第二十九話 勇気ある者
そ、その、最初にロコの一人称で書いてたんですけど、どうしても語彙力的に戦闘描写が難しいので急いで三人称に書き直してですね!
つまり……遅れてすみませんでした!
「――ロコ!」
焦ったルキがそう叫ぶ声が聞こえて、キマイラが自分に迫ってくるのを見ても、ロコには「抵抗しよう」なんて考えは、微塵も浮かばなかった。
ロコがあのキマイラというモンスターと、「トップギルド」と呼ばれるすごい人たちが戦う映像を見たのはつい最近だ。
今の自分は無力な探偵で、そうじゃなくたってきっと結果は変わらない。
すごい人が何人も集まってやっと倒したような敵を自分が何とかできるなんて、ロコにはちっとも思えなかった。
――せっかく、ルキさんへの恩返し、思いついたのに、なぁ。
そんな風に思うけど、でもこれはわかってたこと。
いままでが楽しすぎて、幸せすぎたから、きっとこういうしっぺ返しが来るって、心のどこかで思っていた。
だから、ロコの前にやってきたキマイラが大きく爪を振り上げるのを見て、むしろ納得さえしていた。
――やっぱりこうなるんだ、と。
うまくいかないのはいつものこと。
だからやりすごしてまたがんばればいい。
もちろん死ぬのはいやだし、こわい。
でも……。
――わたしが死んだら、またルキさんは、なぐさめてくれるかな?
そんなことを思いながら、ロコはただ、全てを受け入れるように目を閉じて、
「――え!?」
ロコを襲ったのは、横方向からの衝撃。
痛みはなくて、ただ温かいなにかに包まれながら、飛ばされていく。
「……危機一髪、だな」
ロコが目を開けると、そこにはルキの顔。
ホッとしたような表情をしたルキが、目の前で笑っていた。
「え、ルキ、さん……」
ちらりと奥を見れば、目標を見失って、地面をたたいたキマイラの爪。
そこでロコはやっと、自分がルキに抱きかかえられてキマイラの攻撃を避けたのだと、気付いた。
ドキドキと脈を打つ心臓をおさえながら、ありえない、と思う。
だって、最後に見た時、ルキは十数メートルは離れた場所にいた。
こんな短い時間でここまで駆けつけるなんて、それこそ映像で見た、トップギルドのスカウト職の人でもなかったら……。
けれど、状況はロコのそんな葛藤を待ってはくれない。
「……怖い思いさせて、悪かったな」
ポン、とロコの頭にルキの手が乗せられ、ロコはそれだけで涙が出そうになるが、それでこのピンチが変わるわけじゃない。
「――グオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
その叫びに、大気が、大地が、揺れる。
自分が獲物を逃したと知ったキマイラが、怒りの咆哮をあげた。
それだけで、ロコは身動きができなくなる。
「じゃ、俺はあいつとちょっと遊んでくるから」
だけど、ルキは違った。
そんな言葉で、キマイラとの戦いに行こうとする。
「ダ、ダメです! あ、あいつは、あいつはレベル二百五十五で、エリアボスで、ひとりじゃ、ぜったい、勝てない相手で……」
ロコは、飛びつくようにルキを止める。
キマイラの強さは、映像で見てはっきりとわかってる。
ルキさんだって、わかってるはずだ。
だから……!
「わ、わたしが、わたしがやられればいいんです! メインの参加者が死ねば、ミッションは自動的に失敗になって、それで……」
だからロコは、うごけうごけと祈って、震える足を、前に出す。
こわくても、つらくても、それでもルキのために。
――こうなったのは、わたしのせいだ。
わたしが、ルキさんをまきこんだ。
だからせめて、ルキさんのことだけは、守らないと……。
「――大丈夫だよ」
でも、そんな覚悟は、ルキの言葉ひとつで砕けてしまった。
ルキはキマイラを警戒しながらも、すがりつくロコを困ったような顔で見て、穏やかに口を開く。
「確かに、さ。俺にはロコみたいなプレイヤーとしての特別な才能も、システム的にめぐまれた初期職業も、何もなかった。でも俺は、積み重ねてきたんだ。努力、なんて言うのもおこがましい、ゲームとしての真っ当な成長を、ずっと。だから……」
キマイラの怒りに燃える目が、ロコたちをにらみつける。
だけど、ルキは一歩も引かない。
それどころか、これからの戦いを喜ぶように、不敵に笑って見せた。
「今の俺にとっては、レベル十のオークも、レベル二百五十五のエリアボスも、何も変わらない。どっちもただの――」
そうして、ルキは自分を引き留める手を優しく振りほどいて、
「――狩るべき獲物だ!!」
戦いが、始まった。
※ ※ ※
片や剣を、片や自慢の爪を。
お互いがお互いを射程圏内に収めながら、ただただにらみ合う。
――ルキ、さん!
