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第二十七話 イエロー・ルーキー

ほんとに短いのに一時間遅れるというこの……


 無事にミッションを完了させ、たくさんあった果物も大半を自室に収納して、ようやく肩の荷が下りた気分で二階の廊下をラウンジに向かって歩いていた時だ。


 ――ん?


 無機質な灰色の廊下。

 カツーン、カツーンという自分の靴音だけが響くその空間で、俺は違和感に足を止めた。


 ――これ……花、か?


 廊下にはあちこちの壁に何かを飾れるようなくぼみがある。

 今まで何も置かれていなかったはずのそのスペースに、かわいらしい花瓶と花が生けられていた。


 ――こんなもの、昨日ここを通った時にはなかったよな?


 そのうちの一つを手に取ってみると、確かに生花の柔らかな感触が伝わってくる。

 もしかして、ロコがやってくれたのだろうか。


 俺がラウンジに向かう足を速め、その扉をくぐると、


「あ、おかえりなさい、ルキさん!」


 ロコの明るい声が出迎えてくれて、何だかホッとする。

 ついでにロコの服もいつもの初級者用ガンナー装備に戻っていて、それもホッとした。


「あ、それ……」


 ロコの手には鮮やかな赤い花。

 それを指摘されると、ロコは照れたように目元をごしごしとこすった。


「前にルキさんが、この塔のこと殺風景だ、って言ってたので、もらったお金でお花を買って、飾ってみたんです!」


 二階だけですけどね、と言って笑うロコ。


「あの購買、そういや花も売ってたっけ」


 この初心者の塔の購買、というか自販機なのだが、その品ぞろえはちょっと頭がおかしい。

 初心者用の装備品や回復アイテムなんかはもちろん、雑貨品や日用品、それに花や本、雑誌など、様々なものが売られている。


 ちょっとしたコンビニやスーパー並みの品があの自動販売機の小さな筐体の中に入っている、と考えると流石に違和感があるが、まあ持ち物をインベントリに入れて収納出来る世界観でそんなことを言うのは無粋だろう。


「それにしても、二階だけにしても結構大変だったんじゃないか?」

「えへへ。あんまりやったことがなかったので、四時間くらいかかりました」


 それだと、俺が出かけている間のほとんどの時間を、花の飾りつけで過ごしていたことになる。

 自分のために使っていい時間とお金で住環境を整える、なんて、俺には絶対に出てこない発想だ。

 月並みな言葉だが、ほんとにいい子だと思う。


 せめて、俺がしっかりと見てあげなきゃな、と思いながらラウンジを見回して、ふとあることが気になった。

 ラウンジの各所にも花が飾られているのだが、それが全て同じ色の花なのだ。


「ええと、この部屋、赤い花ばっかりだけど……」

「あ、はい! せっかくなのでシミュレーションルームをはさんで塔の向こう側とこっち側を分けて、それぞれ違う色のお花で統一してみました!」

「ああ。そういうことか。もしかして、ロコは赤が好きなのか?」


 そういえば水着もそうだったし、と思って尋ねると、ロコは目を丸くして、それから楽しそうに笑った。


「ルキさんって変なこと言うんですね。前にルキさんが好きって教えてくれた色じゃないですか!」

「そ、そっか……」


 そういえば、最初の方にそんなことを聞かれたような、聞かれてないような……。


「あ、ルキさんの部屋は向こう側でしたよね! じゃあ、もう一色も見てくれましたか?」

「い、いや、ちょっと、急いでたから、ちゃんとは見てないんだ」

「そ、そうですか……」


 しゅん、と落ち込んでしまうロコ。

 これはまずい。


「え、ええと、一つは、赤だよな。あともう一色は……」


 自分が好きな色なんだから、分かるはずだ。


 俺は必死に自分の記憶を探る。

 ええと、赤のほかだと……。


「白、だったっけ?」


 一瞬、ロコの瞳がキュッとすぼまって、もしかして外したか、と思ったが、


「ルキさん! 大好きです!」


 ぴょん、と飛び込むように抱き着いてきたロコに、俺は安心する。

 どうやら正解だったようだ。


 それはいいんだが、ロコは「えへへぇ」と言いながら、俺の身体に頭をぐりぐりとこすりつけ、なかなか離れようとしない。

 思わず荒っぽくその身体を引きはがそうとして、対人設定のことが思い浮かぶ。


 ――そういえば、ロコも接触禁止の設定やったんだよな。


 もちろん、胸なんかに触らなければ問題ないのだが、前のように乱暴に引きはがして万が一のことがあったら、と思うと、あまり乱暴にも出来ない。


 ……なぜだろう。

 過度な接触を禁じさせるはずのルールで逆に接触を増やされてる気がするが、まあ考えすぎだろう、うん。


「あ、あの、ルキさん! これからのご予定は?」


 なぜか少し緊張をしたような声で、ロコが尋ねてくる。


「ん、いや、特に何かするってことはないけど……」

「だ、だったらもう少しだけ、別行動をしてもいいですか?」


 その提案に、俺はちょっと、いや、だいぶ驚いた。

 ロコが自分から俺と離れようとするなんて初めてじゃないだろうか。


「いいけど、どうしたんだ?」

「そ、その、実はさっきの時間に購買で本を買ったんですけど、続きが気になって……」


 まさか、本に負けるとは……!

