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第三十四話 遺産

やっぱり続きは明日って嘘言うのも大事だと思うんです

だって締切ないとどんどん更新遅れていくだけですからね!


「――どうしてそんな、はこのなかにいるの?」


 ガツンと、頭を殴られたみたいな気分だった。

 血まみれのシアを見た瞬間に頭の中が真っ白になって、視界が狭まっていく。


「――――!」

「――! ――――!」


 リューが、ミィヤが、何かを叫んでいる。

 でも、その声は遠く、間延びして、どこか別の世界の出来事のようで……。




「――ルキ、さん」




 不意に、右手にあたたかな感触。

 世界が、急速に俺のところに戻ってくる。


「……ロ、コ?」


 ロコが俺の右手にそっと自分の手を添えていた。

 見ると、きつく握りすぎた俺の右手から、ぽたぽたと血がしたたっていた。


「あ、あの。こういうの、よくない、です」


 その声に、視線を、移す。


 不安に潤んだ目をしたロコが、こちらを見上げている。

 その小さな唇が「ルキ、さん?」と心細げに言葉を紡ぐのを眺めながら、今すぐこの子を説き伏せて、南までシアを助けに飛び込んでいけたら、なんてことを夢想する。


 ……でも、ダメだ。

 それじゃ、誰も助からない。


 俺は一度だけ深呼吸をして、心を落ち着かせ、


「ちょっと、ごめん」

「あ……っ」


 強引にロコを抱き寄せる。

 胸元に感じる熱が、暴走しそうな意識をつなぎ留める。


「えっ、あっ、あの……」


 動揺したロコの声を聞くともなしに聞きながら、手早くポーションを取り出して、右手の怪我を治療する。


 頭は、冷えた。

 まずは状況確認だ。

 チャットウインドウ越しに、しっかりとシアの様子を観察する。


 右手がない……のは、痛ましいが、緊急性はない。

 それより出血が深刻だ。


 怪我の具合からすると、シアの負ったダメージは深い。

 その状態で出血のダメージを受け続ければ、数分後、いや、数十秒後にでも死に至る可能性はある。


「シア! はやく血を――」

「シアさん。落ち着いて、ポーションをインベントリから出して――」


 リューとミィヤが必死に呼びかけているが、シアの様子は明らかにおかしく、通じている様子はない。

 俺自身はそこまでの怪我の経験はないからはっきりと言えないが、おそらく出血か怪我のせいで意識が朦朧としているのだろう。


 だとしたら……。



「――悪い、みんな。五分だけ、シアと二人きりにさせてくれ」



 俺はまず、シアではなく、リューとミィヤに向かってこう頼んだ。


「と、突然何を……」

「分かりました。お任せしますね」


 まず、ミィヤのウインドウが消えて、


「う……。分かったよ」


 そんな言葉と共に、リューの姿も消える。


「あ、あの、信じてますから!」


 最後にロコの姿も部屋からなくなって、俺はやっと、シアとまっすぐに向き直った。


「ル、キ?」


 不思議そうに首をかしげるシアに向かって、右手を上げる。

