第十一話 あのクソみたいなチュートリアル その二
最初に謝っておきます
くっそ長いですごめんなさい
ルカが巻き藁を粉砕してから、俺は張り切ってリベンジマッチに挑もうとしたのだが、それはローミーに止められた。
いわく……。
「あー。もうルキ君も合格でいいよ。どうせ次で壊すだろうし、何の苦労もなく成功してるのを見てもつまらな……時間がもったいないからねぇ!」
あいかわらず本音がただ漏れだが、このチュートリアルクエストはこいつが仕切っているから仕方がない。
「さて、第二の試練はおまちかねのモンスター戦だ! 試練の内容は、あそこにいる『リンカーボア』を一匹倒すことさ!」
リンカーボア。
名前が示す通りのイノシシ型のモンスターのようだ。
ローミーが示す方向には、確かにそのリンカーボアらしきモンスターが十数頭ほど集まって、のんきに草を食んでいた。
「リンカーボアはさっき言ったスケルトンのような妙な耐性もないし、パラメータも君たちに勝るほどではない。幸いリンカーボアはあれだけいるんだから、見失う心配もないと来た。さ、ささっとやってささっと成功させてくれ」
「さあ! さあさあ!」とローミーが急かしてくるが、俺は動く気はなかった。
ルカには散々言われたが、俺にだって少しくらいの学習能力はあるのだ。
「いや、だってこれ、絶対近付いたら集団でボコられる奴だろ」
「そうね。それに、まだこの試練のテーマを聞いていないわ」
疑心にまみれた俺たちの言葉に、ローミーは「これだから擦れた若者って奴は」と嘆くように首を振った。
「はぁ。ほんと君たちにはがっかりだよ。血気盛んなプレイヤーが何も考えずボアたちに近付いてタコ殴りにされるのを見るのがこの試練の一番の楽しみなのに」
「だと思ったよ!!」
「……それで、今回のテーマは?」
ルカの絶対零度の視線がローミーを射抜く。
ローミーも、その人を人とも思わない、いや、ローミーはエルフらしいが、とにかくその視線には耐えられなかったのか、居心地が悪そうに言う。
「今回の試練のテーマは『アクティブスキル』だ。プレイヤーたちは大抵『スキル』とだけ呼んでいるね」
「アクティブスキル……」
「そ。ジョブ――職業に付随する能力の一つで、自分自身の意志で自発的に使うのが特徴だ。……ルキ君。君は自分のジョブがなんだったか覚えているかな?」
そこで、ローミーは俺と目を合わせると、唐突に尋ねてきた。
そういえば、ステータスを見た時に、確かメインジョブという欄に何か書かれていた。
確か……。
「『駆け出し冒険者』、よ」
俺が記憶からその名をさらうより先に、横からルカが答える。
「そう! 駆け出し冒険者は上限レベル0というチュートリアル時だけの特別なジョブで、その能力は全ジョブ中最低クラスと言っていい。ただ……」
ローミーはそこで、思わせぶりに言葉を切って、
「――そのアクティブスキルは、ある意味『最強』だよ」
心底楽しそうな笑みを浮かべながら、そう口にしたのだった。
※ ※ ※
最強、という言葉の響きに、俺は思わず固まってしまっていたが、
「チュートリアルでしか使えないなら、スキルが強くても意味がない」
隣にいる氷の視線の彼女は、全く意に介さなかった。
だが、ルカの反応は想定内だったのか、ローミーはなぜか嬉しそうに食いついた。
「ところがね! チュートリアルクリア後も駆け出し冒険者をサブジョブに設定することで、スキルだけは使うことは出来るんだ! そして、なんと駆け出し冒険者は全ジョブ中、サブジョブ設定率がダントツのナンバーワン! 九割以上のプレイヤーが、スキル目当てで駆け出し冒険者をサブに設定したことがあるってデータが出ているんだ!」
「きゅ、九割!?」
みんながやっている、という言葉に弱い日本人の性なのか、ついつい興味を引かれてしまう俺を、
「どうしてそこで丸め込まれそうになるのか、理解が出来ない」
特大のため息が我に返らせた。
ルカがあいかわらずの冷めた目でローミーと、そして俺を見ている。
「だ、だけど、九割ってのが本当なら……」
