第十三話 あのクソみたいなチュートリアル その四
……おや!?
ストックの ようすが……!
「えげつねェな……」
それが、最後の試練に挑まされる俺の偽らざる心境だった。
考えてみれば、不自然だった。
「あの」ローミーがなぜ、試練が終わってもいないのにご褒美とも言えるガーディアンの作成を急がせたのか。
それに、ガーディアンがつけている鎧。
チュートリアル用の装備となっていたが、冷静に考えれば特に戦う必要がない状況で特別な性能の鎧を用意する意味もない。
――全てはこの試練に向けて、計算され、仕組まれていたことだったのだ。
「最後の試練のルールは単純。自分のガーディアンと戦って倒せばいいだけさ。だから、今回の試練ではほかのプレイヤーの介入は制限させてもらう。とは言っても、別に助言したら即失格、とは言わないよ。ただ、ガーディアンをほかのプレイヤーに倒してもらうのはダメってことだね。これに違反したら、即座にゲームオーバーでキャラデリートということにさせてもらう。ズルはいけないよね、ズルは」
そう話すローミーは、いつも通りに、いや、いつも以上に楽しそうだ。
「心配しなくても、ガーディアンだってちゃんとした有効打を入れれば問題なく倒せる相手だよ。有効打を入れれば、ね」
もちろん、ローミーの意図は見え透いている。
ガーディアンの身体は、一部の隙もなく防具で固められている。
それも遮断率100%、耐久無限のチート装備によって、だ。
唯一の例外は、顔。
そこだけ狙ったかのように防具のない頭は、同時に人型キャラクターの弱点でもある。
正確に頭を狙い撃つことが出来れば、俺はこのガーディアンに勝つことが出来るだろう。
でも、言ってもいいか?
ローミーの、このチュートリアルの性格の悪さは俺も承知していた。
だが、それでも……。
「――理想の相手を作らせておいて、その顔を剣でぶち抜いて殺せって、どんな嫌がらせだよてめえええええ!!!」
完全にぶちギレた俺の叫びにも、ローミーは「あはははは!」と笑って返すだけ。
ほんとにこいつ、性格がねじまがってやがる。
「ま、ルキ君もやる気十分みたいだし、試練を始めてもらおうか」
「ば、馬鹿、待っ……」
「試練、開始!!」
当然奴が俺の言うことを聞くはずもなく、無情にも最後の、そして最悪の試練の幕が開く。
「く、そ。やるしか、ないのか?」
ルカと瓜二つのその顔には、何の感情の色も乗ってはいない。
ただ、「俺を倒す」という指令を実行するため、機械的とも言える動きで淡々と俺に近付いてくる。
「なぁ! もし俺がここで、ガーディアンを倒したら……」
「大丈夫大丈夫! もちろん試練が終わったらすっきり元気に復活するよ。というか、ガーディアンは召喚獣だからね。死んでも再召喚すれば何も問題はないんだ」
「なら……」
なら、ここで俺が倒してしまっても大丈夫なはずだ。
俺は一思いにケリをつけるべく、ガーディアンに剣を向けるが、
「……やっぱり無理だろこれぇ!!」
すぐに下ろしてしまう。
いや、だってさ。
目の前に理想の顔、というか、うん、知り合いと同じ顔をした相手がいるんだぞ?
それを本人の目の前で斬殺とか、ハードル高過ぎるだろ!
「うーん、青春してるねぇルキ君。でもいいのかな? ガーディアン君はやる気みたいだよ」
その言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、ガーディアンが動く。
手にした剣、それもチュートリアルソードよりも何倍も豪華な装飾の剣を使って、俺に斬りかかってくる。
「ど、わあ!」
一瞬、剣で受けそうになったが、間一髪で堪える。
幸い、剣筋は単純で、それほど速くもない。
ギリギリではあったが、かわすことが出来た。
「しかし、これは……」
厳しい、と言わざるを得ない。
俺にはまだ回復手段はないし、遮断率1の剣で受けてもほぼ無意味だ。
手や足で受けた方が、本体へのダメージは半分になるので、まだマシということまである。
あ、いや、待てよ。
このガーディアンは特別製の鎧を着ている。
だが、俺も鎧……ではないが、チュートリアル開始から服を着ている。
こいつの防具としての性能いかんでは……。
「あ、それはただの服だから防御力はないというか防具じゃないよ」
一瞬で望みは絶たれた。
最弱防具とかならともかく、まさか装備品ですらなかったとは。
「くそ、どうする? どうすればいい?」
繰り出される斬撃をかわしてはいるものの、いつまでもこれが続くはずはない。
というか、心持ち、剣筋が鋭くなっているような……。
「お、気付いたかな? ガーディアンは知能を持っているからね。戦いを重ねるごとに成長するんだ。いやぁ、わざと決着を長引かせてガーディアンの教育をしてあげるなんて、ルキ君は優しいなぁ」
今すぐにローミーをぶん殴ってあのニヤニヤ笑いを止めてやりたいが、そんな余裕もなくなってきた。
一振りごとにガーディアンの攻撃は激しくなり、攻撃がかする度に俺のHPが削られていくのが分かる。
「こ、のっ!」
怒りに任せて、攻撃してきた腕を斬りつける。
だが……。
「無傷……!」
思った通り、相手にダメージはない。
そりゃそうだ。
耐久無限の防具に攻撃したって、意味があるはずがない。
「こ、こうなったら……」
戦略的撤退だ!
