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第三話 シミュレーションルーム

 ここはジェネシスの先達としてロコを導いてやりたいところだが、俺は正式前の最後の駆け込み組。

 要するに、俺にはジェネシスの先輩はいくらでもいても、後輩は一人もいなかった。


 こうやって誰かに物を教えるというのは初めてだ。

 何をどう話していいか、戸惑ってしまう。


 とはいえ、何より最初に、絶対に話しておかなくてはいけないことがある。


「まず、一番大事なことだ。俺がいいっていうまでは、この塔の外に出るのは禁止だ」

「えっ?」


 俺の突拍子もない言葉に、ロコも流石に驚いたらしい。

 ……うん。

 なんか字面だけ追うと、女の子を監禁しようとする変質者みたいだよな。


 俺は慌てて補足した。


「い、いや、これは何も、いじわるで言ってる訳じゃないんだ。このジェネシスの世界は割と難易度の高いゲームとして設計されてる。しかも、オープンから時間が経って、なんというか、色々とインフレが進んでいる。そんな中で、本当の初心者プレイヤーが初期エリアとはいえ、モンスターがうろつくフィールドに出たらどうなると思う?」

「え、えっと……やられ、ちゃう?」

「瞬殺だ」


 俺の言葉に、ひぅ、と声を漏らすロコ。

 驚かせすぎたかな、とは思うが、これは事実だ。


「あ、でも大丈夫。この塔は全部の場所が安全地帯だし、安全に強くなる方法はあるんだ。ほら、さっき言ったシミュレーターだよ」

「シミュ、レーター」


 初心者の塔で生活する人間にとって、シミュレーションルーム、というか、そこにあるシミュレーターは必要不可欠なものだ。

 ただ、ロコみたいな女の子が興味を引かれるようなものではないだろう。


「それに、この塔にはそれ以外にもたくさんの施設があるから、何かロコに行きたいところがあれば……」

「だ、だったらわたし、シミュレーションルームに連れて行ってほしいです!」

「え? あ、いや、それはもちろん構わないけど。……戦う場所、だぞ?」


 何か誤解があるのでは、と問いかけてみるが、ロコはぶれなかった。


「戦うのは、少し、こわい、ですけど。でも、ルキさんが一番好きな場所、なんですよね?」

「ま、まあな。俺、というか、初心者にとっては一番縁のある設備だからな。ジェネシスでの俺の生活の九十五パーセントはシミュレーターに占められていると言っても過言じゃない」

