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番外 トッププレイヤー

以前作っていたゲーム、「NAROUファンタジー」がふりーむ!のコンテストのシミュレーション部門で銅賞をもらいました!

やったぜ!


あ、いえ、だからって別にゲーム作ってて遅れた訳では……

 ただ呆然と、突然の乱入者を、流れ星のように降ってきて、一撃でキマイラを吹き飛ばしたルカさんを見る。


 銀色の髪と、白い羽。

 それに見合う白と銀で揃えられた軽装の防具。

 武器でありながら儚げな雰囲気を感じさせる美しい銀細工の剣。


 全てが彼女を、まるで幻想世界の住人のように思わせる。

 しかし、わたしには彼女を悠長に眺めている時間なんて、本当はなかった。


「ガ、ァアアアアアアアアアアアアア!!!」


 ルカさんに吹っ飛ばされたキマイラが、怒りの声をあげる。


「そんな……」


 トップランカーであるルカさんの攻撃をまともに受けたはずなのに、見た目にはほとんど傷がない。

 ただ、ルカさんは特に不思議に思ってもいないようで、ちらりとわたしの方に視線を向けると、冷たく告げる。


「隙が出来たら、あれを回収してどこかに逃げて」


 そう口にする彼女の視線の先には血だまりに伏したエリンの身体があって……。


「そ、そんな言い方っ!!」


 仲間を物扱いされた怒りに叫ぶと、ルカはどうでもよさそうに淡々と続ける。


「別に、呼び方は何でもいいけど。早くしないと彼女、死ぬわよ」


 何でもないことのように告げられた言葉に、わたしの思考は一瞬凍りついた。

 どくん、と心臓が期待に脈打つ。

 おそるおそる、尋ねた。


「え……? い、生きてるん、ですか?」

「血が出てるんだから、そうでしょう」


 あっさりとしたルカさんの言葉に、わたしはハッとする。


 この世界では、出血だって立派な状態異常。

 状態異常は死亡時に継続されない。


 ――だとしたら、まだエリンは生きてる!


