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第二十八話 ロコの試練

今回はちょっとだけ懐かしいモンスターが出てきます


 ――ジェネシスには五つの「壁」がある。


 これは、ワールドリセット前にトッププレイヤーだという人が残した攻略まとめテキストの一節だ。

 もちろん、昔に書かれたものなので今とは多少事情が異なっている部分はあるが、そのテキストの内容をロコの育成の指針にしている部分はある。


 これは、シミュレーターのミッションに記載されている「推奨レベル」とも大いに関係していて、この推奨レベルは要するにモンスターの平均レベルであって、実はプレイヤーがそのレベルで挑んでも勝てないことが多く、推奨レベル詐欺とも呼ばれている。


 なぜ、こんなことが起きるのか。

 それはジェネシスのモンスターは強いものであればあるほど当然レベルも高いが、その強さの上がり方は均等ではないからだ。

 また、そのせいで多くのプレイヤーが苦戦するレベル帯、というものが自然と形成されていて、時にそれが壁となって立ちはだかってくる。


 その一つ目が、レベル十の壁。

 今までただ単純に殴るだけで敵に勝っていたプレイヤーは、ここで回避や敵の隙を見つける方法など、立ち回りを考えさせられることになる。


 二つ目が、レベル三十の壁。

 状態異常や属性を持つモンスターが多く現れ、一つの攻撃手段だけでは限界が出てくる。

 ここらでパーティによる連携やジョブチェンジによる能力の底上げ、サブジョブを駆使した複数の戦闘方法の確立を学ぶ。


 そして、三つ目がレベル五十の壁だ。

 これが序盤における最大の難関で、逆にここを越せば脱初心者、中級プレイヤーの仲間入りを果たせる、とも言われている。


 そして、あの花を廊下に飾った出来事から、一週間ほど経った今。

 ロコはこの大きな壁を、すでに乗り越えてしまっていた。


 それも、今までやっていた映像鑑賞と、ついでに今はモンスターやジェネシスに対する知識を深める座学を数時間行って、シミュレーターに入る時間が減っているにもかかわらず、である。