「どうせ、九割が設定した『ことがある』だけ。スタートした時にサブに設定出来るのがそれしかないから、とか、きっとそんな理由」
まさか、とローミーを振り返ると、奴は明後日の方向を見ながらわざとらしく口笛でエーデルワイスを吹いていた。
……うまいじゃねえか、ちきしょう。
「ま、まあ、駆け出し冒険者のスキルがよく使われるっていうのはまるっきりのでまかせじゃないよ。コンセプトは『基本技』で、直接の戦闘力は低くてもどんなジョブと組み合わせても使える高い汎用性があるんだ。加えて全てのスキルが『相手の耐性や状態に関係なく発動する』って特徴があるから、初心者から熟練者まで安定して使える! ……んじゃないかなぁ、知らないけど」
最後に付け加えた言葉がなければ完璧だったんだが。
「それに、場合によっては初期職業からなかなか転職が出来ない、なんてこともありえるからね。そういう人にとってはこの基本技に長いことお世話になるはずで……」
しかし、ローミーの弁解は、ルカの心を動かすには至らなかったらしい。
「御託はいいから、さっさと効果を教えて」
ルカは氷の視線を全く揺るがせないまま、冷然と続きを促す。
これにはローミーは参った参ったとばかりに両手をあげ、解説を始めた。
「駆け出し冒険者の『基本技』は三つのスキルで構成されているんだ。攻撃スキルに分類される『スナイプ』、補助スキルに分類される『チャージ』、それから防御スキルに分類される『ガード』の三つだね」
「……なるほど。バランスは取れてるんだな」
だからこその、基本、なんだろうか。
俺の言葉に気をよくしたローミーは、ちらり、と背後のリンカーボアを見ると、少しだけ声を潜めて続けた。
「この場面で有用なのは、攻撃スキルの『スナイプ』さ。使い方は簡単。右手で銃を作って、その指先を目標――今回はあのリンカーボアの一匹に向けて、『スキルコール:スナイプ』と口にすればいい。スナイプは射程無限で、撃った瞬間に敵に命中する超性能の狙撃スキルだ。角度さえ間違えなければ必ず命中する」
「それは……ものすごい性能なんじゃないか?」
とても初期のジョブのスキルとは思えない。
これはローミーが「最強」と言うのもうなずける、と思ったが、当のローミーが首を横に振った。
「いいや。狙撃性能は高いけれど、一度使うと再使用までに五分もかかるのと、威力が低いのがこのスキルの欠点でね。スナイプを単独で使っただけでは、あのリンカーボアを倒すことは出来ない。ただ、スキルの効果を上げられるスキルが駆け出し冒険者にはある」
俺は、さっきのローミーの話を思い出す。
三つの基本技。
その中で、可能性がありそうなのは……。
「補助スキルの、『チャージ』か?」
「正解! チャージは使用中は身動き出来ないという欠点があるものの、使用している時間に応じて、次に使うスキルの効果を最大で三倍にまで高めることが出来る。まずはリンカーボアに狙いをつけて」
その言葉に導かれるように、俺は右手で銃の形を作ると、一体のリンカーボアに狙いをつける。
「いいぞ。スキルは決まったキーワードか、メニュー画面を開いた時のように、事前に決めた動作を行うことで使用される。音声認識の初期設定は、『スキルコール:スキル名』で固定されているから、間違うことはないよ。さあ、適当なボアの一体を指さしながら、『スキルコール:チャージ』と言ってみてくれ」
「スキルコール:チャージ」
口にした途端、俺の身体を燐光が取り巻く。
「これが……スキル」
現実とほぼ変わらないからこそ、こうしたゲーム的な現象には、つい驚かされてしまう。
「あっ、ちなみにそのエフェクト、設定でオフに出来るよ」
「何で人が感動してるとこにいちいち水を差すんだよ!」
空気の読めない……いや、空気を読んだ上で嫌がらせをしてくるローミーには腹が立ったが、それで本来の目的を思い出した。
俺の身体の周りを渦巻く燐光も、強烈な輝きを放ち、これ以上は強くはならないようだ。
「どうやら最大までチャージが完了したようだね。そのままスナイプを使えばその効果は三倍になる。スキルの呼び出し方は覚えてるね?」
流石に俺だってそんな鳥頭じゃない。
