閑話 大魔法使いリリシャの優雅な一日
続きは明日と言ったな! あれは色々と嘘だ!
……ごめんなさい
今回は時間をほんの少し戻して別視点
ロコたちとのギャップをお楽しみください
「――リリ! リリってば!」
わたしを呼ぶ声に、顔をあげる。
「エ、リン?」
「うん、エリンだよ」
おどけた風に笑う親友の姿が、何だかとても得難いものに見えて、わたしは思わず目を細めた。
「もう! 怒ってるのは分かるけど、返事くらいちゃんとしてよね」
「ご、ごめん」
でも、そうだ。
わたしは怒っていた。
「だけど、やっぱり、わたしは納得できないよ」
身の程知らずかもしれないが、エックスデーでわたしは存分に自分の力を振るう気でいた。
そのために、ルカさんに自分の使える魔法を全て教えて、もしかすると一緒に戦うこともできるかも、なんて思っていた。
なのに、実際にエックスデーで割り振られた役割は……。
「西エリアの雑魚モンスターの掃討、なんて……」
……いや。
本当のところを言えば、理屈はわからなくもない。
わたしの、大魔法使いの使える魔法の中には、一つだけ、複数のフィールドに作用する超大規模魔法「ギャザルホルン」がある。
なんとなく駄洒落感のある名前の魔法だけれど、その効果は非常に強力だ。
あまりにも周りに与える影響が大きすぎて、いまだに効果を試すことすらできていないほどに。
少なくともカタログスペックにおいて、ギャザルホルンは「近隣のフィールドにいるモンスターを魔法発動地点に集める」という効果を持つ。
大魔法使いのスキルには戦局を大きく変えるような魔法があるが、その中でもこれは極め付きのものだと思う。
わたしたちに与えられた指令はこうだ。
エックスデーの前日に西エリアの中心でギャザルホルンを使い、西エリアのモンスターを集める。
その後は高台に待機して、エックスデー当日の十二時少し前に大規模殲滅魔法を使い、集めてきたモンスターを一掃する。
これは確かに、わたしたちにしかできないことで、作戦に直接は参加しなくても、モンスターを大量に倒し、さらに西エリアの、ひいては世界の天秤を大きくこちらに傾けることで、エックスデー当日の作戦を補助する大事な役目だというのも理解できる。
でも、西エリアは初心者の塔がある、言ってみれば初期エリアで、エックスデーでのメインの戦場となる東エリアとは正反対の位置。
わたしたちがどんなに急いでも、本命の作戦には絶対に間に合わない。
ほかの人たちがレベル百越え、二百越えの強敵と戦っている時に、わたしたちだけレベル五十くらいのモンスターを相手に戦っているというのは、やっぱり罪悪感があった。
「気持ちはわかるけど。この作戦も、リリの大魔法以外じゃできないこと、でしょ?」
「だ、だけど! もし、本当にわたしの大魔法を評価してくれてるなら、最前線で使わせてくれても……」
まだ納得しきれていないわたしを見て、エリンは困ったように眉根を寄せる。
「リリにこんなこと言うと怒られるかもしれないけど、さ。ほんとは、わたしはちょっと安心したんだ。やっぱり魔王のとこに攻めてくぞーってなると、リスク高いからさ」
「エリン……」
そんな風に思っていたなんて、全然気付かなかった。
「そ、れ、に! いくら西エリアだからって、油断しないように。数の力は侮れないし、ギャザルホルンの効果もはっきりとはわかってない。ただでさえリリのジョブは魔法攻撃力だけはアホみたいに高いけど、防御なんて紙同然なんだから」
「それは……うん。気を付ける」
わたし以上にわたしのことを心配してくれるエリンには頭が下がる。
たしかに、大魔法使いは魔法の威力だけに特化して、それ以外の全てを捨てたようなジョブだ。
「『自由詠唱』のアビリティが間に合ってれば、もうちょっと違うと思うんだけど」
「ま、それはしょーがないよ。切り替えていこ」
大魔法使いのユニークアビリティ「自由詠唱」。
これは魔法使い系の全てのアビリティの中で、あるいは一番強力な効果を持っているかもしれない。
以前ルカさんたちと一緒にキマイラと戦ってから、わたしはこれを目標に戦闘を重ね、ようやくあと一歩……というところまではこぎつけていたものの、いまだに取得には至っていなかった。
