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第三十一話 新たなる未来へ

うおおおおおおっ!

くらえ! これが余裕の23時更新だぁああああ!!


とかやってたら日付ミス見つけたので修正


 俺が、予定を少し早く切り上げて「外」から戻ってきたのは、もしかすると何か予感があったからかもしれない。


「……ロコ?」


 いつもであれば、玄関で出迎えてくれるはずのロコの姿がない。

 その時点で、俺は無性に嫌な予感がした。


 もちろん、ただロコが玄関にいなかっただけで、大げさだっていうのは分かってる。

 ロコにだって予定はあるだろうし、俺が帰ってきた時に、必ず待っていてくれている、という状況の方が異常なのだ。


 それでも、ロコはここ数日、一度だって俺の出迎えに遅れたことはなかった。

 それが今日に限って姿が見えないというのは、何だかとても……。


「とにかく今は、行動だ」


 あえて口に出して、迷走する思考を打ち切る。


 普段からロコが行く場所はそう多くはない。

 俺は逸る気持ちを押さえつけながら、いつも以上に無機質に見える灰色の廊下を足早に進む。


 ラウンジ……に、気配はない。

 だとしたら、オーディオルームか、あるいはシミュレーターか。

 その二択で、俺は迷わずシミュレーターを選んだ。


 取り越し苦労であれば、それでいい。

 だが、もしも、万が一のことがあれば……。


 もはや、外面を取り繕うことも出来なかった。

 俺はシミュレーションルームに駆け込むと、コンソールに飛びつく。


「……プレイ中ミッション、一」


 間違いない、ロコはここにいる。

 そして、今起動中のミッションは……。



 推奨レベル100 【サイクロプスの試練】



 その文字列を目にした時、俺は一瞬、目の前が真っ暗になるのを感じた。

 推奨レベルは「火竜王の試練」ほどではないものの、屈指の難易度と経験値効率を誇る、戦闘系ミッション。


「くそっ!」


 最悪の事態に、俺は唇を血がにじむほど強くかみしめながら、ミッションに参加のボタンを連打する。

 次々に出てくる確認メッセージをろくに読まずに飛ばしながら、俺はどうしてこんなことになってしまったのか、その理由を考えていた。


 そもそもロコは、シミュレーター上であっても、「死ぬ」ということを忌避していた。

 だから、途中リタイアなし、クリア以外には死亡でしか終了されない「試練」形式のミッションも恐れていたはずだ。

 なのにどうしてこんな、よりにもよって、俺がいない間に高難度のミッションに挑むなんて馬鹿なことを……。


 ……いや、本当は分かっている。

 分かっていて、気付かないフリをしていただけだ。


 俺が「塔」の外に出る、と言う度、ロコはいつも悲しそうな顔をしていた。

 そんなロコに、俺が決まって言う言葉は、なんだったか。



《――もっとレベルが上がって、強くなったらな》



 その言葉がどれだけ強くロコの心を縛っていたか、俺は考えていなかった。

 ロコはなんとなく、俺がロコのレベル上げに熱心ではないことを、このままでは約束の時がいつまで経ってもこないことを、どこかで察していたのだろう。


 だから、怖がっているはずの試練に、一人で挑戦した。

 ただ、レベルを上げて、俺の隣に並ぶために。


「くそ!!」


 もう一度毒づいたところで、やっと身体が「試練」の場へと転送される。


 ――間に合え! 間に合って、くれよ!


 今はただ、駆ける。

 自分の馬鹿さ加減を嘆くのは、それからだって遅くない。


 この試練の推奨レベルは100。

 いくらロコが類稀なセンスを持っていたって、本来なら絶対にクリアは不可能だ。


 ちょっとした才能や恵まれたジョブがあったって、それは圧倒的なレベル差の前には何の意味もなさない。

 攻撃が当たってもダメージを与えられないなら、どんな策も才能も意味はない。

 ボスどころか、取り巻きのモンスターにすら手も足も出ないだろう。


 ……ただ、相手がサイクロプスだというなら、話は別だ。


 一つ目の巨人であるサイクロプスは、その目を絶対の弱点としている。

 圧倒的な防御力を持つサイクロプスだが、目だけは防御力はゼロ、命中させれば必ず怯む、という特性を持っているのだ。


 ジェネシスのモンスターは基本的にHPの自然回復はしない。

 理論上、サイクロプスの目に攻撃を当て続けられれば、勝利する可能性は常に存在する。


 だが、もちろんそんなものは、正気の沙汰じゃない。

 可能性が存在する、のと、実際に出来る、というのは大きく異なる。


 このステージに出てくるのは、ボスのサイクロプスだけじゃない。

 取り巻きのモンスターから逃げながら、サイクロプスの目だけを正確に狙い撃つなんてのは、普通に考えれば不可能に決まってる。


 それでも、そんな暴挙に出たのは、きっと俺が……。


 ――っ!!