 手のひらを開いて、顔の前に。


「……シア。手、出して」


 出来るだけ優しく、はっきりと。

 今のシアにも伝わるように、分かりやすく。


「……ほら」


 それでもシアは戸惑っていたが、促すように平手を突き出すと、ゆっくりとその左手を持ち上げる。


「手、重ねて」


 焦らずに、ゆっくりと。


「……う、ん」


 持ち上げた手を前に出すと、シアもまた、左手を前に出して。

 やがて、その手が、重なって……。



「あっ!」



 ――すり抜けた。


 当たり前だ。

 俺とシアは、実際には遠く離れた場所にいる。

 チャットウインドウ越しに触れるはずがない。


 でも、それは単なる理屈で、今のシアに理解出来るはずもなかった。


「さ、さわれない! な、なんで!」

「……シア」


 さっきまでの落ち着きは消え、半狂乱になったシアが、俺の手に向かって自分の手を伸ばし、当然のようにその手は何度も空を切る。


「ルキ! ルキ! な、なんで!」

「……シア」


 押し殺した声を出す。

 でも、届かない。


「さ、さわれない! さわれないよ、ルキ! 目の前に、目の前にルキが、ルキがいるのに……!」

「シア!!」


 強く声を出して、シアの視線を俺に。

 肩をビクンと跳ねさせて、怯えたように俺を見るシアに、笑いかける。


「……シア。大丈夫だから」


 大丈夫なはずがない。

 でも、俺は笑顔を浮かべる。


 何の不安もないのだと。

 そんなの、大したことがないのだと、そう偽って笑いかける。


「……ぁ」


 狂乱の色がなくなって、シアの動きが鈍る。

 その機を逃さず、畳みかける。


「ほら、もう一回。手、出して」

「……うん」


 自然に出された俺の指示に、こわごわと、シアの手が伸びて。


「手、閉じて」


 言いながら、開いた右手を、ギュッと握りしめる。


「え……?」

「大丈夫だから、真似、して」


 呆けた顔のシアに、もう一度手を開いて、握ってみせる。

 すると、シアも安心したように開いた手を握って。


「うん。いいぞ。もう一回」

「あ……。うん!」


 まるで俺の右手に操られるみたいに、シアの手が握られて、また、開いて。

 それから、また閉じて、開いて、閉じて……。


 ――ここだ!


 何度目かの開閉を見た俺は、鋭く叫んだ。


「もっと速く!」

「――っ!」


 シアは驚いてまた肩を跳ねさせて。

 しかしその左手は、反射的に先ほど前の動作を繰り返して……。




 ――その直後、シアの身体を、淡い光が包んだ。




 呆然とするシアの血まみれの顔に、身体に、なくなった右腕に、光は伸びていく。


 ――かつて、ジェネシスには「ゼノキス」というトップランカーがいた。


 養殖が多いと言われた魔法使いの中で、彼は火力に頼らず、その知識とスキル行使の巧みさでトップランカーに上り詰めた実力派のプレイヤーだった。

 彼はエックスデーで帰らぬ人となり、レベルも今ではシアの方が高くなってしまったが、それでも「彼は今でもわたしが一番尊敬する魔法使いだ」とシアが話していたのをよく覚えている。