ロコはぎゅっと、両手を握りしめる。
不安と恐怖で、胸がつぶれてしまいそうだった。
力になりたいと、そう思う。
でも、下手に動けばなにか悪いことが起こってしまいそうで、ロコは応援の言葉さえ口に出せない。
じりじりとした緊張感の中で、最初にしかけたのはキマイラだった。
まずは小手調べとばかりに、その大きな右の前足を目の前のちっぽけな人間に振り下ろす。
けれど、
「え……?」
ロコの口から、驚きの声が漏れる。
一瞬だけルキの腕が動いて、それからまるでトラックにでもはねられたようにあとずさったのは、攻撃をしかけたキマイラの方だった。
本来は南エリアを統べるそのボスモンスターは、自分が弾き飛ばされたことを信じられないというような表情をすると、すぐに切り返して今度は逆の腕でルキを切り裂こうとする。
でも、結果は同じだった。
ルキの剣が目に留まらないほどの速度で振るわれて、キマイラの左手もまた、空にはねあげられる。
「す、ごい……」
ふたたび、口から感嘆の声がこぼれる。
それからも、キマイラはムキになったようにルキを襲い、しかし彼はそれを全て、素早く動かした自らの剣で撃ち落としていた。
「『迎え撃つ』タイプのタンク」
ロコは、その姿に前にキマイラ戦の映像で見たトップランカーのスタイルを思い出す。
敵の攻撃を「受ける」でも「避ける」でもなく、攻撃に対して攻撃を当てることでその威力を相殺する攻撃的な防御スタイル。
ただ、映像と目の前の光景では、決定的に違っているところがあった。
それは……。
「……競り、勝ってる」
攻撃と攻撃がぶつかった時、弾き飛ばされるのが必ず、キマイラの側だということ。
それは、トップギルドの、その中でもエースとされるようなトッププレイヤーの完全な上位互換。
いつしか息すらも忘れて戦いに見入るロコの前で、ついに状況が、動く。
素早く振り抜かれたルキの剣がキマイラの尻尾を跳ね上げ、
「――っ!!」
かすかな気合の声と共に、その刃が切り返される。
今までずっと守勢に回っていたルキの、突然の逆襲。
それに、自慢の尻尾を跳ね上げられ、体勢を崩された巨獣は対応出来なかった。
切り返された刃、その中心が無防備に揺れる尻尾に食い込み、
「――ギャアアアアアアアアアア!!」
いともたやすく、その尻尾を切り落とした。
落とされた重量のある尻尾が音を立てて地面に落ちて、キマイラが痛みの叫びをあげる。
「これ、が……。ルキさんの、ほんとうの、実力……」
最初の日。
シミュレーターで戦うルキを見てから、ロコはルキが戦う姿をしっかりと見たことはなかった。
漠然と、強いとは思っていた。
けれど、まさかエリアボスを一人で圧倒出来るほど強いなんて、全く想像も……。
「――ルキさん!」
だが、それで終わりではなかった。
痛みに悶えていたキマイラは、起き上がるなり、突拍子もない行動に出たのだ。
「に、逃げます! そいつ!」
それは、逃亡。
仮にもジェネシスに四体しかいないエリアボスはその矜持を投げ捨て、必死に空に羽ばたくと、ルキから距離を置こうとする。
「――くっ!」
ルキも、それをただ見ているだけではない。
一息に加速すると、ロコが目を見張るほどの速度でキマイラを追いかけるが、
「ダ、ダメです! そっちには!」
悪いことに、逃亡する巨獣の背後にはマグマの池があった。
敵に背を向けたキマイラは、迷うことなく空に飛び立ち、マグマの池の上空へと飛び出す。
池の全長は数十メートル。
当然、人の身で飛び越えられるものではない。
どうにかして迂回しないと……。
ロコはそう思ったが、ルキは違った。
「ル、ルキさん!?」
ルキもまた、迷うことなく、煮え立つマグマに向けて、跳び上がったのだ。
その姿に、ロコは息を呑む。
――落ちる!!
