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番外 ルカ

明日とは……

短いとは……


「――って、ワケでね! 最後にルカさんがズバーンってスキルを使ってキマイラがバターンってなって、わたしたちは勝ったんだよ!」

「なるほどねー。わかったよ」


 わたしの臨場感あふれる解説に、エリンは街で治療してもらった右手をひらひらと振ると、悟った顔でうなずいた。


「うん。ほんとリリがびっくりするくらい説明下手だってことは、わかった」

「なんでそうなるのよ!」


 せっかくずっと気を失っていたエリンに、身振り手振りまで交えて一生懸命に伝えたのに、ひどい。


 キマイラを倒したわたしたちは、ルクスの街へと凱旋した。

 嬉しそうだったギルドインフィニットの人たちと違って、ルカさんは面倒くさそうだったけれど、付き合った以上は最後まで見届けると言ってついてきてくれた。


 エリンは帰り道の途中で無事に目を覚ました。

 目覚めたらいきなり入鹿さんの背中に背負われていて、ぎゃーぎゃー叫んで動揺していたけれど、わたしはそれを見て笑ってしまった。


 そして、やっと実感できた。

 わたしたちは何とかあの死地を抜け出して、日常に戻ってこれたんだって。

 でも、そうだ。


「そ、それに、わたしはまだ、許してないからね!」

「んー。許してないって、なにをー?」


 わざと間延びした声で言ってごまかそうとしてくるが、こればっかりはなぁなぁにできない。


「最後のスナイプ! あんな……あんなのは、ひどいよ!」

「や、あれはほんとは勝算はあったんだよ。どんくさーいリリの代わりにスナイプ撃って逃げ出す自信がね。そりゃま、今回は相手が悪かったし、あれじゃせいぜい数秒くらいしか時間稼ぎできなかったけどさ」

「とにかく、あんなのは二度としないで! わたし、ほんとに心配したんだから!」


 これだけは譲れないとエリンに詰め寄ると、エリンは突然わたしをぎゅーっと抱きすくめた。


「ま、わたしが目を覚ました途端、わんわん泣き出したから心配してくれたのはわかってたけどねー。泣き虫リーリちゃん!」

「そ、そういうこと言ってるんじゃ……」


 今度ばかりはごまかされたりはしない。

 わたしがジタバタと暴れていると、突然耳元に声。


「わたしも、最後までずっと、ずっと、心配だったよ。リリが無事でいてくれて、よかった」

「あ、う……」


 さっきまでふざけていたのに、いきなりそんなことをつぶやかれて、何も言えなくなる。

 ……と。



「あー、これは……。お邪魔でした、かね?」



 近くにゼノキスさんが歩いてきていたのに気付いて、わたしは真っ赤になった。


 ――こ、この体勢、ぜったい変な誤解される!


 わたしは慌てて離れようとするが、エリンは気にした様子もなく、


「お気遣いなく。ちょーど今話が終わったところなので、どーぞどーぞ」

「エ、エリン!」


 どさくさにまぎれて、わたしの追及をかわされたことに、あとから気付く。


「そ、そうですか? ……なら、二重に邪魔になってしまうかもしれませんが」


 ゼノキスさんはもう、細かいことは気にしないことにしたのか。

 わたしたちを、いや、わたしたちの方を向いて眼鏡をくいっと持ち上げると、



「――リリシャ君。今日は、君を僕らのギルドにスカウトしに来たんです」



 本日最後の爆弾を、しれっと投下してきたのだった。



 ※ ※ ※



 ゼノキスさんのお誘いは予想外で、とてもとても光栄で、けれど、


「――ごめんなさい」


 わたしの中で、迷いは驚くほどなかった。


「まさか、一日に二度も振られてしまうとは、ね」


 大きく頭を下げたわたしにゼノキスさんは苦笑すると、そんな言葉を漏らす。


「二度、ってことはもしかして、ルカさんにも?」

「ええ。向こうからは『興味ない』の一言で切って捨てられましたけどね」


 ああ、それはあの人らしい。

 まだ申し訳なさそうにしているわたしに、ゼノキスさんは微笑みかけてくれた。


「そう、強張った顔をしなくても構いませんよ。勧誘に応じてもらえなかったのは残念ですが、今日は君たちと出会えて幸運でした」

「そ、そんな、わたしなんか……」


 わたしがあわてて否定をすると、ゼノキスさんはくいっと眼鏡を持ち上げて、言った。


「いいえ、君たちのやったことは尊敬に値します。あれから天秤は見ましたか? 正午直前にエリアボスが討伐されたことで、ルクスの街周辺の天秤も、全て青く変わりました。このまま動きがなければ、恐らくは二ヶ月後、Xデー程度まではプレイヤー優位のまま保持出来ると思います。君たちは、街を守ったんですよ」