 自虐に向かう思考を断ち切るように、前方から轟音が響く。


 これだけの音を、普通の人間やモンスターに出せるはずがない。

 音の出どころはおそらくサイクロプス。

 しかもそれだけの音が鳴るということは、高確率で戦闘中だということだ。


 俺の中の焦りが、大きく強くなる。


「っ! あれは!!」


 遠くに、サイクロプスの巨体が見えた。

 その足元はまだ見えないが、十中八九間違いなく、相手はロコだろう。


 ――急げ! 急げ!


 俺の脳裏にサイクロプスの棍棒を受けて、身体を砕け散らせるロコの姿が幻視される。

 だが、その一方で、ロコならもしかしたら、と考える自分がいるのも確かだった。


 これほど、自分の走る速さをもどかしく思ったことはなかった。

 もどかしい想いを抱えながら、常に最短距離を抜け、どんな悪路も蹴っ飛ばして、ロコのもとへ進む。


「ど、けぇええ!!」


 途中に立ちふさがるオーガを飛び込む勢いで弾き飛ばし、そのままトドメも刺さずに駆け抜ける。

 そして不意に、視界が開けて……。



「――ロコ!!」



 目に映ったのは、最悪の光景。


 膝をつき、胸を押さえるロコ。

 肩で息をしていて、蒼白な顔はその傷の深さを物語っている。


 そして、その向こう側。

 ロコと相対していたのは、ロコの数倍もの大きさを誇る巨人。


 幾人もの冒険者を葬ってきた身体は、ゆっくりと前に、ロコの方に覆いかぶさるようにその巨体を傾けて……。


「あ……」


 轟音と共に倒れ伏して、やがて消えていった。



 ――倒した、のか……。



 その信じがたい光景に、一瞬だけ足が止まる。


 そして、俺の声に反応してか、胸を押さえてうずくまっていたロコが、振り向く。

 同時に、俺も止めてしまった足を速め、一直線に彼女のもとへ。


 俺の姿を認め、痛みに歪んでいたその顔が、一瞬でパッと輝いて。

 そして、走り寄る俺に向かって、何かを言おうとした、その喉に――





「……え?」





 ――俺は、迷わず剣を突き立てた。






 冷たい刃が、肉をえぐる感触。



 血がどろりと流れ出し、剣を伝う。



 信じられない、と見開かれる瞳。



 ずるり、と刃が抜けて、ゆっくりと横倒しになっていく、華奢な身体。



 耐久限界を超えたその身体が割れて崩れて、消えていく直前。



 その唇が、何かを、言葉にならない何かを音に変えようとして……。





 ――俺は、「塔」のシミュレーションルームに戻っていた。


 乱暴な仕種で後ろを振り向く。

 そこには、何か、絶対にありえない夢を見たかのように呆然と、自分の喉に手をやったまま立ち尽くすロコがいた。


「レベルはっ!?」


 一刻の猶予もないとばかりに、叫ぶ。


 確実に声は届いたはずだ。

 なのに、ロコは「ひっ!」としゃくりあげるような音を漏らしただけで何も答えなかった。

 怯えるロコに大股で近付くと、その両肩を握りしめる。


「ご、ごめっ! ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい! や、やくそく、やぶっ……」


 震えながら、謝罪の言葉を繰り返すロコ。


 だが、今聞きたいのはそんな言葉なんかじゃない。

 もう一度叫ぶ。


「レベルだ! レベルは、どうなった!!」


 肩をゆすりながら恫喝するように尋ねると、ロコは「ひっ」としゃくりあげるような声をあげる。


「早く!!」


 それでも俺がもう一度急かすと、震える手で、何度も何度も失敗しながら、メニュー画面を呼び出す。

 そして、俺を窺うように口を開いて、口にした、言葉は……。



「――レベル三十二の、まま、です」



 その言葉が、耳に入った、瞬間……。

 俺の全身から、全ての力が抜けるのが分かった。


「よかっ、た。よかった、本当に……」


