第三十六話 告白
間違えて26日付で予約してたというやらかしを
投稿されてなくて焦った
黒本メソッド!!
「ただい……うわっ!」
俺が日課の外への散歩から帰ってくると、途端に飛びつくように駆け寄ってくる小さな影。
「ルキさん!」
初心者の塔における俺の唯一の同居人、ロコだ。
――ただ、最近ロコの様子が少しおかしい。
今日も、俺の実在を確かめるみたいにぺたぺたと身体に触って、
「だ、だいじょうぶ、ですか? どこかケガしたり、とか……」
「大丈夫だって。どこも怪我なんてしてないよ」
俺がそう答えると、ロコはやっと息をつく。
それでもまだ不安がぬぐえない様子で、
「あ、あの! やっぱり、外に出るのはやめませんか? ぜったい、あぶない……ですし」
目を潤ませながら、そんなことを言ってくる。
(うーん。前はここまで過保護じゃなかったはずなんだけど……)
いや、今までも俺にべったりではあったので、ある意味ではいつも通りなのだが、それがさらに悪化した、と言えばいいのか。
何かにつけて俺に対して妙に気を使ってくるし、異様なほどに俺の身を案じてくる。
「ロコ。いくら俺だってオーク程度にやられたりしないから」
「で、ですけど……。い、いえ、なんでも、ないです」
かと思えば、たまにこんな風に何かを言いかけて、すぐに言いよどむ。
まるで何か俺に言えない秘密を知ってしまって、それを隠そうとするかのように。
思い当たる節は……ないでもない。
ロコが自分の道を決めた、あの日。
あの日からどことなく彼女の態度が変わった気がする。
(ただ、それもおかしいんだよなぁ)
確か、自分の道を宣言した時まではいつも通りだった。
もし何かがあったならそれ以降となるが、そこからは特に大きな出来事はなかった……はずだ。
強いて言うなら映像記録を見ていた時に不覚にも居眠りをしてしまった程度だが、今さらロコがその程度で大きく態度を変えるというのも考えにくいところだ。
そして、変わったのは、それだけじゃない。
「あ、あの! お昼ご飯にしません……か?」
「ああ、そうだな。じゃあ俺が……」
「あ、いえ、その……。今日も、わたしが作りたいな、と、思うんですけど……」
こうして料理を作るようになったというのも、ロコの大きな変化の一つだろう。
「いいのか? 最近毎日作ってもらってる気がするけど」
「わたし、料理は好きなんです! だれかのためにものを作るのって、とても楽しいですから!」
その曇りない笑顔に、俺は少し気圧される。
はっきり言って、そういう感覚は俺にはないものだ。
おそらく、人格の根本にある優しさとかそういうものが俺には欠けているのかな、と思う。
だからこそ、そういう思いを無下にはしたくなかった。
「ありがとう、助かるよ。どうも、俺はそういう分野は苦手というか、あんまり興味なくてさ」
と、そこで。
ロコはめずらしくじとっとした目を俺に向けた。
「そうですよね。ルキさん、料理はずっとシアさんに作ってもらってたんですし」
「う……」
言葉に詰まる。
俺がずっと一人で料理していたのは、ジェネシスの誇るレシピ再現機能を使っていたからだ。
これはスキルシステムの応用機能らしいのだが、要するに誰かが料理をしてそれを登録すると、別の人が全く同じように料理が出来るようになるという機能だ。
以前、俺がこの機能を使ってシアが作っていた料理を再現していただけ、という話をしてから、俺の料理関係の権威は地に落ちてしまった。
加えて、昔は他人が料理をすることに否定的だったはずのシアが、最近昼のチャットの時間を使って熱心にロコに料理を叩き込んでいる。
ロコは俺がいない時も自主練習に励んでいるらしく、すでに素の俺の料理の腕をはるかに凌駕していると断言出来るレベルになった。
まあ、俺から見てもロコは理想的な生徒だ。
物覚えが速くて、素直で、向上心もある。
