第十九話 命の重さ
その、王道を書かなきゃというプレッシャーで時間がですね
熱血主人公ってあまり書いたことがないので描写が難しいですが、今回はちょっとそれっぽくなったかなと
装備を整えたロコはやる気十分だった。
前の服装にあったある種の鮮烈さこそは減ってはいたものの、女性ガンマンに扮したロコはカッコ可愛く、そんな彼女が鮮やかに敵を倒していく様はほれぼれするほどだった。
そして、その快進撃の裏には、俺の渡した指輪でSPの問題がほぼ解決した、という事情もあった。
「ルキさんにもらった指輪、すごいです! どれだけ撃っても弾切れになりません!」
「ま、最前線のドロップだからな」
奇跡の指輪+12の回復量は毎秒1.7だから、通常の魔弾による攻撃なら常に秒間二発近く撃っていないとSPが減らない計算となる。
実際それに近いことをやっていたりするのがロコの怖いところではあるのだが。
とにかくまあ、装備刷新については大成功、と言えるのではないかと思う。
しかし、あれだけ苦労して設定した「パワーショット」は一度も使われることはなかった。
なぜなら……。
「あのさ。いい加減に手を離した方が」
「だ、だいじょうぶです! まだ行けます!」
「いや行っちゃダメだよ」
結局、ロコは俺の手を絶対に離そうとしなかったからだ。
この縛りプレイをいつまで続ける気なんだろうか。
ただ、近くで見守ったことでロコの強さの秘密は少しずつ分かってきた。
一つは弾道予測が異常に正確だということ。
本人は別に特別だと思っていないようなのだが、銃口からその弾道を予測する能力に長けている。
というか、今では銃を構えただけで弾がどう飛んでいくか感覚的に分かるらしい。
もちろんこれは、魔弾が重力だの風の抵抗だのを受けずにまっすぐ飛ぶから、という前提があるんだろうが、それにしたって意味の分からない精度である。
それから無駄のない動き、だろうか。
これはジェネシス限定の現象らしいが、自分で思った通りの場所でブレもなく動きを止められるようになったらしい。
正確な弾道予測と無駄のない動きによって、ロコは異様な速さで敵を照準し、撃つことが出来ている。
あとは意外に思い切りがよく、メンタルが強い、というのもある。
銃を撃ったあとはそのまま弾が当たったかどうかを確認したくなるものだと思うのだが、ロコは気にせず次の敵を探すか連射する。
この辺は自分が攻撃を外すことはないという自信が隠れているのかもしれない。
「しかし、ノンストップで推奨レベル20まで来るとはなぁ」
初心者プレイヤーが初日にクリア出来るのは大体推奨レベル5程度まで。
そして、初期職業やプレイヤーの適性にもよるが、推奨レベル10で一つの壁にぶつかる、と言われている。
強力な初期装備の力があるとはいえ、尋常な速度ではない。
しかも……。
「あ、あの。そういえば、わたしのレベル、まだ1から上がってないみたいなんですけど」
ロコのレベルはまだ1。
これではるかに格上のモンスターを葬り去っているのだから、驚くしかない。
「言ったろ。シミュレーターで敵を倒しても、基本的に経験値は入らないんだ。やっぱりシミュレーターにこもるのが経験値効率最大、なんてなったらゲームとしてバランス悪いだろ」
「じゃ、じゃあ、シミュレーターで戦ってるだけじゃ、転職ができるレベル20には……」
「ああ、いや。その代わりにクリアで経験値がもらえるミッションがある。あんまり多くはないけど、初回のみ報酬がもらえるタイプだと結構上がるのもあるぞ。ほら、例えばこの推奨レベル100のサイクロプスのミッションなんかだと、レベル20と言わずに塔卒業ラインのレベル50まで一気に上がるんじゃないかな」
「す、すごいです、ね?」
まあ、そんなもんがクリア出来るなら大抵とっくにレベル50なんて過ぎてるだろうが。
「ただ、俺は最初の間は無理にレベルを上げなくていいと思ってるんだ」
「え? で、でも……」
ゲームはレベルを上げるもの、と考えている人には、ちょっと分からないかもしれない。
「俺は、ジェネシスで一番大切な技能ってのは、格上を相手に立ち回る技術だと思うんだ」
