表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/54

閑話 光を求めて

第二部開始記念にあらすじをちょっと変えてみました!

(ひとしきり楽しんだら元のに戻す予定)


あ、あと報告忘れてましたが名称に異同があったので以下の通り統一しました

トレードセンター → マーケット

スキルブースト → テックブースト



今回はロコ視点の前日譚で、「第二話 ロコ」につながる話になります


 ――暗闇は、ずっと味方だった。


 子供のころは、闇がこわかった。

 まっくらな中からなにか出てきて、怒ったお母さんみたいにわたしを傷つけるんじゃないかと、ふるえていた。


 でも、そんなことはなかった。

 暗闇はわたしになにもしなかったし、わたしも暗闇になにもしなかった。


 だから、わたしはいつしか、暗闇をこわがらなくなった。

 だから、お母さんがわたしを真っ暗な部屋にとじこめても平気だった。

 だから、わたしは不思議なゲームでできた新しい暗闇を、わたしの逃げ場所にした。


 理不尽な言葉に傷つけられた時。

 八つ当たりの怒りで殴られた時。

 抗えない現実に絶望を感じた時。


 そんな時は『小森心』からゲームキャラの『ロコ』になって、このジェネシスの待機空間に、闇以外に何もない世界に入り込む。

 そうして、まるで傷ついた動物がその傷を癒やすみたいに、ただ流れる時間と暴力の記憶をやり過ごすのだ。


 その真っ暗な場所は、ほんとうだったらログイン制限の三時間が終わった人がやってくる場所で。

 でも、お母さんにプレイ時間制限をかけられたわたしには、一番なじみのある場所だった。


 もちろんほんとうは、ここを目当てにジェネシスにログインするなんて、変なことだとわかってた。


 でも、だからこそ。

 ゲームをさせないように、とお母さんが決めたことを利用して、ちょっと悪いことをしているような、くすぐったい気持ちでいつもわたしはそこで時間をすごしていた。


 だから、もしかすると……。

 そんな悪い子だったわたしに、ばちが当たったのかもしれない。


 それは、五月の最後の日。

 そこから暦が切り替わる瞬間に始まった。



《いつもワールドジェネレータージェネシスをご利用いただきありがとうございます。ただいまよりジェネシスの正式稼働を開始いたします》



 音がないはずの世界に、音が届いた。

 それだけで意味もなく、不安になる。



《おめでとうございます! これよりジェネシスは独立した世界となり、今ログイン中のあなた方はこの世界の最初で最後の移住者として登録されました。元の世界とのつながりは断たれてしまいますが、今後はジェネシスの世界で制限なく過ごすことが可能になります》