少なくとも、料理に興味のない俺、近くに厨房がないミィヤ、食べることにしか関心のないリューと来たら、誰かに料理を教えるならそりゃあロコ以外に選択肢がないというのは当然の帰結だろう。
ともあれ、作ってもらってばかりというのは、それはそれで心苦しい。
「そうだ。じゃあ、一緒に作るってのはどうだ?」
「あ……。いえ、それは……」
案外いい考えかなと思ったのに、ロコには首を振られてしまった。
「シアさんとの約束なので。一人で作るって」
「や、約束か」
シアは昔から俺に料理をさせたくないところがあったからなぁ。
俺の料理の腕を疑っているのかもしれない。
「それに、わたしもシアさんが教えてくれたことに真剣に向き合いたいんです」
なんて真剣な目で言われてしまえば、もう俺に食い下がる余地はない。
「そ、っか。まあ、上の倉庫には今まで使ってない食材がたくさん残ってるからさ。失敗は気にせずに気楽にやってくれればいいと思うぞ」
「が、がんばります!」
気合十分、といったように拳を握り締めるロコ。
そんな姿を孫を見るような気分で見守って、俺はロコに手を差し出した。
「え、あの……」
「一緒に作るのはダメでも、見てるくらいならいいだろ」
少しキザかと思ったが、ロコは「はいっ!」と嬉しそうにうなずいてくれた。
仲良く手をつないで、キッチンまで移動する。
その間もロコは上機嫌そうに、しきりに俺に話しかけてきた。
「前に、ルキさんが言ってましたよね。食事って、単なる栄養補給じゃないって。おいしいものを食べたり、作ったり、食卓を囲んで誰かと一緒に話したりすることが、人間には必要なんだって。その言葉が最近、わかってきた気がするんです」
そんな、恥ずかしいことを言ってくる。
「う、受け売りの台詞だって言っただろ。それがちゃんと分かるってことは、ロコの方が、俺なんかよりもしっかりしてるってことだよ」
それに……。
――本当にすごいのは、シアだ。
シアは「あの日」、自分でマーケットに留まることを選んだ。
あの場所で、ずっと俺たちを支えると、そう言い切ったのだ。
そのおかげでリューは楽しく毎日を過ごせているし、ロコの心を癒やすことにもつながった。
(シア……)
今の彼女のことを考えると、胸が締め付けられるように痛くなる。
ロコに気取られないように、俺はこっそりとメニュー画面を呼び出した。
プレイヤー 18 : 82 モンスター
昨日から何度も確認してしまうこの数字は、シアのいるフィールドの天秤値。
プレイヤー側とモンスター側、どちらに戦力が傾いているかを示す指標だ。
ジェネシスでは、フィールドの天秤値が建物の強度を上回ると、その建物に破壊判定が発生。
破壊判定を受けた建造物は、判定からたったの三時間で崩壊してしまう。
そして、建物という安全地帯を失ってしまえば、あとは……。
(でも。まだ大丈夫、だよな)
じわじわと。
まるで真綿で首を絞められるように、シアを取り巻く状況は悪くなってきている。
シアは自分のいるフィールドの敵を一日に一回掃討することで、自分のフィールドの天秤値を低く保ってきた。
だが、この前の事件でメイン武器を失ったことで、シアの殲滅力は落ちた。
倒せたはずの敵が倒せなくなり、フィールドの天秤値が上がる。
フィールドの天秤値が上がったことによって魔物が強くなって、さらに敵の殲滅が難しくなる。
そして敵を残したことによってさらに天秤値が上がって……というループだ。
シアのいるマーケットの強度は八十。
天秤値が八十二の時には、二パーセントの確率で破壊判定が発生することになる。
今日も八十を越えてくるようなら、本格的にやばい。
ただ、昨日のチャットでシアは「明日は強い魔法を使える回だから大丈夫」と言っていた。
だから、問題ない……はずだ。
(……そんな訳、ないのにな)
心の中で、そう否定する。
俺だって、シアが突然ロコに料理を教え始めたのが、単なる気まぐれじゃないってことには気づいている。
シアはきっと、何かを遺そうとしている。
