第三十話 小さくて大きな変化
言い訳の在庫が尽きた!
「そこでなんと、ルキさんはマグマの海に飛び出したんです! それから、空を駆けるみたいにギュンギュン追いかけていって……」
そうやって、俺の活躍を嬉々として話すのは、もちろんロコだ。
数日前、俺がシミュレーターでキマイラを倒した時の話を本当に嬉しそうに語っている。
突然の乱入騒ぎでぶち壊しになってしまった「火竜王の試練」だが、火竜王がキマイラにやられ、そのキマイラを俺が倒したことで、「敵の全滅」という勝利条件は無事にクリア。
ロコは無事にミッション達成出来た。
さらにそのあと、ロコがあんなに頑張ってクリア報酬の「ソロモンの指輪」を手に入れようとしたのは、俺にプレゼントをするためだった、という嬉しいサプライズまであった。
どうも、俺が物欲しげな顔をしているのを見透かされていたらしい。
その事実には恥じ入るばかりだが、本音を言えばとても嬉しい。
一方でロコも俺がキマイラを超絶かっこよく(ロコ談 原文ママ)倒したことにご満悦のようだった。
正直に言えばひやひやものだったのだが、これで俺が頼りになると分かって、ロコの不安が少しでも解消されたのなら、それはいいことだと思う。
ただ、
「ですが、それはキマイラの罠だったんです! その時、ルキさんの目がキュピーンと光って……」
同じ話を何度も何度も、繰り返し話し続けるのはほんとやめてほしい!
あと回を重ねるごとに俺がどんどんやばい奴に進化してってる気がするが、俺にはキュピーンって目を光らせる技能とかないからな!
「ほー。なるほどー。すごいねー」
しかし、今回の聞き手はいい意味でも悪い意味でも緩かった。
今回、もう何回目になるか分からない話を聞かされるという生贄に選ばれたのは、リューだ。
つまり、今はおなじみのお昼のチャットタイム……ではなく、
「いや、あのさ。人のミッション観戦しといて井戸端会議しないでほしいんだけど……」
二人とも、俺のミッションの観戦中なのだ。
なぜ離れている場所にいるはずの俺たち三人がこうして会話が出来ているのか。
そのカラクリはまあ単純だ。
システムの穴を突いたような部分ではあるのだが、シミュレーターで行うミッションは設定次第でその様子をほかのプレイヤーが観戦出来る。
そして、観戦者同士で会話が出来るため、そこで疑似的にチャットをすることが可能なのだ。
俺たちが昼にチャットをするのは、要するにお金がかからないから。
あ、いや、実は初心者の塔からならチャットも無料だったりするんだが、つながっている相手の方はそうはいかない。
しかし、これならシミュレーターにさえアクセス出来ればお金がかからないので、リューを相手に連絡を取るならこれが一番速かったりするのだった。
「でもまあ、ロコちゃんを安心させるって目的を考えたら、よかったんじゃん。それに、これでルキ君も少し自信がついたんじゃない?」
とりなすように口にされた言葉に、俺はちょっと考える。
とはいえ、あれを俺の実力と考えるのは少し危険かもしれない。
「ま、相性もあったしな。キマイラは、映像で立ち回りも見てたし、その時から行けるとは思ってたんだ」
――東のカトブレパス。
――西のイビルワーム。
――南のキマイラ。
――北のミドガルズオルム。
今のジェネシスの四方を守るエリアボスは、この四体とされている。
シミュレーターや記録映像でも見たことがない奴もいるので、はっきりとは断言出来ないが、エリアボスの四体の中ではキマイラは比較的素直なタイプだ。
攻撃方法についても種は割れていたし、与しやすい相手だったと言えるだろう。
ちなみにこいつらも時間経過でリポップする。
周期は三ヶ月だとか季節ごとだとか言われているので早々復活はしないが、俺が順調に攻略を進めて外に進出していけば、いずれはまた戦うことになるはずだ。