「だったらやっぱり、わたしもそこに行きたいです!」


 動機については少し消化しきれないところもあるが、シミュレーターはロコの今後を考える上で重要な場所だ。

 本人が行きたいと言っているのだから、無理に翻意させる必要もないだろう。


「よし! じゃあシミュレーションルームに行きながら、ほかの施設の案内も一緒にやっちゃうか。行こう」

「は、はい……!」


 そうして連れだってラウンジの外に出ようとしたところで、俺は隣に立つロコが硬い表情をしているのにやっと気付いた。


 ――しまったな。


 ロコはこの部屋の外をほとんど何も知らない。

 当然道だって覚えていないだろう。


 移動中も説明したいこともあるし、俺がいつも通りに一人で廊下をさっさと歩いていって、ロコを置いていってしまったりしたら目も当てられない。

 そうなると……。


「ルキさん?」


 不思議そうに問いかけるロコに、俺は腹を決めると、そっと左手を差し出した。


「あ、の……?」


 今度こそ首を傾げて疑問を口にするロコに、出来るだけ優しく聞こえるように提案する。


「その……さ。途中ではぐれたりしても困るし、ここからは手をつないでいこうか」


 俺がそう言うと、不安に曇っていたロコの顔が、パッと明るくなる。

 こんなに喜んでもらうと、逆に罪悪感が湧いてくるが、結果オーライということにしよう。


 ちょこちょこと俺の近くまで寄ってきたロコは、おっかなびっくりと俺の手を取ると、その手をぎゅっと握りしめた。


「……あったかい、です」


 その言葉に、俺もロコの手の温かさを意識する。

 そういえば、こうやって誰かの手を握ったのなんて、いつ以来だろうか。


「ルキ、さん……?」


 俺がしばらく黙り込んでいたからだろうか。

 不安そうな顔をしているロコに「行こうか」と声をかけて、俺たちは歩き出す。



 ※ ※ ※



 不思議な気分だった。


 今まで何十回、何百回と歩いてきた廊下が色鮮やかに姿を変え、心なしか輝いているようにすら感じる。

 見慣れたはずの、けれど全く違うその景色を新鮮な気持ちで眺め、そんなとりとめのないことを考えていると、


「あ、あの……。どうかしました、か?」


 どこかビクビクとした様子のロコに尋ねられる。

 本当に、人の感情の変化に敏感な子だと思う。


「いや、別に、大したことじゃないよ。ただ、綺麗だなって」

「きれい、ですか?」


 この感覚ばかりは、ロコに説明しても分からないだろう。

 俺は優しいクリーム色をした廊下の壁面に、自然と手を伸ばしていた。


「どこを歩くか、じゃなくて、どうやって歩くか、なんだろうなぁ」


 汚れ一つない壁の、ひんやりとした感触に思わず口元を緩める。

 と、そこで我に返って、きょとんとしているロコに、誤魔化すように告げる。


「あぁ、いや、何でもない。ただ、ロコのおかげだってことさ」


 そう言って、照れ隠しのようにロコとつないだ左手を大げさに振ってみせる。


「わたしの、おかげ……?」


 ロコは分かっていないようだったが、その顔が嬉しそうにほころんだので、これでよかったんだろう。

 そんなことを話しながら、ロコの体温が高くてやわらかい手を引いて塔の中を進んでいく。


「この初心者の塔は五階層まであるんだけど、公共の設備は一階と二階に集中してる。一階は外への出入り口とロビーがメインだから、基本は二階で過ごすことになるな。あ、ちなみに今俺たちがいるのも二階だ」

「あ、あの。それ以外の階には、なにがあるんです、か?」

「三階から上はほとんどが初心者ルーキーが泊まるための部屋になってる」

「そんなに……」


 目を丸くするロコに、俺は苦笑する。


「そりゃ、今は初心者の塔なんて誰にも見向きもされてないけどさ。昔は結構人がいたんだよ。まあ、正式稼働前は三時間しかジェネシスにいられなかったし、時間を置いてインすればHPなんかも回復してたらしいから宿泊用の施設なんて安全なログアウト場所、ってくらい認識だったらしいんだが、それも変わったしな」


 正式稼働でログイン制限がなくなったことによって、睡眠という行為に意味が生まれ始めた。


 ドリームポーションを飲めばいつまで起きていても眠くなることはないが、夜に活動するのはリスクがあるし、やはり現実世界の生活リズムというのは崩しがたいらしい。

 また、この世界では寝ようと思えば一瞬で眠れるため、主観的にはあっという間にHPSPを全快まで持っていくことが出来る。


 そのため、正式稼働が始まってから寝室や宿泊施設の重要度は跳ね上がった、とリューに聞いたことがある。


「……ま、俺たちはβ時代をほとんど経験してないから、あんまり実感ないんだけどな」


 締めくくるように言うと、ロコがやけに真剣な顔をして俺を見ていた。

 思わず腰が引ける。


「あ、あの!」

「う、うん……?」

「ルキさんの部屋は、何階にあるんですか?」


 身構えてしまって、拍子抜けした。

 そんなことか、と思ったが、ロコはあいかわらず真剣な顔をしているので、俺も真面目に答える。


「俺は二階だよ」

「え? でも……」

「ああ。居住用の個室は三階以降にあるんだが、俺は管理人室を使ってるから」

「かんりにんしつ、ですか?」


 これも説明しておかないとな、と俺は言葉を選びながら解説する。


「この初心者の塔にはNPCは一人もいない。これは、NPC商店なんかの一部を除いた大体全部がそうなんだけど、ジェネシスの施設はプレイヤーが管理するようになってるんだよ。……とは言っても、普通にやってればメンテナンスが必要なものなんてほとんどないから、その施設と一番縁のある人がある程度の管理権限を持つというか。あー。分かりやすく言うと、決められた人以外はここに入っちゃダメだとか、この設備はこの時間は使用制限をかけるとか、そういうことを決めることが出来るようになるんだよ」