自分が死んでしまう前に、せめて自分の生きた証を、誰かに遺そうとしているんだ。
本当にシアのことだけを想うなら、今すぐにでも俺はシアの下に駆けつけるべきなのかもしれない。
だけど……。
「あの……。どうかしましたか?」
「ん? いや、何でもないよ。行こう」
俺はロコの手をもう一度しっかりと握り締め、厨房へと二人で歩いていった。
※ ※ ※
「や、やばい! 遅刻遅刻!」
まるで少女漫画の冒頭みたいな台詞を吐きながら、俺たちは急いでラウンジに駆け込んだ。
話をしながらの料理や食事というのは思ったよりも時間のかかるもので、気が付いたらもうお昼の定例チャットの時間になっていたのだ。
乱れた息を整えながら、慌ててチャットを開く。
「……あれ?」
チャット画面を見て、首を傾げる。
わずかに時間を過ぎているのに、シアの姿がなかった。
「シアが遅刻ってのもめずらしいな」
「いっつも人に時間守れ時間守れって言ってんのにねー! へっへっへ、来たらからかってやろー」
どうやら一番乗りだったらしいリューはそんなことを言って含み笑いをすると、声色を作り、何やらぶつぶつと言い始める。
「あ、あ、あー。ごほん。あんたはどうして『時間を守る』って簡単なことができないのよ! ……やばい! 我ながら似てる!」
「ほどほどにしとけよ」
と、適当に諫めながらも、まだこのことを深刻には取っていなかった。
ただ、そのまま雑談を続けながら二分、三分と経ってもまだシアは現れず、だんだんと不安が勝ってくる。
(まさか……)
俺は、言い知れぬ予感に襲われ、慌ててメニュー画面を呼び出す。
確認するのは、シアのいるフィールドの、天秤値
(そんな訳ない。そんなはずないよな、なぁ)
急かされるように、震える手でメニュー画面を操作していく。
今日の昼、ほんの数分前に更新されたばかりのその値は……。
プレイヤー 20 : 80 モンスター
その表示を見て、俺はほっと息をついた。
(よかった。少し、持ち直した)
マーケットの強度は八十。
これならまだ、ギリギリ大丈夫だ。
(取り越し苦労、だったな)
俺はほっとして、チャットの画面に向けて照れ笑いを浮かべる。
すると、そんな俺の心情とまるでリンクするかのように、目の前にシアのウインドウが開き、
「おっっっっはよー!! みんな、だいすきだよー!!」
「……へ?」
胸に何やら透明な液体の入った瓶を抱えたシアが、ろれつの怪しい口調でそう叫んだのだった。
※ ※ ※
「あー、もうみんな集まってる! ずるーい!」
「シ、シア……?」
いつものツンツンとした態度とも、夜の通話のしおらしい態度とも、また違う。
異様なハイテンションに思わず腰が引けるが、当のシアはそれを見てもけらけらと笑うだけだった。
「え、なに? 気持ち悪いんだけど。何か変なものでも食べた?」
流石のリューですら、困惑気味だ。
いや、言っていることはかなりひどいんだが。
「えっへっへっへっへぇ。これねぇ。なんだと思う? ねぇ、なんだと思うぅ?」
「や。お酒でしょ、どう見ても」
「せいかいー! うっへへへへ、リューはさっすがだねぇ! いよっ、名探偵!」
なんだこれ、とリューが目だけでこっちに訴えてくる。
シアはしかし、そんなリューの様子を全く気にしてない様子でビンを高く掲げると、
「じゃっじゃーん! 神酒ネクタルー!」
なんて機嫌良さげに叫んでみせた。
「な、なる……」
「……ほど?」
勢いに押され、ロコとミィヤがなんとなくの相槌を打つ。
それを見て、さっきまで有頂天で話し散らしていたシアは露骨に不機嫌になると、「これだからエンジョイ勢は」と言いながらクソデカため息をついた。
「いーい? ネクタルはなんか神話かなんかのすっごいお酒で、その名前がついたこのアイテムもめっちゃすごいのよ! ちなみにノンアルコール!」
「ノンアルコール!?」
アルコール入ってなくてそれならある意味すごいけども!