「そのためにも、一つ一つ、まずは目の前のことからこなしてかないとな」
とりあえずは、このステージをクリアすることを考えよう。
「わ、わたし! ルキさんの雄姿はあまさず目に焼き付けますから」
「ふっふふ! そううまくいくかな? 今日のステージは一筋縄じゃいかないよ!」
なぜか胸を張って言うリューだが、それもそのはず。
今回のマップはリューがモンスターバトル用のマップを作るついでに作ったもの。
というか、リューがデザインしたマップを攻略するのは地味に俺の日課だったりするのだ。
何しろリューは外に出て敵を倒しこそはしていないが、大量のガチャの外れモンスターがいる。
ガチャ産は全部レベル1固定だし、敵に出てくるのは主に外れモンスターゆえに経験値には期待出来ないが、豊富な種類のモンスターがごった煮のごとく押し寄せる独自のステージは実戦の勘を養うという意味では無視出来ない効果を持っている……ような気がするため、毎日やっているのだ。
「ていうか、自分の作ったステージ見るのにそんな話しながらでいいのかよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。話しながら別のことするのは得意だから。ちゃんと見てるからいつでもどーぞ」
「……はぁ。じゃ、そろそろ始めるぞ」
どこまで行っても緩いリューの説得をあきらめ、戦闘モードに。
外していた装備をつけ直して、気持ちを研ぎ澄ませていく。
やがて遠くなっていく話し声を今だけは雑音だと切って捨て、集中する。
まず、前方の目標を確認。
リューが作ったステージは、モンスターのバリエーションこそ毎回変わるが、マップ構成だけはほぼ固定。
大体が一本道のステージをワープ装置でつないだもので、何度かワープを繰り返して一番奥に辿り着けばクリア、という形式だ。
特に、最初のステージは必ずまっすぐ一本道の廊下と決まっている。
幅五メートル、奥行き五十メートルほどの回廊の奥にある、ワープ装置を目に焼き付けると、息を吸って、吐く。
――行く!
一定のラインを越えた瞬間に、モンスターがポップ。
それでも足を止めず、ただ、前へ。
出てきたのは大量のゴブリン。
レア種ゆえに動きは読みにくいが、こいつらなら攻撃を喰らったところで……。
――っ!?
地面スレスレから伸びる鋭い赤い線を必死で避ける。
見事にゴブリンに重なる形でシャドウストーカーが隠れていた。
――ほんと性格悪いよな、あいつはさぁ!
心の中だけで毒づいて、追撃の二撃目を迎撃。
お返しとばかりに影の端っこに思いっきり剣を突き立てる。
命中した場所はあまりよくなかったと思うが、シャドウストーカーは低HP高攻撃力の分かりやすい攻撃特化モンスターだ。
この一撃で、あっさりと死んだ。
あとはゴブリンを適当にさばきながらゴール。
流れ作業にはさせないという底意地の悪さを感じながらも、俺は次のマップに続くワープ装置に飛び込んだ。
※ ※ ※
そこからも性格の悪さがにじみ出る罠の数々が俺を待ち構えていた。
次の直角に曲がっているマップでは曲がり角を曲がった瞬間に遠距離モンスターの集中砲火。
その次のU字型のマップでは内側の壁に張り付いていたシャドウストーカーにまた驚かされた。
さらに、四つ目のマップは二つ目のものよりも急な曲がり角があるマップだったが、角に差し掛かったところで今度は向こうから先制攻撃されて心臓がキュッとなったし、最後に出てきたU字型のマップではドラゴンや巨人を含む豪華モンスターがそろい踏み。
使い捨てのステージにこのメンツをそろえるなんて、この前の大会で手持ちが相当潤ったんだろうなということが見て取れた。
ただ、まあ……。
――成長、してる!
