第十七話 最高の場所
間に合わなかった、ではなく、二十二分もタイムを縮めた、と考えよう
努力型の熱血主人公と年下の健気ヒロインのコンビって、これは結構王道ポイント高い気がしてきた
「え、えいっ!」
気の抜けるような掛け声と共にロコが魔弾を撃ち放つ。
その声の緊張感のなさとは裏腹に、その射撃は神がかっていた。
隣から見ていても何が起こっているか分からないほどの早業で、ロコは魔導銃を四連射する。
その弾丸はまるで、モンスターの方から弾に当たりにいったのではないか、と錯覚させるほどに鮮やかに魔物たちの額の中心を捉え、ドサドサ、という重なった音と共に全ての魔物が倒れた。
それは、最初のゴブリンの時と同レベルの精度と速度。
……いや、もしかするともっと上がっているかもしれない。
本当に末恐ろしい才能だ。
今ですらこのレベルなら、これから経験を積んでスキルを活用し始めたらどこまで伸びるのだろうか。
俺は思わず身震いする。
……と。
くいくい、とつながった手を引かれて、俺はロコをほったらかしにしていたことに思い至る。
ロコは、口にこそ出していないが、もうすぐ餌がもらえるのを分かっている子犬のように、ワクワクとした目でこっちを見上げている。
「よ、よくやったぞ! すごいな、ロコは!」
俺はロコの頭をわしゃわしゃと撫でた。
こんなの普通の女の子にやったら髪の毛が乱れると怒られそうだが、ロコはむしろぐいぐいと俺の手に頭を押し付けてくる。
「えへへ! ルキさんのおかげです!」
何が俺のおかげかは分からないが、ロコはとにかく嬉しそうだ。
家庭で色々あったようだし、褒められる、という経験が新鮮なのかもしれない。
この喜びようをみているとずっと撫でてやりたい気持ちにもなるが、
「だけど、分かってるよな? 次の敵は……」
次に出てくるモンスターは、これまでとは訳が違う。
低レベルとはいえ、「遠距離攻撃をしてくるモンスター」なのだ。
しかし、ロコもその辺りはきちんと心得ていたらしい。
「わかってます! 絶対に、絶対に倒します!」
怖いくらいに真剣な目をする。
――こんな表情も、出来るんだな。
明確に自分に脅威になりそうな相手を前にして、ようやくロコも戦闘モードになったらしい。
まあ、そう言いながらも左手は俺と手をつないだままなのだが、ここで下手なことをしてせっかく高まっている様子の集中を乱すのもよくないだろう。
――この気負いが裏目に出なければいいが。
俺がそんな心配をした直後だった。
「――来た!」
木々の陰から弓を持ったモンスターの姿が現れる。
そいつは素早い動作で弓に矢をつがえると、ロコに向かって放つ。
「ロコ!」
思わず叫んでしまうが、俺の思っていた以上にロコは冷静だった。
ロコは自分に矢が迫っていても平常心を失った様子もなく、むしろいつもよりも落ち着いた様子で銃を構え、引き金を引く。
一発目の魔弾は飛んできた矢を撃ち落とし、ほぼ間を置かずに撃ち出された二発目の魔弾が、十数メートルは離れた場所にいたコボルトアーチャーの頭を貫いた。
あっけないほどの、一瞬の幕切れ。
だが、これで勝負ありだ。
――心配する必要もなかったな。
たったの二発で勝負を決めたあと、ロコはもはや終わった獲物に興味はない、とばかりにいつものように銃口を下ろし、
「えっ?」
ほんの少しだけ狙いを変えた状態で続けざまに発砲。
さっき四匹の魔物をほぼ同時に倒した時以上の連射で魔弾が次々に撃ち出され、その手に、足に、身体に突き刺さり、コボルトアーチャーは銃撃の衝撃で踊るように空を舞って倒れることすら出来ずに消えた。
……え、いや、その、オーバーキルじゃないですかね?