 最悪の事態は避けられた。

 俺はロコの肩に手を置いたままずるずるとその場に崩れ落ちると、その場に膝をついた。


「あ、あ、の……。ルキ、さん……」


 ……だが、それで全てが無事に終わった訳ではなかった。


 聴こえた声に頭をあげると、蒼白な顔をしたロコが俺を覗き込んでいた。

 涙と恐怖でぐしゃぐしゃになった顔で、それでもすがるように俺に手を伸ばしながら、ロコは言う。


「ご、ごめん、なさい。わ、わたし、やくそくやぶって……」

「違う!」


 痛々しいロコの言葉を、俺は慌ててさえぎった。


「ルキ、さん……?」

「ごめん。でも、違うんだ。悪かったのは、俺だ。俺が全部、悪かったんだ」


 全部、俺に覚悟が足りなかったせいだ。

 だけど、ここまで来たら、もう隠し続けることなんて出来ない。


「来てくれ。ロコに、見せたいものが、見てもらわなきゃいけないものが、あるんだ」


 そう言って、震える手を伸ばす。


 あれだけのことをしてしまったのだ。

 拒絶されたら、という怯えはあった。


 だが、伸ばした手に、小さな手が重ねられた。

 その手は俺の手と同じくらい震えていたけれど、握り合うと、その震えも少し小さくなった気がした。


 ロコを先導して、階上へ向かいながら、俺は重い口を開く。


「俺が、出来るだけロコのレベルを上げないようにしてたのには、理由があるんだ。『初心者の塔』は言葉の通り、初心者のための場所だ。だから、一つでもレベル五十を超えるジョブを持っている者は、塔で暮らすことは出来ない」


 後ろで、ハッと息を呑む気配。


「な、ならさっき、わたしが試練をクリアして、レベルが上がってたら……」

「もうロコは、この塔にはいられなくなってた」


 突然の告白に、ロコは驚いた顔で、そっと、首筋をなでる。

 ちょうど、俺が剣で刺した場所。


「あ、あれ? でも、それなら、ルキさんは? そ、それに、ここにいられなくなっても、どこか近くの町に行けば……」

「そ、っか。そういえばロコは、『ジェネシスの車窓から』でジェネシスの町も勉強してたんだよな」

「は、はい! い、いつかルキさんといっしょに、いろんな場所を回りたいなって、だから……」


 怯えながら、震えながらも、何かを期待するようなロコの言葉には、今は応えられない。

 俺はまだ、彼女に話さなくてはいけないことが、たくさん残っているのだ。


「さぁ、こっちだ」

「え? でも、ここは……」


 ロコが戸惑うのは無理もない。

 ここは、俺が決して近寄らせなかった「外」へと続く扉。


 先ほどの問いの答えは、扉を向こう側にある。

 俺は、回答の代わりに、「外」に続く扉を解き放つ。



「――う、そ」



 風の音に交じって、ロコのつぶやきが、耳を打つ。


 ――扉を開けた、その先。


 そこに広がっていたのは、一面の赤茶けた荒野。

 命の気配をまるで感じさせないその荒野には雲霞のごとく敷き詰められた魔物たちがいて、大地を我が物顔で占有していた。


 それはきっと、ロコが思い描いていたのとはまるで違った光景で……。


「お、おかしい、です」


 ロコはのどから、震える声を絞り出す。


「こ、こんなの、おかしいです! だ、だって、ジェネシスの車窓からで、言ってました! 塔から少し東に行ったところに初心者冒険者が最初の目標にするミンセリアって大きな町があって、そこから南西にソードゥムの町があって、それで、それで……」


 必死に言い募るロコに、俺はうなずいた。

 優しく、残酷に、その言葉を全面的に肯定する。


「大丈夫、間違ってないよ。……ほら、あそこにある小さな丘に見覚えがないか? あれがミンセリアの町があった(・・・)場所だよ。そこからまっすぐ伸びる道の先にはソードゥムがあった(・・・)し、その奥に見えるギザギザの海岸は、かつてノーポートの港町があった(・・・)ところだ」