俺はその全てを、攻撃を受けることなく乗り切った。
「すごいです、ルキさん!」
ミッションをクリアして、シミュレーションルームに戻ってくると、やはりキラキラした目のロコに出迎えられる。
「それは……ありがとう」
純粋に俺のことを称賛百パーセントで見てくる視線はこそばゆくもあったが、同時に誇らしくも感じる。
キマイラの時にも思ったが、もう俺は、モグラと言われていた頃の自分じゃない。
今回のシミュレーターでの戦いも、少しは自信を持ってもいいんじゃないかと、そう思える内容だった。
ただ、ロコが伝えたかったことはそれだけではないようで、俺から離れたあとは、何やら難しい顔をして手元の紙を見ていた。
「それで、その。さっきのステージ、マッピングしてたんですけど……」
「えっ? そんなことやってたのか?」
単純なマップが多いから、マップを書き写すなんて考えがそもそもなかった。
特に得るものなんてなかっただろう、と思ったのだが、ロコの表情は思いのほか深刻だった。
「あ、あの。これ、いつもリューさんが作ってるんですか?」
「え? あ、ああ。毎日気付くと新しいの来てるんだよな。一回クリアすると消えちゃうから大変だと思うんだけど……」
「あれを、毎日……」
つぶやいたきり、うつむいてしまうロコ。
そんなに思うところがあったのだろうか。
マップの形自体は毎回設定しなくてもコピペ出来るので、大した手間でもないと思うのだが。
だが、次に顔を上げた時、その表情は闘志にあふれていた。
「わ、わたしも負けてられないです! わたし、早くルキさんに追いつけるように、強くなりますから!」
「あ、ああ、うん。頑張れ!」
だから、これ以上の速度で強くなるつもりなのか、と思わせるロコに対しても、顔を引きつらせることなく対応出来た。
そのあと、宣言通りにシミュレーターに入っていったロコに続いて、俺も次のミッションを起動させる。
そして、無事にミッションを終わらせ、あとは戻るだけ、というところで、
「――るーきくぅん!」
「どわぁ!」
急に声をかけられて、思わず跳び上がる。
俺は装備を変更しながら、呼吸を整え、突然の乱入者、いや、観戦者を振り返った。
「リュー! いきなり脅かすなよ」
「ごめんごめん。びっくりさせるつもりはなかったんだけど、キリがいいところまで待ってたんだよ。ちょっと、言い忘れてたことがあって」
「言い忘れてたこと?」
首を傾げると、リューは少しだけ真面目な顔でうなずいた。
「う、ん。新しいプレイヤーのランキングが出てさ。それで、その、ちょっと、気付いたことが、あって……」
「ランキングが、どうしたんだ? まさか、シアがトップから落ちたとか?」
「まさか! そういうことじゃなくて、えっと……」
妙に歯切れが悪い。
リューは話すか話すまいか、迷うような顔をして、けれど、最終的に口を開いた。
「……いや。最近さ、ルキ君は結構外に行ってるよね。討伐数ランキングが、先月よりだいぶ上がってた」
「え、ああ。シミュレーターもいいけど、少しずつ外にも慣れないと、と思ってさ」
「……そっ、か。それって、ロコちゃんが来たから?」
少しだけ、考える。
「もちろん、それもあるけど。……もう二度と、後悔したくないから」
「……ルキ君」
俺の言葉は、思いのほかリューにも刺さったようだった。
リューは俺に、何かしらの声をかけようと、口を開いて、結局あきらめたように肩をすくめた。
「それなら、いいんだ。僕は、これから大事な用があるからもう行くよ」
「大事な用?」
俺が問うと、どこか遠くを見ながらフッとニヒルに笑ってみせる。
「生理的欲求って奴だよ。原材料がタンパク質だろうが電気信号だろうが沼だろうが、何も食べなければお腹は減るし、お腹がいっぱいになれば眠くなる。これが人という種の限界なんだろうね」
「……なんかかっこいい風に言ってるけどこれから飯食って昼寝するって意味だよな、それ」
「あはは! 付き合いが長いっていうのも考えものだね」
何が面白かったのか、呆れた俺の視線にリューは笑顔を取り戻すと、話は終わりとばかりに気の抜けた表情を見せる。
よくは分からないが、俺の方もそろそろ時間切れだ。
ミッションはもう達成されて、あとは自動的に転送が始まるのを待つだけ。
だがその時、ギリギリのタイミングで、リューはまるで狙ったように真剣な顔になって、
「――ルキ君。くれぐれも、油断だけはしないでね」
その言葉を聞いたのと同時に俺は、シミュレーションルームに戻っていた。
※ ※ ※
「……じゃ、ロコ。行ってくるよ」
どことなく不完全燃焼だったシミュレーターでの一幕を経て、俺は「もう一つの日課」をこなすべくエントランスまで来ていた。
「はい。気を付けて行ってきてください。今日は、何時間くらいの予定ですか?」
「んー。そうだな。今日は少しだけ遠くに行くつもりだから、四時間くらいはかかるかもしれないな」
新しく加わった日課とは、外への遠征だ。
もう何日もやっているのに、ロコはいつも引き留めたそうな顔で俺を見てくるので、若干心が痛い。
「あの、やっぱり、わたしがついていくのは……」
「あー。今回は、南の方に行くつもりなんだ。あっちは結構厄介な敵もいるし、もっとレベルが上がって、強くなったらな」
俺が言うと、ロコはうつむいてしまった。
落ち込ませてしまったか、と思ったが、違った。
「……みなみ」
なぜか、地の底から響くような声がエントランスに響く。
「わたし、知ってます。南は治安があまりよくない場所が多くて、牢獄とか、ドワーフの集落とか、『かんらくがい』のあるソードゥムって町があるんですよね」
「えっ? あ、いや、そ、そうだった、かな?」
思わずあとずさる俺に、ロコはどんよりとした目を向けた。
「ジェネシスの車窓からでローミーさんが言ってました。男の人が『南に行って遅くなる』って言った時は、ぜったいに『おんなあそび』してる時だって」
――ローミーあの野郎ぉおおおお!