 現金だとは思いながら、わたしは勢い込んで尋ねた。


「な、何とかならないんですか?」

「タゲは取ってるはず。ただ、ボスは自分で思考するからどうかしら。……来た」


 ルカさんの言葉と同時、だった。

 キマイラが飛び出すとルカさんに向かってすさまじい速度の攻撃を繰り出す。


 全身のばねの力でとびかかると、そのまま両手でルカさんを押さえ込む。

 それはまるで、ネコ科の獣の動き。

 ただ、その巨体でそんなものを受けた方は、たまったものじゃない。


「ルカさん!!」


 わたしは思わず叫んでしまったが、


「やっぱり、硬い」


 キマイラのお腹の横からひょいっと転がり出てきた彼女に、安堵のため息をつく。


 どうやら、ルカさんはキマイラがとびかかってきた瞬間、逆に腕の内側に潜り込んで、キマイラの腹を攻撃していたらしい。

 とんでもない胆力だ。


 ダメージはそうないようにも見えるが、やはり無防備なお腹を攻撃されたのは嫌だったらしい。

 キマイラはすぐに近づこうとはせず、警戒するようにルカさんの周りを歩き始めた。


 これなら……。

 そんな期待を、わたしが持った時だった。


「……なかなかに、厳しい」

「え?」


 当のルカさんから、そんな弱音がこぼれる。


 いや、弱音じゃない。

 ただ事実を淡々と告げるような口調が、そのつぶやきが嘘じゃないと物語っていた。


「で、でも、この調子で戦えば……」

「生意気にも、少しずつ学習してる。それに、その前に武器がもたない」

「あ……」


 そして、憂いを帯びた表情で、つぶやく。


「この剣、高いから」

「え、えぇ……」


 そんなこと言ってる場合じゃ、と思うが、高価な武器は壊してしまうと天文学的な額の修理費がかかると聞いたことはある。


 それに、戦乙女の持つ細剣の特殊性は噂に聞いている。

「攻撃時の速度を威力に変える」という唯一無二の特性を持ち、勇者の剣などを除けば現状最高峰と言われる力を持つ、至高の一振り。


 だからと言ってエリンの生死がかかっている。

 どうにかやる気に、と思って口を開きかけ、


「……大丈夫。来たわ」

「え?」


 その言葉の直後、


「――エアロスラスト!」


 無防備なキマイラの背中に、風の刃が突き刺さる。

 そして、突然の攻撃によろめくふキマイラの足元に、迫る影。


「チャーンス! 二番手いっただき!」


 キマイラの足元を驚異的な速度で駆け抜けていったのは、頭にバンダナを巻いた、小柄な少女。


 しかし、そんな無害にも見える彼女だが、その速度は尋常ではない。

 恐らくは、移動に関するユニークアビリティかスキル持ち。


 しかも、キマイラの足の間を駆け抜ける際に、手に持ったナイフでその弱い部分を斬りつけていっている。

 自らの速度に振り回されるだけでない、きちんとした実力を備えている証拠だ。


「あとはオレに、まっかせろおおおおおおお!!」


 さらに、雄たけびと共にやってきたのは、両手両足にごついガントレットと足甲を身に着けた大柄な男。


「やれやれ。協調性のない」

「ははは。元気があってよいことではござらんか」

「……君は君で、こんな時でもロールプレイに余念がないなぁ」


 それから、優男風の眼鏡の青年と、刀を持った女剣士が遅れて駆けてくる。


「面倒なのにつきまとわれたと思ったけれど、今回ばかりはよかったわね」


 ルカさんの声に、我に返る。

 いや、これが現実だと、やっと思い出した、と言うべきか。


「あの、人たちは……」


 うまく、言葉が出ない。

 今日は一体、どれだけ驚けばいいのだろう。


「ああ。彼らは――」


 ルカさんが紹介しようと口を開いてくれるが、わたしだって当然知っている。


 彼らは、まさに言わずと知れたトップギルドの一つ。

 その構成員全員が「ユニークジョブ」だという超エリート集団。

 その名も……。




「ギルド、インフィ――」

「――さっき道端で会った暇人たちよ」




 えええぇ……。

 あんまりにもあんまりなルカの紹介にわたしは開いた口が塞がらない。


「弾避けにはちょうどいいわね。じゃ、行ってくるから」


 立ち尽くすわたしを置いて、ルカは唐突に戦場に歩を進めると、戦いの合間をぬってエリンを抱えて戻ってきた。

 そして、わたしの傍にエリンを下ろすと、そのまま乱暴にポーションをぶっかける。


「う……」


 エリンはうめいたものの、目を覚ます気配はない。

 ただ、血色はよくなったように見える。


「これで死にはしないわ」

「あ、ありがとうございます」


 なんとなく素直に礼を言いずらいところではあるが、彼女がいなければわたしもエリンも死んでいたのは間違いない。