「格上と……?」
「もちろん格下をどれだけ効率よく倒せるか、も重要だ。だけど、ジェネシスでは時に理不尽な強敵が襲ってくることもある。今はもう、試験稼働の時とは違う。死んだら終わり、の状況では、非常時にどれだけうまい対応が出来るかが生存率に影響するんだ」
「ルキさん……。わたしのことを、考えて……」
ウルウルとした目で俺を見てくるロコ。
最近感動のハードルが下がってないだろうか。
大丈夫かな、この子。
「それに、シミュレーターでは敵を倒しても経験値はもらえなくても、アビリティポイントはもらえる」
「え、っと。アビリティを覚えるのに必要なポイント、でしたっけ?」
「ああ。それに、アビリティポイントにもレベル補正はあるから、レベルが低い方がたくさん稼げたりもするんだ。だから、まずはあえてレベルを抑えることで格上との戦い方を学びながら、今はアビリティを充実させることを最優先にしていこうと思う」
「わ、分かりました!」
元気のいい返事。
しかし、ここで俺はロコの顔を曇らせる、無情な決断を下した。
「それから、次からのミッションはロコ一人でな」
「そ、そんな……!」
言葉と同時に、握っていた右手が、ぎゅうぅぅ、と握りしめられる。
痛い。
「あっ、ご、ごめんなさい! で、でも、一人でなんて……」
手の力は緩めたものの、不満を隠さないロコだったが、これは遅すぎるくらいだ。
まさかロコと共闘する訳にもいかないし、ロコは俺がいると手を離そうとしないし、チラチラと俺の様子を見てくる。
どう考えても一人でやった方が強い。
「ずっと見てあげたいのはやまやまなんだけど、俺だって、自分の訓練をしなきゃいけないしさ」
「あ、う……それは。たしかに、ルキさんの邪魔は、したくないですけど……」
正直、ロコの奮闘に触発されたというのもある。
失望されたりしないためにも、もっと強くならないと。
「大丈夫。俺の方からはミッション中でもロコのシミュレーターの状態をモニター出来る。ミッションが終わったらすぐ駆けつけてアドバイスするし、最初のうちは外から観戦モードで見守ってるからさ」
「う、うぅぅ……」
ロコはしばらくうなっていたが、やがて顔を上げると、上目遣いに俺を見て尋ねる。
「あ、あの……。ルキさんは、わたしが一人でミッションをクリアできたら、ほめてくれます、か?」
「ああ。当たり前だろ。そりゃもうめっちゃくちゃ褒めるよ」
口ぶり的にここがターニングポイントと思った俺は、勢い任せに言った。
「わ、わかりました! がんばります!!」
「あ、ああ。でも、あんまり無茶はするなよ。無理だと思ったらメニューから『ミッション放棄』を選んで離脱するんだぞ」
こっちが引くレベルでやる気を漲らせるロコ。
これはこれで不安になるが、いいことだと考えよう。
「はい! じゃあ行ってきます!」
「ああ。いってらっしゃい」
俺がそう言って見送ると、ロコはシミュレーターに進めようとしていた足をピタリと止めた。
そしてゆっくりと振り返ると、
「……い、いまの『いってらっしゃい』って、もう一回言ってくれませんか?」
「いいから早く行けって」
俺に背中を押されてキャーキャー言いながら、やっとシミュレーターに向かったのだった。
※ ※ ※
初めのうちはロコの様子が気になり、こっちの訓練はそっちのけでロコのシミュレーターに張りついてその様子を眺めていた。
ただ、心配の必要はなかったようで、やはりロコは単独で潜らせた方が戦績はよく、同じステージでも明らかに速く、そして効率的にミッションをクリアしていく。
俺の主な仕事は、ミッションクリアしてこちらに駆けよってくるロコを受け止め、頭をよしよしと撫で、次のミッションに送り出してやることになった。
しかし、いくらロコがすごいと言っても、ゲームはプレイヤースキルだけで勝負が決まる訳じゃない。
流石に銃の強さだけで勝負を決められるのは推奨レベル15程度まで。
20を超えた辺りからは魔物も魔弾のヘッドショット一発では倒れなくなり、ロコが苦戦する場面も増えてきた。