 それから先は、何を言っているのかよく分からなかった。

 言葉は聞こえているはずなのに、頭が理解をしてくれなかった。


 ただ、わたしはうろ覚えの操作でメニュー画面を開いて、どこを探してもログアウトの文字がないのを見て、「帰れない」という事実だけを受け止めた。


 まず考えたのは、お母さんが怒るかな、ということだった。

 でも、と、思い直す。

 もう二度と元の世界に帰れないなら、お母さんと会うことももうないのだと。


 その時、突然に。

 これはわたしの人生を変えてしまうくらいに大変で、とても大きな出来事なんじゃないかと、思い至った。


 もう二度と会えない。

 お母さんにも、友達にも。


 もう二度と帰れない。

 あの家にも、学校にも、生まれ育ったあの町にも。


 それは、なんだか、とても、とても、こわいことだった。

 そしてとても、かなしいことだった。


 鼻がツンと痛くなって、なみだが出てくる。

 自分がそんな風になると、想像した。


 でも、なにも起こらない。

 悲しいと思う。

 思ってる。


 でもなみだは流れない。

 おかしいな、と思う。


 だから、わたしは助けを求めて、辺りを見渡した。


 ……何もなかった。

 ただ、闇だけがあった。


 それは、本当の暗闇で。

 窓のない部屋にとじこめられて、ブレーカーを落とされた時よりも。

 布団の中で、機嫌の悪いお母さんに背を向けて、ギュッと目をつぶった時よりも。

 ずっと、ずうっと深い、黒い黒い闇で。


 そしたら急に、こわくなった。

 もしかしたら自分はずっと、このくらい闇の中ですごさなくちゃいけないんじゃないかと、根拠のない不安がこみあげてきた。


 わたしは口を開いた。



《だれか、いませんか》



 そう言ったつもりだった。

 ううん、ほんとうに、そう口を動かした。


 でも、声は出ない。

 なにも聞こえない。


 そうだ。

 そもそも、ここには音がない。

 この場所には、音がまったくない。


 不安は、おさまらなかった。

 むしろどんどんと、こころぼそい気持ちがあふれてくる。


 だからわたしは、歩き出した。

 誰かに、助けてもらいたかった。


 だれか。

 だれかを。


 歩く。

 歩く。

 歩いていく。


 暗闇の中を。

 まっすぐに。


 でも、暗闇は、ずっと暗闇だった。

 歩いても、歩いても、なにも変わらない。


 わたしはこわくなった。

 どんどん、こわくなった。


 歩いていたはずの足は、いつのまにか小走りに変わっていた。

 変わっていた、と思う。


 いつしかわたしは全力で足を動かして、なにかを探していた。



《だれか、いませんか?》



 言葉は、声は、言葉にならない。

 かたちにならずに、消えていく。



 だれか。

 だれか、いませんか?



 頭の中だけで、声がリフレインする。

 ぐわんぐわんと、反響する。


 もう、助けてくれなくてもいい。

 ただ、だれかと話したかった。


 だからわたしは走って、走って、走って。


 でも、見つからない。

 だれも、なにも見つからない。


 わたしはひとりだ。

 ここにはだれもいない。


 あんなに走ったのに。

 あんなに探したのに。


 ここには暗闇しかない。

 暗闇しか、ここに……。



 ――そして、気付く。



 わたしがぜんぜん、進んでいないことに気付く。


 だって、辺りはずっと、暗闇だから。

 ずっと同じ、暗闇だから。


 だからきっとわたしは、進んでなくて。

 そもそも走ってなんてなくて。


 わたしはずっと、暗闇にいる。


 そう、暗闇だ。

 光がない。

 ここには光がない。


 自分の手を見る。

 見ようと、する。


 そこにはなにもない。

 いや、あるはずだと思う。

 手を動かすことはできるから、あるはずだと思う。

 なければおかしいと思う。


 でもまっくらで。

 まっくら以外になにもなくて。


 わたしの手はそこにあるはずなのにそこには暗闇しかない。

 なにも見えない。

 なにも見えない。


 わたしは、ここに、いるのに。

 わたしは、ここに、いる……の?


 思い出す。

 思い出した。


 大事なことだ。


 この部屋は、ただ待つためだけの部屋で。

 ログアウトをするためだけの部屋で。

 なにかができてしまったら不公平で「バランスが取れない」から。


 だからなにもすることができないように、『機能を制限』しているのだと。


「しゃべる機能」が制限されているから、声は出せない。

「音を聞く機能」が制限されているから、何も聞こえない。

「涙を流す機能」が制限されているから、泣くことだってない。


 わたしの、機能は、制限されているから。

 だから……。


 おなかの底のあたりに、重いものがたまっていくようだった。

 これ以上考えちゃダメだと、自分の中のなにかが言った。


 どろどろしたなにかが自分の中にたまってきて、爆発してしまいそうだった。


 だから、とりかえしがつかなくなる前に。

 なにかがあふれてしまう前に、わたしは走った。

 ただ、走った。


 走る。

 走る。

 走る。


 走っている、はずだ。

 だって、足には何かを蹴っている感覚が。

 感覚が、感覚が……。


 走る。

 走る。

 走る。


 走っている、のだろうか。

 本当に自分は、走っているのだろうか。


 走る。

 走る。

 走る。


 景色は、変わらない。


 そもそも何も見えない。

 黒しかない。

 暗闇はずっと暗闇でなにもかわらない。


 だから叫んだ。

 叫んだ、つもりだった。


 だが、何も聞こえない。

 ここには音はない。

『その機能は制限されている』


 のどに力を込めて、全力で叫んでも、何も出ない。

 ああ、そうだ『その機能は制限されている』


 いらだちに任せて胸をかきむしる。

 かきむしっているはずだ。


 でも、痛みはない。

 ああ、そうだ『その機能は制限されている』


 走る。

 走り出す。


 走ってるの?