すっかり置いてけぼりの俺たちの前で、シアはさらにネクタルのビンに直接口をつけてぐいっと煽ると、
「はぁぁぁぁぁ! きくぅぅぅ!」
と言って身体を震わせた。
もはやお酒以上にやばいもん入ってる人のリアクションだ。
「と、に、か、く! 今日は日ごろの言いたいこと、全部言わせてもらうからね!」
早口に言い切って、妙に据わった目で俺たちをにらむ。
だが当然、そんな宣言をされてもこっちとしては何が何やらといったところだ。
「え、えぇ。いきなりなんなのこれ」
と、リューなどはあからさまに困惑して、こっちを見てくるが、
「シアはあれで小心者ですから、お酒の力でも借りないと本音を話せないのでしょう。可愛いじゃないですか」
一方でミィヤは平常運転で、笑顔のまま煽っていく。
「あ、あんた! ミィヤ! あん、ミィヤァァ!」
ろれつの回らない口調で壊れたラジオのようにミィヤを呼ぶシアの顔が赤かったのは、果たして酒のせいだったのかどうか。
……しかし、そこからは宣言通り、シアの独壇場だった。
顔を上気させ、異様なテンションで目を爛々と光らせた獣は、まず標的をリューに定めた。
あんたはだらしがなさすぎるだの、甘えてるだの、もっと朝ちゃんと起きなさいだの、でもわたしの誕生日ちゃんと覚えててくれたのすごく嬉しかっただの、好き嫌いが多すぎるだの、好きなものに熱中できるなんてすごいだの、いつも明るいから救われてるだの、料理の好き嫌いもはっきり言ってくれるから助かるだの、自慢のレシピをマズイって言われた時は実は三日くらい落ち込んでただの……と、とにかく脈絡なくマシンガントークを浴びせかけてドン引きさせる。
というか後半なんて褒め言葉の方が多かったんだが、いいのかそれで。
そして厄介ツンデレと化したシアは次の標的にミィヤを選び、
「あんたはねぇ! まず、笑顔がうさんくさいのよ!」「あなたの虚勢だって見え見えの強がりよりマシだと思いますけど」「そ、それに、いちいち人の心をえぐるようなことを言って……」「あなたに隙が多すぎるのでは」「う、ぐ。そ、それから……」
などとお互いに罵り合いをして、最終的に「もういい! 泣く!」と言ってなぜかシアがガチ泣きして終了。
完全にグダグダになった空気のまま三人目であるロコに突入した。
ロコとの対決では、
「あの、だいじょうぶですか? そういう時はお水を飲んだ方が……」
「……あんた、ほんといい子ね」
と、もはやロコの方に慰められるほんわかした空気を醸し出し、突然話が料理に飛んだと思ったら、そこからガチな料理指導が開始。
結局会話が元の路線に戻ることはなく、終始和やかなまま終わりを迎えた。
そして最後に、
「……ルキ」
いよいよ、俺の番が来る。
「……ルキ」
「あ、あぁ」
意味もなく、名前を呼ばれる。
意味もなく、相槌を返す。
「ルキ!」
「な、なんだよ」
何とも言い難い、妙な緊張感が俺とシアの間に流れ、やがて意を決したようにシアが俺を正面から見つめる。
そして、何かを決意したような口調で、シアは俺に向かって口を開いて、
「わたし、わたしね。あんたには、あんたにはずっと――」
――ビビビビビビビビ!!
だが、その言葉を不躾なアラームの音が切り裂いた。
そのけたたましい音に、ロコはびくっと肩を震わせ、リューは「わっわっ!」と言いながら音の出どころを探してきょろきょろと辺りを見回し、ミィヤは悲し気にそっと顔を伏せた。
そして、
「……じかんぎれ、かぁ」
その細い指を伸ばしてアラームを止め、シアはそうこぼした。
「……まあ、こういうのもわたしらしい、のかしらね」
ほんの少し震える声で、自嘲気味に笑う。
その様子には先程までの酔いの気配は全く見えなくて、俺はなぜかそれが、とても「良くない」ことに思えて。
「シア、一体……」
だが、俺の言葉は届かない。
ただシアは、自分の開いたメニュー画面をもてあそぶように動かす。
「昔から、クジ運はよくなかったのよね。だからって、よりにもよって0.4%なんて当てなくてもよかったのに。まったく、ね」
「あ……」
その瞬間、俺の頭に恐ろしい可能性がよぎる。
嘘だ、ありえないと思いながら、絶望に促された指は勝手にメニュー画面を叩く。
画面に映るのは、さっきも確かめた、シアのいる場所の天秤値。
その「プレイヤー 20 : 80 モンスター」と書かれた場所を、震える指でもう一度タップする。
すると、そこに表示されたのは……。
「……冗談、だろ」
プレイヤー 19.6 : 80.4 モンスター
不吉な予感に支配され、身動き一つ出来ない俺たちを前に、シアの唇はゆっくりと、けれど確実に動いて、こうささやいた。
「――今日はみんなに、さよならを言いにきたの」
次回更新は明日です