 少し難しい説明だったかな、と思ったが、


「ルキさんは、すごいんですね!」


 どういうかみ砕き方をしたのか、ロコの中ではそういう結論になったようだ。

 すごいも何も、単にこの建物に最後に残ったのが俺だったので、最終的にそうなっただけなのだが。


「あっと。それより、ここは覚えておいた方がいいぞ。医務室だ」

「イム、室?」

「い、いや、よく分からないがたぶん違う。怪我した時に治療をする場所だよ」

「……ケガ」


 自分が怪我をした時のことを想像してしまったのか、暗い表情になったロコに、俺は努めて明るい声を出す。


「実は、この塔の施設はまだ低レベルのうちは初心者期間ってことで、ほとんど無料で利用出来るんだ。この医療施設ならどんな怪我をしても一瞬で治せるから、万一の時も安心だぞ」

「そう、なんですか?」

「そうそう。それと、初心者の塔ってのは、この世界で一番様々な施設が充実してる場所でもあるんだ。この医務室だってとんでもない性能だし、購買部だって街の雑貨屋並みの品ぞろえ。個人部屋は広くてベッドもふかふかだし、食堂に厨房、風呂だって大きくて立派で、映像が再生出来る専用のオーディオルームなんかもある! 過ごしやすさで言えばナンバーワンの場所なんだ!」

「へえええ……」


 キラキラした目で嬉しそうに俺を見てくるロコ。

 まあ初心者の塔は様々な設備がある反面、どの設備も専用施設にはおよばないという面もあるのだが、そこは言わぬが花だろう。


「とはいえ、何と言っても、この塔の最大の目玉はあれ……」

「あっ!」


 ようやく見えてきたその光景に、ロコは目を見張る。

 そこは、円形に区切られたカプセル状のスペースが並ぶ近未来的な設備。



「――この、シミュレーションルームだ!!」



 俺たちは、ようやく目的地に辿り着いたのだった。



 ※ ※ ※



「これ……なんなんです、か?」


 おっかなびっくりという様子で遠巻きに機械を眺めるロコ。


「これがシミュレーターだよ。簡単に言えば、死んでも問題ない仮想現実が体験出来る装置、って感じかな」

「仮想現実? それって……」


 言いたいことは分かる。

 ジェネシスだってVRゲームだって触れ込みだったし、その中でさらにVRのゲームをやるようなものだから、戸惑いもあるだろう。


「さっきも少し言ったけど、全くの初心者が何もせずに外に出たら塔を歩いている雑魚に瞬殺されて終わりになる可能性が高い。特に、ゲーム開始から時間が経ってインフレが進んでる現状ならね」


 うまく、言えていただろうか。

 少し緊張しながら口にした俺の説明に、ロコは特に戸惑ったり反発したりする様子もなく、おとなしく話を聞いてくれている。

 俺はわずかに身体に込めていた力を抜きながら、ロコが疑問に思わないうちに続きを説明する。


「序盤に事故っても正式稼働前はキャラを作り直すことが出来たから問題なかった。でも、今はもう、やり直しが利かない。だからこその、シミュレーターなんだ」

「VRで訓練してから、本番に挑戦する、んですか?」


 話が速くて助かる。

 俺は急場をしのいだ感覚にホッと息をついて、笑顔を浮かべた。


「そういうこと。とはいえ、基本的にシミュレーターでは経験値が入らないし、モンスターがアイテムを落とすこともない。だからあくまで戦い方の練習とスキルなんかの調整に使うっていうのが主要な使い方かな。ただ、技の熟練度とアビリティポイントは増えるから……って面倒な話はあとにしようか」