あんな重い鎧を着て、まともに動けるとは思えない。
全速力で逃げれば……。
「ルキ!!」
俺の耳に飛び込む、初めて聞くルカの焦った声。
というか、俺の名前を呼んでくれたの、もしかすると初めてじゃ……。
なんて感慨にふける場合ではなかった。
振り向くと、ガーディアンが剣を大きく引き、こっちを見ている。
何やら不穏な気配。
俺が反射的に横に跳ぶのと、彼女がその言葉を口にするのは、同時だった。
「――スキルコール:スティンガー」
瞬間、俺の横を疾風が駆け抜ける。
ほんのわずかに遅れて、俺がほんの一秒前まで立っていた場所を、ガーディアンの剣が貫いていた。
もし、俺が回避行動をとらなければ、あの剣は俺の胸を貫いていただろう。
そう考えた瞬間、背中を冷たいものが走った。
「ガーディアンは優秀だからね。スキルも使えるんだ。今はその『スティンガー』一種類だけだけど、その技って一発で君を百回殺せるくらいのとんでもない威力を持ってるから、あんまり離れない方がいいんじゃないかな」
「早く言えよ!!」
叫び返すが、膝が震えそうだった。
あれを避けられたのは、半ば偶然だ。
近距離では剣。
離れればあの技が容赦なく飛んでくるということか。
この試練はどうあっても挑戦者を休ませるつもりはないらしい。
「ローミー! 私も試練を受ける! 早くガーディアンを」
「おや。じゃあ君の好みのタイプを……」
「まどろっこしい質問に答えるつもりはないわ。私のガーディアンは……」
ルカとローミーが何かを話しているが、俺に二人を振り返る余裕はない。
ガーディアンから繰り出される攻撃を必死でかわし、反撃を試みて……は顔を殴れずあきらめる、という流れを飽きもせずに何度も繰り返す。
今はまだ、かする程度で済んでいるが、これ以上ガーディアンが攻撃の仕方を学習をするとかなりやばい。
あと、俺を殺すべく攻撃を仕掛けてくるガーディアンの無機質な顔を見て、「あ、やっぱり美人だなぁ」と思ってしまう辺り、俺は別の意味でかなりやばいと思う。
「何か、何か、ないのか?」
俺はこのチュートリアルで様々なことを学んだ。
HPに遮断率、スキルやのけぞり、ブーストに部位破壊。
その情報の中に、この事態を解決する糸口が、隠れていないか。
俺は必死に思考を巡らせる。
そんな時、だった。
「――ルキ!!」
涼やかな声が、俺の名を呼ぶ。
反射的に振り向いた俺の視界に映ったのは、驚きの光景だった。
ルカと相対するのは、おそらく試練の相手である、彼女の作ったガーディアン。
だが、その容貌はまるで……。
「俺!?」
完全に、俺とうり二つのように見えた。
だが、俺が本当に目をむくのはそれからだった。
「は、あぁっ!」
ルカの身体が、動く。
俺とはまるで違う、ためらいのない動きで、ガーディアンの剣をかいくぐると、
「なっ!」
何の躊躇もなく、ガーディアンの顔を、俺そっくりの顔面を、剣で刺し貫いた。
すると、あっけないくらいに簡単に、ガーディアンは光の粒と変わって空に消えていく。
「ド、ドン引きするほどに鮮やかな手並みだね。ルカ君、合格だ」
ひきつった顔のローミーにそう口にされても、ルカは何の反応も見せない。
その目はただ、俺だけを見ていた。
俺にだって分かる。
彼女があえて今、試練を急いだ理由。
それは「顔かたちがどうであっても、私は戦うのを躊躇わない」という意志表明。
あえて俺と同じ状況を作って俺そっくりのガーディアンを倒すことによって、俺に対してエールを贈ったのだ。
「くっ!」
ガーディアンの猛攻をしのぎながら、俺はルカを見つめる。
ルカと、目が合う。
「ルキ、勝って。私は……」
ガーディアンを殺す選択をする時だって一瞬も躊躇わなかったルカが、そこで少しだけ、ほんの一瞬だけ、言い淀んだ。
それでも迷いを振り切るように、口を開く。
「――私は、あなたと、冒険がしたい!」
その言葉は、電撃のように俺の心を打った。
……そう、だった。
もう、ジェネシスのアップデートまで、時間がない。
ここでゲームオーバーになったら、もう一度キャラを作っている暇なんてない。
今ここで死んでしまえば、俺は二度とジェネシスをプレイすることは出来ず、ルカと冒険をする機会は二度と失われる。
そんなもの、認められるはずがない!!