 走ってるんだっけ?


 走って。

 走って。

 走ってるつもりで。


 転んだ。

 転ぼうとした。

 転んだはずなのに。


 痛みもない。

 感覚もない。

 地面の感触も。


 ああ、だって、そうだ。

 その機能は……。

 その、機能は……。


 叫ぶ。

 叫ぶ。

 叫ぶ。


 叫んでいるつもり。

 叫びたいのに。


 何も聞こえない。

 何も触れない。


 出口がない。

 反応がない。


 行き場のない思いが。

 行き場がない叫びが。


 おかしくなる。

 おかしくなる。

 おかしくなる!!


 腕をふりまわす。

 ふりまわしてるはずだ。


 動きは制限されていない。

 だから腕はふりまわされているはずなのに、なんの感触もない空気を切る感触すらない何もない!


 ダメだ!

 これも、ダメだ!


 わたしはここにいる!

 ここにいるのに!


『機能は制限されている』

 制限されてるから。

 だから……。





 ――頭の中で、光がはじけた。





 ある。

 制限されてないものが、ある。


 あった!

 あったんだ!


 だから、すがる。

 残された光に、すがりつく。


 震える手を動かす。

 動かしてる、はずだ。


 わからない。

 わからない。


 でも、わかる。

 もうすぐ。

 もうすぐ!!




 ――そして、光が、生まれた!!




 メニュー画面!

 メニュー画面は、制限されていない!


 ログアウトはできない。

 できないけど、光ってる。


 反応する!

 わたしは生きてる!

 ここにいる!


 むさぼるみたいにメニュー画面をいじる。


 おすと、変わる!

 わたしが、変えてる!


 ボタンをおして、おして、わたしはとても素敵なものを見つけた。


 わたしはすごかった!

 天才だった!


 やった!

 やった!

 時刻表示!



 そこには、「6月1日 2時15分 05秒」と書かれている。



 あれから、二時間が経っていた。

 もう二時間、とも、まだ二時間、とも思った。


 でもそんなのはどうでもいい。

 もっと大事なこと!

 大事なこと!


 動いてる!

 時間が、秒が、動いてる!



 ――やった! やった! やった!



 口からこぼれ、声になることなく闇にのまれていく叫び。

 でも、それは悲しみの声ではなく、喜びの叫びだった。


 だってこの数字は動いている!

 変わってる!