 丁寧に、頭を下げる。

 それから倒れたエリンをギュッと抱き寄せると、その心臓が確かな鼓動を刻んでいるのを感じて、ほっと息をついた。


「あいかわらずですね、ルカさんは」


 そこに歩み寄る、第三者の気配。

 近寄ってくるのは、先ほどの眼鏡をかけた青年だ。


 やはり、知り合いなのだろうか。

 わたしがルカさんの様子をうかがうと、彼女も心得たようにうなずいて、


「さっき会った暇人の一人よ」


 と言った。

 それで紹介したつもりなのか、どことなくやり切った顔をしている。


「あいかわらずですね、ルカさんは」


 これには流石のトッププレイヤーも苦笑するしかないようで、先ほどと同じ言葉を口にして、困ったように眉を下げている。

 しかし、わたしは当然、彼の名前を知っている。

 いや、それどころか……。


「あ、あの、もしかして、風炎のゼノキスさんですか?」

「ええ。わたしは確かにゼノキスですが……」

「や、やっぱり! わたし、ゼノキスさんは魔法使いで一番尊敬してて……」


 わたしがつっかえながら言うと、ゼノキスさんは驚いたように目を見開いたが、柔らかく微笑むと、わたしをたしなめる。


「あはは。ありがとうございます。……ただ、お話はあとで。今は大物狩りをしなければなりませんから」

「は、はい!」


 言われて、キマイラの方に視線を戻す。

 キマイラと戦うのは初めてだと思うのだが、すでに彼ら四人の中では連携ができあがっていた。


 パーティの人数について、戦力を考えるなら多ければ多いほどよく、経験値に関しては少なければ少ないほどよい、というのはジェネシスではよく聞く話だ。

 極論、モンスターを安全に速く倒したいなら、弓と魔法を百人くらい集めて一斉に撃てばいい。

 よっぽどの問題がない限り、モンスターは一瞬で溶けるだろう。


 しかし、ジェネシスは戦闘への参加人数が多いほど、もらえる経験値の総量が減る。

 それは、パーティ設定をしているか、戦闘への参加頻度は、モンスターとの距離は、などなど細かい条件が絡んでくるものの、パーティの人数が増えれば増えるほど、一匹のモンスターから得られる経験値の総量が減っていくのは原則だ。

 これは通常、「他人とパーティを組むこと」を推奨するMMORPGとしては異例な設定だ。


 そのシステムのせいでジェネシスには鉄板編成はあるものの、絶対的なパーティの最適解というものは存在しない。

 ソロパーティから二十人の大所帯まで存在を許されるほどの懐の広さが、ジェネシスにはあるのだ。


 そんな中で、彼ら四人、いや、時折援護を挟むゼノキスさんを含めた五人の連携は、見事なものだった。

 ゼノキスさんを除いた残りの四人は名前を知っている者も知らない者もいたが、恐らく一人一人が全員ランキングトップ30以内には入るような猛者。


 だが、誰よりも際立って目立つのは、一人。

 正面に立ってキマイラの攻撃を主に受ける、巨大なガントレットをつけた男。


「いいぜ! 来い! 来いよ! 俺は、ここにいる!!」


 叫びと同時にスキルが発動。

 男の身体が何倍にも膨れ上がるような錯覚がした。


 モンスターの注意を引く、ヘイトスキルと呼ばれる能力。

 非常に有用な力ではあるが、その能力の効き方にはブレがあり、またモンスターも自分で優先順位を決めて獲物を襲うため、安定性はあまりない。

 しかし彼は、それをうまく使いこなしているようだった。


 いや、それも当然。

 だってあの人もトップランカーの一人。

 それも、ルカさんよりもランクが上の、五位。



 ――双拳の入鹿いるか



 その職業は、格闘家と盾騎士の複合職、攻防一体のユニークジョブ〈アーマーグラップラー〉。

 両手のガントレットであらゆる敵の攻撃を退ける、鉄壁無敵の戦士。


 例外的に二つの二つ名を持つ彼が、戦場を支配する。

 今もヘイトスキルが効いているのか、キマイラは激しい攻撃を入鹿に向けるが、


「おらぁ! アイアンフィストぉ!!」


 その全てを入鹿さんはガントレットで迎撃する。


「あれが、彼の戦闘スタイル。『受ける』でも『避ける』でもない。『迎え撃つ』タイプのタンクです」


 わたしの横で口を開いたのは、ゼノキスさんだ。

 彼は時折入鹿さんに回復魔法をかけたり、補助魔法を唱えたりしながら、解説をしてくれる。


「軽装の仲間を守るため、攻撃を引きつける役は必須です。しかし格上と戦った時、ただ攻撃を受けるだけではもちません。かと言って、全ての攻撃を避けるのも現実的ではない。だから、彼は攻撃に攻撃を当てる。攻撃同士がぶつかった場合のダメージの減算、つまりは『相殺』によって攻撃を引き受けているのです」