特に、俯瞰視点で全体を捉えていると、ロコの動きの至らない部分も見えてくるし、そこは指摘しない訳にもいかない。
最初はロコを傷つけないように、言葉を選んで注意をしていたのだが、やがて恐ろしい事実に気付いた。
――あ、この子、しかられるのも大好きだ、と。
褒められるとすごく嬉しそうなのだが、注意をされても同じくらい幸せそうな顔をする。
いや、そのあとの動きを見ると改善されているので、話を聞いていないという訳ではないのだが、どうも褒めるにしろしかるにしろ、かまってもらえるのが嬉しいらしい。
なんとなく闇を感じなくもないが、そのおかげなのかなんなのか、時間が経ってもロコのモチベーションは全く衰えることはなく、破竹の快進撃を進めていく。
最初は5から始まったミッションの推奨レベルも、今ではついに30が見えるところまで来ていた。
――というか、ちょっと頑張りすぎなんじゃ。
メニュー画面を見ると、現在の時刻は午後七時半。
もう夕飯時としても遅い時間だ。
シミュレーターで戦い始めたのは、昼のチャットが終わり、昼食を食べたあとの午後二時くらいから。
そのあとはぶっ続けでずっとシミュレーターにこもり続けていることになる。
俺も大概な自覚はあるが、二日目からいきなりこれ、というのはちょっと異常ではないだろうか。
「な、なぁ。ロコはいいのか? もう何時間もぶっ続けでずっとやってるけど、その……」
「だいじょうぶです! まだまだ行けます!」
「そ、そっか。じゃあ、もうちょっと、頑張ろう、か」
本当は止めるべきなのかもしれないが、ロコの家庭環境を知って、救いになる場所を作りたいと言い出したのは俺だ。
自分の状況をかんがみても、ここで俺が口を出すのも何か違う気がした。
「……なら、次はこのミッションだ。ロコならクリア出来ないことはないと思うが、気を付けるんだぞ」
「はい! まかせてください!」
そろそろ最後にしよう、と思いながらも、ロコを「いってらっしゃい」と送り出し……。
そして、事件は起きた。
※ ※ ※
それは、俺がロコの隣のシミュレーターを起動させ、ミッションで数匹のモンスターと戦いを始めた直後のことだった。
――ピピピピピピ!
という耳障りなアラームの音が、俺の集中を乱す。
だがその時、俺の意識はもう、目の前のモンスターには向いていなかった。
ジェネシスでは、任意の状況でアラームが鳴るようにセットが出来る。
この音は、このアラームが示す、状況は……。
――ロコ!
心の中で叫ぶと、俺はメニュー画面を操作する手間も惜しんで、急いでミッションを終了させた。
「――っく!」
一瞬にしてシミュレーションルームに戻った俺は、突然の環境の変化に一瞬だけ立ち尽くす。
しかし、すぐに首を振って違和感を追い出すと、隣のシミュレーターに駆け寄った。
見た瞬間、ぞわっと背筋が震えた。
そこには俺が来たことにも気付かず、シミュレーターの前で自分の身体を抱くようにして震えるロコの姿があった。
「ロコ……」
優しく声をかけ、そっと肩に触れる。
ロコはその瞬間こそ、「ひっ!」と息を呑んで怯えた様子を見せたが、その瞳に少しずつ理性が戻ってくる。
「ル、キ……さん?」
その虚脱した様子に、俺は確信する。
「俺の方に、通知が来たんだ。ロコはさっき、初めて死んだ……んだな?」
「あ……っ」
それは問いかけではなく、単なる確認だった。
その時の恐怖を思い出したのか、ロコの震えが大きくなる。
――初めての死というのは、特別だ。
ジェネシスでは痛みなどの感覚はある程度鈍化されるとはいえ、致命傷になりえるほどの怪我を負い、そして自分が消えていく瞬間を体験するというのは、恐ろしいものだ。
死亡理由で一番ポピュラーなのはチュートリアルだが、その大半がトラウマとなって、数日はログインを控えるという。
あるいはそのままジェネシスを辞めてしまった人間も多かったのではないか、というのが、先輩プレイヤーから聞いた話だ。
そして、ロコが初めての死を体験した証は、彼女の正面にあった。
あなたは死亡しました ミッションに再挑戦しますか?