「なん、ですか、それ。それじゃ、まるで、まるで……」


 その先が、ロコの口から語られることはなかった。


 だから、真実を告げるのは、俺の役目だ。

 俺は頭の中で語るべきことを組み立てながら、ゆっくりと、順を追って話し始めた。


「……2020年、6月1日。正式稼働と同時に『新規キャラの作成』と『ログアウト』が封じられたジェネシスは、ただのゲームじゃなくなった。ジェネシスの世界はもう一つの現実になり、『その瞬間』にログインしていた全ての人は元の世界に戻る手段を永久に失った」


 俺は淡々と、年表に書かれた過去の事件を述べるように、ジェネシスの歴史を語る。


「ジェネシスで生きることになった人類、プレイヤーたちは、生きるために魔物に対抗する必要があった。ジェネシスは『バランスの取れたゲーム』だったから、魔物とプレイヤーの間の戦力は拮抗していた。でもそれは、ゲームの時のバランスだ。現実となった世界で、プレイヤーが元のように振る舞うのには、限界があった」


 そこからが、地獄の始まり。

 世界各地で魔物の侵攻が始まり、人類は常に苦戦を強いられた。


「正式前には70:30でプレイヤー有利だった世界の天秤は、たった三ヶ月で35:65にまで落ち込んだ。それでもプレイヤーたちは諦めなかった。劣勢を覆すために乾坤一擲の賭けに出たんだ。犠牲すらも覚悟して、プレイヤーみんなが一丸となって魔王の撃破を目指す反攻作戦を計画した。それが――」


 鈍い痛みをこらえるように、俺は口を開き、



「――去年(・・)の十月一日、エックスデー。人類の、大敗北の日だ」



 苦い記憶を噛みしめながら、その言葉を声に乗せた。


「敗、北? ま、待って! 待って、ください。それって……」

「魔王討伐隊は全滅。東に向かった中堅以上のプレイヤーたちは、全員が戻ってこなかった。さらに勇者の死亡と勇者のスキルの乱発で天秤は一気にモンスター側に傾いて、モンスターの強さは際限なく上がっていく。その天秤値とモンスターの強さの前には、NPCの町や村も、堅牢だとか鉄壁だとか言われた砦も、何の意味も持たなかった。エックスデーの敗北から一ヶ月で全ての町や村が地図から消えて、さらに一ヶ月後には生き残ったプレイヤーの大半が避難していた砦もあっさりと陥落。そこに立てこもっていたプレイヤーも全員死んだ」


 よみがえる苦い記憶の数々を飲み下し、俺はもう一度、ロコを正面から見つめる。


「最後まで生き残ったのは幸運にも(・・・・)まともな場所に逃げ込めず、仕方なく『システム的に破壊が想定されていない』建物を一時避難場所に選んだ数人のプレイヤーだった。そして、図らずもプレイヤー最後の生き残りとなった彼らは、絶望の中でも希望を忘れないようにと、ギルドを作ったんだ。それが……」

「……ラスト、ホープ」


 かすれたロコの声に、俺はうなずく。


「今、この世界で生存が確認出来ているのは、俺とロコ、シア、リュー、ミィヤの五人だけ」


 そう、つまり……。




「――人類はもう、滅んだんだよ」




 しばらく、ロコは何も、一言すら口にしなかった。


 過酷な現実を、ゆっくりと咀嚼するように。

 身じろぎもせずに、ただずっと、俺を見ていた。


 だが、やがて……。



「じゃ、じゃあ……ずっと、このまま、なんですか?」



 彼女は、その震える唇を、小さく開く。



「ここで、ふたりだけの生活が、ずっと……?」



 呆然と、信じられないというように、問いかける。



「……ああ」



 その言葉に、俺は……うなずく以外の回答を、持たなかった。



「そん、な……」



 ふらり、とかしぐロコの身体を、俺は反射的に抱き止める。



「………ぁ。……………、あぁ」



 胸の中、嗚咽を漏らすロコの体温を強く感じながら、俺はその身体を抱く腕に、力を込めた。

 俺に、ロコの涙を受け止める資格があるのかは、分からない。



 ――それでも、それが出来るのはこの世界でたった一人、俺しかいないのだから。



大変お待たせしました!


プロローグはここまで

次回ちょっとロコ視点を挟んで、ここから本編スタートです!

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胃が痛くなった人に向けた新しい避難所です! 「主人公じゃない!
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