 ゼノキスさんの言う通り、入鹿さんはキマイラの爪を、尻尾を、ガントレットや足甲で自らぶつけるようにして防いでいる。

 流石に攻撃力ではエリアボスにはおよばないようで、ほとんどは当たり負けしてフラついているが、目立ったダメージは見られない。

 特に大ぶりな攻撃にはスキルを合わせることで、うまく相殺しているようだ。


「その秘密の一つには、彼のアビリティ『手・足』にあります。手や足を使った動作に攻撃判定が生まれる、という一見地味なアビリティですが、これにより手や足に装着した防具の性能が格闘攻撃に加算されることとなり、全ての攻撃を迎撃出来るのです。……ただ、彼の真価は、決してそこだけではない」


 そうやって入鹿さんが攻撃を引きつけている間に、ほかの三人が次々と攻撃を決めていく。

 ただ、やがて自分の攻撃が効果がないとキマイラが悟り始めたのか、徐々にほかの三人に目標が向くことも多くなってきた。


「ちっ! 仕方ねえ! 攻めるぞ!」


 そこで、入鹿さんが動く。

 最後に一撃を弾いたのをきっかけに、キマイラの正面にいた入鹿さんが、一気に前に出る。


「くらえやぁ! パワーフィスト!」


 虚を突かれたキマイラに痛打を浴びせ、さらに……。


「デモンズナックル! ライジングムーンサルト! アトミックパンチ! 破竜掌! イナズマキック!」


 殴る、蹴る、殴る、殴る、蹴る!

 スキルの連打が、止まらない!

 その猛攻に、さしものキマイラも反撃の暇すらない。


「あれが、格闘家の最高峰『アーマーグラップラー』のユニークアビリティ『連撃』です」

「れん、げき……」

「その本質はスキルキャンセル。スキル使用後の硬直をキャンセルして、ノータイムで次のスキルにつなげることの出来る、唯一無二の特技です」


 ユニークアビリティ。

 その能力が持つ圧倒的な力に、震える。


「まだ終わりじゃねえぞ! ヘビーラッシュ! 天地返し! アーンキック! スペリオルボマー! 二連打! メタルボディプレス! 流水撃! もういっちょオマケだ! ジェノサイド、ブレイク!!」


 終わることのない暴力の嵐。

 このままキマイラを封殺したまま、入鹿さんが勝ってしまうのではないか、そんな風に思った。

 しかし……。


「……ちっ!」


 唐突に、入鹿さんの動きが止まった。

 何が起こったのか分からないわたしに、ゼノキスさんが冷静に指摘する。


「連撃のアビリティはスキル使用後の硬直を消すだけで、スキル再使用までの時間を短くは出来ません」

「じゃあ、あれは……」

「スキル切れ、です。スキルを一巡させてしまえば、彼は冷却時間が終わるまで使えるスキルがなくなる。そして、あれだけ好き勝手に殴れば、待っているのはキマイラによる地獄のようなヘイトです。しかも、あれは……」


 キマイラの様子が、明らかにおかしい。

 さっきまでなかった真っ黒いオーラをまとい、真っ赤な目で入鹿さんを見ている。


「第二形態。ダメージを稼いだのが仇となりましたね。私も動きます」


 口にすると同時、ゼノキスさんの左手が素早く、精緻に動く。

 恐らくはスキル発動のトリガー。

 きっとわたしには想像もできないほどの状況を想定し、細かく条件を作っているのが分かる。


 だが、そんな芸術のような魔法行使に見惚れる暇もない。

 第二形態となったキマイラが、先ほどとは比べ物にならないほどの猛攻で入鹿さんを攻めたてる。


 ――このままではやられる!