一度深呼吸して、目標が俺の指の示す先から動いていないことを確認すると、口を開く。
「――くらえ!! 『スキルコール:スナイプ』!!」
言葉が放たれるのと同時、俺の指先から不可視の「何か」が飛び、ボアを直撃したのが直感的に分かった。
俺が目標としていたリンカーボアは、スナイプの直撃を受けると、びくんと身体を震わせ、そのまま地面に倒れ――
「え? めっちゃ元気に迫ってくるんだけど!?」
――たりする気配は全くなく、すごい勢いでこっちに向けて走ってきていた。
俺のもの言いたげな視線を受けて、あっけらかんとローミーは言った。
「え? 当然でしょ。だってその『スナイプ』ってスキル。どんなに強い人が撃ってもダメージ一しか与えられないから、倒せる訳がないよ」
「は? ダメージ一?」
「そうそう。スナイプは攻撃スキルに分類されているけど、『敵に固定で一のダメージを与え、自分を狙い撃ちさせる』目的の特別なスキルなんだ。スナイプが命中した相手は一時的に攻撃力が上がる『激昂』状態になって、攻撃目標をスナイプを撃ったプレイヤーに変える。今、あの子が君に向かって走ってきてるのはそのせいだね」
「ま、待てよ! だって、スナイプだけじゃ倒せないけど、その前にチャージすれば……って、あああ!!」
言いかけて、ローミーがこっちをにやにやとして見ているのに気付いた。
……そうだ。
こいつは、「スナイプだけでは敵を倒せない」とは言ったし、「チャージをすればスキルの効果があがる」とは言ったが、「チャージしてからスナイプを撃てば敵を倒せる」とは言わなかった。
つまり、これは……。
「は、謀ったな! ローミー!!」
「さあて、何のことだか。それより、そんなことしてる暇があるのかい?」
わざとらしく口笛を吹いてみせるローミーにはいらついていたが、ローミーが示した先を見て、俺は顔を青くした。
かなり遠くにいたはずのボアが、すさまじい勢いで俺に向かって突進してきていた。
「う、うわああああ!!」
間一髪。
横っ飛びに避けることで、何とかボアの突進を回避する。
「おー、すごいすごい。よくアレを避けられたねえ」
「こ、この、おま、ローミー!!」
「あっははは。いいことを教えてあげるけど、一度避けたからって安心しちゃダメだよ。激昂状態は、五分が経過するか、攻撃を当てるか受けるかするまで解けないんだ。だから、ほら」
「うぎゃああああ!!」
通り過ぎたと思ったボアの再突進を、また無様に横に飛んで何とかかわす。
「おーおー、やっぱりすごいね、君」
「誰のせいだとっ!!」
他人事のようにパチパチと拍手するローミー。
「あ、ついでに言うと、チャージでスナイプの効果が上がったから、激昂状態の攻撃力アップの効果も三倍になってるはずだよ! やったねルキ君!」
「は、はぁ!?」
「クリーンヒットしたら一発でゲームオーバーかもしれないね。いやぁ、こわいこわい」
じゃあ俺は、わざわざデメリットを増やすためだけにチャージを使わされたってことなのか。
楽しげなローミーの声に殺意が湧いてくるが、ボアの突進をかわす俺には、とてもローミーに構っている暇はない。
「くっふふふ。苦戦してるねぇ。そうだなぁ。『ローミーさん、どうか哀れな僕に知恵を貸してください』って言えばそいつを倒せる方法を教えてあげてもいいんだけどなー」
「だっ、れが、言うか!!」
しかも、脇に立つローミーが俺を煽って平常心を失わせてくる。
だが、今のは失言だ。
ローミーがしゃべるかはともかく、この状態からでもあいつを倒す方法はあるってことだ。
だとしたら、希望はある。
俺が考えを巡らせようとすると、それを分かったようなタイミングで奴がまた口をはさんできた。
「あーうそうそ。僕は優しいチュートリアル担当キャラだからね。特別にヒントを教えてあげるよ。……基本技は三つあるって言ったよね。敵を惹きつけるスナイプと、スキルの効果を増幅させるチャージはもう出た。じゃあ、残りの一つはなんだったっけ?」
「……ガード?」
そう、だった。
駆け出し冒険者のスキル、最後の一つ。