シミュレーターに浮かんだ無機質な機械の文字が、ロコの初めての敗北をはっきりと示していたのだ。
「あ、あ、うぁ……」
自分の死の瞬間を思い出してしまったのか、その瞳に涙が盛り上がる。
ロコはきっと、俺にしがみついてくるのではないかと思った。
しかし……。
「ご、めんな、さい」
「ロ、コ……?」
ロコはますます身体を震わせると、俺を、ほかならぬ俺を、怯えた目で見たのだ。
「な、何を、言って……」
「ルキさんが、がんばれって。わ、わたしならできるって、言ってくれたのに……」
「それは……」
確かに、言った……かもしれない。
でも、そんな深い意味があった訳じゃない。
口にした俺でさえ忘れてしまうような、単なる場つなぎの言葉で……。
それがなんで、何でこうなるんだ?
俺はその時初めて、ロコの抱える「異質さ」に向き合ったような気がした。
そして、その沈黙がよくなかった。
黙り込んでしまった俺を見て、ロコは何を思ったのか。
「だ、だいじょうぶです!」
「え?」
間抜けな顔を晒す俺に向けて、見ていて痛々しいほどの笑顔を、ロコは作ってみせる。
「わ、わたし、がんばります。もっと、がんばれますから」
ロコは目に涙をにじませ、歯の根も合わぬままで、それでも再挑戦のボタンを押そうとする。
俺はそれを、慌てて止めた。
「な、何やってるんだよ! 今は無理だって、ちょっと頭を冷やして……」
「いや、いやです! また、見捨てられるのは、もう……!」
「大丈夫! 大丈夫だから!」
暴れるロコを、俺は必死に押さえつける。
どんな天才的なプレイヤーでも、ロコは小さな女の子だ。
プレイヤー同士の接触では、能力値による補正は働かない。
俺は何とかロコの手を封じると、その目を覗き込んだ。
「落ち着いて、ロコ。俺はロコを見捨てたりしない」
「みすて……ない?」
「俺は、ロコを心配してるだけだよ」
「わたし、を……」
やっと、ロコの目に落ち着きが戻ってくる。
それを見計らって、俺は声をかける。
「それで、何があったんだ? つらいとは思うけど……」
とにかく話を聞かなくちゃ始まらない。
促すと、ロコは上ずった声で話し始めた。
「て、敵の中に、人型の、オオカミが、いたんです。何度撃っても、ぜんぜん、倒せなくて、すごくはやくて、それで……」
メニューから離脱を選べばいつでも撤退出来るとは言っても、戦闘の最中にメニューを開き、離脱の項目を選び、さらに出てくる確認ダイアログを選択するのは時間がかかる。
それが激戦であればあるほど離脱は困難だ。
敵が速度の速い獣人型だったというのなら、なおさら死ぬ前に撤退をすることは難しかっただろう。
それに、俺はそのモンスターに心当たりがあった。
「人型の狼……ルーンウルフ! 魔法耐性か!」
完全に頭から抜け落ちていた。
かつて俺が倒した「ルナティックルーンウルフ」も、高い魔法耐性を持っていた。
その下位種に当たるルーンウルフも、当然のように魔法耐性持ちだ。
原則として、あらゆる攻撃は物理か魔法かの二種類に分けられる。
そしておそらく、ロコの魔弾は武器攻撃でありながら、「魔法」属性を持つのだろう。
推奨レベル30は、トリッキーな動きをするモンスターや、特定の属性に耐性を持つモンスターが多くなり、攻撃手段に多彩さが求められる時期だ。
あらかじめ自分の武器の特性や、出てくる敵の特性を調べておくべきだったのに、俺はそれを怠ってしまった。
「……ごめん。これは、俺のミスだ」
頭を下げる。
すると、ロコはさっきまでの悲壮な態度はどこへやら、慌てた様子でせわしなく手を振った。
「そ、そんな! ルキさんに、わるいとこなんて……」
「いや、敵に攻撃が効きにくい相手がいるかもしれないことくらい、ちゃんと伝えておくべきだった。だから、ごめん」
ただ、ロコはやはり納得がいかないようだった。
「でも、それでも負けたのは……」
「じゃあ、これは俺とロコのミスだ。それでいいだろ?」
俺が言い切ると、ロコは目を丸くして、おそるおそる聞いた。