「あ……」


 言われて、じわりじわりと、胸の奥から達成感が湧きあがってくる。

 横を見ると、にんまりとした笑顔を浮かべたエリンがいて、しっかりとうなずいてくれた。


「そっか。わたしでも、守れたんだ。そっか……」


 もちろん、これはわたし一人の力なんかじゃなくて。

 特にキマイラに対しては、わたしの貢献は微々たるものだったと思う。

 それでもわたしの力がこの平和につながったなら、それは胸を張っていいことだと、素直にそう思えた。


「もし何かあったら、ぜひ私を訪ねてきてください。力の及ぶ範囲で手助けすることを約束しましょう」

「あ、ありがとうございます!」


 ゼノキスさんはそう言い残し、最後まで紳士的なまま、去っていった。

 なんとなくその後ろ姿を追っていると、隣のエリンがめずらしく不安そうにわたしを見ているのに気付いた。


「よかったの? たしか、リリってあのゼノキスさんに……」

「うん。魔法使いとして尊敬してる」


 それは、今でも変わらない。

 むしろ、あの戦闘を見て一層尊敬の想いは強まった。


 でも……。


「わたしの魔法も、キマイラに通じた」


 もう、それだけだ。

 あの人のようになりたいとか、あの人と一緒に戦いたい、というのとは、少し違うのだと気付いた。


「だから、その、うまく言えないけど、わたしにはわたしの道を進めばいいんじゃないかなって思ったんだ」

「リリの、道?」


 そしてそれは、きっとエリンと一緒に歩んでいく道なんじゃないか、なんてことは、恥ずかしくて言えないけれど。


「そ、それに! あの人たちの戦いを見たおかげで、わたしにも目標が見えたんだ!」

「……ユニークアビリティ、か」

「うん」


 わたしはまだ「大魔法使い」のユニークアビリティを手に入れていない。

 膨大なAPを必要とするこのアビリティはきっと、いや、間違いなくわたしの大魔法の使い勝手を上げ、その使い方の幅を大きくしてくれる。


 だから、当面はそれを取得するのがわたしの目標で、きっとその時が、


「リリの巣立ちの時、だね」

「え……?」


 どこか寂しそうに口にしたエリンに、わたしが聞き返そうとした時だった。



「――リリシャ! あの眼鏡に何かされなかった?」



 今日はとことん千客万来。

 三度舞い降りた流星に、わたしはぽかんと口を開けるしかなかったのだった。



 ※ ※ ※



「じゃー、あとは若いお二人でー」


 と言い残し、エリンが逃げてしまったせいで、わたしはルカさんと二人きりで話をすることになってしまった。


「え、えっと……」


 ルカさんはきっと悪い人じゃないと思うんだけど、少し怖いし少し話しにくい。

 ジェネシスで会話に困ったらとりあえずチュートリアルの話をすれば問題ない、と聞くが、この人に下手にローミーの話を振ると、効果がありすぎて勢いあまって斬られそうな妙な迫力がある。


 仕方なく、ついさっきできた共通の話題を振ることにする。


「そ、そういえば、ゼノキスさんの誘い、断っちゃったんですね」

「ゼノキス?」


 そこからか、と思ったけれど、何とか表情をとりつくろって、答える。


「あ、あの魔法使いの……」

「ああ、眼鏡ね」


 彼女の中では、ゼノキスさんはどうあっても眼鏡らしい。

 まあ、ジェネシスでは視力の悪さも矯正されるはずだし、眼鏡をかけてるのは完全にゼノキスさんの趣味だと思うけど。


「あのパーティには、特に惹かれるものがなかったから」

「さ、さすが、孤高のソロプレイヤーですね!」


 露骨なくらいの持ち上げで機嫌を直してもらおうとしたのだが、彼女は不思議そうに眉を寄せた。


「なにそれ。そもそも、私はソロじゃない」

「……へ?」


 とんでもない言葉が、返ってくる。


「え? でも、だって……え?」

「わたし、ずっと固定パーティ組んでるから」


 何を言われてるか、最初は分からなかった。

 彼女はジェネシスで一番有名なソロプレイヤーで、いや、そもそも……。


「で、でも、パーティメンバーは? ずっと一人で戦ってましたよね?」


 わたしの質問に、彼女は億劫そうに腕を持ち上げると、「あそこ」と指を差した。

 その方向を見てみても、ただひたすらに空と雲が広がっているだけで、強いて言うなら、はるか遠くにそびえたつ、見覚えのある塔が……って、まさか!?