適当な情報を純真な女の子に植え付けた罪は重い。
が、今は弁解の方が先だ。
「ご、誤解だって、南ってほら、シアのいるマーケットだって……」
「会いに行くつもりなんですか? あの人に?」
なぜだか、声の温度がさらに数度下がった。
何がいけなかったのか分からないが、どうやら対応を間違えたらしい。
「い、いや、そもそも四時間程度じゃそんな場所まで行けないから! ほら、ただの散歩というか、その……」
それでも俺があきらめずに言い訳をしていると、
「えへへ。冗談です!」
「……へっ?」
突然、ロコが顔を上げた。
そこにあったのは満面の笑顔。
「びっくりしましたか?」
「あ、当たり前だろ! 心臓が止まるかと思ったよ!」
俺の実感のこもった言葉に、ロコは
「ごめんなさい。ルキさんが行っちゃうのがさびしくて、少しイジワルしちゃいました」
「あ、ああ。意地悪、か……」
可愛い言い方をしているが、さっきのはほんとに真に迫っていた。
ロコにあんな演技力があるというのは予想外だ。
「ほんとに、ダメですよね。わたしが弱いから、ついていけないだけなのに……」
今度は一転、ロコはシュンと肩を落とした。
慌ててフォローに入る。
「そ、そんなことないって! ロコは俺なんかよりずっと、めちゃくちゃすごい速さで強くなってるよ!」
「じゃあ、いっしょに連れていってくれますか!?」
「い、いや、それは無理だけど……」
すぐに答えると、「ちぇー」と笑うロコ。
まったく、油断も隙もない。
「あ、ごめん。ロコ。そろそろ……」
現在時刻を見て促すと、ロコは今度こそ止めはしなかった。
「はい。本当に、気を付けて行って来てください! わたしも、全力でがんばりますから!」
「ああ! じゃあ行ってくるよ!」
ギリギリまで見送りに来てくれたロコに手を振って、俺は外に足を踏み出す。
そこにもう、恐怖も怯えもなかった。
※ ※ ※
そして、三時間半後。
今日の遠征も無事に終わった。
遠征と行っても隣のフィールドに行って少し戦って戻ってきただけ。
もちろん最前線などと比べると敵の強さも雲泥の差というほかないが、最初期の頃を振り返ると、自分の力がきちんと通用していることを確認出来ることは単純に楽しかった。
――これもロコのおかげ、かな。
もちろん、ここに至るまでにはそれまでの訓練の日々が下敷きにある訳で、ロコのことはきっかけには過ぎない。
ただ、ラストホープというギルドの中である意味で凝り固まっていた俺の生活は、ロコという異分子の存在を受けて変化し始めていると思う。
止まっていた時間が少しずつ動き出して、全てが前に進み始めた。
そんな、感覚が……。
なんてことを考えているうちに、塔に帰り着く。
たちまちに変化する色鮮やかでほっとする空気に安心感を覚えながら、
「ただいまー!」
俺は、いつものようにエントランスに足を踏み入れる。
そしてそこには、当然のように俺を出迎えるロコの姿が……。
「……あ、れ?」
エントランスは、無人だった。
いつも真っ先に俺に駆け寄ってくる彼女の姿が、今は見えない。
今日は、出発前のロコとのやり取りが気になって、少しだけ早く切り上げてきた。
だから、ここにロコがいなくても不思議はない。
ない……と思うのに。
「……ロコ?」
なぜだかとても、悪い予感がした。
まさかの引き!
次回更新は明日!
もう書きあがってるから絶対遅れません!(フラグ)