 い、いや、俺も読みかけの本の続きが気になる気持ちは分かるし、それでいいとは思うのだが、なんとなく寂しさを感じてしまう。

 これが子離れというものか。


 俺が思わず目頭を押さえていると、ロコがおずおずと尋ねてきた。


「え、えっと、その間、ルキさんは……」

「最近は訓練の時間も減っちゃってるしなぁ。シミュレーターをやってるよ」


 俺の答えに、ロコは露骨にホッとしたようだった。


「あ、でも、今日は八時半には切り上げなきゃいけないし、あんまり遅くなると……」

「だ、だいじょうぶです! 二時間……いえ、一時間で終わらせますから!」


 気合を入れて答えるロコだが、本ってそんな気合で読むものじゃないと思う。


「そういえば、なんて本を読んでるんだ?」


 娯楽関係については新しいラインナップは増えないので、大体の本は把握していたりする。

 俺が読んだものなら、あとでその本の話をするのもいいかな、と思っていたのだが、


「そ、それは……ひ、ひみつです!」


 どうやら、自分が読んだ本を知られるのは恥ずかしいらしい。

 ロコは妙に必死になって隠してきた。


「まあ、特に消したりしなければ購買で何を買ったかはログに残るから、あとでそれを見れば……」


 と、ふざけて口にした時だった。

 ロコはカッと目を見開くと、全速力で購買に駆け寄ると、ガガガガッと残像が見えるほどの速度で操作をして戻ってきた。


「あ、すみませんルキさんまちがえてログ消しちゃいました」

「今の間違い要素なかったよな!」


 どんだけ知られたくないんだよ!

 一体どんな本を買ったのか、心配になってくる。


「それじゃ、ここからは別行動かな。ええと、合流は……」

「わ、わたしが、用事が済んだらシミュレーションルームまで迎えにいきます!」


 まあ、予定はロコ次第な訳だから、その方がいいだろう。

 俺がうなずくと、ロコはやはり安心したように笑顔を見せた。


「それじゃ、またあとで!」


 そして俺は、ロコに手を振ってラウンジを出ようとして……ロコに手をつかまれた。


「……ロコ?」

「あ、えっと、その……」


 ロコは自分でも何をしたのか分からない、という表情だったが、やがて俺の顔を見上げ、すがるように俺の手をつかみながら、上目遣いにこう尋ねてきた。


「せっかくですから、シミュレーションルームまでいっしょに行っても、いいですか?」


 もちろん俺は快諾して、俺とロコは手をつないでシミュレーションルームに向かう。


 真っ赤な花が咲き乱れる乳白色の廊下を歩きながら、俺は「やっぱりロコが俺から離れるのはもう少し先かな」なんてことを考えたのだった。



 ※ ※ ※



 それからは、特に変わったこともなかった。

 俺はいつも通りにシミュレーションルームでモンスターを倒したり倒されたりして、一時間少し経った頃にロコが呼びに来て、一緒にラウンジへ。


 俺の闘技大会準優勝と、ロコのマジカルガンナーレベル20達成のお祝いでいつもよりちょっとだけ豪華な食事を食べて、食後のデザートとして、俺が持ってきた果物を二人で食べた。


 いや、「果物を使ったおいしいスイーツ!」とか作れればよかったのだが、取ってきた果物がデカすぎだったのと、シアのマーケットにも売られていないものなのでレシピがなく、切ってそのまま食べる以外の選択肢がなかったのだ。


 結局予定していた八時半を大幅に超えて、八時五十分頃に名残を惜しむロコと別れて自分の部屋へ戻る。

 ロコが並べてくれた真っ白い花たちを眺めながら廊下を進み、自分の部屋のドアを開けた、その時だった。


「……ん?」


 袖口から一枚の花びらが舞い、部屋の床にペタリと落ちる。


「あ、れ?」


 思いがけない事態に、俺は思わず首を傾げた。

 いや、何度か花を手に取る機会はあったし、袖の中に花びらが入っていたとしても、それ自体はおかしなことじゃない。


 ただ、変だったのは……。


「……黄色?」


 その花びらが、鮮やかな黄の色をしていたこと。


 慌てて扉から外に顔を出して、廊下に飾られた花を見る。

 やはりそこから見える花は、全て白い花だった。


「……どういうことだろ?」


 ロコは、二つの色で廊下を飾った、と言っていた。

 こっちが白で、向こう側が赤。

 黄色の花が出てくる要素は、まったくないと思うんだが……。


 ――ああ、そうか。


 外にだって、花が咲いている場所くらいはある。

 果樹園に行った時にでも、黄色の花びらが袖の中に入ったんだろう。


「めずらしいこともあるもんだな」


 俺は神がかった偶然にうんうんとうなずくと、今度こそ迷うことなく自室に入り、扉を閉めたのだった。


息抜き回ここまで

次からルキがちょっと主役っぽく頑張る予定

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胃が痛くなった人に向けた新しい避難所です! 「主人公じゃない!
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