ガードについては、まだこいつから何の説明も受けていない。
「……それで? ガードってのはどんなスキルなんだ?」
こいつに尋ねるのは癪だが、今の情報源はこの緑エルフしかいない。
俺はふたたび押し寄せてくるボアの突撃を何とかかわしながら、ローミーに言葉を返す。
「文字通り、攻撃を防ぐスキルさ。スキル発動してから五秒間『防御態勢』になり、全身および装備の防御力と遮断率が倍に、敵の攻撃から受けるノックバック、状態異常、ステータスダウン、クリティカル、防御貫通、特効、などのありとあらゆる特殊効果を無効化する。ただし、このスキルは発動前後の隙が大きい。スキルをコールしてから防御態勢になるまで二秒かかる上に、防御態勢になっている間も身動きは取れない」
「それは……結構なリスクじゃないか?」
ほかの時ならともかく、戦闘における二秒は、とんでもない隙だ。
敵が攻撃してきてから使ったのでは間に合わないだろうし、もしタイミングを間違えたりフェイントに引っかかれば、そのあとの防御時間と合わせて七秒も棒立ちになってしまうことになる。
「確かにリスクはあるよ。ただ、それに見合ったリターンもある。ガードを使って防御力を高めれば激昂状態のボアの突撃だって耐えきれるはずだし、実はもう一つ、ガードには『ジャストガード』と呼ばれる特殊な機能がある」
「ジャスト、ガード?」
ローミーに視線を向ける余裕はない。
だが、顔を見なくても得意そうな笑顔を浮かべていると確信出来るような弾んだ声音で、ローミーは続けた。
「防御態勢に移行した直後に、タイミングよく攻撃を受ければ『ジャストガード』が発生して、防御力と遮断率がさらに倍になるんだ」
「合計四倍ってことか!?」
聞くだけでぶっ壊れだと分かる、とんでもない倍率。
それなら確かに、激昂状態になったボアの突進だって余裕で防げそうだ。
「それだけじゃない。ジャストガードに成功した場合、追加効果として相手を弾き飛ばせるんだ。弾かれた相手は全ての行動をキャンセルされて、耐性にかかわらず強制的に三秒間のけぞり状態になる」
「その、のけぞり状態ってのになると、どうなるんだ?」
汗が額から滴り落ちる。
必死でボアの突進を避けながら、俺はそれでもローミーの言葉に耳を傾ける。
「簡単に言うと防御態勢の逆かな。のけぞってる間はもちろん動くことが出来ないし、防御力と遮断率が半分になるから攻撃し放題。ついでに、ジャストガードでのけぞりを発生させた場合はさらに、ガード時に受けたダメージの一割をのけぞり時の最初の一撃の攻撃力に上乗せ出来る。のけぞりで防御が半分になったところに、一割とはいえ強力な突進で受けたダメージが乗るとなれば、間違いなく一発でボアを倒せるよ」
その言葉に、心が揺れた。
確かにジャストガードを成功させてのけぞり状態に出来れば、ボアを倒すことも不可能ではないように思えた。
「だけど、もしタイミングを間違えて、防御態勢になる前に攻撃をくらったら……」
「そりゃあもちろん、君はここでゲームオーバーだろうね」
あっさりと口にするローミーに、背筋をひやりとしたものがよぎる。
だが……。
「……やってやるよ」
俺は覚悟を決めた。
どうせこのままではジリ貧。
いくらなんでも、このまま永遠にボアの突進を避け続けることは出来ない。
だったら分が悪かろうと、賭けに出るべきだ。
これだけ避け続けているのだ。
ボアの攻撃のタイミングは、なんとなく分かる。
あとは俺に、そのタイミングにガードを合わせる冷静さと勝負勘があるかどうか。
これが最後、と決めて、何度目になるか分からないボアの突進を避ける。
そして、ボアの身体が反転し、こちらに向かって駆け出し始める、その瞬間を狙って……。
「――『スキルコール:ガード』!!」
俺はスキルを発動させた。
途端に身体の自由が利かなくなり、指一本たりとも自分では動かせなくなる。
「来い!」
唯一自由になる口を動かして、挑発の言葉を放つ。
光のエフェクトが発生して、防御姿勢が完成する。
それとほぼ同時に、リンカーボアの重量を持った身体が、今度こそ俺に衝突する。
――ジャストガード!!