俺が内心ドン引きしていると、ロコは何だかやりきった顔をして俺を見上げて嬉しそうに笑った。
「ルキさん! 仇は取りました!!」
「あ、うん。あ、ありがとな」
……仇。
いや、まあそういうことになるんだろうか。
何を隠そう、このステージは推奨レベル十、「獣人の襲撃」。
俺たちが最初に挑み、最後に俺の油断からコボルトアーチャーに殺されて失敗したあのミッションなのだ。
というか、俺より明らかに速いタイムでコボルトを殲滅出来るロコに偉そうに語って、最終的にアーチャーに殺された俺って相当馬鹿みたいなんじゃ……。
いや、流石に調子が万全だったらあんな奴に負けなかったのに、と俺が内心で負け惜しみを言っていると、
「ル、ルキさんの教えを守ったおかげで勝てました! ルキさんの教えを守ったおかげで!!」
やたらと俺のおかげを強調して慰めてくれる。
本当にいい子だ。
「た、ただ、最後はちょっとよくなかったかな。SPも有限なんだから出来るだけ無駄弾は使わないようにしないと」
流石に、注意するべきところは注意しないといけない。
俺が心を鬼にしてそう言うと、ロコもハッとしたように口元を押さえ、ぺこっと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 次は矢を撃たれる前に倒しますね!」
違うそうじゃない。
と、まあ、全く欠点がない訳でもないが、初日でこれというのなら成果は上々以上だろう。
……俺なんて、こいつらを自力で倒せるようになるまで三週間くらいかかったのに。
「まさか、ここまでとはなぁ……」
初日で獣人の襲撃をクリアした、というだけですごいのに、ロコはいまだにスキルもアイテムも何も使っていない。
しかも、左手でずっと俺の手を握ったままで、ついでに三秒に一回くらいのペースで俺の方をチラチラと見てくる、という舐めプでのクリア。
その伸びしろは想像もつかない。
「次は? 次は何をしますか?」
ロコも今は自分の力を試したくて仕方ないのか、俺にすぐ次のミッションを催促してくる。
「そうだな。……じゃあ、これにするか」
俺が選んだのは、推奨レベル八のミッション「コボルト百人斬」。
もう字面だけで全てが分かる耐久型のステージだ。
「ひゃ、ひゃくにん、ですか?」
「大丈夫、大丈夫。百人斬って言っても少しずつしか出てこないから。SPも自然回復分で十分足りるよ」
俺が請け負うと、すぐにロコは納得してくれた。
「わ、わかりました! じゃあすぐに……」
「ただし、今回はロコ一人だけでな」
と、俺が言うと、ロコはまるでこの世の終わりみたいな表情になった。
「そ、そんな顔するなって。これからロコとここで生活することになっただろ。今のうちに色々と設定を変えておかないといけないんだよ」
「ルキさんと、生活……」
何が琴線に触れたのか、ロコの機嫌が上向きになる。
これなら何とかなりそうだ。
ここにロコを一人残しておくことに不安がない訳ではないが、コボルト百人斬は一匹ずつ出てくるコボルトをただ斬っていくだけのステージなので、難易度は大したことがない。
ロコの実力なら遅れを取ることはまず考えられないし、コボルトは一匹ずつしか出ないからどうしたって時間はかかる。
そういう意味でもちょうどいいはずだ。
ロコにも今回のミッションはそこまで危険じゃないと話すと、悲しそうながらうなずいて、
「……わかり、ました。早く、来てくださいね」
と納得してくれた。
こんなやりとり、前もしたな、と思いながら、俺は最後にロコの頭をくしゃくしゃと撫でて、シミュレーションルームを出たのだった。
※ ※ ※
「さて……」
ロコと別れた俺は、ラウンジまで戻ってきていた。
塔の設定を変更するには、ラウンジにあるターミナルからメニュー画面を開く必要があるからだ。
とにかく、ロコと長い時間を過ごすことを考えるなら、整理しておかなければいけないことがたくさんある。
俺は手早く管理画面を開くと、設定を変更していく。
まず、ロコがいじっても問題のない部分については一般に操作権限を解放する。
購買や倉庫関係、特に食料などについては、俺に頼らずに出し入れ出来た方がいいだろう。
キッチンや医務室などについても、きちんとロコが単独で使用出来る設定になっているか確認していく。
……と、ここまでが表向きの作業。
この程度の設定をするだけなら、ロコと一緒にラウンジに来た時についでにやればいいだけだ。
俺がロコに時間のかかる課題を出したのは、この作業を見られてはいけないから。
ここからが、ロコには言えない今回の本題だ。
シアとも話したが、今のままではロコに見せられないものが多すぎる。
それらがロコの目に触れることのないよう、設定をしていかなければ。