 わたしが思わず目をつぶりかけた時、突然入鹿さんが右手のナックルを投げ捨て、同時に身体から、黄色のオーラが噴き出す。


「ガードブーストです。自動発動のトリガーは『右手の装備解除』。しかしあれは、使わされましたね」

「あれが……」


 ゼノキスさんの言葉に、わたしはオーラに包まれた入鹿さんを注視する。


 ガードブーストは、数あるブーストの中でも最も使いにくいと言われている。

 その効果は、一時的に装備品の防御力と遮断率が五倍になるステータスブースト。

 それから攻撃が赤い線として見える攻撃予測のアクションブースト。


 腐っても切り札と言えるブースト能力。

 特にステータスブーストの効果には目を見張るものはある。

 ただ、攻撃を防いで前線を維持するという盾役のコンセプトと、毎秒最大HPとSPの一割を消費するというブーストの性質が今一つ噛み合っていない。


「う、おおおおおおおお!!」


 それでも、通常の手段では攻撃を防ぐことすらできない相手が出たなら、使うしかない。

 黒いオーラをまとったキマイラの攻撃はすさまじく、強化された防具すら削っていく。


 手甲が、肩当てが、グリーブが、キマイラの苛烈な攻撃に弾け飛んでいく。

 だが、途中で気付いた。


 これは単純に攻撃されているワケじゃない。

 防具のある場所に誘導しているのだ。


 ガードブーストの効果で、入鹿さんの装備の遮断率は恐らく全て100%に届いている。

 防具に当たりさえすれば、全ての攻撃が入鹿さんには行き着かない。


「こな、くそおおおおお!!」


 そして、ガードブーストが切れるまでの数秒間。

 彼は、ついにキマイラの猛攻を耐えきった。


 だが、その代償は大きかった。

 彼の身体からはほとんどあらゆる装備が剥がれ落ち、その地肌を晒している。


 わたしは自然と、彼の二つ目の二つ名を思い出す。

 全ての防具を失い、それでも果敢に敵をにらみつけるその勇姿は、まさに――



「――裸王!」



「あ、それ本人は気にしているので、言わないであげてくださいね」

「あっ、はい」


 意外と繊細らしい。

 というかわたしは何を言い出したのか。

 ちょっと恥ずかしくなって、顔を伏せた。


 裸王……もとい入鹿さんが殴られたのは、ヘイト解消の意味もあったようだ。

 散々に殴ったこととで、キマイラの興味は入鹿さんからだいぶ離れたようにも見える。


「さて、我らがリーダーがあれだけ頑張ったのでは、パーティメンバーとして、負けていられませんね」


 ゼノキスさんの身体が蒼い燐光に包まれる。

 それは、先ほどの入鹿さんと同質の輝き。


「マジックブースト! フレイムカノン!」


 宣言と同時に、超速の炎がキマイラを襲う。

 揺れる巨体。


「ふむ。炎も風も効果あり、と。なら!」


 ゼノキスさんの口が、指が、高速で動き出す。

 すると、キマイラの周りに小さな炎が、風が、現われてはその身を焦がし、切り刻んでいく。


 魔法職の切り札、マジックブーストの効果は二つ。

 魔法スキルの威力と範囲を倍にするステータスブースト。

 それから、スキルの詠唱速度を五倍に、冷却速度を百倍にするアクションブースト。


 それは、通常三十秒かかる詠唱が、たったの六秒で終わるということ。

 そして、もとより詠唱時間の短い魔法であれば、もっと短い時間、それこそ一秒程度で連発できる。

 彼のユニークジョブ「高速魔法士」が詠唱速度に特化していれば、なおのこと。


 その結果が、この高速詠唱。


 火力に任せた力任せな攻撃とは全くの逆。

 秒間一発の速度で連続で魔法を行使して、敵の視界を塞ぎ、態勢を崩し、弱点を探り、やがて致命の一撃を繰り出す。

 前回の闘技大会では対戦相手に「まるで将棋だな」と称賛された、知的で精密な魔術行使。


 また時折、魔法を使っているとは思えない所作で、ただ左手が開閉される。


「ショートカット。たぶん、ポーションを使ってる」


 ルカさんの補足に、わたしはうなずいた。


 あれはかっこいい。

 ぜひやろう、と


「……ここまで、ですね」


 長い長い十秒が終わり、ゼノキスさんが、息をつく。

 ポーションによる回復を交えても、やはり十秒程度が魔法とブーストを使い続けられる限界らしい。

 それにしても……。


「これが、魔法使い最高峰の、技術」


 戦慄、する。