 一が二に、二が三に、三が四に。

 わたしの見てる前で、どんどん数字が変わっていく。


 それは今のわたしにとってとんでもない奇跡で、大いなる救いに見えた。


 食らいつくようにメニュー画面にかじりつき、ただただ時刻の表示を眺める。


 動く。

 動く。

 動く。

 動く。


 変わる。

 変わる。

 変わる。

 変わる。


 動く。

 変わる。


 動く。

 変わる。


 動く。

 変わる。


 五十九を数えた秒が、ゼロへと変わり、分が動く時、とっておきの最高の瞬間を見た気分になれた。


 時間がすぎていく。

 数字が変わっていく。


 すぎて、かわって……。

 すぎて、かわって……。

 すぎて、かわって……。

 すぎて、かわって……。

 すぎて、かわって……。

 すぎて、かわって……。

 すぎて、かわって……。

 すぎて、かわって……。

 すぎて、かわって……。


 ふと、思った。


 これは、いつまで続くんだろう。

 いつまでこれは、続くんだろう。



 ――いつまでわたしは、ここにいるんだろう。



 数字が。

 数字が、変わる。


 時間を、きざむ。

 ひとりの時間が、ながれてく。


 それは奇跡だった。

 救いだった。

 でも、今は呪いにしか見えなくなった。


 きもちわるい。

 きもちわるい。

 きもちわるい。


 でも、きもちわるいという想いは頭で完結して消える。

 きもちわるいなんて機能はここにはないから。

『その機能は制限されている』から。


 眼を閉じる。

 今はもう、何も見たくなかった。


 すべての視界がシャットダウン。

 世界は暗闇に染まって。


 ああ、なんだ。

 これなら目を開けてる時と変わらないじゃないかと思って。



































 目が覚めた。

 覚めている、と思う。


 眠ることは、できた。

 その機能は制限されていない。


 そうだ。

 ここは待機するための場所だから。


 待つための機能はあるんだ。

 だからきっと、眠れるんだ。


 それともこれはまだ夢の中だろうか。

 いや、いっそ。

 これがいずれ覚める悪夢の中であれば、どんなによかっただろう。



 悪夢は、さめない。


 おわらない。

 ずっと、おわらない。


 ためせることは、ぜんぶためした。


 ――ヒントをさがして、隅から隅までメニューを操作した。


 ……なにもなかった。


 ジェネシスの知識は増えて、でもそれはここから出るのになんの役にも立たなくて。

 メニュー画面の操作がうまくなったことが、ゆいいつの収穫だった。



 ――この場所から、出ようと思った。


 歩き続けた。

 どこかを、だれかを、闇ではないなにかをさがして、歩き続けた。


 ずっと、ずっと。

 ずっとずっとずっとずっと、歩き続けた。


 一日中ずっと歩き続けた。

 二日目も、歩き続けた。

 一週間、歩き続けた。


 二週間がたって。

 三週間がたって。

 一ヶ月がたったとき。


 わたしの足は自然と止まっていて、どれだけ前にすすもうとしても、動かなかった。


 だって。

 だって、なにも見つからなかった。

 だって、だれも見つからなかった。


 つかれもしなかった。

 おなかが減りもしなかった。

 ねむくもならなかった。


 なにも、変わらなかった。

 なにひとつ、変わらなかった!



 さがしても、さがしても。

 ここにはほんとうになにもなくて。


 つめたいもあついも。

 うるさいもくさいも。

 痛いも苦しいも。


 ほんとうに、ほんとうに、なにもなくて。

 じぶんが生きているのか死んでいるかさえ、わからなく、なって。



 つまり、そうだ。

 けっきょくのところ……。


 ここは、待つためだけの場所で。

 わたしにできるのは、待つことだけだ。


 ここではおなかは減らないし、つかれないし、傷つくこともない。

 体が死ぬことは、ぜったいにない。

 いくらだって、待っていられる。


 だから、ただ、助けがくるのを祈るだけ。

 さびしさで、心がこわれてしまう前に。

 孤独が、わたしを、おしつぶす前に。


 どうか、どうか。

 だれか、だれか。



 ――ちがう!



 弱気になっちゃダメだ。

 孤独に負けてしまったら、おかしくなってしまったら、ほんとうにぜんぶ終わってしまう。


 わたしは孤独になれてるから。

 暗闇にだってなれてるから。

 だから、だいじょうぶだ。


 深呼吸をする。

 できないけど、してると思う。


 おちついた。

 おちついたフリを、する。


 メニュー画面をひらく。

 操作する。


 だいじょうぶ。

 できてる。

 わたしは、まだ、くるってない。


 ギリギリのところで、まだおかしくなってない。

 おかしくなっては……。





 ――どうして、おかしくなって、ないの?





 だってわたしは、くらやみにはなれているから。

 こどくにだって、なれているから。


 だから、ギリギリでふみとどまっていると、そう、おもっていた。

 でも、だけどもし、そうじゃなかったら?


 わたしは、ほんとうにそこまで、つよかったっけ?