会心のタイミング!
前に出した両腕に、強い衝撃を感じる。
だが、耐えられないほどじゃない!!
ノックバックを無効にするガードの効果によって、俺は一歩も引かない。
その代わりに、ぶつかってきたはずのリンカーボアが、トラックにでもぶつかったように後ろに撥ね飛ばされ、硬直する。
(これが、のけぞり!!)
俺のジャストガードをくらったボアは、まるで攻撃してください、と言わんばかりの姿勢で固まり、動かない。
絶好のチャンス!
ここで追撃すれば、いくら俺の武器が最弱のチュートリアルソードであっても、一撃で倒せるはずだ!
「くら、えええええ……えぇ?」
俺は叫びながら、右手に持った剣をボアに振り下ろそうとするが、なぜか俺の右手はぴくりとも反応してくれなかった。
「な、なん、で……」
パニックになる俺に、横からローミーののんきな声が届く。
「あー。そうそう。言い忘れてたけど、ジャストガードに成功しても別に防御態勢が解ける訳じゃないから。のけぞった敵を攻撃するのは、仲間に頼んだ方がいいよ」
「…………は?」
俺の頭が、ローミーの言葉をゆっくりと咀嚼する。
ガードによって防御態勢を取っている間は、身動きが出来ない。
当然、追撃も、回避も、何も。
そして、ガード発生から防御態勢が続く時間は、五秒。
一方、ジャストガードで敵に発生するのけぞりの持続時間は、三秒で。
それが示すところは、つまり……。
「くっそローミーどちくしょおおおおおお!!」
当然のように先に立ち直ったボアに吹き飛ばされて宙を舞いながら、俺は、「一体俺は何回この男に騙されればいいのか」なんてことを考えていたのだった。
※ ※ ※
「やー、すごいすごい! まさかぶっつけ本番でジャストガードを成功させるとは思わなかったよ!」
「うるせえ! 俺もまさかまたお前に騙されるとは思わなかったよ!」
ボアに派手にふっ飛ばされた俺だったが、幸いゲームオーバーにはならずに済んだ。
あれが激昂状態の突進だったら死んでいただろうが、ジャストガードでボアの突進を受け止めた時、向こうの激昂状態は解除された。
俺に対する激昂状態は解除されても近くにいたせいで追撃はされたが、俺を突き飛ばした攻撃は、それまでの突進に比べるとかなり威力が落ちたものだった。
俺は何とかHP全損を免れ、さらに幸運なことに、ボアの攻撃によってふっ飛ばされて距離が離れたことで、俺はボアのターゲットから外れた、という訳だ。
だからといって、またしても俺をハメたローミーに対する恨みが消える訳ではないが。
「あははは。でも、ほんとに惜しいところまでは行ってたと思うよ。あそこですかさずルカちゃんが攻撃すれば、ボアは間違いなく死んでたよ。どうだい? もう一度あいつにスナイプをかけて、リベンジマッチと行くのは」
「もう一度? まあ、確かに、もう一度同じことが出来れば……」
要するに、ガードというのはパーティ戦を想定したスキルなのだろう。
今度は二人がかりで挑んで、トドメはルカに刺してもらえば……。
「……あなたって、ほんとに騙されやすいのね」
そこで呆れたように口をはさんできたのは、ルカだ。
「この男が提案したのだから、何か罠があるに決まっているでしょう」
「ひどいなぁ。僕はそんなに信用がないかな」
「信用しているわ。絶対ろくでもないことを考えている、と」
ルカはしばらく考え込んでいたが、やがて冷たい目でローミーを見て、尋ねた。
「スナイプをかける対象に、さっきのボアを選んだのはなぜ? ほかではいけないの?」
「い、いや、いけないということはないさ。でも、せっかく群れから離れているから、と思ってね」
「……本当に、それだけ?」
ルカが静かに問い詰めると、ローミーはさっと彼女から目を逸らす。
さらにルカが見つめていると、渋々、と言ったように話し始めた。