 しかし、本当に恐ろしいのは、最高レベルがマジカルガンナーのレベル三十二である状態で、そのレベル五十の壁を越えてしまっているという事実だろう。


 大前提として、レベル五十のモンスターは下級職のレベル五十よりも強い。

 だからこの壁を乗り越えるには、本来なら中級職への転職がほぼ必須になるらしい。


 ただし、下級職をレベル五十にしないと中級職への道は開けないため、格下モンスターを乱獲するなどして無理矢理に下級職をレベル五十に持っていく必要がある。

 当然格下を倒す場合、経験値補正によって効率が下がるので、ここでの面倒な作業に心が折れるプレイヤーも結構いたそうだ。


 ロコの持つ才能の大きさ、それからユニークジョブの持つ力の規格外さをあらためて思い知らされる。

 そして……。


「ロコ、本当に、やるんだな?」

「はい!」


 彼女はさらに今日、新たな領域に足を踏み入れようとしていた。


 それは、中級者と上級者を隔てるというレベル百の壁、ではなく、なんとその先。

「この壁を乗り越えたらトッププレイヤー」とまで言われていた、レベル二百の壁に挑もうというのだ。


 俺の方が不安になって、言わなくてもいい念押しをしてしまう。

 ただ、なんとなく嫌な予感がするというか、何かを見落としているような妙なひっかかりがあるのだ。

 しかし……。


「いいのか? 時間はあるんだから、無理してすぐに挑まなくても……」

「だいじょうぶです! や、やれます!」


 ロコの気持ちは、もう固まっていた。

 声には少し緊張はにじんでいるが、その自信はハリボテではないように思える。



 ――火竜王の試練。



 それが今回、ロコが挑もうとしているミッションの名前だ。

 シミュレーターは初心者の塔からなら無料で利用することが出来るが、別にシミュレーターで挑戦出来るミッション全てが初心者向けな訳ではない。

 むしろ、闘技場などで挑むことを前提とした、高難易度のミッションの方が多い。


 今ロコが挑もうとしている「火竜王の試練」もそのうちの一つ。


 勝利条件は、「敵の全滅」。

 推奨レベルは驚きの二百。


 その分報酬も破格であり、経験値などは手に入らないものの、ここでしか手に入らず、売却も譲渡も出来ないユニーク装備「ソロモンの指輪」が手に入る。

 この指輪の効果はシンプルかつ強力で、装備している間は召喚や使役の制限時間をなくす、というもの。


 普通であれば召喚士やテイマー以外に使い道のないアイテムなのだが、ロコにはガーディアンがいる。

 ロコが言うには、一人でいる時に寂しいから、これを使って自分のガーディアンをずっと傍に置いておきたいらしい。


 あののっぺらぼうを脇に置いても不安な気持ちになるだけだと思うのだが。

 俺だったら起きた時に枕元にあいつがいたら泣き出す自信がある。

 まあ、戦闘目的ではないところがなんともロコらしいと言うべきだろうか。


「もう一度確認しておくけど、試練のミッションは途中棄権出来ないし、一度だけしか挑戦出来ない。まだ無理だと少しでも思ったら……」

「いえ、やります!」


 やはり、決心は固いらしい。


「試練」と名のつくミッションは、ほかとは違う。

 その全てが高難易度であるのはもちろん、ミッションのリタイアは不可能で、クリアか死ぬかしか終わりの方法はない。

 さらに、死亡かクリアかに関係なく、一度しか挑めないため、やり直しが利かない。


 実は試練よりさらにやばいミッション形式として、シミュレーターでの戦闘でありながら、シミュレーター外と同じ条件(死んでもシミュレーター前で復活しない&アイテムや装備を消耗してもミッション前の状態に戻らない)という「デスマッチ」があったりするが、これはイベントや闘技大会でしか行われないため、試練が実質の最高難易度と見ていいだろう。


 はっきり言って、不安は尽きないところなのだが、


「……分かった。俺も見てるから、全力でやってこい!」

「はい!」


 ここはロコを信じてやらせてみる場面だろう。

 俺は覚悟の決まった瞳でミッションの開始ボタンを押すロコを見ながら、俺もまた、自分のシミュレーターを操作したのだった。



 ※ ※ ※



「ここが、火竜王の棲家。ドラゴンズ、ネスト……」


 そこは、何もない場所だった。


 ひたすらに広がるのは、真っ赤な荒野。

 薄ら寒さすら感じさせるその場所を、乾いた風が駆け抜けていく。


 いや、何もない、というのは違うか。

 正面、俺たちが転送されてきた場所のちょうど真ん前に、大きな溶岩の池が広がっている。


「……来る!」


 煮え立つその池に、突如として波紋が広がったかと思うと、グパァ、とマグマがかき分けられ、そこから鱗に覆われた赤い腕が伸びた。

 同様のことが向かって逆側でも起こり、真っ赤な二本の腕が、マグマの湖の端をつかんだかと思うと……。



「――GUOOOOOOOOOO!!」



 大気を震わす吠え声と共に、真っ赤な巨体が姿を現す。


「これ、が……」


 火竜王。

 ドラゴンの中のドラゴンにして、火の竜の頂点。


 両腕を鎖のついた腕輪で縛められたその竜は、上半身だけをマグマから飛び出させると、俺たちの姿を認めてカカと笑った。


「愉快愉快! この地に封ぜられて幾百年。我に挑もうとする愚か者が、また現れるとはな!」


 愉し気な声とは裏腹に、爬虫類のごとき冷たい瞳が、俺たちを見下ろす。

 これは設定で作り物、と理性が訴えても、その迫力、その存在の重みに、気圧されそうになる。


「して、我に挑戦するのはどちらだ?」

「わ、わたしです!」


 震える足で、それでも前に出たのはロコだ。


 その姿は、大人と子供というより、さながら巨人と子供。

 巨大に過ぎる竜を前に、しかしロコは一歩も引かなかった。


「わ、わたしが、必ずあなたの試練を乗り越えてみせます!」

「ふははは! その意気やよし! では、参るぞ!」

「い、いつでも来てください!」


 そして、ついに……。



「第一問! ジェネシスで一番基本レベルの低いモンスターは何?」

「ゴ、ゴブリンです!!」

「正解!!」



 命を懸けたクイズ対決が、始まった!