 くるうって、なんだろ。

 どうして、わたしは、わたしは、わたしは……。


 そうだ。

 ああ、そうだ。


 わたしがくるっていないのは、ただ、ただ……。





 ――『その機能が、制限されている』からだ。





 ふみとどまっているんじゃない。

 そんな権利はないんだ。


 そんなものは許可されていないんだ。

 わたしにはなにもできないんだ。


 くるうことも。

 くるわないことも。

 えらべない。


 死なないんじゃない。

 死ねないんだ。


 ただ、わたしは。

 ここにいるだけで。

 なにも、なにひとつ……。


 いみは、いみも、ない。

 ただ、ずっと、ずっと、ずっと、ひとりで……。




 ――あ。




 そのしゅんかんに、なにかが、きれた。


 たぶんそれは、ぜったいにてばなしちゃいけないなにかで。

 それから、それから、それからは……。

































 ねむっていた。

 ずっと。


 まどろみの中にいる。

 ねむってるみたいにおきて、またねむる。


 ずっと、闇の中にいる。

 ねているのと、おきているのとが、いっしょくたのぐちゃぐちゃになって、もうちがいがわからない。


 なんだかいまは、おかあさんとくらしていた時のほうが夢みたいに思える。

 どうやっても忘れられないと思っていたおかあさんの顔も、いまはもうはっきりとは思い出せない。


 ――おかあさん。


 なにもかんがえたくない。

 もうなにもかんがえたくない。


 ――おかあさん。


 どうせうまくいかないんだから。

 うまくいったことなんていままで一度もなかったんだから。


 ――だれか。


 わかってた。

 まっていたって、たすけなんてくるわけない。


 ――たすけて。


 ダメだ。

 ダメだ。


 わかってるはずだ。


 ――だれか。


 ダメだ。

 かんがえちゃ、ダメだ。


 ――たすけて。


 希望なんてないし。

 かんがえたらつらくなる。


 ――たすけて。


 もうあきらめたいのに。

 あきらめてるのに。





 ――たすけて!!






 そうして、やっと。

 まっていたものがきた。


 あんそく、が。

 ねむりが、やってくる。


 いしきがおちていく。

 ねむりのせかいに、おちていく。


 おちて。


 おちて。








 そして、とつ ぜん、ひかり  が――








 目を、開ける。


「あ……」


 光が、差した。

 暗闇しかなかったはずの世界に、極彩色の光が差した。


 おとが、聞こえる。

 どこか耳に心地よい音が、わたしの心をゆりうごかす。


 ひかり、光が、わたしの目の前にまぼろしをうつしだす。

 それは、そのかたちは、まるで……。



「ひ、と……」



 手をのばす。

 手をのばす。


 うそだってわかっていても。

 こんな都合のいいまぼろしがあるはずないってわかっていても。


 手をのばして……。



「あ……っ」



 ふれた。

 触れて、しまった。


 そして、ようやく。

 目の前のかたちがまぼろしなんかじゃないって。

 ずっと耳にとどいていた「音」がひとの声だと、理解してしまって。



「あ、う、うぁあああああああああああ!!」



 気付けば、わたしは。

 その「人」にしがみついて、ちいさな子供みたいに泣いていた。

 泣けて、いた。


 思い切り声をあげて泣くたびに、おなかの奥にあったドロドロがとけていく。

 しがみついた先のあたたかさに、泣きそうになるほど安心して、なみだがどんどんあふれてきて。



「――大丈夫、だから。もう心配、要らないから、さ」



 やさしい、やさしい声。

 ほかのだれでもない、「わたし」にかけられる声。


 ぽんぽん、と背中に触れるぬくもりが、やさしくて、うれしくて。


 わたしがあの暗闇の中で……。

 いや、もしかすると生まれてきてからずっと、ほしかったものは「これ」なんだって、そう、気付いた時。

 その時にはもう、決めていたのかもしれない。



 ――やさしいこの人にのばしたこの手を、ぜったいに、ぜったいに、離さないようにしよう、と。



次回更新は明日!


た、タブンネ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
胃が痛くなった人に向けた新しい避難所です! 「主人公じゃない!
― 新着の感想 ―
[一言] うわぁ…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