「……実は昔、スナイプを使ったハメ技が流行ってね。盾役二人が交互にスナイプを撃って永遠に敵を釘付けにするって手法だったんだけど」
「だけど?」
「それが問題になって、次のアップデートから同じ敵にスナイプをかけると、激昂状態の時の攻撃力がどんどん上昇する仕様に」
「お、ま、えええええ!!」
つまり、俺が知らずにさっきのボアにスナイプをしていたら、前以上の攻撃力を持ったボアが突進してきた、という訳か。
完全に罠じゃないか。
それにしても、ルカはよく見抜いたものだ。
「すごいな、何で分かったんだ?」
俺が尊敬のまなざしで彼女を見ると、ルカは俺に冷たい視線を向けた。
「分かった訳じゃなくて、当て推量だけど。むしろ、ここまで警戒心なく引っかかるあなたの方が信じられない」
「うぐ……」
辛辣な一言を言ったかと思うと、彼女はボアの群れに向き直った。
「この試練はきっと、単純に考えればいい」
つぶやくようにルカは言うと、何の気負いもなく適当なボアに指を向け、「スキルコール:スナイプ」と口にする。
「お、おい!?」
焦る俺とは裏腹に、ルカは動じない。
当然のように群れから離れ、一匹だけ迫ってくるボアを横目にしながら、ゆったりと歩き出す。
「ば、馬鹿、逃げ……」
逃げろ、と言おうとした唇が、凍りつく。
人間の全速力よりはるかに速く突進するボアを相手に、どこに逃げると言うのか。
思わず詰まった俺を尻目に、
「これ、ずっと気になってたのよね」
ルカは余裕のある表情で、草原にあった小さい岩の陰に移動する。
しかし、ボアはそんなことは全く気にも止めない。
全く勢いを弱めないまま、岩の裏にいるルカ目がけて突撃し、
「……えぇぇぇ」
ルカの前にあった岩に激突して、そのままひっくり返った。
……え、こいつ、頭悪過ぎじゃない?
そこまでの結果はルカも予想していなかったのか、
「流石に、拍子抜けね。本当は、迂回したところを斬るつもりだったのだけど」
なぜか少し不満そうに言いながら倒れたボアに近付くと、逆手に持った剣をボアに向かって容赦なく振り下ろした。
まるで迷いのないその一撃は、正確にボアの弱点、その額を貫き、
「グアアア!!」
断末魔の悲鳴だけを残し、ボアはあっけなく消滅した。
「へぇ。モンスターって、死ぬと消えるのね」
あまりにも鮮やかな手際。
あまりにもあっけない試練の突破に、俺もローミーも何も言えなかった。
――スナイプで釣り出し、通常攻撃で仕留める。
あまりにもシンプルな解決法で、「こんな方法でクリアでいいのか」と思ってしまったが、ローミーは最初からリンカーボアが単体では大した脅威ではないと語っていた。
元より問題だったのはリンカーボア単体の戦力ではなくて、奴らが群れていること。
冷静に考えてみると、ローミーの話で「三つのスキルを使いこなさないと試練がクリア出来ない」と思って、いや、思うように誘導されていたが、実際に使う必要があったスキルは群れから一匹のボアを釣り出す「スナイプ」だけ。
ほかの二つのスキルはむしろ無理に使わない方が戦いは楽だった、というオチなのだろう。
俺が考えをまとめる間に、ローミーも立ち直ったのか、どこか諦めたような顔でルカを見た。
そして、ため息と共に言葉を吐き出す。
「……うん。すごいけどさ。君、やっぱり優秀すぎて可愛げないね」
そして、そんなローミーの敗北宣言とも取れる台詞と共に、第二の試練は終わりを告げたのだった。
※ ※ ※
俺の第二の試練も、第一の試練と同じ理由で免除された。
……考えてみれば俺、まだ一回も自力で試練をクリアしてないんだが、こんなのでいいのだろうか。
「これで二つの試練を乗り越え、これで折り返しだ! 次に君たちに教えるのはジェネシスにおける奥の手『ブースト』だ!」
そんな俺の葛藤を完全に無視して、いかにも楽しそうに話すローミー。
正直そのにやけ面は見ていて殺意しか湧かないが、話の内容はやはり気になってしまう。