「あそこ、って、初心者の塔ですか!?」

「そう言ったわ」


 言ってはいない!

 じゃなくて!


「こ、この時期に!? まだ初心者の塔に残ってる人なんて、いるんですか!?」

「いる」


 端的な答え。

 いや、でも、問題なのはそこではなくて。


「な、何でそんな人とパーティなんて! というか、あんなに離れてたら、パーティ組む意味なんてないですよね!?」


 パーティを組めば、経験値の分配やバフの共有化、フレンドリーファイアの一部回避などの恩恵があるが、それもお互いが近くにいる場合。

 たしか、その恩恵を受けられるのはお互いが同じフィールドにいる場合だけだったはず。


「別に、意味なんてないわ。ただ、なんとなく組んでいるだけ」


 そんなことを言うが、本当に意味もなくパーティを組むなんてことがあるのだろうか。


「そもそも、どうしてそんな人とパーティを?」

「チュートリアルの時に、一緒に冒険をしようって言ったから」

「え? じゃあ、その時から、ずっと?」

「……そういうことに、なるかもしれないわね」


 いつも凛と前を見ていたルカさんが、少しだけ視線を逸らしながら言う。


 ええと、つまり……。

 遥か昔のチュートリアルの時にした約束を守るため、ルカさんはずっとほかの人とパーティを組まずに一人でやってきた、と。


 うん。

 ……うん。

 うーん?


 もしかしたら、なのだけど。

 実はこの人、とても可愛い人なんじゃないだろうか。


「ええと、でもルカさんは最前線にいますよね。ほんとにその人がまだ塔にいるかは……」

「知り合いから、話は聞くし。たまに、会いに行ってるから」

「え? ルカさんが、わざわざ、ですか?」


 最前線から塔までなら、とんでもない移動時間がかかるし、それは攻略の大きなロスになるはずだ。

 ルカさんは、またわたしから微妙に視線を逸らしながら、小さめの声で答える。


「用事があったりするから、そのついでに」

「用事、って?」

「……この前は、ダンジョンで見つけた指輪を渡したり、とか」


 いやいやいやいやいや!

 それは用事とは言わない!

 あとさらっと貢いでる!