「あ、でも、エリン以外にも護衛の人が来てくれるんだよね。だったら……」
「んー。そうだけど、あんまり信用しすぎない方がいいよ」
エリンの言葉に、わたしは首をひねる。
「や。自分たちのことを棚に上げて言うけど、最前線から外された人だよ。強い人が来るとは思えない」
「もう! 会ってもないのに、そんなことを言うのは失礼だよ」
「へぇー。モグラ嫌いのリリがめずらしいねぇ」
からかうように言ってくるエリンに、拳を振り上げるフリをする。
「わ、わたしがモグラ嫌いなのは、やれることをやらないからだよ! もし少しくらい弱くたって、同じ作戦に参加する仲間なら……」
「あ、あの人じゃない?」
口にしかけた説教は、エリンの言葉にさえぎられた。
まったく、と思うものの、相手を待たせる方がよっぽど失礼だろう。
走っていったエリンを追いかけて、礼を失しない程度に小走りであとを追う。
待っていたのは、同年代くらいの軽装の少年だった。
「やー。はじめまして! エリンでっす!」
「エ、エリン! え、ええと、はじめまして。魔法使いのリリシャと言います。ここにいるエリンと組んで、普段はルクスの街辺りを拠点にしています」
エリンのあまりに軽い態度をたしなめながらも、必死で自己紹介の言葉を口にする。
彼はエリンの態度に面食らっていたようだが、少しして立ち直ると、わたしたち、というより主にわたしに向かって頭を下げて、こう言った。
「はじめまして、ルキです。えっと、初心者の塔から来ました」
「………………は?」
「……ぁ」
ゆっくりと、目を開ける。
「ゆめ、か」
懐かしい、とても懐かしい夢を見た。
知らない間に浮かんでいた目じりの涙をぬぐって、メニュー画面を開く。
時刻表示は「9月1日 10時00分 21秒」を示していた。
あれは、去年の九月末のことになるから、もう一年近く前のことになる。
それからの三日間で、全てが変わった。
今ではもう、わたしをリリと呼ぶ人はもうこの世にはいない。
だからわたしはその名を捨てて、その代わりに一人で生き抜く力を身に着けて、今日まで必死に生きてきた。
――エリン。わたしはちゃんと、やれてるかな?
そっと虚空に呼びかけても、もちろん答える声はない。
それでもわたしは不思議と穏やかな気持ちになって、立ち上がる。
「朝ごはん、食べないと」
今日のメニューは、ホットサンド。
飲み物はいつもと同じクリアポーションだけど、中身をカップに注ぎ、レモンの果汁と角砂糖を入れて楽しむ。
今日は時間にも余裕がある。
ゆっくりと時間をかけて食事を楽しんで、穏やかな朝の時間を過ごす。
「あ、そうだ」
それから、エリンが大好きだった卵のサンドイッチを一人で頬張りながら、監視カメラの映像を確認する。
監視カメラに映っていたのは、見慣れたモンスターたち。
「あ、こいつ……」
ただ、その中に数匹、あまり見慣れないモンスターがいた。
「――突撃ヤンマ、か」
前回ギャザルホルンを使った時に呼び寄せてしまっただろうこのモンスターは、どことなく間の抜けた名前とは裏腹にとても凶悪だ。
トンボをモチーフにしたこのモンスターは、普段はどこかにぴたりと張り付いてぶーんという嫌な羽音を出すだけのモンスターなのだが、ひとたびプレイヤーの姿を認めると、突然高速で近付いてきて自爆をしてくる。
しかも、静止状態では攻撃に強く、動き出してから仕留める必要があるところも、わたしとの相性が悪い。
「……うまく、引き寄せられてくれるといいけど」
この生活を始めてから多くなった独り言をつぶやきながら、最後のパンの欠片をクリアポーションで無理矢理に喉の奥に流し込む。
突撃ヤンマは気にはなるが、事ここに至っては方針転換もできない。
わたしは意識して不安材料を頭から追い出して、最後の確認をする。
――――ステータス―――――
【リリシャ】
HP 22894/22894
SP 395499/920317
種族:エルフ
メインジョブ:大魔法使い LV18372
サブジョブ :呪文研究家 LV321
装備
世界樹の杖
大賢者のローブ+2
防護のブレスレット+63
防護のブレスレット+60