「ブースト、ってのはスキルとは違うのか?」
「うん、それは実にいい質問だね!」
俺が質問したのが嬉しいのか、さらに笑みを深くして、ローミーは答える。
「アクティブスキルは自分でタイミングを決めてキーワードなり動作なりで発動させるものだけど、ブーストは事前に条件を決めておいて、その条件を満たした時に自動で発動するものなんだ」
「自動?」
「そうだね。例えば『HPが二十パーセント以下になったら発動』って条件付けすれば、ピンチの時にブーストがかかる。あるいは『十メートルの範囲に敵が十体以上』なんて条件にすれば、たくさんの敵を殲滅したい時に発動してくれる、なんて具合かな」
「なるほど……」
条件付けにどの程度自由度があるかは分からないが、それは条件次第で色々カスタマイズ出来そうだ。
「ブーストは五種類あって、メインジョブごとにどのブーストが発動するかは決まっているんだ。剣士系ジョブなら攻撃力を上げるアタックブースト、騎士系ジョブなら防御力を上げるガードブースト、という感じにね。ほかにも魔法に関連する能力を上げるマジックブースト、感知能力を上げるセンスブースト、技量を上げるテックブーストなんてのもある」
「へぇ。それって、時間制限とかはないのか?」
そうじゃないなら、ずっとブーストしてたらいいようなもんだけど。
「時間制限はないよ。でも、どのブーストも、使っている間は『一秒間に最大値の一割ずつHPとSPを消費する』んだ。だから、ここぞって時以外は使わない方がいいだろうね」
「秒間一割は、きついな」
計算上、HP全快でも十秒ブーストが続けばHPが空になってしまうことになる。
ピンチを逃れるためにブーストして逆に瀕死になる、なんてのは笑えない冗談だ。
「だから、デフォルトの設定では『十メートル以内に自分より五十以上レベルの高いモンスターがいた時』に発動するようになってる。まあほら、五十以上のレベル差の敵なんて早々出てこないけど、そんな相手と出くわしたら、ブーストでも使わない限り対応は出来ないだろうからね」
「そりゃ、十秒しか続かないんじゃ、普段使いは無理だろうし、そういう使い方になるか」
ローミーが奥の手と言った意味は分かった。
「でも、そういうことなら使う機会はあんまりなさそうだな。いくらなんでも、レベル差五十なんて……」
「……と思ってね。今日は特別に、その機会を用意しておいてあげたよ!」
楽しそうに放たれたその言葉に、俺とルカは硬直する。
機会を用意したって、それは……。
「ちょ、待っ――」
だが、制止の言葉は、遅すぎた。
ローミーが鮮やかな動きですっと奥に移動するのとほぼ時を同じくして、やけに耳障りな警告音と共に、突然ポップアップされた文字列に視界がふさがれる。
《――CAUTION! CAUTION! CAUTION! CAUTION!――》
そして、本能的な危険を感じた俺が、周りを見回した、瞬間、だった。
空から、何かが降ってくる。
「う、わぁあああ!」
響く轟音と、押し寄せる風圧。
それに目を細めながらも、何が落ちてきたのか必死に目を凝らすと、「それ」が見えた。
「なん、だよ。これ……」
そこにあったのは、身の丈十メートルを超えるような、鉄の巨人。
だが、それはただの置物ではない。
ギョロリ、と兜に空いた十字穴から金色の光がこちらを覗き込み、俺は思わず身震いした。
そして、そんな俺の驚きようは、まだ生ぬるい、と言わんばかりに……。
俺の眼前に、さらなる情報がポップアップされる。
「冗談、だろ……」
それを目にした俺は、思わず絶望のつぶやきを漏らした。
《チュートリアルエリアに『嘆きの鉄巨人(LV999)』が乱入しました!》
こうして、俺のチュートリアル三つめの試練が始まった。
SRPG Studioに追加素材アプデが来てしまった
ゲーム作りたい……!