人は、空を飛ぶことは出来ない。
当然のようにルキの身体もまた、重力に引かれ、
――パチン、と、ロコの耳に、指を鳴らす音が聞こえた。
「……え?」
ルキが溶岩に落ちるかと思われたその時、その足が力強く中空を蹴りつけると、ルキの身体は再び浮上する。
しかも、それはその時限りのことではなかった。
先程の光景が幻ではないと示すかのように、その足は二度、三度と空を蹴る。
その様は、まるで本物の天使。
ルキがパチン、パチンと指を鳴らす度、その足は空を蹴って、巨獣に近づいていく。
非現実的、とも言える光景。
しかしロコは、それと似た場面をすでに一度、見たことがあった。
「……空を、駆けるスキル」
ありえない、と、何度目になるか分からないつぶやきを口の中で漏らす。
しかし、ロコにとっての驚愕の光景は、それで終わりではなかった。
「ルキ、さん? 何を……」
数十メートルの距離を挟み、ルキの剣が、キマイラに向けられる。
そしてその時、極限にまで高められた集中が、ロコにその口の動きを読み取らせた。
剣の切っ先を空を舞う巨獣に向け、彼はその三文字を口にしたのだ。
すなわち……。
――お・ち・ろ。
そして……。
ロコは彼の剣の先から飛び出した何かが、はるか遠くのキマイラの翼を撃ち抜くのを、確かに目撃する。
「う、そ……」
変化は、劇的だった。
必死にルキの前を羽ばたいていた巨獣の動きが、止まる。
キマイラの身体はきりもみしながら地表に落下。
かろうじて溶岩の池のへりに着地したものの、その逃亡は完全に阻止された。
「移動阻害? デバフ、魔法……」
ロコには、今ルキが放った「何か」の正体は分からなかった。
ただ、ルキが巨獣の翼を撃ち抜き、ほんの数秒でその巨体を地面に落としたことだけは、間違いがなかった。
もはや、ルキとキマイラの間には、わずか十数メートルの距離しかない。
もう一度だけ、ルキが左手で指を鳴らす。
ダメ押しの一蹴りでグン、とルキの身体が加速して、巨獣の真上に。
――勝てる、かもしれない。
ロコの胸に、そんな淡い勝利の予感がよぎる。
しかし、それを裏切るように。
「――グ、ガァアアアアアアアアアアアアアア!!」
巨獣が、吠える。
その顔の前に浮かび上がるのは、炎弾の魔法陣。
そこで、ロコは気付く。
地面に降り立ったキマイラは、ずっとこの瞬間のために、魔法のチャージをしていたのだと。
「――ダメぇええええ!!」
悲鳴が、荒野に虚しく響き渡る。
彼我の距離はもはや数メートル。
避けようもない近距離から、巨獣の魔法が一直線に撃ち出されて――
「まさか!?」
――迎え撃つように振るったルキの剣に、一瞬でかき消された。
何度目になるか分からないその信じがたい光景に、ロコの脳裏に浮かぶのは、たった一つの言葉。
――「魔法を斬る」スキル。
物理と魔法は、互いに干渉し合わない。
そんなジェネシスの常識を真っ向から否定する、規格外の、そして限定されたジョブしか使えないはずの、奥義。
そして……。
ついに、その時は訪れる。
自身の必殺の一撃をあっさりと防がれ、怯むようにのけぞらせたその頭に、ズゥン、と剣が突き立てられる。
「……ぁ」
驚きの声を漏らす暇も、なかった。
頭蓋に突き立てられたその一撃は遅滞なく巨獣の命を奪い、力を失ったキマイラの身体は、ゆっくりと横倒しになっていく。
その身体も地に伏す前に光の粒へと変わっていき、残ったのはただ、宙を舞う光の粒子と、その中で所在なさげに剣をふらふらと揺らめかせる、一人の男の後ろ姿だけ。
それを見て、やっとロコは、理解した。
――彼は、ロコの大好きなその人は、たった一人でエリアボスを打倒したのだ、と。
その事実を前にしてロコの胸に湧き上がったのは、喜びよりも先に、戸惑いと恐怖だった。
思い返されるのは、その非常識とも言える戦闘法。
自分を助ける時に見せた、スカウト職の移動スキルを使ったかのような速度での移動。
キマイラすら凌駕する威力を秘めた斬撃と、それを正確に敵の攻撃に当てる防御技術。
空を駆けるユニークスキルに、ほんの一瞬でキマイラを撃ち落とすデバフ魔法。
そして極め付きが、魔法を斬るスキルに、手負いとはいえキマイラを一撃で葬る攻撃力。
あたかも、ジェネシスに存在する全ての職業の強みを混ぜ合わせたかのような戦闘スタイル。
それは、まるで完全無欠のヒーロー、いや、むしろ……。
「――ゆう、しゃ」
そう口にしたその瞬間、何か侵しがたい秘密を白日に晒してしまったような心地がして、ロコはハッと口を閉じる。
それでも、胸に灯った熱も、その胸を焼き尽くす焦燥も、消えはしない。
あふれてこぼれだしそうになる気持ちに耐え切れず、ロコは自然と駆け出していた。
自分の、ルキに比べれば悲しいほどに遅いその速度に、苦い思いを抱えながら。
頼りない足取りで、それでも一直線に、その人の許へ。
光の舞い散る中で、颯爽と立つ背中は頼もしくて、とても、遠くて……。
でも、今だけは……。
「――ルキさん、大好きです!」
全部の葛藤と迷いを呑み込んで、ロコはその背中に飛びついたのだった。
決着!
次回更新はあ、あし……明後日くらい!