 というか、いまだに塔で暮らしてて、たまにだけ会いに来た彼女にアイテムを貢がせてるって、それ……。


「完全にヒモ……」

「刺すわよ」


 一瞬で首元に剣が突きつけられ、わたしは「ひっ」と声を漏らして固まった。

 しかし、すぐに剣は引っ込められる。


「そこまで怯えられるのは、心外ね。冗談よ」

「で、ですよね」

「ええ、ちゃんと死ぬ前にポーションは使うつもりだったから」

「それ刺さってるじゃないですか!」


 冗談じゃないのはこっち、と叫びたかったが、剣が怖かったのでやめた。


「心配しなくても、ここではステ補正は効かない。ただの剣が首に刺さるだけよ」

「普通に首に剣刺さったら死んじゃいますから!」


 可愛い人かと思ったけど、やっぱり怖い人かもしれない。


「そういう風に見えるのは、分かる。でもあいつには、可能性があるから。ほかの誰にもない、可能性が」


 静かな口調で言うけれど、今となってはそれは「オレ、ビッグになっから!」と恋人の前で息巻いているダメ男のイメージしか浮かばない。


「それに、塔にいるのだって、何もあいつ一人って訳じゃない」

「え? 塔ってまだ、そんなに人が残ってるんですか?」


 そこで、ちょっとだけ間があって。


「……最近、二人になった、とは聞いたから」


 そりゃまあ確かに、二人なら一人ではないけど。


「そ、そうなんですか。二人なら訓練とかもできますしね。あ、その二人目の人って、やっぱり男の人なんですか?」


 わたしが尋ねると、ルカさんはぶっきらぼうに答えた。



「……おんな」



 空気が、凍った気がした。


 ――あ、これ、ダメな奴だ。


 あまり鋭い方ではないわたしにも、はっきりわかった。


 完全に地雷を踏んだ。


 この話題は危険だ。

 というか、この人が危険だ。


 彼女の恋人や、彼女の恋敵になる人間はさぞや大変だろう。

 わたしは彼らの冥福……じゃなかった幸運を祈りながら、とにかく話題を変えることにした。


「で、でも、ルカさんって強いですよね! 自分のパーティメンバーがそんなにすごくなってて、彼氏さんも鼻が高いと思います」


 ご機嫌取りのようだが、本心でもある。


「別に。か……恋人とか、そんなんじゃない」


 今、彼氏って言おうとして照れて言い直した。

 やっぱり可愛いのではと思いつつ、ぐいぐいと押してみる。


「だけどほんとに、すごいと思います。万能で隙がないというか、この言い方はどうかわからないですけど、天才ってこういう人を言うのかなって思いましたから」

「……万能も、天才も、どちらの言葉も私よりもっと相応しい人間がいるわ」


 不意に、ルカさんの雰囲気が、また変わる。

 その変化に少しだけ腰を引かせながらも、好奇心が勝った。


「それって、勇者、とかですか?」

「勇者? ……ううん。あれは、個人の才覚とは最も遠いところにある力よ。勇者のシステムは、私は呪いに近いものだと思ってる」

「呪、い?」


 おおよそ勇者のイメージに似つかわしくない言葉に、わたしは思わず聞き返した。


「考えれば分かるはず。一見強力な『最強』の能力は、自分より強い者の中にいなければ役には立たない。それに、勇者の存在は魔物を呼ぶ。勇者がいるだけでその地域に魔物が押し寄せるし、勇者がいる建物は強度が半分として計算される。ひとたび勇者になってしまえば、戦って戦って、ひたすら勝ち続けるか……。あるいは、誰にも脅かされない僻地にこもって、全てが終わるのを待つくらいしか道はないのよ」

「そん、な……」


 勇者の特性は、条件は、話には聞いていたはずだった。

 しかし、そんな華々しい光の影に、そんな闇が隠れているなんて、想像すらもしていなかった。


 ルカさんは、わたしのそんな気持ちを察したのか、少し口調を和らげて話し始めた。


「システム的な優遇を言うなら、確かに私のジョブは恵まれているという自覚が、今はあるわ。剣と槍、聖属性の魔法の系統を持ち、攻防両面のスキルを覚えるヴァルキリーは優秀なジョブだと思う」


 聖属性の魔法は、癒やしと攻撃、二つを過不足なく備えている。

 よってルカさんは、このジョブだけで物理攻撃二種類、魔法攻撃、魔法による回復の四種類の能力を標準以上の水準で行使できることになる。

 これは相手の耐性によって詰むことの多いソロプレイにおいては、大きなアドバンテージになるはずだ。


 また、物理と魔法の両面で攻撃ができるジョブは、サブジョブとして非常に有用だ。

 ヴァルキリーを十分に成長させていればどんな物理職になろうが魔法職になろうが、ヴァルキリーのステータス補正で大きく能力を底上げできるし、メインジョブのスキルがまだ取得できなくても、強力なヴァルキリーのスキルを最初から使用できるのであれば序盤のレベル上げなどたやすいだろう。


 そうだ。

 わたしの大魔法使いのように、メインに据えなければスキルの一つも使えない欠陥職とは違うのだ!

 ……と言ってしまうのは少しひがみだろうか。


「でも、私の知る『万能』はそれを超えている」

「え……?」

「全ての系統を持って、一度でも使ったスキルを全て使用可能なジョブがある、って言ったら、あなたは信じる?」


 信じられない。

 全ての系統を持っているということは、ユニークを除くあらゆるアビリティが使えるということ。

 そして、一度使ったスキルを全て使用可能であるなら、経験したジョブ全てのスキルを使えるというのとほぼ同義だ。


「それって、『ものまね』とかではなくて、ですか?」


 確か上級職の道化師というジョブには、「ものまね」という直前に見たスキルを真似できるスキルがあったはずだ。

 ただ、性能は半分以下に落ち込み、再使用のクールタイムも非常に長いとか。

 もしそれのことを言っているのなら……。


「いいえ。この目で見たから間違いない。道化師の劣化スキルとは違うわ。あれは本当に、本来の性能で使用していた。それに、それだけじゃない。その『天才』は、どんな武器を使っても、剣を持った私と同等に立ち回ってみせた」