「ルキさんでも、失敗することなんて、あるんですか?」
「……失敗してばっかりだよ、俺は」
「そんな……」
胸からこみ上げる苦いものを呑み込んで、俺は無理に笑顔を作る。
「それに、死ぬのが怖いのは、普通だよ。ほら、ギルドにリューっているだろ。あいつなんて、いまだにシミュレーターで死ぬ度に胃の中身全部吐き出すって言ってたぞ」
「あのリューさんが?」
確かに、人前ではいつも飄々としているあいつがそんな風になるなんて、想像はつかないかもしれない。
ただ、擬似的にであれ、「死ぬ」というのはそれくらいの重さを持ったことなのだ。
「いいか、ロコ。たとえ偽物であっても死を怖がるのは普通だし、死ぬのに慣れる必要もない。ロコは自分の出来る範囲でゆっくり、強くなっていけばいいんだ」
「ルキ、さん……」
そう……。
そのくらいの時間は、俺たちが稼ぐから。
「元々俺たちははぐれ者の変わり者なんだ。そのくらいでロコを責める奴なんて、誰もいないよ」
「……はい」
俺の言葉にやっとロコはうなずいて、少しだけ笑顔を見せてくれた。
「さ。とにかく今日はこれで終わりにしよう」
「え? でも……」
「ちょっと根を詰め過ぎだ。それに俺も、このあとに用事があるんだ。今日はおしまいにしよう」
「そういうことなら……」
そして、ロコがうなずいたのを確認するやいなや、俺は素早く動いてその小さな身体を抱え上げた。
突然抱きかかえられたロコが、動転した声をあげる。
「え? あ、あの!? あのっ!?」
「きょ、今日のお詫び。ラウンジまで、これで連れていってあげるから」
ちょっと気障ったらしい台詞だっただろうか。
自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
だが、今日、はっきりと分かった。
ロコが俺に過剰に甘えてくるのは、きっと不安の裏返しだ。
だからこうやって少しずつでも好意を示すことで、ロコの不安をぬぐってやりたい。
俺は、そう考えていたのだ。
「……よ、よろしくおねがいします」
そして顔を赤らめ、恥ずかしそうに俺に身体を預けるロコを見ると、きっとこの選択は間違いじゃないと、素直に思えた。
腕の中に確かな重みを感じながら、俺は歩き出す。
「えへ。ルキさんにこうやってなぐさめてもらえるなら、死んでみるのもわるくないかもしれないですね」
「こら! 冗談でもそんなこと言うな」
「ごめんなさい……。でも、だいじょうぶですよ。やっぱりわたしも、死ぬのはヤですから」
おどけた風に笑ってみせながらも、やはりそこには、初めて体験した死への恐怖が色濃く残っている。
だからきっと、大丈夫だ。
いくらロコだって、ただ俺に甘えるためだけに仮とはいえ死んでみせたりはしないはず。
ただ、なぜか一瞬だけ。
恋人に会いたい一心で放火事件を起こしたという有名な昔話が頭をよぎった。
――考えすぎ、だよな。
俺は馬鹿な考えを首を振って追い出すと、ロコを抱えたまま、ラウンジへと向かったのだった。
と、そこで終わっていれば綺麗だったのだが。
「……あ、しまった」
「ふぇ?」
いざシミュレーションルームを出ようというところで、俺はちょっとした忘れものに気付いた。
自分の方のシミュレーターをほったらかしにしていたことを思い出したのだ。
「わ、悪い。ちょっと待っててくれ」
ロコに偉そうに説教した手前、ちょっとばつの悪い気持ちになる。
とはいえ、あの時はロコが死んだと知って動転していたし、一分一秒でも早くロコのところに駆けつけなくてはいけなかったので、しょうがないだろう。
俺はロコをその場に下ろすと、証拠隠滅とばかりに足早に自分のシミュレーターの前まで戻る。
そして、画面に大写しで表示された「あなたは死亡しました ミッションに再挑戦しますか?」の問いに「いいえ」を選ぶと、急いでシミュレーターの画面を閉じたのだった。
電気は大切に!
次回更新は……あ、でも普通に何とかなりそうな気も