一番気をつけないといけないのはやはり出入り口か。
とりあえず開閉の権限を管理者だけにして、ロコが迂闊に外に出ないように対策する。
逆に、ロコと話をすることも多いし、シミュレーションルームは安全地帯としてもいいだろう。
それからライブラリも一部のものを覗いて閲覧制限をかけて、ランキングは表示しない設定に、天秤は……流石に隠せないか。
一通りの設定をして、最後に見落としがないか、確認して……。
「しまった! 最上階のテラス!」
肝心な場所を閉じておくのを忘れていた。
俺は慌ててテラスへ通じるドアの設定を変更し、一息ついて、
「……これじゃ、籠の中の鳥、だな」
不意に自分がとんでもなく馬鹿なことをしている気がして、自嘲気味に笑う。
こうやってジェネシスの荒廃をロコから隠すのが、果たして正しいことなのか、俺には分からない。
ロコのゲームへの適性は、最初に想像していたよりもずっと高い。
これならすぐに俺が教えられることなんてなくなってしまうだろう。
だけど、せめて、それまでの間くらいは……。
そんな身勝手な祈りと共に、俺はシミュレーションルームに戻ろうと振り返って、
「え?」
俺の後ろに、いつのまにかロコが立っているのに気付いた。
「えへへ! 来ちゃいました!」
「な、なあ、ロコ。今の……」
まさか、聞かれてしまっただろうか。
俺は冷や汗をかくが、
「いまの、ってなんですか?」
きょとんと首を傾げるロコの姿に、どうやら最悪の事態は回避出来たようだと胸をなでおろす。
「い、いや。それよりもうミッションは終わったのか?」
「はい! 早くルキさんに会いたくて、巣穴を見つけて殲滅してきちゃいました!」
あのステージ、自分から攻めることも出来たのか。
あ、いや、でも……。
「ま、待った。それだとSP足りなくならないか? 自然回復じゃ……」
「巣穴にはコボルトさんがまとまってたので、一発で三匹以上倒すようにしたら余裕でした!」
恐ろしいことをさらっと口にする。
本当に末恐ろしい才能だ。
「あ、あの……」
俺が呆然としていると、ロコが不安そうな、どこか物足りなそうな目でこっちを見ている。
何か間違えただろうか、とうしろめたさと共に考えて、ロコが少し頭を突き出し気味にしていることでやっと察した。
「……ああ、すごいな。よく頑張った」
「えへへ」
いつものように、頭を撫でる。
だが……。
嬉しそうに目を細め、何の不安もないというようにされるがままになっているロコを見て、余計に罪悪感がこみ上げた。
ロコが本当にジェネシスに望んでいたのは、どんな光景だったのだろう。
地球では見られないような絶景や不思議なものを見て感動したり、同年代の友達とパーティを組んで楽しく騒ぎながらダンジョンを探検したり、ファンタジー世界の住人を見てはしゃいだり。
本当は、そんな未来を望んでいたかもしれなくて、そして、そんな未来が待っているべきだったのに。
「ロコは、嫌じゃないか? こんな殺風景な塔に閉じ込められてさ」
「え?」
その問いは、俺の罪の意識が言わせたものだったが、
「そんなことないです! わ、わたし! ここは最高の場所だと思います!」
ロコからは、想像以上の熱量の言葉が返ってきて、驚いてしまう。
その反応に、自分の言葉がうまく伝わってないと考えたのか、ロコはまくしたてるように続ける。
「だ、だって、朝起きてラウンジに行けば少し待つだけでルキさんと会えておはようって言えます! おいしいご飯をルキさんが作ってくれて、それをルキさんと二人でいっしょに食べるのはすごくしあわせです! シミュレーションのモンスターはちょっと怖いですけど、倒せばルキさんがたっぷりほめてくれて、次はもっとがんばってもっとほめてもらおうって思えます! お昼になるとたくさんの人とチャットでお話ができますし、自分だけの部屋とふかふかなベッドがあって、それに、それに……」
自分の気持ちに言葉が追いつかないのをもどかしく思うように、ロコはブンブンと首を振ると、力強く言い放った。
「とにかくここは、天国みたいな場所だと思います!!」
しばらく、言葉が出なかった。
だが、そこまで強く言われると、俺がそれを否定するのも何だか違うような気がしてしまう。
「……ロコがここを気に入ってくれて、俺も嬉しいよ」
「はい! すごく気に入ってます。だから、その。心配しないでください!」
心配をしていたはずが、逆に心配し返されてしまったらしい。
苦笑する俺に、ロコはいつものように俺の手を取ると、
「――わたしは、カゴの中でも平気ですから、ね」
曇りのない笑顔で、そう言ったのだった。
なおここまでずっと水着
次回更新はたぶん二十四時間後くらい!!