 ※ ※ ※



 まあ、いくらロコがすごいとは言っても、レベル三十程度でレベル二百のモンスターと戦って勝てるはずもなく。

 この「火竜王の試練」の推奨レベルは単なる飾りであって、実際には「クイズ対決」という異例のイベント戦闘が行われるミッションだ。


 条件も敵の全滅になっているが、このミッションに出てくるのは火竜王一匹だけ。

 それもクイズ対決に勝利すると「見事だ!」と言って勝手に消滅するというお手軽ぶりだ。

 ただし、クイズの難易度はそれなりに高く、規定数以上に不正解を出したり不正をした場合、レベル二百のステータスから繰り出されるブレスが容赦なく挑戦者を黒焦げにするので、決してぬるいステージという訳ではないのだが。


 設定的には「昔有名な召喚士に使役されていた竜が、最後の使命として指輪の守護を任され、指輪を譲るに値する知恵を持つ者を試練で試す」ということらしいが、知恵を試す方法がクイズでいいのか火竜王。


 クイズの内容も実に現代的というかゲーム的で、ジェネシス内のモンスターの基礎知識や地理の問題などがメインになる。

 当然、最近のロコがやっていた座学は、これを対策したものだ。


「第十八問。リヒトニアリトルアリサボテンの弱点は!」

「み、右足の裏!」

「正解!」


「第十九問! 目を合わせた者を石像に変えるエリアボスの名前…………は、カトブレパスですが、そのエリアボスがいるのはどこのエリア?」

「ひ、東です!」

「正解!」


「ま、まだまだ、次の問題だ! ダブルアタックとトリプルスラッシュとサウザンドキル、それぞれ百回ずつ撃った時、スキルの回数は合計でいくつ?」

「300です!」

「ぐ、正解!」


「ところで今、何問目?」

「え、えと……に、二十一問目です!」

「……正解だ」


 その甲斐あってか、意地悪な問題にも大体はうまく対応している。

 ただ、完璧という訳にもいかなくて……。


「ジェネシスで一番大きな港町は?」

「ノーポート!」

「…………残念! 不正解!」

「ええっ、そんな! ジェネシスの車窓からで見てたのに!」


 十問に一問程度だが、答えられなかったり間違えたりすることもあった。


 合格ラインは百問中九十問以上正解なので、かなりギリギリのペースではある。

 あと、火竜王がたまに正解不正解を言う前にタメを入れてくるのをどうにかしてほしい。


 それでも、ロコは焦ることも、腐ることもなく、自分の学んだ知識を十全に発揮して、着々と正解を積み重ねていく。

 困った時、悩んだ時などは無意識のように俺を振り返ることはあるが、特に助言を求めることはなく、ただ俺の姿を見ただけで安心したように表情をやわらげると、トレンチコートの裾を翻し、またドラゴンと向かい合う、という具合だった。


 ……ちなみになぜトレンチコートかというと、ロコは今回、メインであるマジカルガンナーではなく、探偵という補助系の下級職をメインジョブにしているからだ。


 探偵は「ディテクト」というスキルで相手のステータスを見ることが出来る変わった職業だが、ディテクトのスキルは対人専用だし、そもそも触らないと使えないし、さらに言えばステータス見たからと言ってクイズに有利になる訳でもないし、で、ぶっちゃけ意味はないと思うのだが、気分の問題だという。