 だけど同時に、そこに高みが存在することに、少しだけ、安堵する。


 ……戦闘参加人数による経験値量減少。

 その隙間を突くように生まれてきた裏技が、範囲魔法によるソロレベリングだ。


 特定の属性に偏ったフィールドに単独で赴いて範囲魔法を放ち、その経験値をがっぽりと頂く。

 ある程度リスキーではあるものの、そのリスクは組織的なフォローがあればかなり減らすことができる。


 天秤システムと絶滅システムのせいで効率に限界はあるものの、一部のモグラはこういったものができる場所の近くに前線基地を作り、ひたすらレベリングに明け暮れている。

 そのせいで、「養殖のトッププレイヤー」なんて言われるプレイヤーが、上位の魔法使いには多い。


 だが、そんなトップ陣の多い中で、ゼノキスだけは違った。

 彼の強さを支えるのは、多種多様な魔法とその知識。

 わたしの憧れる「エルフの森のリリ」のリリシャのように、己が才覚と機転で的確な魔法を撃つことでパーティを補助し、その地位を高めてきたのだ。


「わたしも、いつかは……」


 そんな風に、わたしがひそやかな決意を固めた時だった。


「グォオオオオオオ!!」


 あれだけ果敢に攻めていたキマイラが、大きく距離を取る。

 何事かと身構えるわたしたちに向かって、今度はその口に巨大な魔力が渦巻き出した。


「魔法!?」


 それも、あのエフェクトを見ると、相当に強力なもの。

 そんな隠し玉まで用意していたのか。


 特に、防具を失った入鹿さんはまずい。

 せめてわたしが、と動き出そうとした時、あまりにも自然に、集団の中から一つの人影が飛び出した。


「拙者もここらで一働きしておかねばの」


 刀を持った侍姿の女性が、暢気な語り口で、今にも魔法を放ちそうなキマイラに迫る。


「あぶない!!」


 叫ぶ声が届く間もなく、無情にも目標を眼前の目障りな人間に変えたキマイラが、火の魔法を吐き出す。



「――退魔剣壱の太刀、魔断!」



 けれど、叫んだわたしの目に飛び込んだのは、信じられない光景。

 刀が、魔法を斬った。


「そんな、めちゃくちゃな……」


 物理と魔法は、互いに干渉し合わない。

 これはジェネシスにおける前提であり、長年盾役を悩ませていた壁だというのに。


 おそらく、彼女のユニークジョブのスキルの力だろうというのは分かる。

 でも、分かっていてなお、意味が分からない。

 これがトップギルドの、そしてユニークジョブの力。


 その間に入鹿さんも、ゼノキスさんも一息ついている。

 これなら行ける、わたしはそう確信を抱いた。


 だが、そこで思いもよらぬ方向に事態が動く。


「っ! これは!」


 初めて聞く、ルカさんの動揺した声。

 それもそのはずだ。

 入鹿さんたちの猛攻で追い詰めていたキマイラが、なんと、その身を翻した。


「こいつ! 逃げる!」


 エリアボスが、逃亡なんて選択肢を選ぶなんて、いや、そもそも持っているなんて、想像もしていなかった。

 だが、驚いている間にも、キマイラはその巨大な翼を羽ばたかせ、空へと逃れていく。


「エアロブラスト! ……くっ!」


 とっさに撃ったゼノキスさんの魔法も、射程外。

 彼は、悔しそうに唇を噛み締めた。


「追う!」


 すかさず追撃の態勢に入るルカさんに対して、


「……申し訳ないですが、私達はここまでですね」


 インフィニットのメンバーは、全員がその場に留まっていた。


「私もポーションを使いすぎましたし、リーダーの消耗が大きい。これ以上は無理です」

「悪いな戦乙女のお嬢さん。命あっての物種。エリアボス討伐は、また次の機会って奴を待つさ」


 二人とも、バツが悪そうに、しかしきっぱりと宣言する。

 対して、ルカの反応は淡々としていた。


「……そう」


 一つだけうなずきを返すと、そのままキマイラを追っていこうとする。

 ただ、去り際に、もう一言だけ。



「――だから、届かないのに」



 という、言葉を残して。


「……ぁ」


 言葉が、のどに張りつく。

 ルカさんの言葉が、表情が、なぜかわたしの胸を、大きく揺さぶる。


 もちろん、分かっている。


 これは天上の、雲の上の戦いだ。

 最前線などと言いながらまだ中層でくすぶっている人間の出番なんてない。


 そんなことは、分かっている。


「わたしが!」


 だけど!