「全部の武器で、同等って……。そんな人が、本当にいるんですか?」

「ええ。まあ、戦績自体は私が勝ち越していたし、本人には自分の才能に自覚がないかもしれないけれど」


 想像、してみる。

 あらゆる系統のアビリティを装備して、あらゆるスキルを行使して、あらゆる武器を使いこなす、万能の天才。



 ――それは、そんな存在はもはや、「最強」と呼ぶ以外にない。



 でも、だとしたら、おかしい。


「だけど、だったらどうしてその人が噂になっていないんですか? そんな人が、一体どこに……」


 彼女はわたしの問いに、直接は答えなかった。

 ただ、もう一度その指を持ち上げ、空を指し示す。


 その先にあるのは、悠久の空、そして……。


「まさ、か……」


 彼方にそびえる、初心者の塔。


 ありえないと思う。

 それだけの能力の持ち主が、いまだに塔でくすぶっているなんて。

 でも、それだけの能力を持っているのに、ではなく、それだけの能力を持っているからこそ、塔を抜け出せないのであれば?


「その人、なんですか? さっき話していた、塔に残っているプレイヤーが……」


 いっそすがるような、否定を求めたその問いに、しかし、彼女はあっさりと首肯する。


「そう。アイツは今はまだ、ステータスが低すぎて前線には出られない。でも、もしもその問題が解決したら、一体どんな『怪物』が生まれるのか」


 そこで彼女は笑みを浮かべる。

 恐怖と期待がないまぜになったような、獰猛な笑みを。



「――私はそれを、見てみたいと思うの」



 ぞわっと、悪寒が身体を駆け抜ける。


 トップギルドにすら興味を持たなかった彼女が、多大な時間と労力を割いてまで会いにいくプレイヤー。

 わたしの知る限り、最強に一番近い存在が「ほかにはない可能性」と口にする相手。

 怪物の語る、怪物。


「その人は、ルカさんにとって、なんなんですか?」


 息もできないほどの畏敬に打たれ、それでもその問いが出たことに我ながら呆れる。

 けれど純粋に、知りたかったのだ。

 彼女がそこまで執着し、焦がれる相手を、一体どう思っているのか。


 恋人か、友達か。

 戦友か、はたまた敵か。


 彼女の、答えは……。



「――ライバル、よ」



 そう口にした笑顔に。

 わたしは、敵わないな、と感じる。


 誰よりも間近でその才を見て、誰よりもその強さを知っていて。

 その誰も届かないような高みを見せつけられて、それでも彼女はなお、その人に並び立ち、あくまで同格の人間として、戦おうとしている。


 ――それが、彼女の強さを支える根底。


 そしてきっと彼女は、彼女ならば、それをやり遂げてしまうのだろう。

 ああ、彼女に目をかけられるのは、なんて幸運で、そしてなんて……。


「それに――」


 だが、彼女の言葉には、まだ続きがあった。


「私は『あなた』にも興味があるわ」

「えっ?」


 それはあまりにも、予想外で、わたしはとっさに返す言葉すら、思い浮かばない。


「二ヶ月後のXデー。覚えている?」

「あ、え、はい!」


 けれど、彼女はわたしの動揺も置いてけぼりにして、ただ彼女の望むゴールに向かって話し続ける。


「状況が許すなら、あなたにはその時に特別な役目を頼むかもしれない」

「え? わ、わたし、に……?」


 いまだに追いつけない頭、だが、彼女はまるで斟酌しない。


「引き受ける引き受けないは、聞いてから決めればいい。連絡は、誰かがするから」

「あ、その、それって……」

「少し、話し過ぎた。……また、ね」


 そうして、自分の言いたいことだけ言い終えると、ためらいもせずに踵を返し、歩み去っていく。

 傍若無人な、まるで嵐のような人。


 だが、数歩進んだところで、その足が不意に止まった。


「ルカ、さん?」


 足を止めた彼女が見上げた先には、夕闇にそびえる彼方の塔。


 その口が、小さく動く。

 そして、恐らくはわたしに聞かせるつもりではなかったそのつぶやきは、風に運ばれわたしの耳に届いた。



「ルキ。私はちゃんと、冒険をしているよ。あなたは、今……」



 その先は、口にされることはなく……。

 彼女がそっと口にした言葉も、そのまま風に吹き散らされて、消えた。

答:塔で女の子とイチャイチャしてます



ちょっと調子に乗って持ち上げすぎた感が

とりあえず次回はやっとルキが主役……の予定

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胃が痛くなった人に向けた新しい避難所です! 「主人公じゃない!
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