 選んだ防具のセンスなどからも分かっていたが、ロコは案外、形から入るタイプのようだった。


 あ、ついでに言うと、今日は俺も完全応援モード。

 いつもの戦闘用の装備も外して、応援に徹している。


 不用意に声を出すと不正にヒントを出したとみなされ、ロコが黒焦げにされてしまいかねないので声をかけることは出来ないが、せめて同じ空間、時間の中で、この空気を共有してあげたいと思ったのだ。


 そして、熱戦は続き、ついに九十八問目。


 日頃の勉強の成果か、はたまた探偵衣装の効果か、ここまでロコは順調なペースでクイズを進め、この時点で不正解はたったの八問。

 不正解十問まではセーフなので、この九十八問目に正解すれば、九十九問目と百問目を間違えても、クリアが確定する。


 俺が手に汗を握って観戦する中、火竜王が運命の問いを口にする。


「第九十八問。チュートリアルを担当しているキャラクターの名前は?」


 聞いた瞬間に、ひっかけ問題だと分かった。

 あいつは通り名の方が圧倒的に知名度を得ているが、あれはあくまでニックネーム。

 それを思い出して、本名を言えるかどうか……。


 だが、俺がやきもきとする一方で、ロコは落ち着いていた。

 迷うことなく、答える。



「ローム・ミディアスです」

「…………正解、だ」



 正解という言葉を聞いた瞬間、「よし!」と言いながら拳を握った。


 ――これで、ミッションクリア、確定だ。


 俺が思わず肩の力を抜き、大きく息をついた、その時、



《――CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!――》



 まるで、気を抜いた俺を、咎めるかのように。

 目の前に、真っ赤な文字列が浮かび上がる。


「しまった!」


 叫びながら、俺はあまりにも今さらに、自分が何にひっかかりを覚えていたか、やっと気づいた。


 それは、乱入の発生率。

 初めてロコとシミュレーターに潜った時、なぜあんなピンポイントなタイミングで乱入が起こったのか、不思議に思うべきだった。


 乱入をシステムを考えれば、今も、そしてあの時も、乱入が起こるのは予想してしかるべきだった。

 今まであまり意識してこなかったが、シミュレーターの仕様として、乱入を発生させずにミッションをクリアした場合には、次に乱入が起こる確率が少しだけ上がるらしい。


 最近の俺やロコは、レベル上げのために短時間のミッションを数多く回していた。

 乱入はある程度の時間ミッションを続けていないと発生しないから、ここ数日は乱入が全く発生しないまま、乱入確率だけが際限なく上がっていたのだ。


「く、くそっ! 装備が……!」


 慌ててロコの方に駆け出しながら、インベントリの中を探る。


 今日は応援だけと思って、いつもの装備を外していたのが失敗だった。

 乱入モンスターは推奨レベルに準じたものが選ばれる。



 ――もし、レベル二百級、火竜王クラスの乱入モンスターが出てきたら、いくらロコでも……。



 そう思って、俺は焦りながらも、目当ての装備をインベントリから取り出して、



「……は?」



 次の瞬間、空から降ってきた「何か」が、グシャリ、と火竜王の頭を潰した。


 一撃の、そして、一瞬の凶行。

 断末魔の悲鳴すら、あげる間もなかった。


 あれほどの威容を誇っていた竜の王が、刹那の間に命を奪われ、光の粒となって消えていく。


「まさ、か……」


 だが、本当に驚くべきは、そんなことではなかった。

 まるで死にゆく火竜王に成り代わったかのように、舞い散る光の中で雄叫びをあげる、その乱入者は……。



「エリア、ボス……!?」



 思わず口にしたその言葉を、まるで追認するかのように。

 悪夢のごとき光景に立ちすくむ俺たちに、無慈悲なアナウンスは告げる。



《『火竜王の試練』ミッションに『キマイラ(LV255)』が乱入しました!》



次回は今までの集大成!

明日の同じくらいの時間に更新する予定

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胃が痛くなった人に向けた新しい避難所です! 「主人公じゃない!
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