すくんでいた足に、力が戻る。
空転していた頭が、働き出す。
さっきまでの俺は、たった一人で戦っているつもりだった。
ただ与えられた絶望に酔って、勝手に視野を狭め、退く覚悟も進む覚悟も決められずに、このままガーディアンに負けても仕方ないと、心のどこかで思い始めていた。
だけど、そんなものはまやかしだと、彼女の言葉が気付かせてくれた。
「……ありがとう、ルカ」
口の中で、小さくそうつぶやき……。
俺は一瞬だけ、ちらりと視線を巡らせ、俺の好敵手にして、未来の戦友の姿を捜す。
そして、別に俺に興味なんてない、と主張するようにそっぽを向いているその姿に苦笑して、ついに覚悟を決めた。
「う、おおおお!!」
躊躇いを、怯えを、迷いを振り切る。
先程までとは違う、しっかりと意志を持った動きでガーディアンの攻撃をかわし、そうして作った隙を突いて、ついに剣をガーディアンの顔に向け……ない!
代わりに身をひるがえして、全力でガーディアンと距離を取る。
横目に、ルカが唇を噛むのが見える。
「……悪い、な」
俺の選択は、彼女にとっては受け入れがたいかもしれない。
でも、ここまでチュートリアルに、ローミーに踊らされて、結局「思惑通りにガーディアンを倒しました」なんて結末じゃ、つまらない!
だって俺は……。
「――冒険を、するんだ!!」
叫びながら、反転!
左手を、ガーディアンの方向に伸ばす。
その形は、さながら銃。
「まさか!?」
ローミーの驚く声を聞きながら、指先で狙いを定め、そのキーワードを口にする。
「スキルコール:スナイプ!!」
そして、不可視の弾丸が目標を貫いたと思った瞬間、背筋を本能的な恐怖が駆ける。
――スティンガー。
ガーディアンが、俺に向けて必殺のスキルを放とうとしていた。
だが、それこそが俺の狙い。
「その軌道もタイミングも、もう覚えた!!」
スティンガーは、発動態勢になったらもう狙いを変えられない。
そしてあの一撃が、俺の胸を狙う軌道を描いていたのも、もう確認済み。
で、あれば……。
「スキルコール:ガード!!」
「スキルコール:スティンガー!!」
ガーディアンと俺の声が、重なる。
スキルによって決められた動きの通り、恐ろしい速度で剣を構えたガーディアンが迫ってくる。
ガードの硬直によって身動きの取れない俺は、それをただ、見守るだけ。
ガーディアンのスキル、スティンガーの威力は、俺を百回殺せると聞く。
ガードやジャストガードで防御力が上がっても焼け石に水。
きっと意味なんてないだろう。
だが……。
「腕の一本くらい、くれてやる!!」
スティンガーの切っ先が当たったのは、その軌道を予測して胸の前に回した、俺の左腕。
そして、ガード中の身体部位の遮断率は、二倍になる!
つまり……。
「ぐ、あああああ! いてええええ!!」
遮断率が100%になった俺の左腕は、粉々になって砕け散る代わりに、スティンガーの攻撃を全て受けきった!
そして、ジャストガードを成功させたことにより、ガーディアンはのけぞり状態になる。
これが、この試練の穴!
ガーディアンが鉄壁なのは、装備品の遮断率が100%だから。
けれど、全装備の遮断率が半分になるのけぞり状態なら、どうだ?
「ダメ! それじゃ!」
ルカの悲痛な声。
そう、確かに、のけぞらせただけでは足りない。
それだけでは、二つ目の試練で戦ったリンカーボアとの対決と、何も変わらない。
俺は防御態勢が解けず、せっかくガーディアンがのけぞり状態になっていても、手が出せない。
むしろ、俺の防御より先にガーディアンののけぞりが終わり、俺が一方的に攻撃される結末になるだけ。
だが、それは……。
――もし、俺が一人だったら、の話だ。
俺が目をやったのは、このチュートリアルにおける俺の好敵手にして、今回のパートナーとも言うべき相手。
それは当然、ローミーの横で俺を見守るルカ……ではなく、
「――ぶちかませ、リンカーボアァアアアア!!!」
ガーディアンの背後に迫っている、第二の試練で俺をふっ飛ばした、リンカーボア。
二度目の激昂状態になったそいつは、俺とボアの間にあった障害物――すなわちガーディアンのお尻を思い切り吹っ飛ばし、
「へ?」
「はぁああああ!?」
突然の背後からの攻撃に為す術もなく宙を舞い、光の粒子に変わっていくガーディアンの姿を見届けて、俺は勝利の笑みを浮かべたのだった。
積み上げた絆の勝利!!
次回更新はたぶん明日
チュートリアル完結編になる予定