熾天使の指輪+1
早口の指輪+67
高速詠唱のネックレス+59
――――――――――――――
HPは満タン。
SPだって、十分にある。
わたしはメニュー画面を操作して時刻を呼び出し、それが十一時四十五分を示した時点で歩き出すと、扉に向かう。
扉を少しだけ開けて、そこからポイっと投げたのは、発煙筒だ。
これにはギャザルホルンほどではないけれど、モンスターを引き寄せる効果があり、十分の間、モンスターを一ヶ所に集める性質がある。
どこに落ちたかを確認せずに、素早く扉の中に。
監視カメラで確認すると、発煙筒は悪くない場所に落ちてくれたようだった。
モンスターが発煙筒に引っかかるかどうかは運次第。
実際に何匹かは引き寄せられていない個体もいるようだが、数台の監視カメラの映像を眺めても、危険な位置にいるモンスターはいない。
これなら問題なさそうだ。
それからきっかり五分だけ待って、「よし!」と自分に気合を入れて、外に出る。
そして、発煙筒に群がるモンスターに杖を向けて、叫んだ。
「――ギガンティック、ボム!」
杖の先から飛んだ魔法の爆弾が、発煙筒の位置に着弾する。
わたしはそれを見届けると、爆風がこちらに押し寄せるより先に、扉の中に退避する。
後ろ手に扉を閉めて、ふう、と息を吐く。
これで、今日のお仕事は終了。
ようやく肩の力を抜いて、次の魔法を「詠唱」する。
……これが、今のわたし。
ある意味では、今やっていることは、昔と同じだ。
天秤が更新される十二時直前に魔法を撃って、フィールドのモンスターを全滅させることで、天秤値を下げる。
違うのは、詠唱中はエリンに守ってもらうのではなく、安全な建物の中で詠唱を済ませて、魔法を放つ時だけ外に出ていく、ということ。
そのカギになるのは、大魔法使いのユニークアビリティ「自由詠唱」。
エックスデーの時には覚えられなかった「自由詠唱」のアビリティは、詠唱にかかわる制約を無視させる。
簡単に言うなら、詠唱中も自由に動き回れるようになり、建物の中に入っても詠唱が中断されない。
だから普段は建物に引きこもって、必要な一瞬だけ外に出ることで、わたしは今の生活を維持できている、というわけだ。
あんなにモグラ嫌いだったわたしが、今は嫌っていたモグラと同じことをしているというのも不思議な話だ。
当時嫌っていたモグラの人たちには、悪いことをしたかなとは思う。
もう二度と、彼らに謝る機会がないのだから、余計に。
「……あ、っと」
物思いにふけりそうになって、ハッと気付いた。
こうしてはいられない。
わたしはメニュー画面を開くと、そこからチャットの項目を選び出す。
そして、できるだけ明るい声を作って、できるだけ自信満々に。
かつて見た、漫画の登場人物のように、尊大に。
わたしを見た人が、安心できるように。
わたしの虚勢に、気付かれないように。
わたしは、チャットの向こうにいる仲間に向かって、声をあげた。
「おはよう! 今日は時間通りみたいね、ルキ!」
「あ、あははは。毎度誰かさんに怒られてるからね、シア」
そうして、夢で見たその少年が、自分の名前を呼ぶのを聞いて、こっそりと頬を緩める。
――今ではもう、わたしを「リリ」と呼ぶ人はもうこの世にはいない。
――だからわたしは「リリシャ」から「リリ」の名を捨てて、ただの「シア」になったけれど。
そんなわたしにだって、新しい仲間ができた。
――ねぇ、エリン。色々あったけど、わたしはちゃんと、笑えているよ。
そうして、楽しかったチャットが終わって……。
「――あ、れ?」
メニュー画面から天秤値を確認して、愕然とする。
フィールドの天秤値が、七十一までしか下がっていない。
――おか、しい。
この前ギャザルホルンでモンスターを引き寄せて、周りのフィールドの天秤値を下げたばかりだ。
今、モンスターを全滅させられたのなら、もっと下がっているはず。
「撃ち漏らしが、あった?」
急いで監視カメラを覗く。
そこには、新たにポップしてきたであろう、見慣れたモンスターの数々。
それから……。
「あい、つ!」
感情のない複眼でこちらを見る、突撃ヤンマの姿があった。
つ、続きは明日!