 あまり説明ばかりでも、飽きてしまうだろう。


「百聞は一見に如かず。これからシミュレーターに入ってシミュレーターでの戦闘を体験してみようか」


 俺が言うと、ロコはごくりとつばを呑んだ。

 緊張のせいか、つないだロコの手のひらが熱を持ったように感じる。


「あはは。そんな緊張しなくて大丈夫だって。同じ場所のシミュレーターを使えば二人で入れるし、最初は俺が手本を見せるから」


 二人で入れる、と聞いた途端、ロコの緊張はスッとほぐれたのが分かる。

 信頼されているような気持ちがして、何だか嬉しい。


 つないだ手を離す時、ロコが少し悲しそうな顔をしていたが、流石に片手でシミュレーターの操作は出来ない。

 断腸の思いでロコから離れ、手近なシミュレーターに取りついて、操作を説明しながら設定をしていく。

 ゲームなどになじみがあれば特に迷うようなところはないのだが、ロコはこういったものの操作にあまり慣れていないようだった。


「……ご、ごめんなさい。携帯電話、とか、買ってもらえなかった、ので」


 今時めずらしい気もするが、親の教育方針だろうか。

 ともあれ、説明することはそんなに多くはない。


 今回は俺が主導で設定することにして、ステージは推奨レベル十の「獣人たちの襲撃」で、参戦・観戦共に「フリー」に設定して、OKを押す。

 同時に、


「え、えと……」


 焦っているロコに落ち着いて、と声をかけて、ロコに指示を出して、「参加する」のボタンを押させる。

 これで、あとは何秒か待てば自動的に「獣人たちの襲撃」ステージに転送されるはずだ。


「あ、の……」


 泣きそうな顔で手を伸ばしてきたロコに微笑みを返し、俺はその手を握りしめた。

 やっと安心した表情のロコを見ながら、俺は転送独特の感覚を全身に感じ、そして……。



 ※ ※ ※



 一瞬後には、俺たちは塔の中とは似ても似つかない、一面の森の中に立っていた。


「ここは……」

「ここがシミュレーターの生み出した仮想空間だよ」


 あるいは、仮想現実を模したただの「現実」か。

 だが、そんなことは口にしても詮のないことだろう。


 せめてロコを不安がらせないようにと転送の際に自然と離れていた手を差し出すと、ロコは常ならぬ機敏な動作でその手を取った。

 いや、あまつさえ両手で握りしめてくる。


 そこにいつも以上の必死さを感じて、俺まで慌ててしまう。


「そ、そんな焦らなくても大丈夫だって。ここは『獣人の襲撃』って初心者用のステージで、比較的簡単にクリア出来る面の一つなんだ」

「は、はい……」


 ロコはうなずいてくれているが、身体は緊張に強張ったままだ。

 俺は頭をかく。


「確かに俺はその……あんまり出来のいいプレイヤーって訳じゃないけどさ。ただ、このジェネシスでの戦いを、誰よりも長く続けてきた。今さら、このステージに出てくる敵なんかに後れを取ったりしないさ。だから少し、俺を信じてくれないか?」


 この言葉は、ロコには殺し文句だったらしい。


「はいっ! 信じます!」


 やたらと気合の入った様子でうなずいて賛意を示してくれる。


「で、でも、怪我、しないでください、ね」


 と、すぐにまなじりを下げて付け加える辺り、本当に優しい子なのだろう。

 この子のためにも、俺も気合を入れなきゃいけない。


「それじゃ、せっかくだからここでの戦闘の基本を説明しながら進めていこうか。……って言っても、俺は剣での戦い方しか知らないから教えられるのはそれだけだけどね」

「い、いえ! ぜひ、お願いします!」


 ぺこり、と頭を下げてから、ハッとしたように言った。


「あ、あの! せんせい、って呼んだ方がいいですか?」

「いや、そういうのはいいから」


 こうして教師ぶっているが、俺の近接戦闘技術なんて我流で適当なものだ。

 偉ぶって他人に教えられるようなものじゃない。


「それより、通常攻撃とか武器についての基本的なことは知ってるって考えてもいいかな」

「え、えと、基本的なこと、って、どのくらいの……」


 戸惑った様子の彼女に、俺はもしかすると酷かもしれないことを訊く。


「要するに、アレだ。あの(・・)チュートリアルであいつに教わったこと、まだ覚えてるか?」

「お、おぼえて……ます」


 チュートリアル、という言葉を耳にした瞬間、ロコはふるるっと身体を震わせた。

 やはり、ロコにとってもあのチュートリアルは特別なもののようだ。


 まあ、それはそうだよな、と思う。

 あんな記憶がそう簡単には風化するはずもない。


 釣られるように、俺も思い出す。


 一年以上の時が流れても、いまだに当時と同じだけの密度でもって俺の脳みそを占有する、あのクソみたいなチュートリアルのことを。

 そして、そのクソみたいなチュートリアルで出会い、どちらも別の意味で俺の人生を変えた、あの二人(・・・・)のことを……。

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胃が痛くなった人に向けた新しい避難所です! 「主人公じゃない!
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