

 わたしが好きだ、と言えば、もしかするとルキも同じ言葉を返してくれるかもしれない。


 もしかすると……。

 もしかすると……。

 もしかすると……。


 たくさんのもしかするとがわたしを苛んで、わたしの手を前に伸ばさせようとする。

 わたしは自分を抱く腕にこめた力を、いっそう強めた。




 長くて、長い時間が過ぎた。

 もしかすると、今までのことは全部夢だったんじゃないか、なんてことを思い始めた時、異変は起こった。



 ――ピシリ。



 背後から響いたそれは、小さい小さい破滅の音。

 決して魔物が破壊することができないはずの建物の一部が、音を立てた。


 ――あぁ。


 振り返ることは、できなかった。

 恐怖と安堵がないまぜになって、わたしの唇は勝手に笑みの形を作っていた。


 破壊の音は、少しずつ大きく、強くなっていく。

 そして……。



 ――ルカさん。ギルマス。エリン。今、行くからね。



 ガシャン、という何かが破壊される音と共に、今まで壁一枚を隔てていた外の喧騒が、咆哮が、一気に押し寄せてくる。



 ――みんな、助けになれなくて、ごめん、ね。



 その喧騒がわたしに届くよりも早く、わたしは目を閉じた。

 最後の一瞬が、せめて、やすらかでありますようにと、祈って。



 ――ルキ。……好きだった、よ。



 そうして、世界が暗闇に閉ざされる、最後の瞬間……。




「――シア」




 優しいまどろみの中、まぶたの裏に浮かんだ大好きな人が、わたしに微笑んでくれた。

 そんな気が、した。


次回更新は明日です

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胃が痛くなった人に向けた新しい避難所です! 「主人公じゃない!
― 新着の感想 ―
[一言] あああああああ 頼むぞ本当に頼むぞルキ
[一言] し……心臓が持たないよこんなの…… 次の更新が待ち遠しすぎる!
[気になる点] いつ長期休載になるかという点でもゾクゾクしながら楽しく読める。
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