 だけど身体に熱は残っている。

 この身体にはまだ詠唱が残っていて、エリンとわたしが大事に育てた「力」がここにはある。


 腕を失ったまま、まだ目を覚まさないエリンを見る。


 ――せめて、一撃!


 あの時の絶望が、想いが、まだ胸には残っている。


 だったら、一度くらい!

 一度くらいは「冒険」をしてみたって、いいじゃないか!



「――やります!!」



 叫んだ瞬間、その場の全員の視線が自分に集まったのが分かる。

 怯むと同時に何だか愉快な気持ちになる。


 説得の言葉は、今は必要ない。

 ただ、わたしの力があいつに通じるか、否か。

 それだけ。


「仇、取るから」


 だからわたしは、相棒エリンの左手に、自分の左手を、そっと重ねる。

 わたしの力はエリンと二人のもの。


 だからわたしのブーストトリガーは、ごく単純。

 それは、「他のプレイヤーが、わたしの左手に触れる」こと。


 蒼い光が、自分を取り巻くのが、見える。


 心を燃やして、けれど頭の芯は冷えたまま。

 静かに、唱える。



「――カラミティ、バースト」



 炎の嵐が、吹き荒れた。


 フィールド全てを滅ぼすはずの魔法を、ただ一体のために。


 厄災の渦が巨獣を呑み込む。

 極大の炎が、異形の怪物を燃やし、その翼を焼く。


「まさか、これほどとは……」


 ゼノキスさんのつぶやきが、耳に心地いい。

 それでも今は集中を切らさず、最後の瞬間までエリアボスに魔法を当て続けることに専心する。


 カラミティ・バーストの効果時間は、長くない。

 呪文の発動が終わると共に蒼い燐光も消え、わたしはやっと完全な身体の自由を取り戻して、その場にへたり込む。


「……はぁっ! はぁっ!」


 あらゆる詠唱短縮手段を入れた上で、七時間近い時間の詠唱。

 マジックブーストによる、範囲と威力の拡大。

 こちらを見ていない一体の敵に的を絞った、かつてない恵まれた環境での発動。


 今のは間違いなく、わたしが今撃てる最大級の魔法だった。

 それでも……。


「とど、かない……!」


 魔法が終わったちょうどその瞬間に、巨獣は地に堕した。

 キマイラの翼は焼けただれ、その全身も無傷な部分などどこにもない。


 しかし、依然その瞳はいまだに光を失わず、その力強い四肢も健在。

 これだけの好条件の中で、仕留め切れなかった。


「……いいえ。あなたはあなたの役割を果たしましたよ」


 その、ゼノキスさんの声に。

 わたしはいつのまにか、その場からルカさんの姿が消えていることに気付いた。


「流石ですね。あなたの魔力の高まりを見た瞬間に、彼女は後ろを一切見ずに走り出しました。もしかすると、あれが、私達に足りていないものなのかもしれない」


 そして……。

 戦場を、流星が駆ける。


「ルカ、さん……」


 その場にいなくても、分かる。

 その目はもはや、自分が狩るべき獲物以外、何も見てはいない。


 誰よりも、速く。

 誰よりも、勇ましく。


「私達は、役割分担とそれぞれの分野での特化を目指しています。その方が、パーティとしては効率がいいですから。ただ、ごくまれに、いるのです。そんなものを軽々と超えてくる、『怪物』が」


 ついに、戦乙女は巨獣をその射程圏に捉える。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 キマイラが、吼える。

 そして、振り上げられた前足が、地面を叩く。


「衝撃波!?」


 おそらく、キマイラの持つ、最後の最後の必殺技。

 自分の生んだ衝撃を殺し切れず、キマイラは至る場所から出血をする。


 それでも生まれるのは全方位に向けた地を這う衝撃波。

 必殺の一撃!