 シアの戦闘スタイルは彼とはあまりに違いすぎて参考にすることも出来なかったけれど、たった一つ。

 彼が魔法の合間に見せた、ちょっとしたショートカットの動作だけをシアは自分の戦闘に取り入れた。


 それが、「左手の開閉によるポーション使用」のショートカット。


 魔法の合間のSP回復にポーションを利用していたゼノキスと違い、SP回復を料理に頼るシアに頻繁なポーションの使用は必要ない。

 だから、ショートカットには非常用にシアが持っている中で一番効果の多いポーション、「全てを癒やす」効果を持つエリクサーを設定している、と彼女は話していた。


「あ、傷が……」


 エリクサーはシアがたった一本だけ手に入れた最上位の回復アイテムで、そのたった一本でHPSPどころか部位欠損を含めた全ての傷を完全に治療する。

 だから光が収まった時、シアは五体満足でそこに立ち尽くしていた。


「わ、たし。今まで、なに、して……」


 正気に戻ったシアが、自分のいる場所と、チャットウインドウ越しの俺の顔を見て、呆然とする。


「たしか、外に出て、魔法を撃って……。それから、それ、から……あ、ああ、爆発! 爆発、して、わ、わたし、死にかけて……!」


 そして、「その瞬間」のことを思い出してしまったのか、ギュッと自分の身体を抱きしめ、震え始めた。

 その虚ろな目が俺を捉え、彼女は震える口を開く。


「ル、ルキ。もう、ムリだよ。こわいよ。あいつが、わたしに向かって飛んできて、爆発して。い、痛くて、熱くて、もう、もうこんなの……」

「シア……」


 俺は、何も声をかけられなかった。

 いつかはこんなことが起こるかもしれないと、起こってもおかしくはないと、そう思っていた。


 それでも、シアは生命線だ。

 俺はその可能性を出来るだけ考えないように、気付かないようにして、シアに戦いを強いていた。


 現実は非常だ。

 怯えるシアを追い詰めるように、新たな事実が彼女を打ちのめす。


「あ、そ、そうだ! 爆発! 爆発で、世界樹の杖、こわれちゃった! ど、どうしようルキ! あれがないと、わたし……」


 世界樹の杖は詠唱時間を大幅に縮める効果のある装備で、単純な魔法攻撃力以上の価値があると前にシアが語っていたはずだ。

 それがなくなると、おそらく今後、シアの魔法は大きくランクを下げる必要が出てくる。


「今だってレベル、ぜんぜん、足りてないのに、これじゃ、これじゃあ……」


 俺のことも目に入っていない様子でつぶやき続けるシア。



 ――限界、か。



 そっと、目をつぶる。


 思えば、今までずっと、シアにばかり負担を強いてきた。

 そろそろ、彼女を休ませる時が来たんだろう。


 ゆっくりと目を開けた俺は、彼女に、「もう戦わなくていい」と告げようとして、



「――なーんてね」



 突然聞こえた、場違いなほどに明るい声に、その動きを凍りつかせた。


「びっくりした? あんたがあんまりにもしょぼくれた顔してるから、ちょっとからかってみたのよ。まんまと引っかかったわね!」


 そこには強気に笑う、笑おうとしているシアがいて。

 でも、服に残った血も、涙の跡も、震える指先も、彼女は全然、隠しきれてなくて。


「心配しなくても、わたしは、大丈夫。だい、じょうぶ、だから。きっと、きっとまだやれる、から」


 その声は、どこまでも弱々しくて、今にも折れてしまいそうだった。


 それでも俺は、何も言えない。

 シアが完全に折れた時には口に出せたはずの言葉が、喉にひっかかって出てこない。


 もういいんだと、そんな簡単な言葉を口に出してやれない。

 その先の破綻が、破滅が、はっきりと見えてしまうから。


 俺は何も言えない。

 言えない、ままで……。


「ね。その……ルキ?」


 そうしてついに、ギリギリで保っていたシアの笑顔が、ぐしゃっと崩れて。


「じ、自分から言い出したことなのに、ちゃんとできなくて、ごめんね」


 涙でいっぱいの顔で、シアは謝罪の言葉を口にする。

 謝る必要なんて、ないのに、彼女はいつだって、全力で頑張っているのに。


「なのに、こんなの、わがままだって、そう思う、けど。けど、だけど、ね。おねがい、だから――」


 そして、まるで本当に、自分が悪いみたいな必死な顔で、



「――どうか十回(・・)だけ、わたしに声を聞かせて、ください」



 そう、俺に懇願したのだった。



 ※ ※ ※



 みんなとは顔を合わせづらいから、今日はもう落ちる。

 そう言って、シアはチャットを閉じた。


 それから数分が経っても、俺はまだ、シアが消えたウインドウの方をじっと、眺めていた。


 ――どうするのが、正解だったのか。


 何度自問しても、答えは出ない。

 ただ、もしかすると俺はひどい奴なのかもしれないな、なんてことを、ぼんやりと考えていた。


「……あ、あの。ルキ、さん?」


 控えめな声が後ろからかけられて、俺は我に返った。


「……シアの傷は、治ったよ。『心配かけて、ごめん』って言ってた」

「そ、そうですか! よかったです!」


 ロコはきっと、俺の後ろで心からの笑顔を浮かべているのだろう。

 でも今は、その笑みと向かい合う気力が湧いてこなかった。


 だから俺は、背を向けたまま、ロコに言う。


「ロコ。今日はずっと映像を見るのに付き合うって言ってたけど、十時前(・・・)に切り上げてもらってもいいか?」

「は、はい。それは、いいですけど。どうしたんですか?」


 不思議そうな声。

 その言葉にやっと俺はロコの方を振り向いて、こう告げた。



「――大事な用事が、出来たんだ」



「あ、あれかっこいい! 真似しよ!」が救った命!!





次はいつになるかちょっとよく分かんないです!!(正直)

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胃が痛くなった人に向けた新しい避難所です! 「主人公じゃない!
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