「飛ん、だ……?」


 しかし、そんな常識を、彼女は軽々と飛び越える。

 見事な跳躍で、衝撃波をやり過ごしてみせる。


「え……?」


 だが、獣の王の瞳は、それを見越していたかのように彼女を捉えていた。

 開かれる口。

 生まれるのは、炎。


 侮っていた。

 衝撃波は布石。

 跳びあがった敵を、炎で撃ち落とすための。


 キマイラの方も、無傷ではない。

 満身創痍の状態で魔法を使うことは、その身体に負担をかけている。

 恐らくもう、まともに動くことも出来ないはず。


 それでも、その炎の一撃は、身動きの出来ない空中にいる彼女にとって、まさしく必殺。


「――ルカさん!」


 届かないと知りつつ、叫ぶ。


 でも、その瞬間。

 なぜかルカさんが、笑ったように見えた。


 そして、ルカさんの足は、空を蹴る。


「は?」


 その、あまりに非現実的な光景に、一瞬だけ言葉を失う。


 だが、そうだ。

 これが閃光の戦乙女の由来。

 空を駆け、誰よりも速く、疾く敵を討つ戦いの女神。


 それを眩しそうに見つめながら、隣でゼノキスさんが口を開いた。


「なぜ、複合職が強いか、知っていますか? 複数のアビリティをつけられるから。それもあります。ですが、決してそれだけではない」


 先程の光景が幻ではないと示すかのように、その足は二度、三度と空を蹴る。

 その様は、まるで本物の天使。

 ほんのわずか残っていた巨獣との距離を、天使は空を駆けて瞬く間に埋めていく。


「チュートリアルでの説明は正しくとも正確ではない。ブースト能力は、正確にはそのジョブの持つ系統に依っている。だから、複合職は、複数のブーストを扱えます」


 巨獣の頭上、そこまで到達した時、彼女は動いた。

 右手の剣で、自分の左腕を斬りつけたのだ。


 目を見張るわたしの前で、その身体が蒼い燐光をまとう。


 ――自傷をトリガーとした、マジックブースト!!


 マジックブーストは、スキル詠唱を加速される能力。

 ただ、スキルの対象は魔法だけに限らない。


「二つ以上のブーストを、同時に使用することは出来ない。ただし、異なるブーストに、異なるトリガーをあらかじめ設定しておけば、面白いことが出来ます。それが――」


 恐らく十数秒の「溜め」を必要とするスキルを、戦乙女はほんの二秒で完了させる。

 そうして、剣を構えた彼女が恐ろしいまでの速度で巨獣に向かって堕ち始めた時、彼女の周りを「赤い」オーラが覆っているのが見えた。



「――二種類のブーストの、スイッチ」



 マジックブーストでスキルの使用を早め、アタックブーストでその威力を上げる。

 これが彼女の、孤高のソロプレイヤーを支える、力の一端。


 アタックブーストは、プレイヤーの持つ武器の性能を五倍に引き上げ、さらにそのプレイヤーの攻撃速度を上げる。

 そして、彼女の手に持つのは、速度を力に変える唯一無二の究極武器!


 ――あぁ。


 興奮と畏怖に、ぞわりと背中が震える。

 特性と性能、両面で強化されるその武器による一撃は、一体どれほどの高みに至るのか。


 そうして……。




「――フォーリング・スター」




 その日、平原に二度目の流星が堕ちる。


 もはや言葉はない。

 わたしが、そしてトップギルドであるはずのインフィニットのメンバーがただ観衆として見守る中で……。



「……やっぱり案外、当たるものね」



 巨獣は音を立てて地に伏し、二度と動くことはなかった。

お前が主人公だ!!




どうしても長くなりすぎたので分割

明日短いものを投稿して番外終わりです

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胃が痛くなった人に向けた新しい避難所です! 「主人公じゃない!
― 新着の感想 ―
[一言] >「いいぜ! 来い! 来いよ! 俺は、ここにいる!!」 スケィスですねわかります
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